罠(1)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第四章 罠(1)

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 貿易都市・ドーター。
 主要街道の四つが交わる交通の要所に位置するこの街は、イヴァリース国内で最も活気に満ちた都市と言えるかもしれない。
 商人達はこの街に自慢の品物を運ぶ。市場にはありとあらゆる商品が並び、人々はそれを求めて集まってくる。そして、自分の満足する品物を手に入れ去っていく。
 エルムドア侯爵を誘拐した骸旅団の手がかりを求めて、士官候補生達はここにやってきた。
 やってきたのだが…。
「みんな、どこに行ったんだろう」
 ラムザは一人、教会前のベンチに腰掛け途方に暮れていた。何度目になるかわからないため息をつき、天を仰ぐ。西の空から黒い雨雲が流れてきており、一雨きそうな雲行きだ。自分が座っているベンチには屋根はない。このままここに留まっていると、雨に打たれずぶ濡れになってしまうだろう。
 移動すべきか、留まるべきか。
 ラムザは迷った。
 本当にどうしたんだろう。こんな事なら、一人で行くんじゃなかった。
 悔恨と苛立ちが入り交じった心情を沈めるため、ラムザは深呼吸をした。


 ドーターの街門をくぐったの昼前だった。
 表通りの目についた食堂で少し早い昼ご飯をとり、情報収集をすることになった。ラムザは、ドーターでは一、二を争う有力貴族・ミニアム伯爵が出資する警備隊を訪ねることにした。午後二時頃に一つしかない教会前に集合ということにし、仲間と別れた。みんなは三つぐらいのグループに分かれ、市が立ち並ぶ大通りへ散らばっていった。
 警備隊では最初うさんくさそうな顔をされたが、姓を名乗り、アカデミーの学生証と剣の柄頭を提示すると、とたんに対応が変わった。ベオルブの家名を利用して情報を聞き出すことに自己嫌悪しながらも、ここで消息を絶ったという草の事を遠回しに尋ねる。
 だが、めぼしい情報は得られなかった。往来が激しいこの街では、街の人は他人の動向に対し無関心でいることが多い。余計な詮索をせず、商売を行い、金儲けをする。それが、この街での処世術のようだった。
 申し訳なさそうな顔をする警備隊隊長に、時間を割いてくれたことに感謝の意を表し、警備隊の宿舎を出た。懐中時計で時間を確認すると、午後二時だった。街に散らばった皆なら、何か情報を掴んだかもしれないと思い、集合場所である教会へ向かったのだが…。


 徐々に暗さを増していく空模様。
 教会の尖塔に取り付けられた鐘が、時間の経過を告げる。懐中時計で確認すると、午後三時だった。ここにきてからすでに一時間が経過しようとしている。仲間は誰一人として現れなかった。
 ―――さすがに、おかしい。
 アデルは遅刻の常習者で、イゴールとディリータはいつも巻き沿いを喰らっている。だが、マリアとイリアは几帳面な所がある。時間前には集合場所に向かい、おしゃべりをしながら皆を待つというのが彼女らの行動パターンだった。アルガスについてはまだよくわからないが、ランベリー近衛騎士団に騎士見習いとして所属しているからには、どちらかというと時間には正確と思われる。
 ―――探しに行くべきだろう、あまりにも遅すぎる。
 ラムザは人の良さそうな神官に伝言を託すと、敷地の外へと足を向ける。
 大通りの酒場で尋ねてみようかと考えていたとき、不意に名前を呼ばれた。振り返ってみると、そこには、見覚えのない人相の悪い男が立っていた。

