驟雨(3)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第十二章 驟雨(3)

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 ラムザと一緒に偵察に行くことになり、アデルはよかったと思っていた。二つの心配事を解決する、絶好の機会を与えられたからだ。
 ただ、なかなかそれを口に出すチャンスが巡ってこなかった。
 洞穴をでた直後は、ライオネルの追っ手がいないか警戒しなければならなかったので、足音はもちろんのこと草をかき分ける音さえ殺す必要があった。当然ながら、ラムザと会話など望めるわけもない。
 周囲の地形と地図を照らして進路を修正しながら先導するラムザの後を、アデルは無言で追った。
 雲の隙間から見え隠れする太陽の位置から判断するに、出発してニ時間は経過しただろうか。木の背丈が小さくなり、正面から風を感じるようになった。地面の起伏もだいぶ緩やかになっている。
「谷の出口が近いみたいだね」
 ようやくラムザが口を開く。アデルはうなずき、
「なら、ちょっと休憩しないか? このあたりにライオネルの追っ手はいないようだし」
「いいよ」
 ラムザはこちらの提案を受け入れてくれた。手頃な木に背を預けて座り、荷袋から水筒を取り出している。
 アデル自身も喉が乾いたので、彼に倣った。ゴクンと喉をならして水を飲んでいると、
「よかったら食べるかい?」
 ラムザから差し出されたのは、干した杏だった。
 アデルは怪訝に思った。携帯している食料に、乾燥させた果物はもう残っていないはずだ。野営でも自分好みの食事を食べたいという願望から調理を受け持つことが多いからこそ、食材の内容・量は正確に把握している。
 となると、これはラムザの私物か?
「いいのか?」
「空腹で君が行動不能になったら困るからね」
 冗談に紛れて皮肉を言うのは、士官学校時代と変わらない。懐かしさにつられ、つい、アデルは干し杏を受け取ってしまった。口に放り込んで噛み砕けば、甘みが口内に広がる。
(うまいな)
 目で感想を伝えると、ラムザは微かに笑う。
 そんな彼の表情に、アデルは胸をなで下ろした。
 ドーターで再会した当初に比べれば、ラムザは感情を表すようになった。さすがに士官学校にいた頃の屈託のない笑顔は見てないが、喜怒哀楽を隠そうとはしなくなったし、こちらに話しかけるようにもなった。能面のような顔で事務的な会話しかしなかった頃を思えば、大進歩だ。
(ゴーグの一件で、少しは俺達のことを認めてくれたか)
 そう感じたから、
「おまえさ、後悔しているのか?」
 アデルは、二つの気がかりのうちの一つ、ラムザの心理的負担が軽いと思われる方を切り出した。
「なにが?」
「バリアスの谷で追っ手を全滅させたことだ。『ごめんなさい』って謝ってたろ?」
「偽善だと思うかい?」
 ラムザが吐き捨てるように言った。
「位置を知られるわけにはいかなかったから全員殺すように命じておいて、いざ現実になると罪悪感に苛まれる。殺さずとも他に手はあったんじゃないかって、つい考えてしまう。彼らにも家族がいただろうにと考えると、居たたまれなくなる。実際に手を下した人間が何をいっているんだ、この偽善者めって思うだろう?」
 ラムザの口ぶりは滑らかだった。
 同じことを何度も繰り返して自問していたからか。誰かに言われ続けたからか。その両方か。アデルにはわからない。だが、彼の発言には、認めがたいものが多分に含まれていた。だからこそ、
「偽善だと非難されようが、何も感じない奴よりはマシだと思うぜ。人として」
 思ったままを、偽らずに伝える。
「………」
 ラムザは暗い目で、己の手元をじっと見ている。
 晴れる気配がない彼の表情に、もう一つの心配事を告げるべきかアデルは迷う。だが、どうせショックを与えるなら一遍にやってしまった方がいいだろう。覚悟を決めた。
「あとさ…おまえ、いつまで“家”のこと隠しておくつもりだ? そりゃ、お姫さまを殺そうとしているのが自分の兄貴だなんて言いにくいだろうけど、お姫さま達にこれからも関わるつもりなら、いつかはバレることだぜ。北天側から暴露されるよりもおまえが自分で告白した方が、お姫さま達のショックがまだ小さいんじゃないか?」
 ラムザはうつむいたまま、押し黙っている。
 言うべき事を伝えきったアデルは、ひたすら相手からの反応を待つ。体内時計で数分は経った頃、ラムザが立ち上がった。
「もう休憩はいいだろう。そろそろ行こう」
 こちらを向きながらも微妙に視線を逸らしたまま言い、外套についたフードを目深く被った。機械的な足取りで脇を素通りしていく。
 表情と感情を悟らせない彼の仕草に、アデルは内心ため息をついた。

