骸旅団(2)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第五章 骸旅団(2)

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 捕虜とした者達の身柄を警備隊に預け、一室を借りて尋問をすることにした。先だって、ドゾフに侯爵のことを尋ねてみると、「オレは下っ端だからわかりません」との返事が返ってきたからだ。
 ラムザとディリータ、そしてアルガスが同席して、尋問は開始された。他の四名は外でドゾフと共に待機することになった。明言はしなかったが、ドゾフに対する見張りの意を込めている。
 尋問官がいるにもかかわらず、尋問の主導権を握ったのはアルガスだった。


「お前達が骸旅団だというのはわかっているんだ。侯爵様は何処だ! 何処に監禁されているのか、言え!」
 アルガスが同じ質問を繰り返す。
 捕虜は沈黙を保ったままだ。ただ、鋭くアルガスを睨みつけるのみ。
 ラムザは男を見た。アデルが言うには、一番身なりのいい格好をしていた男だという。援護を得ながらではあるが、アルガスとアデルの二人の攻撃を受けても最後まで戦い通すほどの体力・精神力をもつ戦士だったとも。しかし、両腕を後ろ手に拘束され、身体のあちこちに切り傷やあざがある今では、毒爪を失ったレッドパンサーと言った感があった。
「この野郎! 何とか言ったらどうだ!!」
 業を煮やしたアルガスは捕虜を蹴飛ばした。抵抗のすべもない捕虜はまともに腹部に蹴りを食らい、そのまま前に倒れる。
「よせ!アルガス!」
 そのまま拷問を開始しかねないアルガスを、ラムザは鋭い一言で制する。アルガスは舌打ちをし、捕虜の髪を鷲掴みにして顔を無理矢理上げさせた。
「いいか、よく聞け。まもなく、お前ら骸旅団を皆殺しにするため、北天騎士団を中心とした大規模な作戦が実行される」
 酷薄な笑みを浮かべたアルガスは、そこで言葉を切った。相手の反応を窺う。捕虜はわずかに苦しげな表情を浮かべていた。苦痛か、それともアルガスの言葉に対してかはラムザにはわからなかったが。
「そうだ、お前らは死ぬんだ。一人残らず地獄に堕ちるのさ。盗賊にふさわしい末路だな。だが、お前は幸せだぞ。侯爵様の行方を教えるだけで命が助かるんだからな。どうだ?」
 痛いほどの沈黙の後に、捕虜の答えが返ってきた。
「俺は知らない」
「言葉遣いに気をつけろ! 盗賊が貴族にため口を聞くんじゃねぇ!!」
 アルガスは捕虜の頭を放り投げ、あごを蹴飛ばした。
「俺たちは盗賊じゃない!」
 顎の痛みをこらえながら男は身を起こし、ため込んでいたものを一気にはき出した。
「貴様たち貴族はいつもそうだ! 俺たちを人間だと思っていない。五十年戦争で、この国のために戦った俺たちを用済みになると切り捨てた! 俺たちとお前らにどんな違いがあるって言うんだ!? …生まれか、家柄か? …身分ってなんだ?」
「誘拐の上、身代金まで要求するお前らが何を偉そうに言う!」
 アルガスは捕虜の胸ぐらを掴む。男は徐々に呼吸が満足に出来なくなってきたのか、息を切らせながら釈明した。
「侯爵誘拐は間違いだ。団長の…計画じゃない。…我々は…金目当てで…要人誘拐など…しない…」
「では、誰だ? 誰が侯爵を誘拐したと言うんだ?」
 ラムザの問いにも、男は沈黙を保つ。
「言え! お前らじゃなければ、一体誰だ!」
 アルガスがますます力を込めて胸ぐらを掴みあげる。捕虜は息苦しさに負けるようにある人物名を呟いた。
「…ギュスタヴだ」
「ギュスタヴ? 誰だ、そいつ」
 アルガスは男を解放し、ラムザとディリータの顔を交互に見る。壁際で腕組みをしながら尋問の様を眺めていたディリータが答えた。
「ギュスタヴ・マルゲリフ。…骸騎士団の副団長だ」
「やっぱり、貴様ら骸旅団の仕業じゃないか!」
「違う!」
 数度激しく咳き込んでいた男は、昂然と顔を上げた。
「我々は、貴様ら貴族を倒すため戦っている!我々はウィーグラフ様の下で平等な世界を築くために戦っている誇り高き勇者だ。ギュスダヴとは違う!」
「何が誇り高き勇者だ! このゲス野郎!」
 アルガスは、汚らわしいといわんばかりに捕虜を蹴飛ばす。さらに蹴りを入れようとするから、ラムザは彼と捕虜の間に割り込んだ。
「アルガス、いい加減にしろ! 捕虜に対して過剰な暴行をするのがランベリー近衛騎士団のやり方か?!」
 一喝してアルガスを下がらせると、ラムザは捕虜に向き直った。
「ギュスダヴ・マルゲリフ。北天騎士団所属の騎士でありながら、強姦や敵兵に対する残虐な行為から骸騎士団に転属された過去を持つ男。確かに、そんな男とは違うみたいですね」
 予想外の言葉に捕虜は目を細めた。
「何が言いたい?」
「これ以上、骸旅団の方針に反する人を庇う必要はないでしょう。貴方と、骸旅団の名誉は傷つかない。ギュスタヴの居場所を教えてもらえませんか?」
 捕虜は真意を見極めるかのようにラムザの顔を見つめる。彼は真っ向からその視線を受け止めた。暫しの睨み合いの後、捕虜は口を開いた。
「“砂ネズミの穴ぐら”だ。」
「砂ネズミ? なんだ、それは?」
「よそから来たアルガスにはわからないだろうが、“砂ネズミ”はこのドーターの北に広がるゼクラス砂漠にのみ生息するネズミのことだ」
 ディリータがアルガスに解説をする。
「ドーターとゼクラス砂漠の間に集落なんてあったかな?」
「今はありませんが、以前砂漠の民の集落だった場所ならあります」
 ラムザの疑問に答えたのは尋問官だった。
「そうですか。ギュスタヴと侯爵はそこだな」
「ああ。おそらくな」
 ラムザとディリータの話が見えないアルガスは怪訝な顔をする。
「どういうことだ?」
「穴ぐらはネズミの巣ってことさ」
 アルガスはディリータの喩えを聞いて、なるほど、と納得する。
 必要な情報は聞き出せた。ラムザは立ち会ってくれた尋問官に、件の場所を教えてもらい、礼を言うと部屋を出て行った。二人の少年も彼の後に続く。
 お株を奪われた形になった尋問官は、軽く吐息して、捕虜を牢獄に戻す作業をすることにした。

