発覚(2)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第十章 発覚(2)

>>次頁へ | >>長編の目次へ | >>前頁へ

「頼みたいことがあるんだ」
 ムスタディオがそう告げたのは、半日かけてツィゴリス湿原を通過し、雨に打たれながらも石橋の両岸に広がる宿場町にたどり着き、外れにある宿で無事に一夜の寝床を確保できたときだった。
 背筋をぴんと伸ばし両膝をそろえて座る彼の姿に、髪を梳いていたマリアは櫛を置き、ストレッチをしていたアデルは運動をやめ、弓の手入れをしていたイゴールは作業を中断し、地図で今後の進路を話し合っていたラムザとイリアは顔を上げた。
「このまま順調にいけば、あさっての朝にはゴーグに着くよな?」
 ムスタディオの言葉に、アデルが「そうだな」と相づちを打ち、他の者たちは無言で頷く。
「ゴーグに着いたら、しばらくオレ一人で行動したいんだ」
「…はぁ!」
 数秒の間を経て返ってきたのは、呆れと驚きが同じ比率で含有されたアデルの大声だった。
「いったい何を考えているんだ!」
「ザランダでのことをもう忘れてしまったのっ!」
 彼に続けと言わんばかりに、マリアも声を張り上げる。
 ムスタディオが視線を巡らせば、イゴールは目が合うなり無言でかぶりを振った。イリアは眉間にしわを寄せて自分の右腕を、ザランダで負傷した箇所をみつめている。そして、
「理由は?」
 最後の一人は、表情を崩すことなく淡々とした声音で問うてきた。
「改まってそう言うからには、なにか理由があってのことだろう?」
 落ち着いたラムザの態度は、否定的だった場の雰囲気を一気に変えてしまった。皆の顔から不満げな表情が消え、ムスタディオの方へ向き直る。
「ああ、うん…」
 五つの真剣な視線を一身に浴びることに気恥ずかしさを感じつつも、ムスタディオは語り出した。

 ゴーグは『機工都市』との異名を誇る、イヴァリースで最も機工技術が発達した街である。地下で発掘される古の高度な文明の残骸――飛行艇などの機械の破片を、機工士と呼ばれる技術者が解析し、復元に成功した製品を畏国全土に売り出すことで、発達してきた。
 その町並みは他の町と違って独創的で、一つの山を囲うような三層仕立てとなっている。鉱山の中腹から海に面するまでの部分は『下層』と呼ばれ、製品を展示販売するための商業用施設と出荷するための港とが、整備されている。中腹から八合目までは『中層』と呼ばれ、機工士達の住居兼工房が軒を連ねる。そして、八合目から頂上までは『上層』と呼ばれ、機工士にとっての仕事場、すなわち発掘現場がある。
 最も面積が広い下層は誰でも出入り自由となっているが、中層から上への立ち入りは厳しく制限されている。工房で解析途中の機械が暴走した場合に被害を最小限に抑えるためであり、機械を解析する際の行程を部外者に漏らさないようにするためでもある。
 中層への入り口は一カ所のみであり、狙撃に優れた者で選抜された見張りが常に立っている。そして、機工士としてギルドに登録されている者は顔パスで通過できるが、登録されていない者はギルドの長の許可がない限り立ち入ることは決して許されていないのだ。

