思惑(3)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第十一章 思惑(3)

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 沈黙が長々と、港に佇む若者たちの間を支配する。
「な、なぁ、ひとまず移動しないか。ここにじっとしていると目立つぜ」
 ムスタディオがそう提案すると、数秒の間を経てイゴールが頷いてくれた。
「そうだな。ムスタディオ、アデルを支えていてくれ。俺はチョコボを連れてくる」
「それならわたしが行くよ。アデル、あまり動かさない方がいいから」
 イリアがそう言って立ち上がり、マリアに歩み寄った。
 小声で話しかけ、マリアからボコの手綱を譲り受ける。
「ボコ。アデルを背中に乗せてあげて。船酔いで憔悴しきって、自分で歩けないの」
「クェ〜」
 イリアの頼みに、チョコボが嫌そうに鳴く。
「船旅で疲れているだろうけど、お願い。あとでおいしい野菜買ってあげるから」
 マリアの頼みにも、ボコは不満げにのどを鳴らす。
 だが、次の瞬間、チョコボの態度が激変した。
「ボコ、僕からも頼むよ」
 ラムザがチョコボの黄色い頭を優しく撫でる。
 チョコボは心地良さそうに目を細め、「クエ!」と一声鳴いた。
「ありがとう、ボコ」
 ラムザがチョコボと連れだって、ムスタディオ達に近づいてくる。
 イゴールの上半身に背中を預けた格好で気絶しているアデルを見た瞬間、ラムザは申し訳なさそうに目を伏せた。
「宿を探そう」

 若干の間を経て発せられた、ラムザの提案。
 ムスタディオには、彼の声音も表情も、いつもと変わらないように思えた。
 だが、そうではなかった。
 ショックなことを押し隠すための演技にすぎなかった。
 宿に落ち着いた今、ムスタディオはそう確信している。

『ボコとオルニスの様子をみてくる』
 同室となったムスタディオにそう断りを入れてラムザが部屋を出てから、かれこれ一時間。だが、未だに帰ってこない。
 昼間の男は何者なのか。どういう関係なのか。なぜ、聖石のことまで知っているのか。
 本人からいろいろ聞きたいのに、そのきっかけがつかめない。
 かといっても、相手の心情を理解した今となっては、厩舎に押し掛けるのもはばかれた。
(仕方ない。次善の策をとろう)
 整備が終わった銃をホルスターに戻し、ムスタディオは立ち上がった。
 割り当てられた部屋を出て、廊下を挟んで真向かいにあるドアをノックする。
「はい」
 扉の向こうから聞こえた声は、マリアのものだ。
 予想とは違う人物だったが、ムスタディオは気を取り直して声をかけた。
「オレ、ムスタディオだけど…」
「どうぞ。鍵はかけていないわ」
「入るよ」
 ドアをくぐれば、部屋には、ベッドで眠っているアデルと、その脇のスツールに腰掛けているマリアの二人しかいない。
 ムスタディオは目当ての人物の所在を尋ねた。
「イゴールは?」
「彼なら買い出しに行ったわ」
「一人で!?」
「いいえ、イリアも一緒よ」
「そ、そうか…」
 つまり、現時点では、港での出来事について聞き出せそうな人物はマリア一人だけという事である。
(かえって都合がいいかもしれない)
 ムスタディオはそう思い直した。 
「アデルの具合、どうだい?」
「イリアの魔法が効いたのね。よく眠っているわ」
