発覚(3)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第十章 発覚(3)

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「おそい」
「遅いわね」
 二手に分かれて三時間の自由行動を満喫し、午後一時過ぎに指定された場所へ集合したラムザ達を待っていたのは、ムスタディオが戻ってこないという事態であった。
「もう、結構な時間が経ったわよね?」
「ああ、腹時計から判断するに軽く一時間は経ったぜ」
「場所は、ここで間違っていないわよね?」
「港へと通じる道の最初の分岐点を左に曲がった先にある倉庫は、ここしかなかったじゃないか」
「そうね」
 不安なのだろう、マリアとアデルはさっきから同じような会話を繰り返している。イリアは少し離れた場所に腰を下ろして小冊子――機工博物館で購入したという――を広げているが、ページをめくる音は先程から完全に途切れていた。イゴールは壁に背を軽く触れさせる状態で黙然とたたずんでいるが、その全身からはぴりぴりとした雰囲気があふれんばかり。
 不意に、天井の隙間から差し込んでいた光が急速に薄れ、やがては途切れる。暗さを増した倉庫の中で、ラムザはため息を一つ零した。
「やっぱり遅すぎるわね。どうしたのかしら」
「…捕まったりしてないよね?」
 不安げに呟かれたイリアの言葉に答える者は誰もいない。
 ラムザは戸口に目をやったが、外側から開かれる気配はいっこうになかった。シンとした静けさが耳に張り付き、不安をかき立てる。親しい人が不当に捕らえられ、理不尽な暴力にさらされ、傷つき苦しんでいるかもしれない。そう想像するだけで、いてもたってもいられない。
 ラムザは立ち上がった。
「どうした?」
「外の様子を見てくる」
 イゴールの問いに、ラムザは簡潔に答える。途端に、アデルが慌てた様子で立ち上がった。
「おい、一人で中層へ潜入するとか考えていないだろうな!」
「………」
 ラムザは口を閉ざし、無言を貫く。だが、懸念を否定しない態度が、何よりも雄弁に彼の内心を示していた。アデルはラムザに駆け寄り、力任せに右の二の腕をつかむ。
「『ベスロディオさんを助けに行くときは全員で行く』って言ったのはおまえだろうが、もう忘れたのかっ!」
 腕に走る痛みに顔をしかめてラムザがアデルの方を見れば、彼は必死の形相で自分をじっと見つめていた。肩越しに見えるマリア達も、似たような表情。案ずるような四つのまなざしに、苦々しさがこみ上げてくる。ラムザは表情を隠すために視線を床に落とした。
「覚えているよ」
「だったら、いい」
 安堵のようなため息を零して、アデルが腕を放す。
「あまり遠くに行っちゃダメだよ」
 幼子に言い聞かせるようなイリアの言葉にラムザは答えず、振り返りもしなかった。取っ手らしきくぼみに手を差し入れ、扉を横に滑らせる。一人分の隙間ができるなり敷居をまたぎ、すかさず後ろ手で扉を閉めた。
 一歩二歩と何も考えずに足を動かし、三歩目で鼻先に冷たいものを感じて足を止めた。仰ぎ見れば、狭い軒下の向こうに広がる空は厚い鈍色の雲に覆われており、そこから針のような細い雨が無数に降り注いでくる。
「雨か…」
 頬に、額に、髪に、肩に、次々と水滴が当たっては流れ落ちる。そして、
「おまえがムスタディオの仲間か?」
 雨音に混じって、権高そうな声がラムザの耳朶に滑り込んできた。
 視線を正面に戻せば、五十代半ばとおぼしき人相の悪い男が、道の真ん中にたたずんでいる。それなりに裕福なのだろう、樽のように肥えた身体に絹製の豪奢な衣装をまとい、左右に護衛とおぼしき人物を六名も従えていた。そのうちの一人は、等身大の革袋を重そうに引きずっている。
「誰だッ!」
 男はラムザの質問を無視し、後方に目をやった。
