第十三章 真実(1)
「これより、王族の名を騙って城内に侵入し、枢機卿の財物を窃取した罪人の刑を執行するっ!」
雨期には珍しい晴天のもと、処刑執行人の声がたかだかと響きわたる。
直後、ガラガラと音を立てて、屋根のないチョコボ車が入り口に姿を見せた。荷台の中央でただ一人、うなだれて座っている金髪の少女を認めた瞬間、見物客の多数が歓声を上げる。
「オヴェリア様…っ」
敬愛する主君が見せ物扱いされている状況に、アグリアスはぎりっと奥歯を噛みしめた。その傍らで緊張した面もちを崩さないムスタディオは、「あれっ」と鳶色の目をすがめた。
「アリシアさんとラヴィアンさんがいない…?」
「刑場の外にいるのかもしれない」
ラムザは自身の希望的推測を機工士に伝え、眼下の光景をじっと見つめる。
チョコボ車は入り口から逆時計回りにゆっくりと処刑場を半周し、中央に設置された処刑台の左側面――四名の騎士が控えている地点で、停車した。振動に負けた少女の華奢な身体が左右に揺れ、腰まである長い金髪がふわりとなびく。
「罪人よ、降りろ」
壇上に佇む漆黒の外套をまとった処刑執行人が、尊大な声音で命令する。
しかし、荷台の少女は反応を示さない。反抗の態度を示しているのか、動けない状態なのか。ラムザが判断に迷っていると、御者が荷台に移り、少女の背を力任せに押し出した。
「おのれッ」
労りも敬意もない王女への扱いに、左にいるアグリアスが声を荒げた。客席から腰を浮かせかけた聖騎士を、ラムザは腕をあげて制する。
「いまはダメです。敵が多すぎる」
王女の周囲には四人も重装備の騎士がいる。こちらが救い出す前に、敵の手によって王女は刺殺されるだろう…。
「…っ」
ラムザが言外に含ませた事柄を察してくれたのか、アグリアスは踏みとどまってくれた。
荷台の少女がのろりと立ち上がり、降車する。少女が両足を地面につけるなり、控えていた四人の騎士は二人一組となって彼女の前後に移動した。人間の壁によって逃げ道を封じられた少女は、のろのろと処刑台へと歩み寄る。その足が処刑台へと至る木製の階段にさしかかろうとしたとき、前にいた騎士達が滑らかな動きで彼女の背後に回った。
騎士達からの無言の圧力と、真相を知らぬ見物客からの歓声を浴びながら、少女は細い体をふらつかせながらも二段の階段を上りきる。
少女を面前にして、処刑執行人が声を張り上げた。
「何か言い残すことはあるか?」
直後、場内を満たしていた叫びが、引き潮のように消え失せた。
壇上にいる少女は俯いたまま、口を開こうとしない。
張りつめた静寂が、処刑場を満たした。
「…そうか、何もないか」
ややあって、呆れるように処刑執行人が言う。
執行人が外套の隙間に手を差し入れるのを見たラムザは、腰を浮かせながらアグリアスとムスタディオに目配せした。
処刑される者が長髪の場合、通例ならば、うなじ辺りで髪を切られる。手早く磔に拘束するための処置だが、王女の艶やかな金髪を下級役人ごときがもてあそぶなど、断じて認められない。
「そこまでだっ!」
ラムザは叫ぶなり、カモフラージュのために羽織っていた雨具を脱ぎ捨てた。跳躍し、客席から地面へ飛び降りる。わずかに遅れて、アグリアスとムスタディオがそのあとに続いた。
背後に続く二つの足音を耳にとらえながら、ラムザはつかつかと処刑台へ歩み寄った。五歩目で足を止め、処刑台を見据えながら剣を抜き放つ。
「オヴェリア様を返してもらおうか!」
陽光を反射して、一瞬、刃が銀色に光る。
その輝きを目にして、処刑執行人が「くくくっ…」と肩を震わせた。
「かかったな!」
直後、処刑台に佇む二人の姿が一変する。
フードをずり下ろした処刑執行人の素顔は、ガフガリオン。
うっとうしげにカツラをはずし、白のドレスを脱ぎ捨てた少女の顔は、王女とは全く違うもの。
「!?」
「あいかわらず素直すぎるぜ、小僧」