***

 アルガスとラムザを除く五名は、午後一時半には教会前に集まっていた。
 情報収集の方ではめぼしいものは得られなかったが、買い出しという方面で彼らは素晴らしい戦果をあげていた。
「さすが国内有数の貿易都市だ。いいもの揃っていたな」
 イグーロスでは滅多にない異国で使われる格闘武器・ナックルを手に入れ、その具合を確かめるアデルは上機嫌だ。新品のローブを羽織ったイリアが力強く同意する。
「本当ね。魔道士専用のローブまで売っているとは思わなかった」
「おかげで、ラムザから拝借したお金はほぼ半分になっちゃった。まあ、いいわよね。彼の分もちゃんとあるし」
「どれだよ? ナックルは俺のだし、ロッドやローブはイゴールとイリアの分だろう。ま、まさか」
「そう、このリボンよ!」
 マリアが紙袋から取り出したのは、藍色のリボンだった。法力を込めて織られた防具として使われる高価なものとは違い、女性達が髪を彩るのに使うものである。
 細く長い布を見て、ディリータをはじめとする男子候補生達はその場に凍り付いた。
 確かにマリアの見立ては正しいだろう。リボンの色はラムザの瞳の色に近いものだし、彼の黄金色の髪にもよく映えるだろう。
 だが、密かに女顔を気にしているラムザに、そんなものを身につけるよう言えるわけがない。
 口に出したら、どんな目に遭うか。
 白魔法の練習台にされるだろうか。それとも、くたくたに疲れ果てるまで、剣の稽古につきあわされるだろうか。
 ―――どっちにも、ご免だ!
 彼らは目配せで意思疎通をする。無言の攻防で敗北を帰したのは、ディリータだった。彼は真剣な表情で、はしゃぐマリアに懇願する。
「マリア、それはお前が使ってくれ」
「どうして? このリボンで三つ編みとかポニーテールとかしたら、彼、似合うと思うんだけど…」
「似合うから問題なんだよ!」
 とっさに出てしまった言葉に、誰よりもディリータ自身が愕然とした。自分の口を両手で塞ぐも、発してしまった言葉は取り消せない。マリアは満面に笑みを浮かべた。
「ディリータもそう思うのだったら、問題はないわね。あとはどうやってラムザにこれを使わせるか…」
「いつも使っている髪留め用の紐を隠すのは?」
 イリアが次々と策を提示し、マリアが吟味する。ディリータは顔色を真っ青にして茫然と立ち尽くした。
「ディリータ、失言だったな」
「生き残れることを祈る」
 他人事のようにアデルとイゴールが言う。彼らは、いざとなったら自分を生贄にする気なのだろう。
 ディリータは、せめてものあがきで、彼女たちの口から「ディリータが似合うって言ってたよ」という言葉がラムザの前で出ないよう、神に強く祈った。


 青白い顔で思い詰めた表情をしているディリータ。
 何の話かわからないが、奇妙に話が盛り上がっている女子候補生二人。
 そして、開けた場所で組み手をしている男子候補生二名。
 アルガスは、こいつら大丈夫かなと不安になりながらも、声をかけた。
「お前ら、何やってるんだよ」
「アルガス。どこ行ってたのよ」 
 マリアという名の女子候補生が咎めるようにいう。途中で彼らと別行動をとったことを責めているのだろうか。
「不慣れな場所での単独行動は危険よ。勝手に行かないで……あら、そちらはどなた?」
 アルガスの後ろにいる、小柄な男性に五つの視線が集中する。男は驚いたように身じろぎし、そして、卑屈な笑みをその顔面に浮かべた。
「オレが一人で行動した成果だ。おい、こいつらにも同じ話をしろ」
 男は腰を屈め、たどたどしい口調で話し出した。話が進むにつれて、彼らの表情がみるみる変化していく様を確認し、アルガスは満足する。
「二日前に発見された変死体か。しかも北天騎士団のマントにくるまれた」
「見せしめにやられたんだろうな」
「彼がその場所を知っている、と?」
 ディリータの確認に、アルガスは頷いた。
「スラムの方らしい。これから行ってみないか?」
「でも、まだラムザが戻ってないよ。彼の話を待ってもいいのでは? 警備隊にもその手の情報は届くだろうし」
 イリアの反論は、狼狽した男によって封じられた。
「警備隊には通報してないんです。そんなことしたら、オレがおしまいだ!」
「どういうことだ?」
 アデルの疑問に男は答えず、沈黙を保つ。代わりにアルガスが答えた。
「こいつは裏の情報屋だ。そんなこと出来るわけがない」
「つまり、お上に通報したら自分の身が危ないという事か」
「そういうことだ。で、話を戻すが、行ってみないか?」
 ディリータは、どうも腑に落ちなかった。
 ドーターの街に不慣れなアルガスが、たった数時間で情報屋を見つけられる訳がない。恐らく、あちらから接触してきたと考えるのが妥当だろう。
 そして、自分たちが欲していた情報が、都合良く転がり込んできた。
 ―――うまくいきすぎて、却って怪しい。
「まだラムザが戻っていない。全員揃って行った方がよくないか?」
 ディリータはやんわりと提案を取り下げようとする。
 ところが、アルガスは強気だった。
「たかがスラムの一角に行くだけだ。伝言でも残しておけば大丈夫さ」
「だが…」
「じゃあ、オレ一人で見に行ってみるよ。お前ら全員で、ここで待っていればいい」
 そう吐き捨て、アルガスは踵を返す。ディリータは慌てて、その背中に制止の言葉を投げかけた。これ以上、彼に一人で勝手に行動させるわけにはいかなかった。
「わかった。一緒に行こう。皆、構わないよな?」
「構わないが、ラムザにはどうやって伝える?」
 ナックルを装備しながら、アデルが尋ねる。新品のローブを服の上から羽織り、ロッドを右手にもったイゴールが情報提供者を指さした。
「彼に頼めばいいだろう。“情報屋”なら、その程度の仕事も引き受けてくれるさ」
 彼は、奇妙に情報屋という言葉を強調した。男は一瞬呆けたような顔をし、それから何度も力強く首を縦に振った。

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