驟雨(2)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第十二章 驟雨(2)

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 アグリアスを追っていたのは、正真正銘、ライオネルの騎士だった。倒した相手の装備には、一様にライオネルの紋章―――天秤を掲げ持つ有翼獅子が刻まれていたからだ。
 こちらが気づいた追っ手はすべて全滅させたが、このまま川辺という見通しがよい場所にいれば、別働隊に見つかるかもしれない。
 だからこそ、傷の手当を終えるなり、ラムザ達は移動した。確実に風雨を凌げ、落ち着いて情報交換ができると思われる場所―――昨夜、野営地として利用した洞穴へ向かう。

『奴らはオヴェリア様を処刑しようとしている』

 法と秩序を重んじるはずの聖職者が、なぜ、そんな暴挙に出たのか。
 どんな意図があってのことなのか。
 聖石をあつめ、意のままになるゾディアックブレイブを創設するのは、教会の権威を高めて、国政に介入するためではないのか。
 それならば、なぜ、ラーグ公の覇権を容認するような愚を犯すのか。
 王女の願い通り、ラーグ公とゴルターナ公との対立を治め、内戦を未然に防いだ方が、二大勢力の無能を証明できて民衆の信望が集まるはずなのに。王女の信頼によって王家との繋がりも得られ、国政に介入しやすくなるだろうに。 
 枢機卿は、なぜ、聖石にこだわるのだろうか。