物覚えの悪い教え子を前にした教師の表情でガフガリオンは言い、左手を挙げる。ラムザ達が一般人と認識していた見物客が一斉に立ち上がり、おのおのが隠し持っていた武器を構えた。
「これは…処刑自体が我々をおびき寄せる罠かッ!」
仲間以外の全員がガフガリオンの手の者である意味を察し、アグリアスが柳眉を逆立てる。
かたや――、
「…オヴェリア様はどこだ」
かつての上官を詰問するラムザの顔に、感情の色はなかった。処刑台を見上げる青灰の目は鋭くも冷ややか。隙なく下段に構えられた剣がぶれることもない。
敵に動揺を悟らせないその態度に免じて、ガフガリオンは素直に答えた。
「ライオネル城さ。それより宝石はどこだ?」
「宝石?」
「しらばっくれるンじゃねぇよ。枢機卿から盗んだ宝石だ。宝石を盗んだヤローと一緒なンだろ? いいから、さっさとこっちに渡しな」
ガフガリオンが空いた手をラムザに差し伸べ、クイクイと五本指をそろえて上下に動かす。
ラムザは剣を両手で構えなおした。
「欲しければ力ずくで奪ったらどうだ。それがあなたのやり方のはずっ!」
「少しは成長したようだな」
皮肉を交えた拒絶に、ガフガリオンの口角が緩やかにあがる。差し伸べていた腕をゆっくりと下ろし、かつての部下を見下ろした。
「ならばそうさせてもらおうかッ!」
ガフガリオンが、挙げたままの左腕を勢いよく振り下ろす。
指揮官の合図を受け、兵達が一斉に行動を開始した。
庶民だと思っていた見物客達が、あっという間に敵に早変わり。
想定外の事態に、入り口近くの二階席に座っていたアデル・イゴール・マリア・イリア四名は一時茫然とした。
そんななか――、
「壁を背にしろッ!」
敵が発した鞘走り音に、イゴールがもっとも早く我に返った。石造りの壁にその長身を預け、愛用の弓を構える。彼の姿を見て、他の三名も冷静な判断を取り戻した。
イリアが背中を壁にくっつけ、杖を握り直す。召還士として出撃した黒髪の少女を守るべく、マリアがその正面に立つ。亜麻色の髪のナイトの脇を、モンクのアデルが固めた。
「どうする?」
二倍の敵を見据えたまま、アデルが口を開く。
「処刑自体が狂言だったのなら、作戦を続行する意義はない」
疑問に答えたのはイゴールだった。声を潜めたまま、彼は続けて言う。
「ラムザ達と合流して、さっさと撤退すべきだ」
「それはわかるけど、向こうはやる気満々みたいだぜ」
「あちらにすれば、私達全員をしとめる絶好の機会だものね」
隠し持っていたナイフや剣をちらつかせて攻撃する機会をうかがっている敵兵に、アデルは肩をすくめ、マリアは「はぁ」と大きなため息をこぼした。
「となると、この辺りの敵を無力化してから入り口へ移動。ラムザ達が来るまで、わたしたちで退路を確保するのが最善かな」
イリアの意見に、イゴールが「ああ」と首を縦にふる。
その直後、
「ならばそうさせてもうらおうかッ!」
野太い声がこだました。敵が一斉に武器を構える。
迎え撃つ冒険者達も身構えた。
王女に扮していた女弓使いが、立て続けに矢を放つ。
「よけろッ!」
叫ぶなりラムザが左へ跳ぶ。
アグリアスはムスタディオの肩を押し出しながら飛び退いた。直後、自分たちが立っていた場所に三本の矢が突き刺さる。
「うわっ!」
したたかに尻餅をつくスタディオに心の中で詫びながら、アグリアスは剣を抜き放った。接近戦に弱い機工士めがけて切りかかってきた剣士の刀を、己の盾で受け止める。カウンター気味にアグリアスが突き出した剣は、命中する寸前で横にかわされてしまった。間合いから逃れた敵を見据えたまま移動し、身を起こしかけたムスタディオを背後にかくまう。
「ムスタディオ、私のそばを離れるな!」
「あ、あぁ」
うなずく気配を聴覚がとらえた瞬間、右側面から、白獅子の紋章をかかげたナイトが自分めがけて走り込んでくるのが見えた。正面の剣士も地を蹴る。
二方向からの同時攻撃に、アグリアスの背筋が強ばった。
(避ければ、ムスタディオに当たるッ!)
