追跡(3)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第二章 追跡(3)

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 街への入り口を閉鎖するかのように現れた六人の小集団。その手には、長弓やナイフなど、種類は異なるが武器を各々携えている。
「あいつはガフガリオンじゃねぇか! くそッ、七〇〇じゃ少なすぎだぜ!」
 その先頭にいる軽装の男が、ガフガリオンの顔を視認するなり忌々しげに舌打ちし、被っていた帽子を地面に叩きつけた。
 王女護衛隊の騎士達は名指しされた人物を訝しげに見返るも、当のガフガリオンは無言で不敵な笑みを浮かべたまま。
 上官のその表情に、ラッドとラムザは互いに顔を見合わせ、ほぼ同時にため息を一つ吐いた。
 ガフ・ガフガリオンの名と顔を知る者は、大まかに二種類の人間に分類される。先の五十年戦争で彼と同じ陣営で戦った者か、傭兵家業に身を置いている者か、だ。
 また、ガフガリオンと積極的に接触しようとする者も、これまた大まかに二種類に分けられる。技量の高さを理由に依頼を申し込む者と、随一のダークナイトである彼を倒して名を上げようとする者。そして、前方の小集団が前者に該当しないことは、武装していることから明白だ。
「どうやら、オレの客のようだな」
 ガフガリオンは前にいる護衛隊の面々を押しのけ、先頭に立つ。坂の上にいる少数団に向かって進み出れば、満月状に引き絞られた弓から矢が発せられた。薄闇を裂いて飛来するその矢を、ガフガリオンは剣を一閃させることで、苦もなく中途で斬り捨てる。
「ほう、やる気か。面白い」
 心底愉快そうなガフガリオンの言葉が命令となった。部下たる二名の傭兵は、無言で戦闘態勢をとる。
「あんたらは手出しすンなよ」
 老剣士の発言に、アグリアスは眉根を寄せつつも部下に後退を命じ、自身も下がった。
 傭兵同士のいざこざに介入する気は、さらさらない。だから、下がっていろという言葉がなくても、アグリアスは剣を振るうつもりはなかった。
 彼女が顔をしかめたのは、この男は現状を正確に把握しているのだろうか、という懸念からだった。
 相手は、確認できる限りでは六人。物陰に更なる増援を隠している可能性もあるから、敵の数は増えることはあっても減ることはないだろう。一方、ガフガリオンの側は三人。つまり、二倍の敵に戦いを挑もうとしているのだ。よほどの戦術を講じない限り、味方の損害もなく勝利を収めることは難しい。
 なのに、戦術という面でも一歩後れをとっている。
 敵は坂の上に陣取り、長弓を引き絞って矢を降らせている。射手の技量にもよるが、高所では、長弓の有効射程は通常の二倍近くまで伸びる。かたや、傭兵たちには弓などの長距離攻撃手段がない。敵を倒すには、剣が届く距離まで接近するしかない。狙いすまして飛来する複数の矢をどのように回避して、敵を倒すつもりなのだろうか。
「ラムザ」
 アグリアスの懸念をよそに、ガフガリオンは常と変わらぬ声音で一人の傭兵の名を呼ぶ。
「はい」
 呼ばれた方も、平坦な声音で応じた。
「でかいのを一発ぶちかませ」
「わかった」
「ラッド、意味はわかるな?」
「もちろんっすよ」
 傭兵間の短いやりとりが終わるなり、ラムザが剣を鞘に収めた。そして、手ぶらのままたった一人で、一歩、二歩と前へ進み出る。どうぞ射殺してくださいと言わんばかりの、無防備な行動。戦場にあるまじき振る舞いに、アリシアが素っ頓狂な声をあげ、ラヴィアンが目を剥き、アグリアスがぎょっとした瞬間、それは起こった。
「天空を満たす光…」
 金色の後ろ髪が、風もないのにふわりと浮いた。グローブに覆われた左手が滑らかに動き、敵陣に向かって突き出される。その手のひらは、淡く黄色に発光していた。
「やべぇ、黒魔法の詠唱だ。止めろッ!」
 敵のリーダーが絶叫し、複数の矢が同時にラムザ目がけて襲いかかる。瞬間、彼を守るかのように黒い影が走り込み、剣を閃かした。鋭い金属音が幾つも連続して響き、弾かれた矢があらぬ方向に消えていく。
