骸旅団(1)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第五章 骸旅団(1)

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 地の利のある地点に敵をおびき寄せ、退路を断った上で奇襲攻撃をかける。戦略としては一級品だと評価できるだろう。
 まんまと敵の思惑にはまってしまった騎士の卵達は、生き残るために早急に打開策を講じなければならなかった。
「どうする? このままだと、そのうちやられるわね」
 マリアが冷静に指摘する。アデルは若干物陰から身を乗り出し、そして、己めがけて降り注ぐ数本の矢に驚き、すぐさま引っ込んだ。
「これはかなりきついな。俺たちここから動けないじゃないか」
「危険は承知で、一点突破を計って逃げるか?」
「ふざけるな!」
 イゴールの提案に対し、すぐさま異論の声が上がる。アルガスだった。
「奴らを血祭りに上げて侯爵様の行方を吐かせないと、ここへ来た意味がない!」
 彼は憤慨し、前方にいるリーダーらしき男を見据える。矢の雨さえなければ、剣を抜いて飛びかからん勢いだった。
「作戦がひとつあるんだけど、聞いてくれる?」
 イリアが口を開く。彼女は自分に五つの視線が集中したのを確認してから、続けた。
「彼らはそろそろ、わたしたちをここから燻り出すための行動をとると思う。具体的には、矢の攻撃を止め、魔道士を前進させ、この地点に黒魔法を発動させる。魔法攻撃をくらって物陰から飛び出たわたしたちを、矢か剣でトドメをさす。たぶん、こんな所だと思う」
「対抗策は?」
「先手を打って、まず退路を確保する。具体的にいうね。合図したら一斉にここから飛び出し、わたしとイゴールは後ろにいる二人の男に黒魔法で集中砲火を浴びせる。他のメンバーは呪文詠唱で無防備なわたしたちを守る」
「その後は?」
「撤退するのが最上だろうけど、逃がしてもらえないと思うの。こっちは地理に不案内だし、後ろから矢を射られる可能性も否定できないし。だったら、魔道士と弓使いを倒して、リーダー格の男性を捕虜として捕らえる。どう?」
 誰からも異論は出なかった。おのおの武器を構え、姿勢を正す。
 後方の敵が見える地点にイゴールとイリアは移動し、小声で短い会話を交わす。
「いち、に、さん、で行動開始だ。いいな」
 イゴールがカウントを始まる、3という数字が発せられると同時に、彼らは物陰から路地裏へ飛び出た。ローブを羽織った二人はロッドを掲げ、即座に呪文詠唱に入る。ボウガンを装備しているマリアは矢で後方の男を牽制し、アルガスとディリータ、そして、アデルは詠唱中の二人めがけて降ってくる矢を叩き斬った。
「まばゆき光彩を刃となして、地を引き裂かん!サンダー!」
「暗雲に迷える光よ、我に集いてその力解き放て! サンダラ!」
 力ある言葉が二人の口から紡がれ、魔法が発動する。
 まず、一条の稲妻が後方の男二人めがけて落下した。続けて、より青白く輝く稲妻が幾条もの光となり、男達の身に降りかかる。彼らは絶叫をあげ、地に倒れ伏した。だが、同時にイリアとイゴールは炎に包まれた。悲鳴と苦痛を訴える声がこだまする。前方の魔道士が二人を目標としてファイアの呪文を発動させたのだ。
「なにするのよ!」
 怒号と共に、マリアは魔道士に狙いをつけ引き金を引いた。矢は彼女の怒りを示すかのように敵の胸部につきささる。魔道士は服を朱に染めながら後ろに倒れた。アルガスはリーダー格の男に斬りかかる。
 アデルとディリータは、炎に焼かれてぐったりしている二人を抱えて後ろに下がった。小雨模様という天候が幸いしたのか、やけどは軽度のものだ。これなら後で回復魔法をかければすぐ治るだろう。
「アデル、二人を頼む。俺は屋根にいる弓使いを倒してくる」
「わかった」
 ディリータは敵に見つからないよう、慎重に屋根を登り始めた。
 アデルは腰回りのポーチからポーションを2個取り出し、二人に飲ませる。
「ありがと、もう大丈夫」
 ポーションを飲み干したイリアは小声で呪文を詠唱する。
 イゴールは体を起こし、戦況を確認する。アルガスはマリアの援護射撃を得ながら、リーダーらしき男と交戦中だ。彼らは、時折襲いかかってくる矢の攻撃に苦心しているようだった。
「アデル。俺たちはいいからアルガスの援護に行け。そして、マリアにディリータの援護に回るよう指示するんだ」
「だけど、お前らまだ具合悪そうだし…」
「清らかなる風よ 失いし力とならん! ケアル!」
 アデルの反論を否定するかのようにイリアの回復呪文が発動する。穏やかで暖かい風が3人周りの駆けめぐり、やけどが、矢傷が治っていく。
「ね、これなら自分の身くらいは守れるでしょう? だから、早く行って」
 安心させるように微笑むイリアと力強く頷くイゴールを見比べ、アデルは前方へ駆け出した。彼は手話でマリアに指示を出し、リーダー格の男に拳を振りあげる。イゴールは前方からイリアに視線を移し、小柄な彼女の体を物陰に押し込んだ。イリアは怪訝な顔をした。
「魔法力を使い果たしたんだろう。中級の雷撃魔法でかなり消耗していたのに、プロテスやケアルまでかけてたからな。そこで少し休め」
「気づいた?」
「ケアルの詠唱にしては長すぎる。それに顔色も悪い」
「ばればれか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」
 イリアはイゴールの肩に頭を預け、目を閉じた。彼女の体から力が抜ける。イゴールは両腕で彼女の体を支えながら思った。
 ―――ラムザはどこで何をしているのか。彼がいれば状況に応じた指示がすぐ飛んでくるだろうに。