「おい、連れてこい!」
 右側に控えていた護衛二人が横にずれ、空いた空間にムスタディオが押し出される。こちらと視線が合うなり、彼は申し訳なさそうに俯いた。
「す、すまない、ラムザ」
 後ろ手で拘束された姿が、足跡が至る所についた衣服が、顔面に色濃く残る殴打の痕が、別行動をとっていた間に彼がどのような扱いをされたか如実に物語っている。
「大丈夫か、ムスタディオ!」
 ラムザの大声に、倉庫にいたアデル達が飛び出してきた。そして、一目見るなり、彼ら彼女らは状況を悟った。ムスタディオを救うべく武器を構えようとした彼ら彼女らだったが、
「おっと、そこまでだ。それ以上動くんじゃねぇ!」
 ムスタディオの首筋に押しつけられた銃が、その動きを制す。
 銃を片手に得意げに笑う男を、ラムザは見据えた。
「おまえがルードヴィッヒか…。ムスタディオを離せッ!」
「おとなしく『聖石』を渡せばこの小僧を離してやろう。さあ、言えッ! どこに隠したッ! 白状するんだッ!」
 ムスタディオはもちろんのこと、知らないという情報でさえも教える気はないラムザ達も、口を閉ざす。
 すると、ルードヴィッヒは愉快そうな笑みを浮かべた。
「だんまりか? だが、これを見てもそう黙っていられるかな? おいっ!」
 革袋を引きずっていた男が、思わせぶりに袋の口をゆるめる。袋の中でごそごそと音がしたかと思うと、うめき声とともに四十代半ばの男性が顔を覗かせた。ムスタディオの顔色が変わる。
「親父ッ、大丈夫かッ!」
「わしは…大丈夫だ……。『聖石』を渡してはならん…」
 ムスタディオの父親―――ベスロディオの脇に控えていた男の一人が腰に手をやり、取り出した銃の柄でベスロディオのこめかみを殴りつける。激痛で気を失った機工師の後頭部に、銃口が押しつけられた。
「どうだ、おとなしく白状する気になったか?」
 撃鉄が起こされる音に、ムスタディオの全身が恐怖で震え出す。
「………壁の穴だ」
 ムスタディオは絞り出すように言った。
「そこの倉庫の…、ラムザの近くにある」
「よし、貴様が拾え。こいつらの命を助けたいならな!」
 ラムザは両手を軽く挙げて、一歩下がった。
 首だけを動かして背後を見やれば、ムスタディオが言うとおり、壁と地面とが接するところに拳大の穴が開いている。片手を差し入れて探ってみれば、何か堅いものが指先に触れた。
 握りしめて手を引き出せば、手の平には金色のクリスタルが収まっていた。
 牛の角のような形をしており、その中央には黄道十二宮の一つである金牛宮の紋章が刻まれている。
「これか?」
 ラムザは振り返り、石をルードヴィッヒに見せるように掲げた。
「二人を離せッ!」
「その前に『聖石』をよこせ」
「二人が先だッ!」
「『聖石』をこちらへ投げろ。そうしたら二人を解放しよう」
 譲歩の余地はないと言わんばかりに、ルードヴィッヒがムスタディオの首筋に銃口を押しつける。
 ラムザは石を放り投げた。
 ルードヴィッヒの視線が宙を横切る石に奪われ、その手から銃が滑り落ちる。
 生命を脅かしていた凶器が首筋から消え失せるなり、ムスタディオは走り出した。転がるように駆け込んできた彼をラムザが背後にかくまったとき、石がルードヴィッヒの右手に収まった。
「これぞまさしくゾディアックストーン。ようやく手に入れたぞ、枢機卿様も喜ばれることだろう」
 ルードヴィッヒが口にした後半の言葉は、ムスタディオをはじめとする若者達を愕然とさせた。
「枢機卿もグルだったのか」
 無知を嘲るルードヴィッヒの笑みが、部下達が差し向ける銃口が、ラムザへの回答となる。
「ご苦労だったな。おまえたちは用済みだ。あとはおまえたちが片づけろ。生かしておくな」
 ルードヴィッヒがきびすを返すなり、彼の部下達は命令を実行に移した。
 五メートルしか離れていない若者達に狙いをつけて、引き金を引く。
