骸旅団(3)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第五章 骸旅団(3)

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 ラムザ達が外にでると、日はとうに地平線の彼方に沈んでおり、街灯には灯がともっていた。
 警備隊の正門前では、士官候補生達が見張りの対象と和気藹々と会話している。
「で、ラムザはそんなに綺麗に見えたのか?」
 大声でアデルがドゾフに質問する。
 周りをはばからない声とはこのことを言うんだな、とラムザは思った。
「それはもう、女神かと思いましたよ。オレこんな顔だからほとんどの人が顔を逸らすんです。でも、旦那はオレの顔をちゃんと見て質問してくれた。嬉しくて嬉しくて」
「君たち、何してるの?」
 ラムザの冷たい呼びかけに、彼らは身を強ばらせた。四人の少年少女と一人の男性はおそるおそる振り返る。彼らの目に飛び込んできたのは、どことなく不穏なものを漂わせたラムザだった。彼の後ろには、呆れるような表情を浮かべるディリータと、不機嫌そうなアルガスの姿もある。
「あ、あら、もう尋問終わったの?」
 マリアが取り繕うように言う。
「一体こんな時間まで何を話していたんだ? あとで、じっくり聞かせてもらうことにするよ」
 ラムザはにっこり笑った。だが、マリア以下の候補生達は、当然彼の目が笑っていないことに気づいていた。
「とりあえず、どこかで宿を取った方がいいな」
 いち早く冷静さを取り戻したイゴールが、話題を変える。
「そうだね、こっちの情報も伝えたいから」
「旦那、それならオレがいい宿知ってます。案内しますよ」
 ドゾフが先導してラムザを案内しようとする。アルガスがすぐさま、「盗賊野郎が案内する宿など行きたくない」と異議を唱えた。
「オレはラムザの旦那を案内するんだ。あんたなんか来なくてもいい。好きにしろ」
 ドゾフははっきりと言い捨てる。
「ドゾフさんはいい人よ。反省もしてるし、何言ってるのよ、アルガス」
「そうだそうだ、行こうぜ」
 イリアとアデルが交互に弁護に立つ。マリアはドゾフの腕をとった。
「ドゾフさん、案内お願いしますわ。いきましょう、みんな」
 マリアとドゾフは並んで歩き出す。アデル、イゴール、イリアもその後についていく。
 残されたラムザ、ディリータ、アルガスは当惑した。
 アルガスは、お前らいつの間に盗賊野郎と仲良くなったんだよと内心で罵倒する。だが、見知らぬ街で一人宿を探すのも心細く思い、渋々彼らの後を追った。
 ディリータとラムザはお互い顔を見合わせ、ため息をついた。
 ―――見張り役が、その対象と仲良くなってどうするというのだ。
「旦那、こっちですよーっ!」
 ドゾフが明るい声で呼びかける。
 ラムザは、彼が改心したのならいいかと気を取り直し、彼らの元に駆け寄る。
 ディリータは人がいい仲間達に呆れ、やれやれと肩をすくめた。