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」
 黒い影はラッドだった。剣を肩に担ぎ、口の端をニッとひいて得意げに笑う。
 直後、ラムザがその左手を天に掲げた。
「一条に集いて神の裁きとなれ! サンダガ!」
 解放の言霊に導かれて敵陣の直上に白光が発現し、炸裂する。激しき光の奔流が周辺の敵を包み込み、その皮膚を焼き、肉を焦がした。耳障りな悲鳴が幾つも上がる。
 光が弱まったとき、敵の状態は悲惨だった。
 先頭で指揮を執っていたリーダー格の男は服に火がつき、地面を転げ回って火を消そうと躍起になっている。弓兵が全身から白煙を上げて、がっくりと膝をついた。背後に控えていた魔道士らしき男の手からロッドが転がり落ち、うつ伏せに倒れる。
「うおおおおおお!」
 時を置かずして、ラッドとガフガリオンの両名が左右に分かれて走り出した。坂を一気に駆け上り、敵陣に肉薄する。先の雷撃魔法によって、敵が戦う力を根こそぎ削がれたことは明白なのに、傭兵達は投降の呼びかけをしない。いや、それどころか…
「ラッド、適当なヤツを一人だけ生かしておけ」
「あいよッ」
 容赦なく剣を振るった。切断された肉体から血がほとばしり、地面を赤黒く染める。
 悲鳴が立て続けに幾つも上がり、やがて途切れた。
 坂の上で、両の足で立っているのはガフガリオンとラッドの二名のみ。
 静寂が、場を一瞬支配する。
 微かな風に乗って届いた血なまぐさい匂いに、アグリアスを始めとする騎士達は眉をしかめ、ラムザは奥歯を噛みしめる。そして――
「お見事」
 屋根から戦闘の一部始終を眺めていた男は、拍手した。
「なかなか高い戦闘能力を有しているようだ。ダイスダーグも良い駒を使う」
 深緑の目が、雇った者達の恨めしげな死に顔を、ゆっくりと大地に浸潤していく血だまりを映し出す。その目が、うっとりと幸せそうに細められた。
「屑の分際であのお方の礎になれたことを、心から誇るがいい。…さて、どうしたものかな」
 男は表情を真顔に戻し、顎に手をあてた。
「奴らが全て始末してくれれば楽だったのだが。しかたない、後始末をするか」
 心底つまらなさそうに男は言い、双眸を閉じる。次の瞬間、その姿は宙に掻き消えていた。


 掲げられた松明の炎が、革紐で全身を拘束された男を照らし出す。彼は、戦闘開始直前にガフガリオンを見るなり帽子を叩きつけた人物であり、戦闘では指揮を執っていた人物でもある。四方を取り囲む人影の隙間を縫って逃げようと、尺取り虫のように身体をくねらせる。だが、ガフガリオンが男の視界を塞ぐように立ちはだかったとき、その喉がひゅっと音をたてた。
「七〇〇ギルでオレを仕留めてこいなンて、ふざけた命令を下したヤツは、どこのどいつだ?」
 男は唇を噛みしめるだけで、答えない。
 ガフガリオンが口の端に冷笑を閃かした。
「答える気がないなら、答えざるを得ないようにしてやるよ。東天騎士団団長直伝の拷問でな」
 不十分な灯りでもはっきりとわかるほどに、男の顔が恐怖で歪む。
「待てッ!」
 一歩踏み出しかけたガフガリオンを、アグリアスが制した。
「捕虜に対し過剰な暴行をするなど、認めん! そもそも、こんなことに時間を費やすわけにはいかない。我々は一刻も早くオヴェリア様を」
「暴行じゃないし、すぐ終わるから安心しろ。それに、オレ達がドーターに到着する時刻を見計らったかのように伏兵を配置した野郎の正体、知りたくはないンか?」
 不承不承ではあるが、アグリアスは引き下がった。王女親衛隊隊長の立場上、ガフガリオンが指摘した後半の言葉を無視できなかったからだ。
「ラッド」
「えーっ、俺がやるんっすか!?」
「こいつを捕まえたのはお前だろうが」
「了解っす」
 ラッドは掲げ持っていた松明をラムザに手渡し、捕虜の背後に回った。無尽蔵な仕草で右足首を掴み、靴を脱がす。続けて、靴下もはぎ取った。途端に、彼は顔をしかめた。
「くさっ、おっさん、足はこまめに洗おうな。じゃないと女性に嫌われるぜ」