側面からの攻撃は鎧で防御する覚悟を決め、正面の敵に集中する。
しかし――、
「させないッ!」
ラムザの放った礫がナイトの横っ面に命中した。呻きながらその足が止まる。
「おらぁ!」
その一瞬の隙を逃さず、ムスタディオが銃を撃った。腹部を貫かれ、衝撃と激痛でナイトが倒れ伏す。
そして、
「北斗骨砕打!」
アグリアスが発動した聖剣技を全身に浴びて、剣士は白目をむいた。糸が切れた操り人形のように、ガクンとその身体が崩れ落ちる。
立ち上がる気配がないことを視認して、アグリアスはふぅと短く息をついた。
「二人とも。助かった、礼を言う」
「へへっ、どういたしまして」
ムスタディオが得意げに、人差し指で鼻先をこする。
一方、ラムザはアグリアスを一瞥することもなく、別の敵に向かっていた。青灰色の視線は、常に、忌まわしきダークナイトを捉えている。彼の援護に向かおうと駆けだしたアグリアスだったが、処刑台から放たれた矢が、二階席から飛び降りて拳を振り上げる敵兵の存在が、彼女の動きを阻害した。
(こちらの戦力をさらに分断する気か)
アグリアスは顔をしかめた。だが、背後からの攻撃を無視するわけにもいかない。
ならば――、
「ムスタディオ。弓使いと魔道士を優先的に撃ってくれ。そなたを害しようとする敵は、私が対処する」
アグリアスは後背の敵をすべて排除する覚悟を決めた。ラムザの実力なら、しばらく援護がなくても倒れないと信じて。
「わかった。任せてくれ」
背後で撃鉄を起こす音を聞きながら、アグリアスは剣を青眼に構え直し、己の気を高めた。
二合の剣戟で発生した隙に乗じて、ラムザは敵のわき腹を己の剣でなぎ払った。鮮烈な赤い液体を散らしながら、面前を塞いでいた存在が倒れる。視界が開けるなり、彼は走り出した。
「ガフガリオン!」
正面にいる男の名を叫び、処刑台へと至る二段の階段を一足で駆け上る。不敵な笑みを浮かべる男の胴体めがけて突き出した己の剣は、紅い剣に弾かれた。カウンター気味にこちらの喉を裂こうとする紅い切っ先を、ラムザはとっさに上体を捻って避け、すかさず臑を狙って蹴りを出す。だが、これもバックステップでかわされてしまった。
「イイ動きだ。滝での傷は完治してるようだな」
ガフガリオンがその黒い目をにぃと細める。
「頭を抑えて指揮系統を乱そうって作戦も悪くない。だが、オレに勝てると思ってンか?」
「僕はあなたを倒さなければならない」
ラムザは抑えた声で答え、剣の柄をわずかに握り直す。
切っ先に等しい鋭さを秘めた青灰色の眼光に、ガフガリオンは顔から笑みを消した。処刑台に佇むもう一人の存在――王女の偽役を任せた女弓使いに、目配せする。
「テス」
底光りする黒い瞳で睨まれ、テスと呼ばれた女弓使いは、上官の意図を悟った。攻撃対象を、正面の金髪の若者から青の服をまとった聖騎士に切り替える。
「いいだろう。ただ、ここは狭い。場所を移すぜ」
ガフガリオンがひらりと処刑台から飛び降る。ややあって、ラムザもその後を追った。