第十三章 真実(2)
弓で遠巻きに攻撃をする敵を、イゴールの放った矢が、一人ずつ確実にしとめていく。
剣を振りかざして迫る敵達は、
「波動撃!」
「やらせないわよっ!」
アデルが放った拳術で吹き飛ばされ、マリアが振るう細身の刃に斬られていく。経験豊富な一部の敵は、巧みな体捌きで致命傷を避けていたが、
「風、光の波動の静寂に消える時 我が力とならん… シヴァ!」
イリアの召還魔法によって倒されていた。
「なんとかなりそうね」
「あぁ、あと少しだ」
マリアが剣に付着した血を払い捨て、アデルが息を整えながらも頷いた。
しかし、絶妙なバランスというのは、予期せぬ事態が発生すると瓦解しやすい。六名の敵を戦闘不能に追い込んだとき、その“予期せぬ事態”が発生した。
「命ささえる大地よ、我を庇護したまえ 止めおけ! ドンムブ!」
頭上から女の声が響き、イゴールを除く三名の足が魔法の鎖で戒められる。その直後、
「まばゆき光彩を刃となして 地を引き裂かん! サンダー!」
自然ならざる稲妻が、冒険者四名に容赦なく襲いかかった。
「ぐあっ」
「あうっ!」
「くっ…」
「きゃあぁ!」
雷撃の圧力に、イゴールは城壁に叩きつけられた。アデルとマリアが顔をしかめて両膝をつく。イリアはその場に崩れ落ちた。
「くそっ…」
いち早く気を取り直したイゴールが、短い茶色の髪をぶるりと振るう。石床に横たわる薄緑のローブが目に留まり、息をのんだ。
「…イ…リア?」
八日ぶりにその名を呟いても、反応がない。青白い影が差す瞼は固く閉じられ、感情豊かな青紫の瞳が自分の姿を映すこともない。小柄な身体はぴくりとも動かず、白煙をあげている。
「くすっ」
楽しげな笑い声が聞こえた。
イゴールが視線を巡らせば、赤い三角帽子が二つと金属製の兜が一つ、入り口の真上にあたる三階席に見えた。得意げに笑う唇の形まで、はっきりと見えた。
かっと身体の芯が熱くなり、頭の中が真っ白になった。
イゴールは走り出した。
よせっ。
背中越しにそんな声が聞こえたが、止まらなかった。あるのは、イリアを傷つけて不埒に笑う存在への怒りだけだった。
獣さながらの吠え声をあげながら、無我夢中で矢を放つ。くぐもった悲鳴がいくつもあがった。
「もうやめろっ!」
不意に、背後から羽交い締めにされて、大声がすぐ耳元で響く。腕を振り払って拘束から逃れようとした瞬間、
「イリアは無事だ!」
その言葉が、総身を支配していた熱を消し去った。振り返れば、アデルの顔。いつもの快活さはなく、険しいものを湛えている。
「気絶してただけだ。命に別状ない」
「ほんとうか?」
アデルが無言で顎をしゃくる。その動きに釣られるように目線を下げれば、イリアが上体を起こしているのが見えた。マリアが差し出す魔法薬の瓶を受け取り、封を切っている…。
「よかった」
イゴールの口から大きなため息が漏れる。直後、両脇に差し込まれていたアデルの腕が解かれた。
「仲間の心配もいいけどよ…おまえ、ケガ痛くないか?」
呆れるように見つめてくる黒い瞳に促され、イゴールは視線を落とした。わき腹に深い切り傷がある。傷口から溢れる血を見た瞬間、ズキンズキンと疼くような痛みに襲われた。
「痛い…」
「そりゃそうだわな」
敵に己の身をさらしながら戦っているからだ、このアホウが。捨て身戦法なんて冗談じゃないぞ。俺が気孔術でドンブムを解除し、正面の敵を排除するまで待てなかったのか。一人でできることなんてたががしれているんだよ。
アデルがぶつぶつ呟きながらも、チャクラを発動させる。出血が緩やかに止まり、身体の芯に力が戻ってきた。
「助かった」
「感謝するなら、ちっとは仲間を頼れ。一人で突っ走るな」
アデルはぶっきらぼうに言い捨て、処刑場全体を見回す。広場の一角をみた瞬間、彼は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「やばっ、おまえ以上のアホウがいた」