 ムスタディオはベッドに歩み寄り、マリアの隣に立つ。
 視線を枕元に落とせば、マリアの言うとおり、アデルは穏やかな寝息をたてて眠っていた。
「本当だ。顔色もだいぶ良いな」
「ええ」
 マリアがうなずき、ムスタディオを見やった。
「で、聞きたいことは何かしら?」
 促すようなマリアの目つきに、ムスタディオは人差し指でこめかみを掻いた。
「バレバレか」
「まあ、あなたの立場を思えばね。それで、何を聞きたいの? 私でよければ答えるわ」
「じゃ、遠慮なく。イゴールが言っていたけど、港にきたあいつってラムザの幼なじみなんだろ?」
「そうよ」
「貴族と幼なじみなんだから、ラムザも貴族なのか?」
「えっ!?」
 マリアがうわずった声を上げた。
「どうしてそう思うの?」
「あいつの衣装、どう見ても騎士装束じゃないか。平民が着れる服じゃない」
 ああ、とマリアが呟いた。
「ディリータが貴族だから、幼なじみのラムザも貴族だと思ったの?」
 ムスタディオは頷いた。
「で、どうなんだ?」
「ごめんなさい。私には答えられない」
 わからないじゃなくて、答えられない。つまり、答えは知っている。
 裏に潜む事実を、ムスタディオは明敏に察した。
「ムスタディオ、その質問もうラムザにした?」
 不意にマリアが尋ねてくる。彼女の真剣な表情に、ムスタディオは素直に答えた。
「いいや、してない。聞ける雰囲気じゃないし」
「そうね。ムスタディオ、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「あなたが港でのことを気にするのは当然だと思うわ。でも、ラムザが自分で話すまで待ってほしいの。彼にも、前のあなたのようにいろいろ事情があるから」
 過去の言動を持ち出されては、ムスタディオとしてはぐうの音もでない。引き下がるしかなかった。
「わかった。あいつが話すまで待つよ」
「…ありがとう、ムスタディオ」
「じゃ、オレ部屋に戻るよ」
 寝ているアデルの妨げにならぬよう、ムスタディオは足音を殺して扉へ向い、ドアノブに手をかける。押す寸前で、あることを思いついて振り返った。
「なあ、今日の夕飯、自炊だよな?」
「ええ、そのつもりよ」
「じゃ、オレが作るよ。マリアはそのままアデルについててやってくれ」
 そう宣言し、廊下へと躍り出る。その足で、ムスタディオはチョコボ厩舎に向かった。
 案の定と言うべきか、ラムザはまだそこにいた。
 どこかぼんやりとした眼差しで、野菜を食べているチョコボ親子を見下ろしている。
「ラムザ。おまえさ、好きな食べ物ってあるか?」
「…え?」
 近づきながら声をかけると、ラムザは首を傾げた。
「だから、好きな食べ物だよ」
「特に…ないけど」
「じゃ、嫌いな食べ物は?」
「…特にない」
「そか。じゃ、何でも食べれるんだな。市場にある食材で夕飯のメニューを決めるか」
 さっさと結論を下し、きびすを返す。
 だが、走りだそうとした瞬間、呼び止められた。
 振り返れば、ラムザは気まずそうな顔をしていた。
「…ごめん、本当はセロリが苦手なんだ。食べれないわけじゃないけど」
 聞きもしない言い訳を付け加える様が、やけに幼く見える。
 ムスタディオは思わず笑ってしまった。
「わかった。セロリ抜きで腕をふるってやる。今日の夕飯楽しみにしていろよ!」