「親父は、ルードヴィッヒの息がかかった工房に監禁されていると思うんだ。あのヤローは、銃に以前から興味津々だった。剣や弓と違って、銃は素人でも訓練さえすれば短時間で使えるようになる。しかも、急所に当たれば相手を即死させるほどに威力も高い。今はひとつひとつ職人が手作業で作っているからそんなに生産できていないけど、銃を構成する部品を統一化すれば大量生産が可能になり、バート商会の商売網を利用して売り出すことによって、ゴーグは多額の利益を獲得できる。それがヤツの持論だったからな。マスタークラスと称される親父の腕を利用して、銃の部品の改良を行わせているはずさ」
「だったら、俺たちも一緒に入れるようにギルド長の許可をもらってくればいいんじゃないのか?」
 説明の途中で、アデルが口を挟む。
「いや、それはダメだな」
 すかさず否定したのは、ムスタディオではなくイゴールであった。
「ムスタディオの話から考えるに、ルードヴィッヒは中層への立ち入りも許されるほどにギルドの長と懇意にしているのだろう。ムスタディオが長に顔を見せれば、ルードヴィッヒの知れるところとなる」
 ムスタディオは頷いた。
「そういうわけで、親父がどこに監禁されているか調べるためには、オレが一人で中層に行くのが一番良いと思うんだ。見張りのメンバーはたいていが知っているから、融通も利くし」
「見張りの人と顔見知りだって言うなら、わたしたちが一緒に行くことも可能なんじゃ…」
 顔をくもらせたイリアが、ぽつりと言う。
 ムスタディオは微笑を彼女に向け、そして、ゆっくりとかぶりを振った。
「心配してくれるのは嬉しいんだけど、機工士以外の人間が中層をうろついていたらものすごく目立つんだ。それに、見張りは交代するとき、部外者が出入りしなかったか報告しなくちゃいけない。虚偽の事実を申告したとバレたら、最悪の場合、ギルドから除名させられる。そこまでのリスクをあいつらに負わせるわけにはいかないんだよ」
 そう締めくくって、ムスタディオは皆の反応を待つ。
 しばしの沈黙をおいた後、ラムザが口を開いた。
「僕は、正直に言えば反対なんだ。君の言うとおりベスロディオさんが部外者立ち入り禁止の地域に監禁されているとすれば、そのこと自体が君を誘い出すためにバート商会が仕組んだ罠かもしれないから」
(ありうるかもしれないな)
 不安に揺らいだムスタディオの瞳を見据えつつ、ラムザは続けて言った。
「だけど、さっきの話を総合的に判断すれば、僕らが同行したら君の足を引っ張ってしまう事態になるだろう。だから、偵察は君に任せるよ」
「ありがとう、ラムザ」
「ただし、あくまで偵察だけだ。ベスロディオさんを救出するときは、必ず全員そろって行こう。ライオネルの騎士団が部隊を派遣してくれることにはなっているけど、こちらに妨害が一切入らないなんてことはないだろうから」
 発言者を含む全員が、表情を引き締めて頷いた。