 複数の悲鳴が響き渡った。


「大丈夫か、親父?」
「わしよりおまえの方がひどい怪我だったじゃないか。休んでいた方が良いんじゃないのか?」
「平気だって。イリアが治してくれたから。彼女の白魔法はよく効くぜ。親父も足を看てもらったらどうだ? 天気が崩れると古傷が痛むって言ってたじゃないか」
「まあ、またの機会にでもな」
 ベスロディオは己に言い聞かせるように言い、息子と並んでたたずむ五名の若者達に目を向けた。
「息子だけでなくわしの命まで救っていただき、ありがとうございます」
 父親に等しい年齢の男性に深々と頭を下げられ、ラムザは慌てて頭を上げるように頼んだ。
「いえ、こちらこそありがとうございました。あなたの機転がなければ、僕たちは確実に殺されていました」
「なに、薬莢に火薬を入れるのをわざと忘れただけじゃ」
 銃は、火薬の爆発によって生じる高圧ガスを用いて弾丸を高速に撃ち出し、その運動エネルギーによって対象を破壊する武器である。エネルギー源である火薬がなければ、発射された弾丸は銃身内に止まって銃口に詰まった状態となってしまう。
 ベスロディオが製造した銃弾の確認をろくにしなかった男達は、仕組まれた罠にまんまと填り、結果としてラムザ達に倒されることになったのだった。
「命が助かったのは嬉しい限りじゃが、聖石は奪われてしまった」
 ベスロディオの表情が沈む。
 戦いが終わるなりラムザ達はルードヴィッヒの後を追ったが、相手はすでに船上の人になっていた。私用の小型快速船が慌ただしく出港していったのを、港の関係者が目撃している。
「ルードヴィッヒは聖石の力を使いゴーグの地下に眠る機械の力を復活させようとするだろう。それどころか、聖石に秘められた神の力を解明しようとするかもしれない。しかも、頼みの綱であった枢機卿がバート商会と結託しているとあっては我々にはなす術がない」
「ふふふ…。 それなら大丈夫さ」
 胸を反らして得意げに笑う息子に、ベスロディオは目を向けた。
「なぜだ?」
 ムスタディオは懐に手を入れ、肌着の裏にある隠しポケットから取り出した物を皆にみせた。
 黄金色の輝きに、刻印された金牛宮の紋章に、当人を除く全員が目を見張る。
「こんなこともあろうかと思い、ニセモノを用意しておいたんだ」
「じゃあ、ラムザが奴らに渡した聖石はニセモノだったのか」
「そういうことさ。きっと今頃、泡を食ってるぜ」
「ということは、オヴェリア様やアグリアスさん達が危ない」
 喜ばしい活気で満ちていた空気は、ラムザの一言によって、冷や水を浴びせられたかのように静まりかえった。ムスタディオは不満そうに発言者をみつめる。
「それは、どういう意味だ?」
「枢機卿はバート商会と手を組んででも聖石を手に入れようとしたんだ。この聖石を手に入れるためにオヴェリア様やアグリアスさん達を人質にするかもしれない」
「バカな! そんなことをしたら、 王家を敵に回すことになる」
 気色ばむムスタディオに、ラムザは無言でかぶりを振った。
「枢機卿が何のために聖石を手に入れようとしていると思う? 長く続いた戦乱は人々を疲れさせ、醜い政権争いは人々を不安にさせた。今、人々は救いを求めている。ドラクロワ枢機卿は“ゾディアックブレイブの伝説”を利用するつもりなんだ。聖石を集め、おのれの意のままに操れる“ゾディアックブレイブ”を誕生させようとしている」
「彼のいうとおりだ。枢機卿に聖石を渡してはならない」
 ベスロディオからの賛同にラムザは硬い表情で頷き返し、腰のポーチから革袋を取り出した。三枚の金貨を抜き取って懐に収め、残りはイゴールの面前に差し出す。貨幣が詰まって重そうなそれを、イゴールは両腕を垂らしたまま凝視した。
「なんのつもりだ?」
「ここから先は危険だから、僕ひとりで行く」