***

 掃除・洗濯に薪拾い。水くみに食事作り。
 野営地の衛生を保ち、快適に過ごすために必要な雑務が一段落した午後。
 アグリアスは洞穴の外で鍛錬にいそしみ、イリアは魔法力を高めるための訓練、瞑想をしている。そして、ムスタディオといえば――、
(『万能薬で治せるステータス異常を、すべて答えよ』って、全部書き出さなくちゃいけないのか!?)
 地面に書かれた文章を読み上げる度に、頭を抱えてうめいていた。
 アイテムに関する十個の問題は、すべてイリアが書いたものである。実は、ムスタディオは、ゴーグを出立して以来、イリアにアイテム士の指南を受けていた。この五日間で、ポーションやフェニックスの尾など初歩的なアイテムの使用法に、武具のメンテナンス法はマスターしたと自負している。
 そうイリアに伝えると、「じゃあ、この問題といてみてね」と出されたのがこのテストであった。
「毒に沈黙、石化に眠りとカエル…もう少しあったような…」
 こめかみを指先でトンと叩くも、続きが出ない。
 ひとまず思いつく限りを答え、ムスタディオは次の問題を読み上げた。
「『アンデットモンスターを戦闘不能にさせるアイテムは何?』か…」
 霹靂のように、ツィゴリス湿原における戦いの一幕が脳裏によみがえる。ムスタディオは自信をもって「フェニックスの尾」と答えを書いた。
「んで、次は…『バーサク、死の宣告、アンデット、ドンムブ、ドンアク、チキン。これらのうち、アイテムで治せるステータス異常はどれ?』って、あるのか?!」
「アンデットだ。聖水で解除できる」
 堅い口調が答えを教えてくれる。
 振り向くと、十メートルほど離れた場所で素振りをしていたはずのアグリアスが、手を伸ばせば届く距離に佇んでいた。
「さきほどから声が大きい。追っ手に聞こえたらどうする」
 真剣な表情での厳しい指摘に、ムスタディオは素直に「すまねぇ」と謝った。枝の先端で、解答欄に『アンデット(アグリアスさんに教えてもらった)』と書く。
 カンニングを自己申告する素直さに、アグリアスは微笑して腰を屈めた。
「ずいぶん熱心だな」
「弾が切れたときに何もできないんじゃ、お荷物になってしまうからな」
 ムスタディオは、常になく真剣なまなざしで問題に向き合っている。
 その横顔を眺めているうちに、ふとした疑問がアグリアスの脳裏に浮かんだ。
「ムスタディオ、そなたの父君は無事、バート商会から解放されたのだろう?」
「ああ。今頃はギルドのみんなが守ってくれているはずだ」
「聖石も守れたのだろう?」
「まあ、一応は…」
「では、そなたの目的は達せられたはずだ。なのに、なぜ、今も、我らと共に行動しているのだ?」
 ムスタディオが心外そうに顔をしかめる。
 怯むことなく、アグリアスは続けた。
「そなたの銃の腕前は見事だし、立派に戦力になるだろう。しかし、そなたは技術者であって、戦士ではない。どちらかと言えば非戦闘員だ。好き好んで戦場に立つ必要はないと思うが…」
「それって、オレのこと心配してくれているわけ?」
「ち、ちがう!」
 きつい口調で即座に否定されるも、熟れたリンゴのように赤い顔が図星であることを示している。
 妙に可愛らしくて、ムスタディオは思わず吹き出してしまった。
「なぜ笑う!」
「いや…あんたでも…そんな顔するんだなぁって思って…」
「もういい!」
 アグリアスが腰を上げ、立ち去ろうとする。
 ムスタディオは慌てて立ち上がり、「待ってくれ」と憤慨する背中に声をかけた。
「確かに、オレはあんたやラムザのように剣が使えるわけでも、イリアのような魔法使いでもない。アイテムについて勉強はしているけど、所詮付け焼き刃。戦場という得体にしれない場所では通用しないかもしれない。でも…、オレには戦う理由がちゃんとあるんだ」
 足を止めたアグリアスが振り返り、こちらをじっと見つめている。
 促すような蒼い瞳に、緊張しながらもムスタディオは告げた。
「ラムザが言ったんだ。枢機卿が、聖石を手に入れるためにあんたらを利用しようとするかもしれないって。となれば、お姫様を処刑するなんて枢機卿が言い始めたのも、オレのせいかもしれないだろ?」
「枢機卿は、おそらく、最初からラーグ公と結託してた。オヴェリア様を『偽物』扱いにして処刑しようというのも、オリナス王子を擁立したいラーグ公側の意思を反映してのこと。そなたが責任を感じる必要はない」
「そうかもしれないけどよ…オレにはあのお姫さまが『偽物』で殺されても当然の人だとはどうしても思えない。きれいな人だし、平民のオレにも気さくに話しかけてくれて、機工機械について耳を傾けてくれたし。オレが聖石を持っていたせいでお姫さまたちに迷惑をかけているなら何とかしないといけないと思った。んで、昨日、あんたから処刑されるって聞いて、なんとかして助けてあげたいって思った」
「それがそなたの戦う理由か」
「そうだ」
 ムスタディオは頷き、そして、驚いた。堅い口調と態度を崩さない聖騎士が、優しく笑っている。
「アイテムは、戦場ではチャージなしで使用できる希少な回復手段だ。扱いに熟知した者がいると、私としても戦いやすい。当てにさせてもらうぞ」
 そう言い残して、アグリアスは洞穴の中へと去っていく。
 仲間として認めてくれたことにも気づかず、ムスタディオは茫然とその背中を見送っていた。

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