彼の黒い目は、特徴的な癖毛をもつ金髪の若者を捉えていた。
ラムザは焦っていた。
(これではいけない。冷静に、冷徹になれ)
理性はそう訴えるが、焦燥はとめどなく溢れ出る。
武器破壊を試みても、絶妙な角度で差し出される紅い剣でことごとく無効化された。刃が身体をかする度に、体力が奪われる。ガフガリオンが振るう紅い剣は、闇の剣と同等の効果を秘めているんだ。そう理解したときには、すでに肩で息をしていた。体になじんだ鎧がやけに重い。
「気が済ンだか?」
不意に、ガフガリオンが話しかけてきた。その顔には、不敵な面構えに似合わない優しい笑みが浮かんでいる。
「今からでも遅くはない。オレと一緒にイグーロスへ戻ろう」
滑らかな動きで、ガフガリオンが紅き剣を鞘に収めた。ゆっくりと歩み寄り、空いた利き手をラムザへ差し伸べる。
「おまえの兄キ・ダイスダーグはすべてを許すと言っていたぞ。さあ、いい加減に目を覚ませ」
ラムザは目を瞬いた。一瞬、何を言われたのか分からなかったからだ。聞き取った言葉を反芻し、面前にある大きな手のひらの意味を考える。数瞬の間を経て理解したとき、目元がかっと熱くなるのを自覚した。左手が閃き、ガフガリオンの手を払いのける。
「断るッ! 僕はこれ以上、悪事に荷担するつもりはないッ!」
「“悪事”というのか!? おまえは“悪事”というのかッ!!」
ガフガリオンが目をむいた。
「おまえはベオルブ家の人間だ。ベオルブ家の人間には果たさねばならン責任がある。その責務を、おまえは“悪事”というのかッ! この愚か者めッ!!」
「兄さんたちは自分の都合で戦争を起こそうとしている。それを“悪事”と言わずしてなんというんだッ!」
「ラムザ、おまえはベオルブ家の人間なのか?」
乱入してきた硬いアルトの声が、ラムザの心に冷や水を浴びせた。視線を感じて顔を上げれば、戦闘で頬を紅潮させたアグリアスがこちらをじっと見つめている。
「知らなかったのか、アグリアス。そうだ、その小僧の本名はラムザ・ベオルブ。あのベオルブ家の一員さ」
ガフガリオンが愉快そうに笑う。だが、アグリアスの視線は微動だにしない。
本人からの答えを求めて、ただ真摯にみつめてくる蒼の瞳。
虚偽や欺瞞を許さない、強い意志を秘めた眼光。
あらがえるはずがなかった。
「たしかに僕はベオルブ家の人間だ」
事実を告げた瞬間、アグリアスの右足が一歩後ろに下がる。
動揺露わな聖騎士の態度が、ラムザに口を開かせた。
「でも兄さんたちとは違う! 僕はオヴェリア様の誘拐なんて全然知らなかったッ!」
「全然知らンことはない。おまえは理解している。ダイスダーグの考えを」
「――っ!」
喉がひきつった音を立てる。
自分が発したのだとラムザが自覚したときには、ガフガリオンは語り出していた。
「護衛の任を受けたときから、おまえは不審に思っていた。なぜ、一介の傭兵ごときが、王女の護送に関わるのか。なぜ、ラーグ公は移送の全責任を親衛隊に委ねたのか。お姫様を安全確実にイグーロスへ運ぶなら、少数精鋭の騎士を派遣して協同すべきなのに、なぜ、ダイスダーグはそうしないのか。考えなかったとは言わせン!」
その通りだ。だからこそ、いま、その続きは聞きたくない。
ラムザの声ならざる悲鳴は、ガフガリオンには届かない。容赦なく暴いていく。
「答えは簡単。お姫様と親衛隊の面々は全員、移送中に『不慮の事故』で死亡することになっていたからだ。オリナス王子を擁立し、その執政として国政を刷新しようとするダイスダーグからすれば、お姫様はどこかの考えなしに対抗馬として担ぎ出される政争の種でしかない。政争に明け暮れていたのでは、この腐敗しきったイヴァリースは何も変わらン。だから、おまえの兄キは、お姫様を処分することに決めたンだ。たとえ“悪事”と呼ばれようともなッ!」