 悲壮な決意をたたえた青灰の瞳が、本気でそう考えていると語っている。
 途端に、はぁーっとアデルが盛大なため息を零した。
「おまえ、バカだろ」
 心底呆れきった表情と声音でそう言われ、ラムザの眉間にしわが寄る。
「バカとはなんだ。僕は本気だ」
「バカじゃなかったらマヌケだ。大マヌケだよ。なあ、おまえらもそう思うだろ?」
 アデルの視線を受けて、マリアが、イリアが、イゴールが、ほぼ同時に首を縦に振った。
 それどころか、
「鈍い鈍いとは思っていたけれど、こんなにも鈍いとは思わなかったわ」
「うん、百人に一人の鈍さかもね」
「いや、千人に一人だろう」
「イゴールの表現を借りるなら、ラムザはティアマット並の出現率ってわけだ。いや、珍しい」
 好き勝手にひとのことを批評して、ケラケラ笑い合う。沈黙を保つのは、話の展開が読めなくて困惑している機工士親子だけである。
 穏便に終わらせようとしたラムザだったが、場違いなほどに明るい笑い声に我慢できなくなってきた。
「笑っている場合か!」
「笑い事にでもしないとやってられないんだよッ!」
 アデルに怒鳴り返された直後、ラムザのすぐ耳元でぱーんと小気味いい音が響いた。
「おまえ、自分がどれだけアホウなことを言っているか少しは自覚しろッ!」
 じくじくとした痛みを訴える頬を放置して見上げれば、アデルの顔面は朱に染まっていた。切れ長の目から何か光るものがにじみだす。
 目を瞬くラムザの面前に、こんどはイリアが進み出てきた。
「ねえ、ラムザ。わたし、あなたにいくつか聞きたいことがあるんだけど」
 こちらをまっすぐに見据える彼女には、不思議な威圧感があった。
「なんだ?」
 ラムザにそう続きを促させるほどに。他者の介入を許さないほどに。
「最初に、どうやってライオネル城に潜入するの? 城を囲う内壁は、高さ十メートル、厚さ五メートルと堅固な作りだったし、門の近くには円型の見張り塔があったから、こっそり潜入するのってとっても難しいと思うんだけど」
「堅固な要塞ほど、人の心は油断している。つけいる場所はどこかに必ずあるはずだ」
「ふぅん。戦術としては間違ってないけど、具体性がないね」
 容赦ない批判に、ラムザはとっさに二の次が出せない。
「じゃあ、無事に潜入できたと仮定して、どうやってオヴェリア様達を脱出させるの? どこかに監禁されているであろう彼女達の居場所を、どうやって探し出すの? それにね、あまり考えたくないんだけどね、オヴェリア様達が足腰も立たないほどに弱っていたら、どうするの? あなたが使えるケアルラでは、怪我と体力の同時回復はできないんだよ?」
「………」
「つまり、一人でライオネルに行った場合、オヴェリア様達を無事に助け出せる確率は限りなくゼロに近く、捕まって殺される確率の方がずっと高い。なんの実りももたらさない、自己満足にしか過ぎない行為。それが、あなたがやろうとしていることよ。アデルが『アホウ』と言っていた訳、わかった?」
「だったら、君は、オヴェリア様たちを放っておけと言うのか」
 非難を込めてそう切り返せば、形のよい黒い眉が初めてつり上がった。
「誰もそんなことは言ってないでしょ。わたしが言いたいのは、どうしてわたしたちを頼らないのかってことよ」
「君たちを連れて行っても、生還の確率が劇的に上がるとも思えないが」
「だからって、一人で行くよりは百万倍もマシでしょ!」
 イリアが右手を振りかぶった。
 叩かれる。そう思ってとっさに目をつぶったラムザだったが、予想した痛みは待てどもやってこない。
「お願いだから、一人で行くなんて悲しいことは言わないで」
 腫れた頬をそっと撫でる感触に目を開ければ、イリアの悲しげな笑みがあった。
「置いてけぼりをくらうのは、もうごめんだから」
