驟雨(4)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第十二章 驟雨(4)

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「バート・ルードヴィッヒが死んだ!?」
「ええ、なんでもライオネルで急死したらしいですよ。そんで、バート商会では誰が跡を継ぐかでてんやわんやの大騒ぎですよ」
 木製のカップを二つテーブルに置きながら、酒場の店主が言う。
 しかし、マリアとイゴールは最後まで聞いていなかった。
 枢機卿と結託していたルードヴィッヒが死亡し、現在のバート商会にはブナンザ親子を付け狙う理由も余裕もない。その事実こそが重要だったからだ。
「今のところ有力な候補は――」
 なおも話したげな店主に、イゴールは情報料として銀貨一枚を見せ、二人分の食事を注文する。店主は笑顔で受け取り、厨房へ去っていった。
「これで、バート商会の追っ手を気にする必要がなくなったわね」
 一つのカップをイゴールの前に置きながら、マリアが口を開く。
「ムスタディオに教えてあげたら喜ぶでしょうね。ベスロディオさんのこと、心配していたようだから」
 イゴールは頷き、面前のカップを手に取った。縁に口を付ける。
「でも、こっちはまだ解決されていないわ」
 マリアは肩にかかっていた亜麻色の髪を掻きあげる。イゴールが眉をひそめて、カップをテーブルに戻すのを見届けて、彼女は切り込むように告げた。
「あなた、イリアと何があったの?」
 イゴールの顔が瞬時に凍り付き、次の瞬間にはうつむかれた。
「三日前、買い出しに行ってからあなたたち変よ。イリアはあからさまにあなたを避けているし、あなたはイリアと話さなくなったし」
「………」
 マリア自身が確認した事実を伝えるも、イゴールは反論しようとしない。顔を伏せたまま、無言を貫く。
 体感で一分ほど待っても変わることがないイゴールの態度に、マリアは大きなため息をついた。
「言いたくないなら無理には聞かないけど。せめて、戦闘に支障がない程度にコミュニケーションをとって。昨日のような、無様な連携は勘弁してほしいの」
(イリアの『不変不動』で行動不能になった敵の武器を矢で破壊したり、『沈黙唱』にかかった魔道士にマインドブレイクをしたり…。矢の無駄じゃない)
 マリアは半眼で、茶色のつむじを睨みつける。
 言外に匂わせた事柄を察したのだろう。やがて、イゴールがのろのろと顔を上げて、マリアを真っ正面から見据えた。
「おまえの言いたいことはわかった。四日後の作戦までには善処しよう」
「いいわ。もし、私でなにか手助けできることがあるなら、いつでも言って。協力するから」
 交わっていた緑の瞳が反らされ、テーブルに落とされる。
 自身の物思いに沈むイゴールを眺めつつ、マリアは肩を落とした。
(で、結局イリアと何があったかは教えてくれないのね…)
 不意に、胃の中がムカムカしてきた。
(イゴールといい、ラムザといい、どうして仲間を頼ろうとしないのよ。まったく、もうっ!)
 マリアは一息にカップの中身を飲み干した。ぬるめの水はのどの渇きを癒してくれたが、不快感の解消には役立たなかった。

