発覚(1)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第十章 発覚(1)

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 ライオネル城から機工都市ゴーグへと通じる道は、大きく分けると二つ存在する。ひとつは、ライオネル城から西に進んでツィゴリス湿原を通過し、ライオネル領本土とゴーグ島とを結ぶ石橋を渡るというもの。もうひとつは、ライオネル城を南東に下って貿易都市ウォージリスに至り、ウォージリスからはゴーグ行きの定期船に乗ることである。
 前者はゴーグまで約六〇キロメートルと、旅慣れた者ならば徒歩三日の距離。一方、後者はウォージリスまで約四〇キロメートルと短いが、ウォージリスからゴーグまでの船旅は順風ならば三日、風に恵まれなければその倍の日数はかかってしまう。移動に要する日数だけを単純に比較すれば前者が短いが、致命的な欠点も存在する。中途にあるツィゴリス湿原にはグールやスケルトンなどのアンデットモンスターが多数生息しており、生者の血肉に惹きつけられる性質を有する彼らとの遭遇なしに湿原を通り抜けることは至難の業だからである。
 バート商会に捕らわれたムスタディオの父親、ベスロディオの救出という目的を掲げた一行は、時間が経てば経つほど人質の生命が脅かされると考え、要する日数を確定できる道、すなわち前者を選んだ。
 ドラクロワ枢機卿から譲り受けた地図を頼りに西へ歩くこと一日。一行は道中の最難関ともいえるツィゴリス湿原に足を踏み入れた。
 どんよりと曇った天気のために視界が暗いなか、点在する岩盤や倒木を足がかりにして、ゆっくりと着実に湿原を西に進む。
 しばらく歩いていると、何を思ったのか、アデルが足を止めた。
「なぁんか、ここって出そうな雰囲気だよな」
 ひそめた声音と、甲を見せるように垂らした両手が、出るというものの正体を暗示する。途端に、マリアが激しく頭を振った。
「ここに出没するのはアンデットモンスターであって、お化けじゃないわよっ!」
 アンデットモンスターもお化けも、死者の怨念が宿っているという点で同じではなかろうか。イゴールはそう思ったが、こわばったマリアの表情から口に出すのは慎む。だが――、
「いや、出てもおかしくないぜ。土地柄から判断すれば」
 黙々と歩くという作業に退屈し始めていたムスタディオは、降ってきた話題にここぞとばかりに乗った。
「ここは五十年戦争の激戦地だからな。その辺に死体の一つ二つ埋まっていても、おかしくないぜ」
 ムスタディオはにやりとマリアに笑いかけて、沼地を眺めやる。
「王国歴四二一年…今から三十五年前にあったことだね。オルダリーア軍は、ロマンダ国の海軍と協同した結果、当時自治領だったゴーグ島を占領することに成功。勢いのままに陸からライオネルを攻めようとしたオルダリーア軍と、それを阻止するために出撃したライオネル聖印騎士団とが、ここで激突。双方ともに五〇〇〇人以上の死者を出すという熾烈な戦いだった」
 ムスタディオが目をぱちくりさせて黒髪の少女を凝視した。
「そんな昔のこと、よく知っているなぁ。イリアはゴーグ近郊の出身なのかい?」
「ううん、ガリランドだよ。でも、港からミュロンドを経由して船で行けるから、そういう意味では近いかな」
「そうだな。ゴーグの製品をイグーロスや王都方面に出荷するとき、まずはガリランドの港に送るし」
 ムスタディオとイリアの会話を耳に流しながらも、マリアの意識は足下から一メートルと離れていない沼地に向けられていた。濁った青緑色をした、泥の沼。生命の息吹を感じさせないそれは見るだけで不気味で、その深さは計り知れない。それこそ、一度足を踏み入れたなら最後、沈むだけで二度と地表に浮かび上がれないような…。
「おっ、沼の底で眠る騎士の亡骸でも見つけたか?」
「そ、そんなわけないでしょう!」
 場違いなほどに明るくアデルから声をかけられ、マリアはキッと相手をにらみつける。
 その直後、イゴールがマリアに申し訳なさそうな表情を向けた。
「マリア、すまん」
