夢みたあとで(1)>>間奏>>Zodiac Brave Story

夢みたあとで(1)

>>次頁へ | >>長編の目次へ

「仲良くしてやってくれ」
 その言葉と共に紹介されたのは、二人の子どもだった。自分と同じ年頃と思われる、男の子と女の子。頭髪や瞳が同じ色で、目鼻立ちもよく似ており、一目で兄妹と判断できる。
 白いブラウスに赤いスカートを着た女の子はにっこり笑い、
「わたしはアルマ。よろしくね」
 金色の頭をぺこりと下げて、お辞儀をする。
 白いシャツに紺のズボンを着た男の子は、青灰色の瞳でこちらをじっと見つめ、
「こんにちは」
 微笑んだ。
 それが、彼との出会い。
 忘れようとも忘れることができない、思い出の始まり。

***

 がやがやと音がする。
 複数の人間が発する、言葉として意味をなさない雑音の洪水だ。さっきから延々と耳に流されている。
 ―――うるさいなぁ。少しは静かにしてくれよ。
 そう思った途端、音はぴたりと止まった。
 数秒の静寂を経て、
「ああ、気がついたのですね!」
 言葉として理解できる肉声が聴覚を刺激する。少し高めの、聞き覚えのない女性の声だ。発生源を見ようとしても視界はなぜか靄がかかったように不明瞭で、顔どころか相手がどこにいるのかさえわからない。
「無理をしないでください。あ、そうだわ。お水、飲まれますか?」
 答えるよりも早く、唇に細い管のような物があてがれ、冷たい液体がゆっくりと口の中に流し込まれる。無味無臭の、ただの水だ。だが、どうしてか、砂糖を溶かしたかのように甘く、とても美味しいものに感じられた。甘露の味わいを喉を鳴らして飲み込だ直後、ふっと意識が遠くなる。
「ゆっくり…………さい」
 耳許で何かをささやかれ、頭をなでられた感触を最後に、意識は途切れた。

***

 一週間が過ぎた。
 環境の変化に対する戸惑いや見知らぬ大人達への気疲れが徐々に和らいでいき、ようやく周りに目が向けられるようになって、気づいたことが多くある。
 自分たちが今暮らしている建物は、「ほんてい」と呼ばれている建造物の一部であること。「ほんてい」には、料理を作ったり部屋の掃除をしたり庭園の植物を手入れしたりと、仕事をしている大人達がいっぱいいること。その人達は、皆、自分たちをここに連れてきた男の人を「だんなさま」と呼び、まるで村長とお話しするかのように礼儀正しく接していること。仲良くしてほしいと頼まれた二人は「だんなさま」の子供で、とてもとても大切にされていること。そして、自分たち兄妹は、二人と遊ぶために引き取られ、仲良くすることが「仕事」であること。
 幸いにして、「仕事」の方は実に順調だった。
 二人の子どもの片割れは「同い年の友だちができた!」と、とても喜んでくれた。そして、その子は元気で明るい良い子であり、一緒に遊ぶことは苦痛ではなく楽しみだった。その子が思いつく遊びはどれも面白く、屋内で遊ぶことが多かった自分にはすごく新鮮に思えたからだ。
 だからだろう。
「今日はかくれんぼをしよう」
 お昼過ぎにその子からそう提案されたとき、「きょうの遊びはふつうだ」とつい思ってしまった。顔に出ていたのか、それとも、一週間毎日かかさず一緒に遊んでいると考えていることがわかるのか。その子は人差し指をぴんと立てて、ちっちと左右に振った。
「隠れる場所は庭だよ。屋敷の中に入っちゃダメだからね」
「お庭?」
「うん」
 確認する言葉に、当然と言わんばかりに頷かれる。
 首を前後左右に向け、かつて家族全員で暮らしていた家がまるまる入りそうな庭を眺め、感嘆と共に若干目眩を感じた。
「最初にオニになるから、三十かぞえる前にどこかに隠れてね。」
 言い終わりなり、目を閉じ両手で覆い隠して「いち、にぃ、さん」と大声で数を数えていく。もう、かくれんぼは始まっている。あわてて周囲をぐるりと見渡し、隠れるのに良さそうな場所を探すため、草木が茂っている方へと駆け出した。
「じゅうきゅう、にじゅう、にじゅういち…」
 声が徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
 動かし続けていた両足を止め、振り返ってオニの姿が見えないことを確認し、あらためて考える。
 さて、どこに隠れよう。
 庭と一言で表しても、「ほんてい」には、花の色で模様を描いたカーペット状に広がる花壇もあれば、一面に芝生が植えられた中庭もあるし、建物沿いに常緑樹を列植した場所もある。
 花壇のある場所は見晴らしが良すぎるから、不向き。
 中庭は一度お屋敷の中に入らなければ行けないから、ダメ。
 だったら、常緑樹の側かな。草むらくらいあるだろうから。
 そうと決まればさっそく行動だ。方向転換することなく、樹木が生い茂る方へ足早に歩く。進むにつれて、辺りは明るい感じから鬱蒼とした感じへと変わっていく。予想通りになっていくことににんまり笑い、目をきょろきょろ動かして周辺を探る。すると、どこからか人の声が聞こえた。辺りをはばかるように低く抑えた、女性の声だ。耳を澄ませば、「ハイラル村」というなじみの地名が聞こえる。興味を覚えたので、足音を殺して声がした方角へと行ってみた。
 茂みの向こうに井戸があり、その近くに見覚えのない女性が二人いる。いずれも紺色のお仕着せ服を着て白いエプロンをつけている。メイドと呼ばれ、室内の掃除や食事の支度・片付けなどの作業を仕事としている人達だ。
「結局、村人の半数以上が亡くなったそうよ」
「本当に恐ろしい病ね。黒死病は…」
「ここに勤めていて助かったというべきね」
「そうかしら。“あの子達”がいるもの。わからないわよ」
「旦那様は『大丈夫だ』とおっしゃってたけど、本当かしら。移されちゃたまらないわ」
「でも、ここを辞めたら生活できなくなるし」
「それが辛い所ね。できるだけ近づかないようにするのが得策かしら」
「そうね。死ぬのはごめんだわ」
 頷きあって、メイド達は同じ方向へと歩いていく。二人の姿が完全に見えなくなって初めて、ふぅと息を吐く。直後、あることに気づいた。
 身体が、震えている。決して寒いというわけではないのに、震えが止まらない。両腕でぎゅっと自分の身体を抱きしめても、一向に改善されない。腹の奥から黒い何かがせり上がってくる。

