成都(3)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第三章 成都イグーロス

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 兵舎にある一階の食堂。
 建物の構造はアカデミーのそれとよく似ていて、セルフサービス式という注文形式までなぜか同じだった。
 ところが、メニュー内容はかなり異なり、味の見当がつかない。
 イリアは正直何を食べればいいのか、わからなかった。お腹はすいているはずだ。昼食をとらずに、延々と取り調べを受けさせられたのだから。だが、何回も同じ供述を繰り返し話させるという精神的拷問を経た身では、何を見てもおいしそうだとは思えなかった。しかし、このまま明日の朝まで何もとらないというわけにもいかない。
 ぐずぐずと悩むイリアを横目に、他の三人はさっさと好物を選び、先に席を取っておくと言って奥の方へ行った。取り残されたような気がして、イリアは消化の良さそうな野菜スープとパン、そして果物を盆にのせ、三人の後を追った。彼らは食堂の片隅にある小さなテーブルを陣取り、イリアが戻ってくるのを待っていた。四人そろってから半日ぶりの食事をいただく。
 夕方には少し早い時間だというのに、食堂内は人が多かった。夜勤に備えて食事をとる兵士達、勤務あけの祝杯をあげる者、ワイン片手に己の武勲を披露する騎士、その話を拝聴する騎士見習い達。活気と喧噪に満ちていた。
「明日からの件だけど、俺たちは早朝から城門入り口の警備になった」
 少し険のある声で、イゴールは唐突に告げた。機嫌が悪そうなのは無理もないことか、とイリアは思った。
 疲れ切った体を叱責しながら四人が兵舎に戻ると、警備場所についての話があるから各班の班長は出頭するよう命令がきた。まるで、四人が戻るのを待ちかまえたようなタイミングの良さだった。
 班長のラムザだけでなく副長のディリータも不在のため、代理を出さなくてはならない。だが、誰も立候補しなかった。おなかを満たして、旅疲れの体を清めて、さっさと休みたい。全員が切実にそう思っていたからだ。仕方なく、哀れな生贄を多数決で選ぶことにした。アデルが最初に口に出した人物名で、三人の右手が勢いよく上がった。一人だけ手を上げていないイゴールは、上がった三本の腕を恨めしそうに見つめ、
「先に食事に行くなよ。寝るなよ。不公平だからな」
 と、子供じみた非難を口に出してから、会議に出席していった。
 幸い、会議の時間は短かった。アデルが空腹に、イリアとマリアが疲労に耐えられなくなる前に、彼は戻ってきた。だからこそ、こうして四人そろって食事を取りに行けることになったのだが―――。
「ずいぶん重要な場所が割り当てられたのね」
「くじ引きでそうなった」
 マリアの感想に、イゴールはすまなそうに答える。
 どうりで会議の時間が短かったわけだ。なんて大ざっぱな決め方なんだろう。イリアはパンを口に含んだまま、唸った。
「ある意味、いいかもな。城門突破の方法を考えずにすむ」
 ナイフで照り焼き肉を切り分ける作業をしながら、アデルが確信めいた口調で言う。
「どういうことよ? 私たちは北天騎士団の作戦終了までここを警備するのが仕事よ。どこへ行くって言うのよ?」
 マリアが「変なこと言わないでよ」と小声で付け足す。アデルは「わかってないなぁ」と呟き、照り焼き肉の一片にフォークを突き刺した。
「ラムザの性格を考えてみれば、すぐわかるじゃないか。あいつが、助けを求めてきた人間を兄貴達に任せて自分は警備に戻り、以後知らない顔をすると思うか?」
 マリア、イゴール、イリアは、この場にいない班長の顔を思い浮かべ、
「しないわね」
「あり得ない」
「ないね」
 ほぼ同時に否定する。アデルは我が意を得たとばかりに頷いた。
「だろう? 今晩か、明日くらいには、向こうから何らかの要求があるはずだ。そして、城内にいるラムザには情報が入りやすい。情報をつかめば、あいつは必ず侯爵を助けるべく行動に移す」
「ディリータが止める…わけないね」
 イリアはこの場にいないもう一人の名前を挙げ、彼の行動パターンを思い出し、思いついたことを自分で否定した。
「ああ、絶対止めない。ディリータだってラムザと同類だ」
 アデルはそう断言すると、フォークをもった左手を動かし、照り焼肉を口の中に放り込んだ。
「二人して人がいいのよね、全く…」
 マリアはオムレツを食べる手を止めて、苦笑した。
「なんだったら、マリア。お前は残るか?」
「嫌よ。こんな面白そうな話、乗らなかったら後悔するわ」
 アデルのからかうような申し出を、マリアは間髪入れずに却下した。
「違いないな」
 軽く笑うアデルとマリアを見て、あなた達も十分人がいいと思うよ、とイリアは胸中で突っ込みを入れておいた。
「食事が終わったら、旅の支度をするか」
 イゴールの提案を三人は無言で受け入れ、食事のスピードを速めた。 


***


 日が変わって、白羊の月四日正午前。
 鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべるラムザ。
 驚きで目を丸くし、そして、頭を軽くかくディリータ。
 警備担当場所に現れた彼らの反応は、マリアの予想通りのものだった。
 だが、意外だったのはアルガスだった。彼だけが特に表情を変えずに、四人の姿を見つめていた。つまらない反応ね、とイリアに目で訴える。彼女はかすかに頷いて同意してくれた。
「ずいぶん遅かったな。待ちくたびれたぜ」
「ああ、ごめん。思ったよりも会議が長引いてって、君たち、どうして、そんな格好してるんだ!」
 アデルの言葉に律儀に謝罪しながら、ラムザはようやく事態を認識したようだ。城門警備には不釣り合いな、旅用の鞄を肩から提げている同級生達をとがめる。
「どうしてって、そんなの決まってるじゃないか、なあ?」
 アデルはイゴールに不敵な笑いを向けた。
「今なら城門前に邪魔者はいない。誰にも見つからずに城を出られる」
「正午までが私たちの担当時間だから、ね。」
 イゴールの言葉をマリアが補足する。ラムザは肩を落とし、答えになっていないと抗議した。
「早く出発しないと、交代兵が来るよ」
「いや、だから…」
 なおも言いつのるラムザを制したのは、ディリータだった。彼はすでに驚愕から脱し、冷静に太陽の位置を確認する。
「ラムザ、こいつらの格好が答えだ。時間がない、さっさとドーターへ行くぞ」
「ドーターかぁ。俺、そっち方面初めてだぜ」
「私は慣れているけどね。なんたって家への帰り道だし」
「じゃあ、道案内はマリアに決定ね。さ、行きましょ」
「おう!」
 勝手に話をまとめ、アデルを先頭にディリータ、マリア、イリアの順で城門をでていった。アルガスは躊躇うことなく四人の後を追う。
 イゴールは、なおも呆然としているラムザの肩を軽くたたいた。
「俺たちの実地演習の評価なんて、お前が気にする必要はない。おまえ達が侯爵を救出することを自分で決めたように、俺たちも同行することを自分の意志で決めただけだ」
 ラムザは小さく驚きの声をあげる。彼は顔を上げ、イゴールの目をじっと見た。緑色の瞳に一定の決意の光があることを確認し、かすかに顔を綻ばせる。
「行こう。詳しい説明は道中でしてくれ」
「わかった」
 ラムザは両手でぱちんと顔を叩いてから、城外へ一歩を踏み出す。イゴールは辺りを見渡し、誰もいないことを確認してから彼の後に続いた。

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