 お金と容量が許す限りのアイテムを、持参した鞄に詰めてもらう。
「合計で二七〇〇ギルだよ」
 店の人から言われた金額をイリアは支払い、肩に鞄をかける。重みで肩紐がローブに食い込んだが、構わず隣のカウンターに歩み寄った。
 真剣な表情で三種類の矢を見比べているイゴールに、声をかける。
「イゴール」
「…終わったのか」
「うん、そっちは?」
「もう終わる。店主、左の矢を五〇本もらおう」
「毎度」
 イゴールが代金を支払い、二つの矢筒を受け取る。ぎっしり矢が詰まったそれらを、彼は袈裟懸けにした。
「他に買う物はあるのか?」
 イゴールの問いに、イリアは「ううん」と頭を振った。
「ハイポーションも買ったし、フェニックスの尾は補充したし、大丈夫…だと思う」
「宿に戻るか」
「うん」
 アイテムショップをでた直後、教会の鐘が三回鳴る。
「もう三時か」
 耳朶に届いた呟きにイリアは「そうだね」とうなずき、視線を斜め上に向ける。イリアには、イゴールは目の前の市場ではないどこか遠くを見ているように思えた。
「心配なの?」
「何がだ?」
 逆に尋ね返される。イリアは推測を口に出した。
「ラムザのこととか」
「それもあるが…」
 イゴールは不意に口を閉ざし、宿に向けて歩き出した。
(ディリータのこと…かな)
 榛の冷めた眼差しが脳裏をよぎる。胸がズキンと痛んだ。
「イリア?」
 呼びかけに我に返れば、イゴールは五歩ほど離れた場所で立ち止まり、こちらをじっと見ていた。心配げな表情にイリアは微笑を作り、駆け寄った。
「帰ろ。アデルの具合も気になるし」
「…ああ」
 ふたり並んで、人が行き交う市場を歩む。
 イゴールは率先して話そうとせず、イリアもまた黙って足を動かす。
 だが、宿まであと半分の距離で、イゴールが不意に足を止めた。
「ムスタディオ」
「え?」
 目を眇めてイゴールが見ている方角を見ると、彼の言うとおり、ムスタディオが一人で魚を売っている屋台に立っていた。堂々と素顔をさらして、店の人となにやら話し込んでいる。バート商会に追われている身にしては、あまりにも無防備な振る舞いだった。
 イゴールが足早にムスタディオに歩み寄る。少し遅れて、イリアも続いた。
 足音でこちらに気づいたのか、ムスタディオは視線があうなり「よっ、お二人さん」とのんきに笑った。
「"ひとりで"何をしている?」
「夕飯の食材を買いにきたんだ。いい魚があったから、メニューは魚鍋にしよう」
 イゴールが強調した"ひとり"という言葉を、ムスタディオはあっさりと無視する。重ねて事情を聞こうとしたイゴールだったが…、
「ムスタディオが夕食作ってくれるの?」
 うれしそうなイリアの声に、中断を余儀なくされた。
「おう、まかせとけ。うまい魚鍋食わせてやるからな。あっ、おっさん、この魚とこっちの魚、それぞれ八人分切り身でくれ」
「毎度!」
 店主が水を張った桶から魚を取り出し、カウンターに設置していたまな板の上に載せた。抵抗するかのように、魚がビチビチと跳ねる。店主はなれた様子で目玉に錐を打ち込み、包丁で裁いていく。
 イリアは店主の職人芸に見とれていたが、ふとあることが気になった。
「ムスタディオ、どうして八人分なの?」
「へっ、アデルは三人分は食べるだろ?」
「足りないと思うよ」
「…え?」
 ムスタディオは目をぱちくりさせた。
「アデル、三日も絶食状態だったから、今晩は普段の三倍は食べるよ。きっと」
「ちょ、ちょっとまて、じゃあ、オレは何人分の食材を買えば」
「一四人分だな」
 先んじて計算を終えたイゴールが冷静に指摘する。
 ムスタディオは絶句した。
「また買いに行かないといけないのか」
「ならば、俺が買ってこよう」
 ムスタディオの呟きを聞き取ったイゴールが、すかさず提案する。
「いいのか? けっこうな大荷物になるけど…」  
「構わない」
 イゴールは右肩から左脇に掛けた二つの矢筒を、動きの妨げにならないよう背中に移動させた。
「それで、何を追加で買えばいい?」
「じゃ、鍋のシメに使う麺を打ちたいから、強力粉を一袋頼んでいいか? あと、芋類と葉物の野菜、それにキノコ類を適当に。魚はこっちで追加注文しておくから」
「了解した。イリア、お前はムスタディオを手助けしてやってくれ」
「うん、イゴールも気をつけてね」
「…ああ」
 イリアに頷いて見せてから、イゴールは来た道を逆に戻っていく。
 市場を行き交う人混みにその背中が隠れた頃…
「しまったっ!」
 ムスタディオが叫んだ。
「酒買うの忘れてた」
「お鍋にお酒を入れるの?」
「ああ、風味付けにいるんだ。ついでに頼めばよかった」
「だったら、わたし、イゴールに伝えてくる。走れば追いつくだろうから」
「いや…でも…」
 人混みの中に女の子一人で行動させることに、ムスタディオは迷う。
 だが、
「ムスタディオ、大荷物だし。走りにくいでしょ?」
 イリアに左手をふさぐ紙袋を指さされ、追いつけばイゴールと一緒になるわけだから問題ないかと考え直し、素直に頼むことにした。
「そだな、頼むよ。できればバッカス社の酒で」
「わかった」
 銘柄をしっかり覚え、イリアはイゴールが去った方角へ駆けだした。


 一方、イゴールはふたりの姿が完全に見えなくなったのを確認してから、走り出した。人混みを縫うように全速力で駆け、目についた角を曲がり、細く長い路地へ入る。
 半ばまで進んだところで彼は足を止め、振り向いた。
「いい加減、姿を見せたらどうだ。尾行しているのは気づいている」
 建物の陰から、一つの人影が姿を現した。
 三十代とおぼしき、人の良さそうな顔立ちをした男だ。武器も持たず、着古した生成色のシャツと革のズボンという簡素な格好は、町中で暮らす庶民そのもの。
 だが…、
(ただ立っているだけなのに、隙がない)
 イゴールは明敏に相手の実力を察した。
「イゴール・フォルマートだな」
 呼びかけというより確認する声音だった。イゴールは無言で頷く。
「主がお呼びだ。ついてきてもらおう」

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