 ラッドは二本指で手にした靴下を放り投げ、ラムザが差し出すチョコボの羽根を受け取る。それを、外気にさらわれた男の足の裏に、そろりと這わせた。
「―――!」
 ぴくん、と捕虜の身体が撥ねる。
「悪くない反応だな」
 ガフガリオンの顔に凶悪な笑みが浮かんだ。
「続けろ」
「ういっす」
 ラッドが足の指の間に羽根を差し込み、こしょこしょと動かす。
「ひゃ、やめ…あひぃ、くすぐった…ひょ!」
 男の口から何とも情けない笑い声が漏れる。
 アグリアスは思わずはす向かいにいるラムザに目を向けた。秀麗な顔立ちは、ポーカーフェイスのような無表情を湛えたまま。その表情が、彼ら傭兵にとって珍しいことではないことを示している。
 確かに、苦痛にはある程度慣れている人間でも、くすぐり続けられるとあっさりと陥落することは多いらしい。半日もくすぐり続けられれば、精神が崩壊する恐れもあると聞いたこともある。情報を確実に引き出すという点では、下手にぶん殴るよりも効果的だろう。だが、
(真剣にやっているのを眺めていると、奇妙に力抜けするのは何故だろうか)
 なんとなくため息をつきたくなったアグリアスのかたわらで、
「うう」
 想像してしまったのか、アリシアは辛そうにうめき、
「これが東天騎士団団長直伝の拷問方法?」
 ラヴィアンが呆れたように言った。
 女騎士達がそれぞれの感想を抱いている間にも、羽根の動きは止まらない。いや、むしろ、どんどん大胆になっていく。指の隙間を一つずつ順番にくすぐったと思えば、羽根の先端が円を描くように足の裏全体をなで回す。
「まっ、ひゃぁ! ちょ、たんま…うひょぉ!」
 抵抗するかのように男は全身をくねらすが、全身に巻き付いた革紐と足首をがっしりと掴むラッドの手が、それを阻む。
「あひゃああああああああああ、わ、わかった、しゃ、しゃべるからやめてくれぇ!」
 男がそう絶叫するまで、三分もかからなかった。


「なぜオレらを襲った?」
 男の息が整うのを待って、ガフガリオンが詰問する。
「雇われたからだ」
 男はその質問に即答した。
「誰に?」
「………」
 男の顔に狼狽がよぎる。が、ラッドが先程まで使用していた拷問道具をその鼻先に突き付けると、露骨に顔色を変えた。
「名前は知らないが、あいつは――」
 そこまで男が言った瞬間、その身体は、なんの前触れもなしに火炎に包まれた。
「なっ!」
 まとった鎧さえ溶かしそうな炎の熱さに、一番近い距離にいたラッドだけでなく全員が後ずさる。
 天まで焦がすような火柱が上がり、突然ふっと消える。
 燃えさかった場所に残されていたのは、一つの人型の黒い影だけだった。
「…なに、さっきの」
 茫然としたアリシアの言葉に、誰も答えない。
 重苦しい沈黙が生者の間に漂いかけた瞬間―――、
「そこだ!」
 アグリアスが腰帯から短剣を取り出し、あらぬ方向に投げた。
 銀色の軌跡を描いて暗闇に吸い込まれていく短剣を追いかけるようにアグリアスが駆けだし、彼女の後をアリシアとラヴィアンが追う。だが、二十歩も走らぬうちに、三人の足は止まった。建物と建物の隙間に漂う暗闇に、一振りの短剣が落ちていた。アグリアスがさきほど投げた物だ。拾いあげて見るも、刃に血はついておらず、また周囲に血痕もない。
「どうなさいましたか、隊長」
「得体の知れない殺気を感じたのだが、気のせいだったか」
 心配げに尋ねるラヴィアンにアグリアスは「なんでもない」とほほえみ、短剣を鞘に収めた。
「戻ろう。これからの方針を決めなくてはならない」
「はい」
 アグリアスの言葉にアリシアとラヴィアンは頷き、きびすを返した。両名の背中を守るかのように、アグリアスも歩を進める。
 三人の女騎士が立ち去って数秒後、短剣が落ちていた場所に黒い影が忽然と出現した。
「あの女、感知能力が高いな。存外侮れない」
 黒い影はそうつぶやき、現れたときと同じく忽然と消え失せた。

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