『一緒に焼かれなかっただけでもありがたいと思え!』
 脳裏に蘇る、罵声。
 鍬や鋤を持って周りを取り囲む村人達。浴びせられた冷たい視線。青白い横顔。痛いほどの力で握りしめられた手。真っ赤な炎に包まれた家。
 連鎖的に思い浮ぶ情景。
 ―――ああ、そうだ。どうして忘れていたのだろう。
『あんたらもどこかに黒い痣があるんだろう! こっちにくるな!!』
 助けを求めた手は、きっぱり拒絶されたのに。
『村から出ていけ! 二度と帰ってくるな!!』
 優しかった村人達は、農具の柄で、自分たちを追い立てるように突いたのに。
『疫病神め!』
 ―――つい二週間前の出来事なのに。

「行かなくちゃ」
 ふらりと立ち上がり、歩き出す。
 行くべき場所など、わからない。
 帰りたいと思う家は、もう、ない。だけど、このままここにいたら、いつか追い出される。黒い痣なんてどこにもないのに、熱なんてないのに、両親が黒くなって死んだからという理由だけで、たくさんの大人達に寄ってたかって罵られ、棒で殴られ、松明の火で脅され、荒野に追い立てられる。
 あの痛みを、悲しみを、やるせなさを、憤りを、もう一度味わうなんて絶対いや!
 その一心で足を動かし続けた。
 いつのまにか周りの風景が鬱蒼としたものから明るい元の庭に変わっていることにも気づかないで歩き続けていると、
「うわぁ!」
「――!」
 誰かにどすんとぶつかり、尻もちをついた。衝撃で目がくらくらする。
「ごめんなさい。ケガしてない?」
 そう声をかけられ、なんとかこらえて顔を上げる。相手を認めた瞬間、びくっと身体がすくんだ。
 真っ正面にいたのは、仲良くしてほしいと紹介されたもう一人。性別の違いからか緊張してしまい、親しく話ができなかった金髪の男の子。
「泣いていたの?」
 気遣わしげな声に、頬に手の甲をあてる。濡れた感触がした。
「―――っ、ごめんなさい!」
 とっさにそう叫んで逃げようとしたのだが、
「待って!」
 腕をがっしり掴まれてしまい、果たせなかった。
「こっち来て」
 ぐいっと腕を引かれ、連れて行かれる。光指す庭の方ではなく、草木が茂った方へと。進むにつれて樹木の茂みは濃さと深さを増し、日の光さえ満足に届かなくなる。まるで、深い森にいるかのようだ。
 太陽が見えなくなったことで歩いている方角が徐々にわからなくなり、しまいには屋敷の位置さえあやふやになってきた。
 しかし、男の子の足取りに迷いや躊躇いは感じられない。掴まれた腕を放すことなく、勝手知った様子で歩き続ける。茂みの向こうに陽の当たる白い石壁が見えたとき、ようやく、その足が止まった。
 掴んでいた手を放し、こちらに向き直って、ゆっくりと口を開く。
「ここなら好きなだけ泣けるよ」
「え?」
 意味がわからず聞き返すと、男の子は考え込むような表情をした。
「木が遮ってくれるから邸から見えないし、大声だしても遠くて届かない。城壁の向こうには小さな池があるから、警備の人もここまでこない。だから、ここなら、人の目を気にせずに泣けるよ」
 男の子はうなじ辺りで一つに髪を束ねていた紐を解き、枝の一つに括り付ける。
「こっちにまっすぐ歩けば建物につくから。日暮れまでにはもどってね」
 言い終わると男の子は踵を返し、鬱蒼とした茂みの向こうへと立ち去っていった。
 辺りはしんと静かになる。
 秋の陽光が、白い壁や芝生そして呆然としている自分を、穏やかに照らしていた。

>>次頁へ | >>長編の目次へ

↑ PAGE TOP