錯綜(1)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第七章 錯綜(1)

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 偵察に向かわせた一隊が、人員を一人増やして、任務を遂行せずに戻ってきた。
 アグリアスは目を数回またたき、責任者ともいえる金髪の若者だけを室内に招き入れる。辛うじて扉の体裁を保っている板を閉めて二人だけの空間を作れば、彼は一礼したのち言った。
「ザランダの近くで暴漢に襲われていたので、保護しました」
 淡々と報告する彼の表情に、後悔の色は存在しない。
(ああ、そうだったな)
 オヴェリア様のことにしても、アラグアイの森で襲われていたチョコボにしてもそうだったが、このラムザ・ルグリアという名の若者はか弱き者が暴力で蹂躙されることをひどく嫌う。いや、現実化されることを恐れていると言った方が正しいのか。そういった性格からして、みてしまったからには放っておけなかったのだろう。
 だが―――、
「ラムザ殿、いまの我々の立場では、保護するどころかかえって危険に巻き込むことになるのだぞ」
 ―――そう、北天騎士団の追っ手がいつ迫るかわからないこの状況では。
「わかっております」
 ラムザは同意を示しつつも、「ですが」と続けた。
「自己紹介のついでにライオネルへ向かっていることを話したら、彼が強い関心をもちまして。あなたとぜひ話がしたい、と懇願されたので…」
「それでこの空き家まで連れてきた、と」
「はい」
 まっすぐ目を逸らさずに頷くラムザを見ているうちに、ある懸念がアグリアスの脳裏に浮かぶ。
「一つ聞くが、オヴェリア様のことについては――」
「『ある高貴な方』とぼかして彼に説明しています」
 慎重な言動は、アグリアスにとって好ましいものだった。心が自然と一定方向に向かう。
「わかった、会おう。ここに連れてきてくれないか?」
 無言で扉をくぐっていったラムザが一人の若者を伴って戻るまで、さほど時間はかからない。
 失礼にならない程度に、アグリアスは件の若者を観察した。
 年の頃はラムザより一つか二つ上だろう。緊張しているのだろうか、若干強ばった表情をしている。シャツにズボンに革の靴と、街に住む庶民と大差ない格好をしているが、泥や埃、右の袖に至っては血でかなり汚れているために、元の色は何なのか咄嗟に判断できなかった。
 若者はムスタディオ・ブナンザと名乗り、少し間をおいてこう付け加えた。機工士である、と。
 アグリアスも自らの名を明かし、そして、単刀直入に尋ねた。
「ならず者に襲われていたと聞いたが、相手の正体はわかっているのか?」
「ああ。やつらはバート商会に雇われたごろつきどもさ」
「バート商会? 貿易商として有名なあのバート商会?」
「知っているのか?」
 アグリアスは無言で頷く。
 バート商会。貿易都市ウォージリスを拠点に幅広く活動している貿易商の名前である。売り上げの一部を孤児院に寄付したり、橋の建設や道路の整備にまわしたりと、経済だけでなく社会福祉にも貢献している姿勢は王都ルザリアでも評判になっていたのだが――。
「だが、ただの貿易商じゃないぜ。裏では阿片の密輸から奴隷の売買まで悪どいことを手広くやっている犯罪組織なのさ、バート商会は」
 まったく知らない事情を聞かされ、アグリアスは一瞬言葉を失う。
 黙ってしまった彼女に代わって、ラムザが口を開いた。
「そんな奴らになぜ、追われていたんだい?」
「オレたちがなんで機工士って呼ばれてるか、知っているかい?」
 ラムザは素直に首を横に振り、アグリアスの方をちらっと見る。
「機工都市ゴーグの地下には“失われた文明”が遺されているそうだな」
 助けを求める視線を受けて、アグリアスは語り出した。
「聖アジョラがまだこの世にいた時代、空には無数の飛空艇が浮かび、街には機械仕掛けの人間がいたという。しかし、時代の流れと共にそうした技術は失われ、今では本当にそんな技術があったのかどうかすら不明だ」
 記憶している事柄を、アグリアスは誇らずに説明する。
 ムスタディオが嬉しそうにその表情を綻ばせた。
「でも、そうした文明があったのは確かなんだよ。ゴーグの地下には飛空艇の残骸や得体の知れない機械の破片がたくさん埋まっているんだ。オレたち機工士はそうした『過去の遺産』を復元しようとしている技術者なのさ」
「きみが持っていたあのヘンなモノが、機械なのか?」
「ああ、これかい?」
 青灰の瞳に促され、ムスタディオは左腰のポーチから銃を取り出した。
「これは『銃』と呼ばれているモノで、火薬を使って金属の『弾』を飛ばし相手をやっつける武器なんだ。こんなのは一番シンプルなもので、昔は『魔法』をつめて打ち出すこともできたらしい」
 ムスタディオは回転式弾倉を外し、銃弾の残存数を確認して元の位置にはめ直し、ポーチに納める。
「ふ〜ん」
 興味があるのかないのかよくわからない表情で、ラムザが相槌を打つ。
 アグリアスは本題に話を戻した。
「おまえがバート商会に追われている理由はなんだ?」
「…あんたたちはドラクロワ枢機卿に会いに行くと言っていたな」
 言い淀むように一瞬間が空いたのを、アグリアスは見逃さなかった。
「枢機卿は五十年戦争で戦った英雄だ。ライオネルの人間は今でも枢機卿を英雄として尊敬している。オレの親父も同じだ。この混乱した畏国をまとめられるのは枢機卿だけだって話している。枢機卿だったらあんたたちの頼みを聞き届けてくださることだろう。あんたたちが言う『さる高貴なお方』はもう安心さ」
「なにが言いたい?」
 アグリアスの蒼い目がすっと細められる。
「一緒に連れていってくれないか? オレも枢機卿に会いたいんだ」
「なぜだ?」
「親父を助けるためだ。バート商会に囚われた親父を助けるには枢機卿のお力を借りるしかないんだ。でも、ただの機工士のオレなんかに枢機卿は会ってくれないだろ? お願いだ。連れていってくれ!」
「だから、おまえが追われている理由はなんだと聞いている!」
 アグリアスの怒号に首を打たれたかのように、ムスタディオは項垂れた。革の手袋に包まれたその両手がぎゅっと固く握りしめられる。
「…今は話すことができない」
 絞り出すように言ったムスタディオの言葉には、苦悩の色がありありと滲んでいる。しかし――、
「では、ダメだ。おまえを連れていくことはできない」
 アグリアスは素っ気なく拒絶した。王女の近辺に、犯罪組織に追われている不審者を留め置くわけにはいかない。親衛隊隊長として当然の判断である。
「お願いだ、オレを信用してくれ! 枢機卿に会わなきゃいけないんだ!」
 必死の面持ちでムスタディオが訴えるも、アグリアスの結論は覆らない。雇い主である彼女が拒絶する以上、ラムザも従わざるを得ない。
 口を閉ざし続ける二人の態度に、ムスタディオの心が折れかけたそのときだった。
「わかりました」
 鈴の音のような玲瓏な声と共に、背後の扉が開かれたのは。
 アグリアスとラムザが、その場で跪く。
 どこからみても十五・六の女の子に対して一瞬の躊躇いもなく膝を折った二人にムスタディオはあ然とし、次いで、こちらに歩み寄ってくる少女の面貌に目を奪われた。月光のような淡い金髪、涼しげな紺碧色の瞳、一部の歪みもない端麗な顔の造りは、遠い昔母親が読んでくれた物語に登場する「お姫様」そっくりだ。
 二重の意味で立ちつくすムスタディオに、オヴェリアは淡い微笑を注いだ。
「一緒にライオネルへ参りましょう」
 夢の世界でしかお目にかかれないような美少女が、優しい声音で望む言葉を紡ぐ。ムスタディオは感激した。
「ホントかい、ありがとう!」
 感激のあまりにその手を握ろうとしたムスタディオだったが、
「王女の御前ぞ!」
 アグリアスの大声に、思考が一瞬凍結した。耳にした単語を反芻し、その意味を咀嚼する。理解した瞬間、彼は目と口で大きなゼロの字を三つ作った。
「本当のお姫さまぁ?!」
 ムスタディオが勢いよく後ずさり、慌てて膝を折る。
 額を床に擦るかのように平伏され、オヴェリアは微笑を深めた。
「よいのです。さあ、面を上げてください」
 王女の言葉に、アグリアスとラムザが、若干遅れてムスタディオが顔を上げる。
 立ち上がるなり、アグリアスはムスタディオに向き直った。
「わかった。おまえを信用しよう」
 ―――もし王女のご厚意を裏切るようなことをすれば、叩き斬る。
 鋭い眼光でそう告げられ、ムスタディオは緊張で背をわずかに反らした。


