追跡(2)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第二章 追跡(2)

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 太陽が西の端に傾きかけた頃、ようやく潮が引きはじめ、オーボンヌ修道院と陸地とが中州によって一続きになった。
 自然の橋が形成されるなり、そのときを待っていましたと言わんばかりに複数の人影がオーボンヌ修道院の正門から外へ飛び出した。アグリアスを始めとする王女護衛隊の騎士が三名に、ガフガリオンが率いる剣士が三名、計六名の戦士たちである。
 数字上では本来の護衛隊の人数と等しくなったが、この集団は数多くの不安を抱えていた。南天騎士団らしき騎士に誘拐された王女を探し出して救出するという目的の困難さに比べて、その実力は急ごしらえの混合部隊ゆえに未知数であり、部隊相互間の信頼は希薄だったのである。
『確かめなくちゃいけないんだ!』
 誘拐犯と何か関係があるようだが、その詳細は語ろうとしないラムザ。
『面白いことになりそうだからな』
 ただ働きはしないという前言をあっさりと撤回したガフガリオン。
『しかたないっすねぇ』
 諦念に近い一言で、ついてきたラッド。
 ―――彼らが何を考えているのか、わかりはしない。
 王女護衛隊に所属する女騎士達は、共通してその想いをいだいていた。
 しかし、オーボンヌ修道院全体を見渡せる崖から観察する人物の目には、彼女らの心情など察しようがない。ただ、観察者として認識できる事柄――追跡者がオーボンヌを出立した時刻、その人数と男女比率、主な外見的特徴を一片の紙に記し、伝書として一羽の鷹に託した。
 飛び立った鷹は、翼ある者の特権を最大限に利用した。海水が染みこんだ砂に足をすわれることもなく悠々と湾を渡り、人の足ならば迂回しなければならない山地を易々と越え、戦禍が色濃く残る廃墟を平然と通過する。
 前方に街が見えだした頃、高く澄んだ音が鷹の聴覚を刺激した。
 合図だ。
 鷹は一度上空を旋回し、丘陵のてっぺんに佇む二つの人影を認めると、ゆっくりと降下をはじめた。鷹の姿に気付いたのだろうか、左側にいる十代後半と思しき若者が左腕を差しのばす。鷹はその腕にそっと両足を下ろした。
「ご苦労だったね、サラフィエル」
 若者が嬉しそうに目を細め、グローブに覆われた手が労るようにその翼を撫でる。次いで、足に取り付けられた通信筒を取り外した。収められていた紙を取り出し、記載されている内容を黙読する。読み終わった直後、その深緑の目が大きく開いた。
「父上」
「今は任務中だぞ」
 若者によく似た顔立ちの男が、若者とは明らかに違う冷ややかな声で言う。途端、冷や水を浴びせられたように若者の顔から動揺の色が消えた。申し訳ありません、と焦茶色の頭が下げられる。
「伝書には何とあった?」
「王女を奪還すべく、オーボンヌ修道院から男三名女三名計六名の追跡者が出発した。宵のうちにはドーターに到達するだろう、と」
「イズルード」
「はい」
「その情報をハイラルに知らせ、こう伝達するのだ。『命令に変更はない』と」
 若者はしばし逡巡する様子を示したが、やがて意を決したかのように口を開いた。
「王女親衛隊は少数ながら精鋭ぞろいと聞いております。北天騎士団の妨害が予想されるのに、背後から親衛隊の追っ手が迫るとなると、ディリータでも荷が勝ちすぎると思いますが」
「案ずるな。後背の親衛隊は内紛の毒を三つも抱えている。互いにかみ合って自滅するだろうよ」
「ですが、確実とはいえません。やはり私もディリータに同行――」
「ならぬ、と言ったはずだ」
 男は若者の言葉を中途で遮った。
「この状況下で、『教会所属の神殿騎士』が『南天騎士団の騎士』と行動を共にするなど不自然極まる。ティンジェルの名は、おまえが想像している以上に世間に知れ渡っているのだ」
「………」
「だが、おまえの言うことも一理ある。後背の備えとなる手を講じよう」
 瞬間、若者がその目を輝かせた。
「意見を取り入れてくださり、ありがとうございます」
「では、行け。汝が職責を果たせ」
「はいっ!」
 若者は再び鷹を空に飛び立たせた後、一直線に丘陵を駆けおりていく。
 勢いのある足音が徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなる。
 男は前方に霞んで見えるドーターの街を見下ろし、独語ちかい呟きを漏らした。
「流れる血が多いことに越したことはない…」


 それから約一時間後。
 さほど労を要せずに、男は目的にふさわしい人材を見つけ出していた。
「首ひとつに五〇〇ギル出そう。それでどうだ?」
 その申出に相手は「ふざけるな」と呟き、組んだ腕を伸ばした。
「話にならん。二〇〇〇だ。首ひとつ二〇〇〇だ」
「貴様たちを異端者にするのは容易きことだぞ」
 男は懐から金の印章を取り出した。刻印されたグレバドス教の聖印を認めた相手が、滑稽なほどに顔色を変える。
「オレたちを脅す気か?」
 男は無言で印章をしまい直す。
 瞬間、両者の間に険悪な空気がみなぎった。
「一〇〇〇でどうだ」
「七〇〇だ。それ以上は出せん」
「…わかった。それで手を打とう」
「よし。ターゲットはまもなくやってくる。一人残らず息の根を止めろ」
 相手が頷いたのを確認して、男はその場を離れる。人気のない方へ、より暗い方へと歩み、街角に自然にできた闇のたまり場で、その姿は宙に掻き消えた。
 次の瞬間、男は、尖塔の屋根に両の足で立っていた。眼下に広がる町並みを見下ろし、愉快そうにその深緑の目を細める。
「さて、奴らの実力はどんなものかな」
 視線の先には、街に近づこうとする六つの人影があった。

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