「なにが?」
「さっき、青白い炎が横切るのを見た」
「それなら僕も見た。あの辺だよね?」
 ラムザが南の沼地の一角を指さし、左から右へ波を描くように動かす。その仕草に、イゴールが「ああ」と頷いた。
 ジョークから縁遠いナンバーワンとナンバーツーが意見を等しくする事実に、他のメンバーは示し合わせたように口を閉ざした。
 不意に、一陣の風が吹き渡る。湿り気を帯びた生あたたかい風だ。
「なぁんか、効果満点って感じだなぁ」
 ムスタディオの言葉に、アデルが乾いた笑い声で答える。が、両者の表情には余裕がなく、その声には力はない。
「でも、くもって薄暗いとはいえ、まだ正午前だよ。お化けって昼間からでるものかな?」
 うーんと思案を巡らしていたイリアが、ぽつりとつぶやく。すると、マリアが我が意を得たとばかりに力強く頷いた。
「そうよ、昼間から出るお化けなんてお化けと言わないわ。さぁ、今日中に湿原を通り抜けなければならないのだから先を急ぐわよ!」
 声高に叫ぶなり、マリアはラムザの代わりに先頭に立った。同じ側の手足を同時に出してずんずんと進み、倒木が形成した自然の橋を渡ってぬかるみを越える。彼女が岩場に足をおろした直後、異変が生じた。
 マリアの面前の空間がゆらりと揺らぎ、人の顔に似た影が浮かび上がる。
「―――ひっ!」
 青の瞳は極限まで見開かれ、恐怖が唇を割った。
「いやぁあああああああああああああああ!」
 マリアがその場にへたり込み、悲鳴を上げさせた正体が一同の目にも明らかにされる。
 ふわふわと浮いている、死を超越した幽鬼。成仏できないまま現世をさまよう霊魂。生者にとりついて生前の未練をはらそうとする、死霊。様々な定義がなされているが、一般的にはグール系と呼ばれるアンデットモンスターの一種である。
「そのまま伏せていろ!」
 言うや否や、イゴールが弓に矢をつがえて放った。一撃必殺の意を込めた攻撃は、きれいな放物線を描いてマリアの頭上を通過し、グールに迫る。だが、命中する寸前でモンスターは宙に掻き消えた。
「逃げたか?」
「いや」
 ムスタディオのつぶやきを、イゴールは明快に否定する。時を同じくして、ラムザが腰の剣に手をかけた。
「囲まれた」
 左手に広がる沼地のあちこちで大きな泡が浮き立ち、泥しぶきをあげて人間の骸骨が姿を現す。複数の空間が揺らぎ、白い影が次々と出没する。そして、軽い羽音ともに、一つ目玉にかぎ爪の生えた翼を有する生き物が空から飛来してきた。
「グールが三体、スケルトン系も三体、フローダイボールが一体か」
 扇状に展開して一行を包囲しようとするモンスター群を、ラムザは冷めた目で眺めやり、
「やっかいだな。フローダイボールはともかく、他のヤツは致命傷を与えても復活する」
 アデルが嫌そうに顔をしかめる。
 彼の表情をみやったムスタディオは、不意に得意げな笑みを浮かべた。
「そういうモンスターはオレに任せとけ!」
 ムスタディオは中央にいるスケルトン一体に狙いをつけて、銃の引き金を引いた。轟音と共に発射された銃弾は、頭蓋骨のど真ん中を貫く。直後、いかなる作用か、スケルトンの全身が鈍色に変色し、硬直した。
「邪心封印。アンデットの肉体を石化させる技さ」
 得意げに説明する間もムスタディオは休まず、撃鉄を起こして引き金を再び引く。彼は、石化したスケルトンの隣に浮いていたグールを狙ったのだが、発射と同時に瞬間移動されたために銃弾はむなしく虚空を通過していった。
「げっ、外した」
「どこに行ったの?」
 イリアとムスタディオがきょろきょろと視線をさまよわせる中、ラムザは双眼を閉じた。視覚を故意に閉ざすことで、他の感覚を研ぎ澄ます。傍らのボコが「クエ!」と鋭く鳴いたのと、背筋に悪寒が走ったのは同時だった。
 振り返った彼の目に映ったのは、背後に浮かぶグールが両手を掲げている姿。ムスタディオに向かって突き出された手のひらは、青白く光っている。
「ムスタディオ!」
「へ?」
 間の抜けた声を上げる相手を問答無用で押し倒し、邪悪な霊気による攻撃から身を挺してかばう。抉るような痛みが背中に走ったが、ラムザはかまわず叫んだ。
「今だ!」