「だからといって、オヴェリア様を見殺しにしろというのかッ!」
ラムザは叫んだ。彼にとって絶対に無視できない、問題の根元を。しかし、
「ジークデン砦のことなら忘れろ。あれは仕方なかったンだよ! おまえはベオルブ家の人間だ。おまえは、おまえに与えられた役目を全うしなければならン! それがおまえの運命なンだよッ!」
ガフガリオンは、その背後にいるダイスダーグは、取り合わない。
仕方ない。
運命。
そんな言葉で片づけようとしている。
「ティータを死なせたのも運命だというのかッ!? 違うッ! それは違う!」
ティータが死んだのは、兄さんたちが見捨てたからだ。彼女を助けるよりも、北天騎士団とラーグ公の権威を守ることを優先したからだ。運命なんて得体の知れないもののせいで、ティータは死んだ訳じゃない。ティータは殺されたんだ。誰に? それは…
「僕らは僕らの都合でティータを…そう、ティータを殺したんだ!」
そして、僕は、兄さんの考えを察していたのに、止めなかった。優秀な軍師である兄なら、ティータを助けてくれるはず。自分に都合のよいことを勝手に思って、見たくない現実から目を剃らして。
「僕はずっと現実から逃げてきた。僕がティータを殺したんだ」
口に出してしまえば、認めざるを得なかった。
『俺はラムザを信じる!』
『俺に構うな、ラムザ! アルガスの次は、お前の番だッ!!』
ディリータからの信頼を裏切ったのは、他でもない自分なのだと。
「いつまでそんな些末事にかまっている! あんな小娘一人死ンだところで何にもならン! 我々が第一に考えねばならンことは“大義”だ!」
ガフガリオンが怒鳴る。
ティータの死を忘れろと。ディリータの怒りと嘆きを無視しろと。
ラムザは首を横に振った。
「人を欺き、利用するところにどんな“大義”があるというんだ! 僕はもう、これ以上、“大義”のために利用され命を落とす人間を見逃すことはできない!」
ラムザは両足に力を込めた。下がっていた剣を構え直し、切っ先をガフガリオンに向ける。
「僕はオヴェリア様を助ける!」
「この分からず屋め!」
ガフガリオンが鋭く舌打ちし、剣を抜き放った。真一文字に一閃され、ラムザは後ずさってかわす。着地し、剣を青眼に構え直した瞬間、ガフガリオンが叫んだ。
「闇の剣!」
血色の光が体を貫き、力がごっそりと抜け落ちる。両膝が勝手に地面に崩れ落ちた。立ち上がろうとするも、両脚は無様に震えるだけで動かない。
「これで終わりだッ!」
ガフガリオンが肉薄し、紅き剣を振りかぶる。
剣で受け止めることはできない。避けることもできない。とっさにそう判断したラムザは、目をつむり、奥歯を食いしばって訪れる激痛に備えた。絶望的な一瞬が過ぎ去り、
「聖光爆裂破!」
「がはっ!」
凛とした声が響き、閉ざした瞼の裏を白光が刺した。
光が収まるなり、ラムザは薄く瞼を開く。映った光景に彼は目を丸くした。
「今さら疑うものか…」
三つ編みに垂らされた蜂蜜色の髪が、銀色の背当てと青の上着が、手を伸ばせば触れられる距離で見える。正面にいるはずのガフガリオンが、いない。面前の人物が盾になることで、巧みに隠されている。
「私はおまえを信じる!」
昂然とした叫びが、鼓膜を震わせる。
目の前の光景が、耳にした言葉が信じられなくて、ラムザは瞬きを繰り返した。
「どう…して?」
「一騎打ちに二度も横やりたぁ、騎士らしからぬ行為がホントにお好きだな。護衛隊長さンよ」
「………」
アグリアスは、ラムザの疑問にもガフガリオンの揶揄にも言葉を返さなかった。ただ無言で、黒鎧の男に対し剣を構える。
「ラムザぁ! 無事か!?」
銃を利き手に握ったムスタディオが走り寄ってくる。ラムザが顔を向けるなり、彼は眉間にしわを寄せた。