 ケアルというつぶやきと共に、頬に感じていた痛みがきれいさっぱり消える。治癒してくれたのだ、とラムザが理解したときには、イリアは自分から離れてマリアの隣に戻っていた。
「なんで僕なんかにかまうんだ」
 頬に残る優しい感触が、ずっと押し込めていた疑問を吐露させる。
「ジークデンで君たちを死地に追い込んだのは僕だぞ。せっかく助かった命なんだ、疫病神から離れて大事にしようとは思わないのか」
「そんなの、あなたが好きだからに決まっているでしょ」
 覆い被さるように、封じ込めるように、マリアが言った。
「あなたが私たちのことを心配してくれるように、私たちもあなたのことが心配なのよ。たったそれだけのことよ」
 そう断言する彼女には、声音にも表情にも迷いが一切ない。
 賛同するように頷くイゴールに目を向ければ、
「ゼロにちかい勝率でも、百万倍もかければ数パーセントくらいにはなるだろう」
 理屈になっていないことを、彼は真剣なまなざしで言った。
「…………」
 ラムザは困惑した。彼ら彼女らを危険に巻き込むことになると思うと、怖い。自分だけでなく他者の命をも預かる責任の重さに思いをはせると、めまいがしそうだ。だけど、無理矢理つながれた手をふりほどく強さは、もう心の中には存在しない。一人じゃないんだと実感したときに染みるように広がったあたたかい感情が、消し去ってしまった。冷徹な仮面を。だから、
「わかった。協力を頼む」
 握ったままの革袋をポーチに戻し、ラムザは頭を下げる。
「それでいいんだよ」
「もちろん」
「うん!」
「力の及ぶ限り」
 満面の笑みでそう答える四人に、ムスタディオはそっと近づいて声をかける。
「で、話はまとまったのか?」
「ああ。蚊帳の外に置いて悪かったな、ムスタディオ」
 明るい口調でアデルから言われ、ムスタディオはじゃあと本題を切り出した。
「さっそく準備しようぜ。ライオネル城への道はもう封鎖されているだろうから、船を使って背後から侵入しよう。今日の最終便はもう出航しているから、明日、朝一の船に乗ろうぜ」
 当たり前のように言うムスタディオに、ラムザはぎょっとした。
「ちょっと待った、君まで来るのか!」
「おまえ達には命を助けてもらった恩があるし、お姫さまたちにもいろいろ世話になったし。恩返しをするのは当然じゃないか」
「ムスタディオ、『お姫さまたち』とは、いったいどういうことなんだ?」
「ああ、実は――」
 ムスタディオはかいつまんでこれまでの旅のことを父親に説明する。聞くにつれてベスロディオの表情が険しくなっていくから、ラムザは彼が息子の旅立ちを止めてくれると密かに期待していた。しかし、
「そうか、それは助けに行かんとな」
 義憤にかられたベスロディオの表情から、期待が外れたことを知った。
「ムスタディオ、そこの戸棚の引き出しから黒い箱を取ってきてくれないか」
 杖の先端が指す戸棚にムスタディオは歩み寄り、ベスロディオが言う黒い箱をもって父親の元に戻る。
「開けてみろ」
 促されるままに蓋を持ち上げれば、中には見慣れぬ銃が納められていた。
「数日前に完成した新型銃、ミスリル銃だ。餞別代わりに持って行け」
「軽い」
 手に取った息子の感想に、ベスロディオは誇らしげに笑う。
「随所にミスリルを使用しているから、前のロマンダ銃より五〇〇グラムほど軽くなっている。また、錆びる心配もなくなったから、手入れもしやすいはずだ」
「ミスリルだって! そんな希少な金属、よく手に入ったなぁ」
「必要だと言ったらルードヴィッヒが用意してくれた。クリスタルと混ぜたら強度が上がるかもと言ったら、それも大量に仕入れてくれたぞ。これで当分研究材料に困らんですむ!」
「親父、ワルだな!」
 かっかっかと笑い合う親子を眺めているうちに、説得は無駄だと悟ったラムザであった。

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