「渦巻く怒りが熱くする これが咆哮の臨界! 波動撃!」
 いち早くその意味を察したアデルが波動撃を放ち、
「岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち 集いて赤き炎となれ! ファイア!」
 続けて、イリアが発動させた火炎魔法が炸裂した。一抱えほどの火の玉を顔面に浴びせられ、グールの表情が苦痛にゆがむ。その隙を逃さず、イゴールが弓を引き絞った。放たれた矢は、生身の人間ならば心臓がある位置を正確に貫く。
「口惜シヤ…」
 恨めしげな声音でそうつぶやいたきり、グールは完全に沈黙した。
「す、すまない。ラムザ」
 ラムザの身体から抜け出したムスタディオが申し訳なさそうに言い、
「ケガしてない?」
 イリアが心配そうに見つめてくる。ラムザは微笑を作って立ち上がった。
「だいじょうぶ」
(体力がかなり失われたようだけど、痛みはないから戦闘に支障ない)
 傭兵の経験からそう判断を下し、辺りを見やる。
 無力な人間ではないことは先ほどの攻撃で証明したにもかかわらず、モンスター群はこちらへの接近をやめようとしない。眼窩の奥に宿る敵意の光は消え失せていない。沼地という足場の悪い場所で戦いたくないが、下手に逃げを打てば、他のモンスターをも呼び出されて背後から襲われる可能性もある。ラムザはすべてを倒す意志を固めた。
「僕がモンスターの注意を惹きつけるから、ムスタディオはスケルトンをさっきの技で仕留めてくれ。イゴールはイリアと協力してグールとフローダイボールを。で、アデルは…」
 ラムザはアデルに、ボコの手綱を手渡した。
「マリアを連れ戻してくれ。あれだけ離れた場所に一人でいると、狙い撃ちにされる」
「わかった」
 アデルは手綱を受け取り、「頼むぜ」と声をかけてからチョコボにまたがる。直後、唯一ラムザから指示されていない存在が不満そうに鳴いた。
「クエー?」
 生後一ヶ月にも満たない子チョコボが未成熟なくちばしを誇示する姿に、戦闘直前の緊迫感が一瞬薄れる。
「オルニスはイリア達のそばにいて、もし誰かが怪我をしたらチョコケアルで治すんだ。わかったかい?」
「クエ!」
 元気の良い鳴き声をラムザは承諾とみなし、鞘を払った。敵を見据えたまま、背後にいる仲間達に向かって告げる。
「焦る必要はない。近づいてくる敵を一体ずつ、確実に撃破しよう」
「おう!」
「任せといて」
「承知」
 ムスタディオが銃を持ち直し、イリアが杖を構え、イゴールが背中の矢筒から矢を取り出し、無言でアデルがボコの腹を軽く蹴る。蹄が地を蹴る音が、攻撃開始の合図となった。


 百メートルと離れていない場所で仲間達が戦っている。
 弦鳴る音が、銃声が、魔法の発動音が、獣じみた雄叫びが、如実にそれを物語っている。皆の先頭に立って剣を振るうべきナイトである自分が、一人こんなところでのうのうとしているなんて許されない事態だ。
 それは百も承知している。
 だけど、精神的ショックで力が抜け落ちた腰は、意志に反していっこうに動こうとしない。萎えた両足は無様に震えるだけだ。マリアは奥歯をかみしめた。
「みんなが戦っているというのに、こんなところでへばってなんていられないわよ」
 自分で自分を叱咤してなんとか立ち上がろうと努力する彼女の頭上で、空間がゆらりと揺らぐ。
 流れ込んだひやりとした空気でそれを察したマリアは、見上げるなり全身が硬直するのを感じた。
「オォ…」
 五歩ほど離れた場所に、青い火の玉が一つ、ふわふわと漂っている。錯覚だと思って瞬きを繰り返しても、消えてくれない。
「オォ…ウラメシヤ…」
 しわがれた声が、耳朶に滑り込んでくる。空耳だと信じたいが、マリア自身が一言も発しておらず、また、二回も同じ声が聞こえてきたからには気のせいだと言い張れない。
「汝ノ瑞々シイ肉体ガ、艶ヤカナ長イ髪ガ、燦然タル生命力ガ、恨メシイ」
 火の玉が青白く輝き、赤いぼろ布をまとった白き影――ガストへと変容する。両手が掲げられ、暗い眼窩に底光りする何かが宿った。
「スベテ我ニヨコセ!」
「そうはさせるか!」