 メンバー全員にムスタディオを紹介し、ライオネルまで同行する旨を伝える。
 反対意見は、ザランダですでに顔見知りになっていた五人のみならず親衛隊隊員からも、でなかった。
 もしかしたら、王女がその意をあらかじめ伝えていたのかもしれない。
 礼儀正しくムスタディオに接する二人の隊員を見て、アグリアスはそう推察した。
「ラムザ殿」
 別働隊を率いる人物――ドーターで新たに加わった若者達は『騎士じゃないから』とアグリアスの命令に復する義務はないと公言している――を呼びだし、これからのことを諮る。
「随員が一人増えるわけですから、ザランダで物資を補給する必要性はますます高まったと思います。北天騎士団の動向も探らないといけませんし」
 彼の答えは、アグリアスの思案するところと一致していた。
 そこで、再び、ザランダに偵察隊を出すことにしたのだが、その人選は少々揉めた。
 アグリアスは当初のメンバー――ラムザ・アデル・イゴール・イリア・マリアの五人――をそのまま向かわせようと考えていたのだが、ムスタディオが「オレも行きたい」と言い始めたのだ。
 つい数時間前襲われていた者が何を言うのだ。のこのことザランダにいけば、バート商会の手の者にどうぞ襲ってくださいと言わんばかりではないか。わざわざ危ない橋を渡る必要はない、大人しくここで待っていろ。
 皆が口々にそう諫めたのだが、当のムスタディオは「手に入れないといけない物があるんだ」と譲らない。
 あまりにも頑固な態度に、結局、アグリアスは条件付で許した。
 第一に、機工士であることを声高に主張する銃は置いていくこと。第二に、道中、絶対一人で行動しないこと。第三に、変装していくこと。
 ムスタディオは全て受け入れた。銃をアグリアスに預けると、彼はなんだが楽しそうなイリアとマリアに空き家へ連れて行かれる。
「あまり大人数で移動するのも好ましくないな」
 その背中を見送りつつイゴールが言い、
「そだな」
 頷いたアデルは、ラムザをみつめた。
「ラムザ、おまえが残れよ」
「なんで僕が?」
「一時的に戦力が二分されるんだ。万一に備えて回復魔法を使える者がいるべきじゃないか? なあ、アグリアスさん、あんたもそう思うだろう?」
「たしかに」
 雇い主に頷かれては、ラムザとしては従うしかなかった。

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