「うわっ、ひでぇな、血塗れじゃないか」
「ムスタディオ、アイテムでラムザの回復を頼む。この者は私が相手する」
「ダメだ。僕がけりを付けないと…」
ラムザは黄金色の頭を振り、膝を浮かせようと渾身の力を込める。だが、
「指揮官がかなわぬ相手に命を懸けるなど、愚の骨頂だぞ」
「…え?」
アグリアスの思わぬ指摘に、気勢がそがれた。
「おまえがすべきことは、指揮官として全員が生還できるよう指示を出すことだ。走狗になりさがった男の相手ではない」
「言ってくれるじゃねぇか」
ガフガリオンが鼻で笑う。
「ラムザ、ここにいたら邪魔になる。移動しようぜ」
ムスタディオが腕をとり、その腕を己の肩に回す。機工士に支えられて立ち上がったラムザは、首を巡らし、青の背中に囁いた。
「すぐ…もどります。無茶…しないで」
「ああ」
アグリアスが頷いたのを見届けて、ラムザとムスタディオはゆっくりと遠ざかっていく。
ガフガリオンは追おうとはしなかった。彼の興味は、実力も容姿も申し分ない極上の獲物に移っていたからだ。
「ずいぶン、あの小僧に入れ込ンでるな」
ガフガリオンがからかうように言えば、
「貴様ら程ではない」
アグリアスは愛想のない態度で応じる。鋭く事実を指摘され、ガフガリオンはうっすらと笑みを浮かべた。
「たしかに」
紅き剣を下段に構え、空いた手で口元の白髭をいじる。
「にしても、あンたを殺るのはラムザを片づけてからだったンだがな」
「思い上がりも甚だしい。彼は、貴様たちに屈服などしない。私は、貴様如きに殺されるほど弱くはない」
「強気の美女ってのは良いもンだな。なら、遠慮はしないぜッ!」
叫ぶなり、ガフガリオンは地を蹴った。
胴をめがけてなぎ払おうとする紅き刃を、アグリアスは己の盾で受け止める。
「よく止めたッ!」
女の力ながらも渾身の一撃をくい止めた技量に、ガフガリオンは笑みを深める。
次の瞬間から、ふたりの間で熾烈な剣技の応酬が始まった。
我流ながらも数十年にも及ぶ戦いで極北まで達した、ガフガリオンの変幻自在な動き。
基本を身体の芯までしみこませ、流麗な舞を舞うようなアグリアスの芸術的技巧。
両者の技量に優劣はなかった。ところが、
「どうした、前よりも動きが鈍いぞっ!」
ここに至るまでの体力が決定的に違った。連戦の疲労ゆえか、形勢は緩やかにアグリアスの不利へと傾いていく。
「貴様たちはオヴェリア様をどうするつもりだ!」
はじめて後ずさり、剣を構えながらアグリアスは詰問する。
「オレは王女を契約どおりにガリオンヌへ連れて帰るだけだ。そのあと、ラーグ公が王女をどうするのか、オレは知らンよ」
他人事のようなガフガリオンの口振りに、アグリアスはその端麗な顔をしかめた。
「貴様は、ラーグ公やダイスダーグにいいように使われている道具にしかすぎない。恥ずかしいとは思わないのか、犬になりさがっている自分が! 人間としての誇りはないのかッ!?」
「そんな役に立たないもンはとっくの昔に捨てたよ!」
ガフガリオンが紅き剣を大上段に構える。
アグリアスも高めた剣気を解放した。
「闇の剣!」
「不動無明剣!」
聖と邪。
同時に発現した二つの属性は混じることなく反発し、衝撃波となってふたりに襲いかかった。
「―ちっ!」
「くっ!」
予想外の現象に、ふたりとも激しく地面に叩きつけられる。
アグリアスが足元に力を込めて立ち上がろうとした瞬間、
「アグリアスさん!」
ラムザの声がこだました。
「退路を確保しました、撤退しましょう!」
「承知!」
叫ぶなり、アグリアスは駆けだした。最後の力を振り絞って、ラムザが手招きする方――出入り口へと走る。
「逃がすかッ!」
無防備に晒された女騎士の背中めがけて切りかかろうとしたガフガリオンだが、イゴールの射る矢が、ムスタディオの銃撃が、足止めした。