***

 一方、外で待機している士官候補生達は、“元”骸旅団団員ドゾフとの会話が弾んでいた。
 簡単な自己紹介をドゾフにすると、彼は慇懃に頭を下げた。
「皆さん、アカデミーの士官候補生だったんですね。先程は失礼しました」
「いや、いいよ。なんとなく怪しいなっておもっていたし。あ、そうだ。アルガスはランベリー近衛騎士団の騎士見習いだから、違うぜ」
 アデルがドゾフに頭を上げるように身振りし、そして彼の認識を訂正する。
「アルガスさんっていうと、オレが引っかけた人ですか?」
「そうよ」
 イリアがドゾフの言葉に頷く。ドゾフは四人の顔を見渡して、ぽつりと言った。
「貴族のガキというのは、みんなあのアルガスさんのように威張り散らしているものだと思ってましたけど、皆さんはずいぶん違うんですねぇ」
 四人はそれぞれ、苦笑する。彼らはアカデミーでも異色の考えを持つ集団だった。
 指導教官が自ら『身分がどうした! お前らの力で貴族になった訳じゃないだろう。たまたま、お前らが貴族の家に生まれたにしかすぎないんだよ。家柄ごときで威張るんじゃない!』と言い、彼らはもっともな考えだと柔軟に受け入れてきたからだ。
「俺は貴族といっても名前ばかりだ。暮らしは平民とさほど変わらない」
「まあ、ここにいるみんな似たようなものよね。上流貴族といえば、ラムザだけだわ」
 イゴールの言葉をマリアが補う。
「旦那はあのベオルブ家の人なんですよね?」
 イリアが頷きかけ、疑問の声を上げた。
「どうして知っているの? マリアは名前しか言ってないのに」
「旦那が言ってました。『ベオルブの名を継ぐ者』だと。そう言うくらいだから、旦那は嫡男ですかね? それにしては、ずいぶんと物腰が柔らかいですよね?」
 四名は驚きで目を見開いた。
「…知らないの?」
「何がです? オレ、ほとんどこの街で活動してたからイグーロスには行ったことがないんです」
「それは、ベオルブ家直系の男子に認められる称号よ。現在、そう言えるのは三名のみ。ラムザと彼の兄にあたるダイスダーグ卿とザルバッグ将軍だけ。でも、ラムザはその称号嫌いみたいだけど…」
 アデルがマリアに制止の言葉を投げかけ、イリアは彼女の肘をつつく。彼女は慌てて口を閉じるが、出た言葉はちゃっかりドゾフの耳に入っていた。
「なんでです?」
 四人は顔を見合わせる。その表情は先程と違い陰りがある。
 聞いてはいけないことだったかなとドゾフが後悔し始めた頃、イゴールが答えてくれた。
「…ラムザは妾腹だ。母親は平民出身の女性。彼は、自分がベオルブ家にふさわしくないと思いこんでいる風もある。だからだろう、滅多にその称号を口に出さない」
「う〜ん、そうなんですかぁ? でも、あのときの旦那は凄く威厳があってオレは肝がつぶれましたよ。やっぱり血ですかねぇ」
「あのときって何だ?」
 アデルが興味津々といった顔で尋ねてくる。
 ドゾフは、ラムザに一目惚れをし一緒に逃げようと言ったら剣を突きつけられて仲間の所へ案内するよう命令されたことを話した。
「真冬のブリザードのように冷たく、そして、威圧に満ちた声でしたよ。優しい女神が、怒り荒ぶる神になったかのように思えましたね」
「ラムザ、本気で怒るととても怖いから」
 イリアの言葉に全員が同意する。直後、ふと、アデルが思い出したかのように付け足した。
「案外、同性に告白されたのがショックだったのかもな」
 辺りに笑いの花が咲く。ドゾフは気恥ずかしさから、頭をかいた。

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