 ドゾフが案内した宿屋は大通りから少し外れた所にあった。
 壁という壁が蔦に覆われた古めかしい宿だが、室内は掃除が行き届いている。玄関をくぐると、宿の老夫婦が暖かくラムザ達を出迎えてくれた。老夫婦とドゾフは何やら言葉を交わし、老夫婦が頷くと、ドゾフは厨房に消えた。
 老夫婦が案内に立つ。この宿は二階部分が客室となっており、二人部屋が4つという小規模なものだった。イリア、マリアで一部屋、あとの三部屋は男性陣で使うことにした。彼らはごく自然に、アデルとイゴール、ラムザとディリータ、アルガスと分かれてしまった。
 ラムザが部屋に荷物を置いて食堂に降りると、ドゾフは厨房で食事を作っていた。イリアがその支度を手伝っている。
「旦那、すぐにうまい飯を作りますので、風呂にでも行ってください。この宿は地下に湯殿があるんですよ」
「お風呂! 本当!?」
 ドゾフが肯定すると、イリアは「女性が先よね!」と叫んで部屋へ駆け戻っていった。
「元気がいいですね。女の子は」
 ドゾフは嬉しげに呟き、イリアが置いていった食材の調理を始めた。意外と慣れた手つきだ。包丁を小刻みに動かし、手早く材料を切っていく。ラムザは感心しながらその作業を見つめていた。
「ドゾフ、聞きたいことがあるんだ」 
「何でしょうか?旦那」
 食材を一口大に切り終わり、寸胴鍋に材料と水を注ぎ入れると、ドゾフはラムザの言葉を待った。背後で、お風呂、お風呂と嬉しげに話ながら地下に向かう女の子二人の声が聞こえる。
「君はこれからどうするんだ? 骸旅団を裏切ってしまったんだろう?」
 ドゾフはお玉を手に持ち、沈黙した。
 ぐつぐつと水が煮え立つ音がする。石窯にはあらかじめ火がかけてあったのだろう。ドゾフは塩とこしょうで味付けをすると蓋をした。隣の棚から小鍋を取り出し、もう一つのコンロに載せ、小麦粉と牛乳を少しずつ混ぜ始める。クリームシチューを作るようだった。
「旦那、骸旅団の中には色々な考えを持つ人がいます。団長ウィーグラフのように改革に燃える人。騎士団から旅団へと名前を変えた直後は、そういう理想を抱いた人達が多くいました。でも、今では少数です。ほとんどが、その日の食料と寝床を確保するために盗賊行為を繰り返す人ばっかです」
 ラムザの脳裏に浮かぶのは、先程の捕虜の言葉。
 平等を目指して貴族と戦う勇者だと力強く主張していた。
 貴族という言葉に込められた深い憎悪と怨恨。
 しかし、かたや、侯爵を身代金目当てで誘拐するという行為をする者達もいる。
 骸旅団は北天騎士団によって外部から、貧困によって内部から崩壊しつつあるようだ。
「オレは平民がこの国を守るという言葉に惹かれ、戦争末期、騎士団に入団しました。でも、戦争が終わると骸騎士団には何の恩賞もなかった。オレは職を探しましたよ。でも、仕事なんてなかった。人手過剰な状態だったし、この顔で門前払いされる。商売をしようにも手元には金がない。そこで、オレは骸旅団に戻ったんです」
「ここの宿の夫婦には信頼されているみたいだけど?」
「ここは、昔、骸騎士団のメンバーのたまり場になってたんですよ。今は違いますけど。あのころは希望に満ちあふれ、楽しかった…」
 ドゾフは煮え立つ寸胴鍋の中身の具合を確かめる。塩を追加し弱火にしてから、ホワイトソース作りを再開する。
「オレは正直言って盗賊行為はきらいでした。でも食べるためには仕方ない。それに骸旅団は貴族しか襲わない。戦後の補償代わりだって思ってました。でも、旦那にあって目が覚めました。貴族だって旦那たちのような人もいる。貴族相手だろうが、自分のやってたことは卑しいものだったということに気がついたんです」
 彼は、蓋を開け、お玉で中身をかき混ぜる。野菜が煮え立ついい香りが漂う。
「これを機に、もう一度一から仕事を探すつもりです。あ、そうだ。旦那、これを」
 ドゾフはズボンのポケットから銀貨を二枚取り出し、ラムザに手渡した。
「これは?」
「旦那の仲間からだまし取った金です。お返しします」
 ラムザは、ドゾフの顔を見ながら不思議な思いがした。
 最初あったときは、人相が悪く、すさんだごろつき風の中年男性という印象しかなかった。しかし、今は瞳には穏やかだが強い光が籠もっている。その輝きが、彼の顔全体を柔和なものに変えていた。この輝きがあるなら大丈夫だろう。彼は立ち直れる。
 ラムザは黙って受け取った。
 ドゾフは肩の荷が下りたような顔をしてシチュー作りを再開する。奇妙な旋律の鼻歌を交えながら料理を続ける彼の姿は、近い将来現実ものになるような気がした。

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