倒すべき七名が、全員、五体満足で去っていく。
その姿が見えなくなってから、ガフガリオンは剣を収めた。
「追いますか?」
平坦な女の声が、指示を仰ぐ。
ガフガリオンは発言者――王女の偽物役にして、小隊の副官的地位にある女弓使いを見やり、右手を振った。
「いらン。どうせ奴らはライオネル城にくる。決着はそこでつければいい」
「大見得切ったというのに任務は失敗。枢機卿はなんと言いますかね?」
「そこを何とかするのが、テス、てめぇの仕事だ」
面倒かつ煩雑な仕事を押しつけられ、女弓使い――テスは「はぁ」と大きなため息をついた。
「…損害は?」
「二〇名中五名が死亡。一四名が重軽傷。無傷なのはあなただけですよ」
テスが右腕の銃創を左手で押さえながら答える。その指の隙間からは、一条の血が滴っていた。
「戦えそうな奴を優先して回復させろ」
「もうやってます」
「如才ねぇな」
「“無駄死に”は、ダイスダーグ卿の望みではありませんから」
私情を優先させた作戦指揮を暗に非難され、ガフガリオンはフンと鼻を鳴らす。そして、面前の女に傷の手当てをするよう命じた。
ひたすら足を動かし続け、一歩でも処刑場から遠ざかる。
古びた遺跡が徐々に視界から遠ざかり、丘陵の端に消え失せたとき、全員の足が自然と止まった。酸素を求めてせわしなく呼吸する音だけが、しばし場を支配する。
「追って…こない…みたいだな」
息を弾ませながらイゴールが背後を見やり、
「そう…みたいね。助かった…わ…」
マリアがその場にへたり込んだ。
「ラムザ、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「だいじょうぶ。ハイポーションが効いて、出血は止まっているよ」
ムスタディオに気遣われたラムザが、青い顔で緩やかに微笑む。
「クポ――! くるくるぴゅ〜… モーグリ!」
イリアが幻の珍獣・モーグリを召還する。薫風がラムザの周囲を包み込み、傷を癒やして体力をも回復させた。
「ありがとう、イリア。楽になったよ」
「どういたしまして」
深みを増したラムザの微笑にイリアが嬉しげに目を細め、
「ってか、おまえもかなり顔色悪いぞ。チャクラかけるよ」
アデルがイリアの肩に手をおき、チャクラを発動させる。
思い思いに小休止をとる若者たちを眺めていたアグリアスだが、意を決して口を開いた。
「みな、すまなかった。私は、自分が囮にされたことも気づかず、結果としてをみなを死地に招いてしまった。許してほしい」
アグリアスは深々と頭を下げる。
蜂蜜色のつむじを見せられ、真っ先に反応したのはラムザだった。
「顔を上げてください。僕は自分の意志で『行く』と決めたのだから、あなたが責任を感じる必要はない。それに、謝らなければならないのは僕の方です」
かすれていく声にアグリアスが顔を上げると、苦しげな表情があった。
ラムザは面前の聖騎士を、次いで機工士をみつめ、うなだれた。
「アグリアスさん、ムスタディオ、家のことを黙っていてすみませんでした」
「じゃあ、マジで、ラムザはベオルブ家の人間なのか?」
「うん」
ムスタディオの質問を、ラムザは顔を伏せたまま肯定する。
「貴族かもって思っていたから怒っちゃいないけどよ…。でもさ、ベオルブっていやぁ、平民のオレだって知っている超有名な大貴族だぜ。その御曹司が、なんで傭兵なんかやっていたんだ?」
ムスタディオの率直な疑問は、アグリアスと等しくするものだった。
「それは…」
ラムザが唇をかみしめる。そして、数秒の沈黙。
「いろいろ事情があったんだ」
そう言いながら腰を伸ばしたラムザの顔には、微苦笑があった。
「今から話すよ。ただ、長い話になるから、拠点に戻りながらでいいかな?」
「…ああ」
ムスタディオがうなずき、ラムザがゆっくりと語り出す。
苦しみと痛みに満ちた、悲しい話を――。