 ディリータは足場に注意しながら屋根にいる弓使いを追っていた。しかし、重装備で足場の悪い所を歩くのは難しく、なかなか距離は縮まらない。遠隔攻撃手段のない自分が腹立たしいこと、この上ない。
 ―――ラムザの奴、どこで道草食っているんだよ!
 苛立ちは、二丁のボウガンのうち一丁を持ちながらこの場にいない人物への八つ当たりに変わる。
「さっさとこっちに来やがれ、馬鹿野郎!」
 ディリータの愚痴に反応したのは、頭上にいる弓使いだった。矢をつがえ、自分に向かって放つ。ディリータは盾で受け流し、接近する。がら空きの胴を剣でなぎ払った。男は足を滑らし、屋根から地上へ転落していく。悲鳴が、それに若干遅れて重い落下音が、辺りにこだました。
 ディリータは次の目標を探すべく周囲を見渡す。そして、思わぬ伏兵を発見した。向かいの廃屋から黒魔道士らしき男が姿を現し、呪文を詠唱し始める。狙いはリーダー格の男を攻撃し続けているアデルとアルガス。
「アデル、アルガス。もう一人魔道士がいるぞ!」
 大声で彼らに警告し、魔道士の方へ向かうが距離がありすぎた。また向かいの廃屋の屋根にいる弓使い二人はディリータを集中的に狙いだした。襲ってくる矢を剣で軌道をそらし、盾で身を守るのが精一杯だ。マリアは建物が邪魔で直接魔道士に攻撃できず、矢で弓使いに対し牽制できるのみ。アデルとアルガスは男の間断ない攻撃に押され、距離をとることさえ出来ない。
 魔道士の朗々たる呪文詠唱と、焦燥だけが過ぎ去っていく。
「闇に生まれし精霊の吐息の凍てつく刃に散れ! ブ…」
 力ある言葉が紡がれようとしている瞬間だった。
 誰もいないはずの方向から一本の矢が飛来し、黒魔道士の首に突き刺さる。黒魔道士は、大量の血を吹き上げながら倒れた。
 ディリータが視線を巡らせると、そこにはボウガンを構えたラムザの姿があった。
「遅れてごめん、みんな」
「どこで道草食ってたんだッ!」
 ディリータは思わず怒鳴り散らす。
「後で説明するよ。マリア、右後方!」
 マリアは瞬時に体を左に半回転させる。敵の弓使いがはなった矢が彼女の体をかすめていく。同時にマリアは敵に矢を放つ。肩に命中し、敵はその場に崩れ落ちた。
「ありがと、ラムザ」
 彼女はウィンクをして感謝の意を表した。
 この時点で、形勢は逆転した。敵にしてみれば、半数以上を戦闘不能にされては勝機は望めない。生き残っていた弓使いは投降の意を表し、彼らは受諾した。
 リーダー格の男は抵抗を続けたが、援護する者がいなくては彼に勝ち目はない。また、逃げ道は士官候補生達が封鎖している。
 雨がやみ空が徐々に明るさを取り戻す頃、ラムザの投降の呼びかけに男は応じた。


 命ある者を縄で拘束して廃屋に放り込み、イリアが意識を取り戻した頃、六人の耳に聞き覚えのある声がした。死角になっていた路地裏から見覚えのある男が姿を現す。
「ラムザの旦那、終わりましたか?」
「ああ、終わったよ。ところで、その旦那というのはやめてくれないかな?」
「えぇ! 旦那は気に入りませんか。じゃあ、親分かな。ラムザ親分」
「旦那でいいよ、ドゾフ」
 ラムザと和やかに話をしているのは、この窮地へと導いた“情報屋”だった。
「てめぇ、なんでここにいるんだよ! ラムザ、どういう事だ!」
 情報屋への怒りを隠さず、アデルがラムザに向かって怒鳴る。ラムザは落ち着いてくれと彼を宥めてから事情を説明し始めた。
「君たちの伝言を聞いて、ここまで案内してもらったんだ。彼の名前はドゾフ。近道まで教えてくれたから、思ったよりも早く合流できたんだ」
「それはもう、愛する旦那のためならば」
 ドゾフという名の男性は、手をごますりながら頷く。
「愛する!」
 ラムザ以外の六名の声が重なった。
「ラムザ…、貴方、そういう趣味があったの?」
 マリアが疑いの眼差しを注ぐ。対するラムザは、にこやかな表情を保ったままマリアに問い返した。
「それについては、マリア。君やイリアは、彼にどんな風に僕の外見を説明したのかな? 是非とも拝聴したいね」
「え、え〜と、イリア」
 マリアは共犯者に助けを求める。だが、彼女はイゴールに肩を借りて頭を垂れ、瞳を閉じていた。狸寝入りか、失神しているのか傍目にはわからない。
 言い淀むマリアの代わりに、イゴールが一言一句違えずに答えた。
「『黄金色の髪は背中まで伸びていて、黒い紐によってうなじ辺りで一つにくくられている。瞳の色は透き通った黄昏時の空。顔立ちは、すれ違う人が必ず振り返るほどの美しさ』以上だ」
 マリアは見た。
 ラムザがまるで機械人形のような動きで、マリアに向き直る。顔はにこやかな表情のままだが、目が笑っていない。剣呑な光を宿している。
 マリアは一歩後ずさり、彼に背を向けて走り出した。ラムザは彼女の後を追いかける。
「ごめんなさい、許して! でも、間違ってはいないでしょ〜〜」
 無言で追いかけ回すラムザから逃げながら、マリアは釈明をする。
 残りのメンバーは笑いながら、その様を見ていた。ドゾフは彼女の最後の言葉に力強く頷いた。

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