 ゴーグ島へ渡ってからの旅は、平穏だった。モンスターに遭遇することもなければ、バート商会による襲撃もない。街道を西進することを目的とした一日は、何事もなく過ぎ去っていった。
 そして、野営を経て翌日、予定通りに一行は機工都市ゴーグに到着した。
「へぇ、けっこう賑やかじゃないか」
 一般向けの出入り口――東門を通過するなり出くわした人の通行の多さに、アデルが小声で呟く。珍しそうに町並みを眺めていたマリアも「本当ね」と頷き、続けて言った。
「職人の街っていうからもっと雑然とした感じかと思っていたけれど、想像以上に建物が整然としていて清潔な印象だわ」
「本当だね。道にゴミが一つも落ちていないよ」
 なめらかに整備された石畳を眺めやって、イリアが感嘆のため息を漏らす。
 愛着ある生まれ故郷を褒められて、悪い気がする人間はいない。ムスタディオもその例に漏れなかった。
「そりゃ、当然さ。定期的に有志による清掃が行われているからな」
 胸を張って答え、町並みを改めて眺める。
 荷をチョコボに載せて港区へ向かう者、ケース越しに飾られた商品を眺める冒険者、買い出しを命じられたのか、メモを片手に商店を走り回る見習い機工士の少年。
 喧噪に満ちた商業区の様子も、山の中腹に軒を連ねる工房から上る煙の多さも、鉱山への入り口がある山頂の形も、二ヶ月前と何ら変わらぬ風景が面前に広がっている。
(…変だな)
 ムスタディオは胸中で呟いた。
(バート商会のやつらの姿は見えない。とはいえ、ライオネル騎士団と争ったようにも思えないな。何か様子がヘンだぞ?)
「おっ、すっげーでかい看板があるぞ!」
 アデルの声にムスタディオが振り返れば、彼らの視線は東門の壁に据え付けられている等身大の金属板――商業区の案内図に集まっていた。
「街の地図のようね。これを覚えておけば、迷子になることはなさそう」
「あっ、中央に『機工博物館』なんて施設があるよ」
「珍しい機工機械が展示されているのだろうか」
「名前から判断すれば、そうだと思うわよ」
 和気藹々と話をしている同行者の顔を眺めているうちに、ムスタディオの脳裏に一つの懸念が浮かび上がる。
(このことを伝えたら『一緒に行く』って言うよなぁ、絶対…)
「ムスタディオ、どうしたんだい?」
 ラムザから呼びかけられ、ムスタディオは思索を中断した。怪しいと思う感情を胸の奥に押し込めて、いつも通りの自分を強く思い描きながら口を開く。
「じゃあ、探りを入れてくるよ。あとで落ち合おう」
「落ち合うって、どこで?」
 ムスタディオは、案内図に描かれている南へ下る道を指さした。
「この道は港湾区に通じているんだけど、最初の分岐点を左に曲がった先にある倉庫は、建物の痛みが激しくて今は使われていないんだ。あの辺りならば人目につきにくいはずさ」
 ラムザは「わかった」と頷き、ムスタディオをまっすぐにみつめた。
「気をつけろよ」
「ああ、まかせておけって」
 ムスタディオは己の拳で胸を軽くたたき、外套のフードを目深くかぶった。
「昼過ぎには合流するよ」
 そう言い残して、通い慣れた中層へと通じる坂道を駆け上っていく。
 その背中が人混みに掻き消えるまで見送り、視認できなくなるとラムザはため息を漏らした。
(なんか様子がおかしかったようだけど、一人で本当に大丈夫だろうか?)
 不安を感じたのは、ラムザ一人ではなかった。
「なんかあいつ、変に気張ってなかったか?」
 ぼそりとアデルが言い、イゴールが頷く。
「俺には、緊張しているように見えた」
 不安の影が残された者達の心に垂れかかる。
 しばらくして、追い払うようにマリアが亜麻色の頭を振った。
「そうは言っても、いまからあとを追うわけにはいかないわ」
「うん、ムスタディオを信じて待とうよ」
 自分自身に言い聞かせるようなイリアの声音に、ラムザははっとした。両目を閉じて彼女の言葉を心に刻み、目を開く。彼ら彼女らの顔を見渡しながら、明るい声を作って告げた。
「さて、三時間ほど自由時間ができたわけだけど、どうしようか」
「俺は『機工博物館』に行ってみたい」
「あっ、わたしも!」
 常になくイゴールが最初に発言し、イリアも手を挙げる。
「俺はパス」
「私もいいわ」
 しかし、アデルとマリアは片手を振って興味がないことを示した。
「えーっ、行かないの? きっと、ゴーグでしか拝めない機械がいっぱいだよ」
「もったいないことだ」
 イゴールとイリアとが顔を見合わせ、「ねぇ」「そうだ」と頷きあう。
「ラムザ、おまえはどうする?」
 アデルから尋ねられ、ラムザは一瞬思案を巡らした。
(どうしよう。特に興味はないけど、二人だけで行動させるのも危険かも知れないし、ついて行った方がいいのかな…)
 しかし、こちらの思案がまとまる前にマリアが口を開いた。
「なら、二人で行ってきたらいいわ。私たちは物資の調達をしておくから」
 にっこり笑って彼女は言い、意味深な視線をラムザとアデルに送る。
 ラムザには意味がわからなかったが、彼女とのつきあいの長いアデルは数瞬の間を経て理解した。ぽんと手をたたいて、大げさなほどに大きく頷く。
「おぉ、それがいい。午後一時頃にムスタディオが指定した場所で落ち合おうぜ」
「わかった。イリア、行こう」
「うん!」
 弾むような足取りで、イリアとイゴールは中央広場へと去っていく。
 ぽかーんとその背中を見送ったラムザは、我に返った瞬間、ぽつりと呟いた。
「あの二人だけで大丈夫なのか?」
「平気よ。むしろ、ついて行くと疲れるわよ」
「まったくだ。あの二人のマニアックな会話はついていけない」
 不安に思うラムザをよそに、マリアとアデルはこれが最善とばかりに平然たる様子。
「だが…」
 なおも言いつのるラムザに、マリアは表情を笑みから真顔に戻して言った。
「それに、イゴールはイリアがいると周りをきちんと見てくれるから。大好きな機械に夢中になって集合時間を忘れるなんてこともないはずよ」
 自信に満ちた彼女の言葉に、アデルが同意するよう頷く。
 そんな二人を眺めているうちに、ラムザは改めて不思議に思った。彼ら彼女らは、実に強固な絆で結ばれている。別に僕がいなくても、彼ら彼女らは立派に生きていけるだろう。強く、優しいままで。それなのに、なぜ、僕なんかと一緒に行動しようとするのだ、教官との約束なんて無視してしまえばいいのに、と。

>>次頁へ | >>長編の目次へ | >>前頁へ

↑ PAGE TOP