 移動しながら、洞穴に着いて野営の準備をしながら、ラムザは考えていた。
 だが、アグリアスから詳細を聞いて認識を改めた。相手は、すでになりふり構わない実力行使に出ているのだ。
 そう感じたのは、ラムザ一人だけではない。
「なんか無茶苦茶だな」
 眉間にしわを寄せてアデルはつぶやき、
「そんな…猊下が…ライオネルの英雄が…」
 長年敬愛してきた枢機卿像が、完膚なきまでに砕け散ったのだろう。ムスタディオはショックで身体を震わせていた。
「刑が執行されるのは、双子の月一七日の正午。今日は一二日だから…」
「五日後だね」
 マリアとイリアが小声で会話し、そっとアグリアスの方を見やる。
 濡れた服の代わりにとマリアの服を借りて着ている聖騎士は、横座りの姿勢でじっとたき火の炎をみつめている。端麗な横顔には、不自然なほどに感情の色がなかった。
「ラムザ、どうする?」
 イゴールが重々しく問いかける。
「オヴェリア様達を助けに行くという基本方針は変わらない。でも…」
 ラムザは半ばで言いよどんだ。ゴルゴラルダ処刑場に向かうべきか、それとも当初の予定通りライオネル城へ行くか、悩んでいたからだ。
 枢機卿の布告を信じるなら、五日後、確実に王女の身柄はゴルゴラルダ処刑場に移される。あらかじめ処刑場に潜んでおき、刑が執行される前に救い出せば目的は達成される。むろん、処刑場には脱走防止と見届け役として多少の兵が配備されるだろうが、ライオネル城に常駐している数百の兵よりは圧倒的に少ないから、七名というこちらの戦力でも勝てる見込みは十分にある。
 しかし、残り二人の王女親衛隊の騎士―――アリシアさんとラヴィアンさんが、王女と一緒に連行されるかが分からない。
 もし、彼女たちが移送されなかったら、王女を助けたとしても、身代わりとして彼女たちがむごい仕打ちを受けるかもしれない。仮にも聖職者の地位にある人間がそんな下劣な手段をとるとは考えたくもないが、犯罪組織であるバート商会と結託していた以上、もはや枢機卿の人格には一片の信用もおけない。
 ならば、あと五日もあるなら、ライオネル城へ行った方がいいのではないだろうか。アグリアスさんの脱出によってより警備が厳重になっているだろうが、侵入は予想以上に困難になっただろうが、確実に三人を救うにはそれしか――。
「貴公らが加勢してくれるというなら、共にゴルゴラルダ処刑場に向かおう」
 堅いアルトの声が、決然と言う。
 ラムザが思わず発言者を見やると、アグリアスもまた、ラムザをじっと見つめていた。
「私を取り逃がしたことで、ライオネル城の警備はより厳重になっているはず。十名に満たない我らの戦力で襲撃しても、オヴェリア様を救い出せる可能性は低い。それよりは、ゴルゴラルダ処刑場で待ち伏せて、処刑される前にオヴェリア様を助け出す方が、勝率も成功率も高いはずだ」
 “オヴェリア様”であり、“オヴェリア様たち”ではない。
 アグリアスの口から発せられる単語が、ラムザをかっとさせた。
「それじゃあ、アリシアさんとラヴィアンさんはどうするんだ! あなたは二人を見捨てるつもりかッ!」
 だが、アグリアスは沈着だった。
「アーベルト殿は…私をライオネル城から脱出させてくれた騎士は、『従犯の女達はむち打ちに処す』と言っていた。ならば、あの二人も一緒に移送される可能性がある。私はそれに賭けたい」
 落ち着いたその態度に、ラムザは頭に上っていた血が急激に下がるのを自覚した。
 囚われた王女達を全員、無事に救いたいと誰よりも願っているのはアグリアスなのだ。それなのに、自分は『見捨てるのか』と非難した。それがどれほど的外れで、無礼で、残酷なことか―――。
「すみません、言葉が過ぎました」
「いや、いい。謝罪は不要だ」
 うなだれるラムザに、アグリアスは軽く頭を振る。
 聞こえているはずなのに、彼はなかなか顔を上げようとしない。拳をきつく握りしめて、うつむいたままだ。気まずさを感じて、彼と友人だという冒険者達を見渡すも、彼ら彼女らはアグリアスの視線に気づかない。四人とも、沈痛な面もちで友を見やっていた。
 炎で薪がはぜる音が、一つ、洞穴にこだました。
「じゃあ、その処刑場に向かうんだな」
 重苦しい沈黙を打ち破ったのは、ムスタディオだった。アグリアスが頷くのを確認してから、当人にとって至極まっとうな疑問を口に出す。
「でさ、そのゴル…なんとかって処刑場はどこにあるんだ?」
 直後、全員が、ムズタディオを凝視した。個性の差はあれど、みな、ほうけたような顔をしている。
「知らないのか?」
 イゴールが尋ね、
「ライオネル領の公開処刑場なのに、歴史上いわれのある場所なのに、本当に知らないの?」
 マリアが疑いのまなざしを向ける。
 ムスタディオは素直に頷いた。
「知らないぜ。公開処刑なんて見たくないし、機械に関係ないことはさっぱりだし」
「…そりゃそうだ。興味ないことは覚えないよな」
 やや間があったが、アデルが賛同してくれた。
「ゴルゴラルダ処刑場。かつて、神聖ユードラ帝国によって聖アジョラが処刑されたと伝えられている場所だよ。確か、山地を挟んでライオネル城の南にあったと思うけど」
 イリアが丁寧な解説をし、ラムザが荷袋から地図を取り出した。畳まれていたそれを丁寧に広げ、「あった」と地図の一点を指さす。
「イリアの言うとおりだ。この洞穴からだと西にある」
「でも、この地図だけでは徒歩で何日かかるか、実際の処刑場がどんな地形をしているか、分からないわ」
 横から地図をのぞき込んだマリアが言う。
「一直線に進めば、ライオネル城からウォージリスまでの距離の約半分。つまり徒歩一日ということになるが…」
 イゴールが指を尺度代わりにして距離を測り、
「整備された街道を進むわけじゃないから、実際に調べてみる必要がある」
 ラムザが締めくくり、地図を畳み直した。
「あとさ、食料が保たないぜ。三日分しか用意していないから」
 アデルの発言に、ラムザは「わかっている」と首を縦に振った。
「明日は三つに分かれて行動しよう。偵察に行く班、ボコ達に乗ってウォージリスへ補給に行く班、ここで待機する班だ」
 ラムザの提案は全員に受け入れられたが、その人選はなかなか決まらなかった。
 真っ先にアグリアスが偵察に行きたい旨を主張したが、追っ手の存在に彼女を除く全員が反対した。ならば、食料の買い出しついでに自身の武装も整えたいから、ウォージリスへの買い出しに向かいたい。そうも言ったのだが、ラムザによって反対された。顔や特徴を書いた手配書が、ウォージリスに出回っている可能性も否定できないというのが理由だった。
 消去法の結果として、アグリアスは待機班に回された。
 バート商会から追われている事情から、ムスタディオも強制的に待機班へ。
 比較的顔が知られていない元傭兵と冒険者四人で話し合った結果、偵察にはラムザとアデルが。買い出しにはマリアとイゴールが。そして、イリアは洞穴に残ることが決まった。

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