***

 別行動をとっていたメンバー達がそれぞれの目的を達成し、野営地に帰還したのは、あと一時間ほどで日が没する時刻だった。
 留守を守っていたイリア・ムスタディオ・アグリアスの三名が用意した夕食を取り、空腹を思う存分満たし、食後の香草茶が全員に行き渡ったところで、
「では、偵察の結果を報告します」
 ラムザが口火を切った。
「ゴルゴラルダ処刑場は、ここから徒歩で約三時間の距離にあります。すり鉢状の地形を生かした半円形劇場の跡地で、出入り口は北側に一カ所。他の三方は、階段状の客席が二十段ほど続いていました」
「半円形劇場って、神聖ユードラ帝国でよく造られた建築物だね」
 イリアが口を挟んでくる。
 彼女の傍らに腰掛けるマリアが、「そうね」と頷いた。
「ライオネル領は各地に、古代帝国の遺跡がいくつもあるって聞いたことがあるわ。処刑場もその一つなのでしょうね」
「古代帝国の遺産だっていうなら、もう少し穏便に活用しろってんだ。構造と素材が解明できたら、建築技術が飛躍的に向上するだろうに」
 顔を苦々しくしかめたのは、ムスタディオである。機工士という立場上、古代文明の遺産が、処刑場という血なまぐさい施設に転用されているのが腹立たしいのだろう。
 一方、
「出入り口は本当に一カ所しかないのか? 階段を上りきれば、客席側からも逃走できそうだが」
 戦術的な事柄を口に出したのは、アグリアス。
 聖騎士の問いに、ラムザはゆっくりと首を横に振った。
「処刑場の数キロメートル先に、客席側の逃げ道をふさぐかのように蛇行した川が流れています。雨期のせいか、水量がかなり多い。徒歩で渡河するのは危険です」
「これといった橋も見あたらなかったし」
 同じく偵察に行ってたアデルが肩をすくめ、
「もしあったとしても、ライオネル聖印騎士団に押さえられたらおしまいだ」
 イゴールが低い声で断言した。
「そうか。ならば、オヴェリア様をお助けするまで、出入り口は我らで確保しなければならないな」
 顎に手を当てながらアグリアスが呟き、ラムザが彼女の思案を引き継いだ。
「二手に分かれるべきでしょう。オヴェリア様達を救出する班と、出入り口を確保する班と」
「そうだな」
「なあ、わからないことがあるから聞いていいか?」
 おもむろに、ムスタディオが右手を挙げる。
「さっきから脱出の話ばかりでているけど、処刑場にはどうやって潜入するんだ?」
「潜入する必要はないよ」
 穏やかな声音でムスタディオの懸念を否定したのは、ラムザだった。
「ゴルゴラルダ処刑場は、ライオネル領の“公開”処刑場だ。当日の見学は誰でも可能なはず。僕たちは、見物客に紛れて堂々と入ればいい。…武装がバレないように、何かで隠す必要はあるだろうけど」
「へぇ…そんなもんか」 
 不安が解消されたのか、ムスタディオが大きく頷く。
「で、どうやって班分けする?」
 その動作を横目で見やりながら、アデルが話を元に戻した。続けて彼は言う。
「刑場には見張りがいるだろうから、どちらの班にいても戦闘は避けられない。戦力がなるべく均衡になるよう、四・三ってところか?」
 アデルの言葉を聞きながら、ラムザは思案をこらす。
 救出班は役目上、接近戦になるだろう。となれば、接近戦に弱いイリアとイゴールは外さなければならない。必然的に二人は退路を確保する班だ。当然、二人だけで退路を確保するのは難しいだろうから、盾となりうる人物が必要だ。アグリアスはきっと救出班を志願するだろうから、ナイトであるマリアに二人を守ってもらおう。同時に、アデルに拳術で攻撃と回復を担ってもらえば、より万全だ。
「私は、救出班に回らせてもらう」
 アルトの声で決然と宣言したのは、予想通りの人物。
 ラムザはうつむき加減になっていた顔を上げ、意志の光が宿る蒼の瞳を見返しながら頷いた。
「わかりました。僕もあなたに同行します。それと…ムスタディオもついてきてくれるかい?」
「オレも?」
「うん。救出班の方が見通しがいいから、銃撃しやすいと思う」
「わかった」
「残りは、出入り口を確保する班と考えていいのね?」
 マリアの指摘に、ラムザは「うん」と頷き返す。
 そのとき、マリアは視界の端でイゴールが眉間にしわを寄せたのを認めたが、敢えて無視した。
「わかったわ。細かいことは明日に打ち合わせしましょう」
 その言葉でもってラムザの報告を切り上げて、マリア自身がウォージリスで仕入れた情報――バート・ルードヴィッヒがライオネルで急死したことと、現在のバート商会にブナンザ親子を追い回す余裕がないことを告げる。
「親父…」
 安堵の笑みでそう呟くムスタディオの肩を、アデルが「よかったな」と軽く叩く。
「急死って…死因は?」
「わからないわ」
 イリアの問いに、マリアが短く答える。
「そう…。持病があるようには見えなかったけど…」
「そうね。太っている割には逃げ足早かったものね」
(枢機卿は、ルードヴィッヒを切り捨てたんだろう)
 少女二人の会話を聞き流しながら、ラムザは胸の内でひとり呟いた。
(そして、今度は北天騎士団を利用して聖石を奪おうとしている。北天側からすれば、王女誘拐事件の真相を知る僕たちを始末したいはずだ。つまり、僕たちの存在が邪魔だという点で、二者の利害が一致したんだな)
 不意に、一つの可能性がラムザの脳裏に浮かぶ。
(ダイスダーグ兄さんと枢機卿が手を組んだのなら、王女の処刑を見届けるために、北天側の兵力が処刑場に配備されるかもしれない?)
 胃の中に収めた夕食が鉛化したような感覚に襲われ、反射的に右腕で胃のあたりを支える。そうした己自身に気づいた瞬間、ラムザは愕然とした。
(今さら、僕はなんで怯えているんだ?)
 重苦しさの原因となる感情を察してしまったから。
(ゼイレキレの滝でガフガリオンに反した時点で、こうなることは分かっていたはずだ。ダイスダーグ兄さんの考えには、もう従えない。あのとき、オヴェリア様を助けたことに後悔なんてしていない。なのに、どうして? 何がそんなに怖いんだ?)
 自らに問うも、返ってくるのは胃が固くなる感覚だけだった。

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