 後方から飛んできたつぶてがグールの顔面に命中し、黄色いチョコボにまたがった人物が間に割って入ってくる。聞き覚えのある声音に、まとっている濃紺色の衣服に、マリアの硬直が解けた。
「オノレ、邪魔ダテスルカ!」
 ボコから降りて向き直るなり、恨み節を聞かされる。アデルは肩をすくめた。
「はいはい、恨むならこいつじゃなくてあんたが生前に恨んだ相手にしてくれ」
 間髪入れずに、アデルは波動撃を放つ。狙い過たず気の塊はグールの胴体に命中するも、致命傷には至らなかったようだ。カウンター気味にグールの白い両手から邪悪な霊気が放たれ、アデルの腹部を撃つ。
「オォ…汝ノ生命エネルギーハ実ニ美味ジャ…。我ノ贄ニフサワシイゾ」
 人外の存在がにたりと笑う姿は、生ある者にとっては嫌悪の対象にしかならない。アデルは大地を蹴り、ガストに向かって跳躍した。
「てめぇなんぞに食われてたまるか!」
 怒りの拳は、ガストが命中の寸前に瞬間移動したためにむなしく空を切る。
 沼地にアデルの身体が沈んだ直後、マリアのすぐ横にガストの姿が出現した。
「汝ノ肉体ヲモラッタラ、アノ者ヲ食スルコトニシヨウゾ…」
 耳元でささやかれるなり、再びガストの姿が掻き消えた。ぬかるみから何とか脱出して岩場に這い上がったアデルの背後にまわり、霊気を飛ばす。土壌に含む毒と不意打ちの攻撃でかなりの体力が消耗されたが、アデルはそれでも波動撃を放った。しかし、少ない体力では威力が低いのか、ガストはあざ笑うようにふわふわと浮かんでいる。
 彼の危機に、マリアは懐に手を入れ、取り出した物をボコに託した。
「ボコ、これをガストに当ててちょうだい」
「クエ!」
 差し出された赤い羽をくわえて、ボコがガストめがけて一直線に駆ける。雄叫びと共に跳躍したチョコボのくちばしがガストに接触した瞬間、白き影は断末魔を残して消え失せた。
「な、なんだ?」
「フェニックスの尾よ。万一のためにイリアがあらかじめ分けてくれていたの」
 戦闘不能者をも復活させる強い再生力は、闇に属するモンスターにとって致命的なダメージとなる。
 自身のみならず仲間の生命が助かったことにアデルはまず安堵し、次の瞬間、あることに思い至った。
「そんなものがあるなら最初から使えよ!」
「こわくて忘れていたのよ!」
 怒鳴り声に、条件反射でマリアも声を荒げる。
「こわいだぁ…ここにアンデットモンスターが出没するのは知っていただろうが!」
「知っていたけど、アデルが『お化けが出そう』なんていうから最初のグールをお化けだと勘違いして腰が抜けちゃったのよ!」
「腰が抜けた――って、マジかっ!?」
「本当よ、あなたのせいでここから動けなくなっちゃったのよ!」
 じろりとにらみ付けてくるマリアの目尻にうっすらと光るものを認めて、アデルはばつの悪い思いにとらわれた。後頭部をがりがりと掻き上げながら彼女のもとへ歩み寄り、片膝を折る。
「ゆっくりなら立てるだろ?」
 たくましい腕がのばされ、大きな手がマリアの腰をつかむ。先程とは全く違う理由で硬直する彼女をよそに、アデルはつかんだ箇所を持ち上げるように力を込めつつ、ゆっくりと立ち上がった。
 ぶらりと宙に浮いていたマリアの両足が地面を踏んだのを見届けてから、アデルはそろそろと力を緩める。前のめりに立たされていた身体は、そのまま胸元に倒れ込んできた。再びへたり込まないよう、腰に回していた両腕に力を込めて立つ姿勢を維持させる。
「もう大丈夫か?」
 眼下で揺れるポニーテールをみつめながら声をかけると、数秒後、くぐもった声が返ってきた。
「あ、あの、もうちょっとこのままでいい?」
「まだ痛むのか?」
「うん」
「しゃーねぇな」
 片腕をあげて、あやすように背中を軽くたたく。
 優しいその感触に、マリアはそっと目を閉じた。
 傍目には抱き合っているようにしか見えない光景に、ボコは呆れに似た鳴き声を上げる。そして、戦闘を勝利で終えていたラムザ達は、
「なあなあ、あいつらってどういう関係? 実は恋人同士なのか?」
 ムスタディオの質問攻めにあっていた。

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