選択(3)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第三章 選択(3)

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 白と黒の刃が噛み合い、一際高い金属音が二人の剣士の間に響く。
 渾身の力を込めて振り下ろされたガフガリオンの剣を、額すれすれの位置でラムザは己の剣でもって受け止めた。いや、受け流した。瞬き一つ分の時間に剣を複雑に動かし、ガフガリオンの腕力を分散させたのだ。
 凄まじい剣技の応酬を、ラッドは遠巻きに見守っていた。
 彼にとって、この二人が剣を交えるのはさほど珍しいことではなかった。暇さえあればラムザが剣の指南を乞い、億劫そうにしながらもそれに応えていたのがガフガリオンだったからだ。
 しかし、いま、面前で繰り広げられている光景が、普段見慣れた稽古とはまったく次元が異なることをラッドはとうに理解していた。なぜなら、青灰の瞳に籠もる感情は闘志と呼ぶには苛烈すぎる。白の刃が描く剣筋は鋭すぎる。そして――、
「暗の剣!」
「――くっ!」
「ふン、魔法力を吸い尽くしたか」
 老剣士の顔に浮かぶ表情は凄絶だった。
「あなたはこの計画を知っていたんだな」
 ラムザが呻くように言う。
 当たり前だ、知らぬはずがない。ラッドはそう確信していた。報酬が約束されている限り、任務を遂行する。だが、裏切りが発覚したときはその時点で契約破棄とみなす。あの人の仕事における信条だ。「これも契約だ」と言って剣を抜いたからには、お姫様ご一行を殺すことも契約内容に含まれているはず。
「なぜこんな汚い仕事を引き受けた!」
「汚いだと!? 金を稼ぐのに奇麗もクソもあるか!」
 そうだ、金を稼ぐのに綺麗も汚いもない。生きていくために金が必要だから、仕事をする。傭兵の場合、その具体的内容が依頼主の命令のままに剣を振るって命を屠るってだけだ。そうやって、俺達は生きてきたんだ。「人殺しという点で騎士も傭兵も変わらない」と言ったおまえならわかっているはずなのに、なぜそんなに憤慨するんだ。いまさらじゃないか。
「オレはプロの傭兵なンだぞ。請け負った仕事はどんな内容でもやり遂げる。それがプロってもンだ!」
「何故、僕に話してくれなかった! どうしてッ!!」
「話したらどうした? オレを止めたか?」
「当たり前だ!」
「ふン、相変わらず甘ちゃンだな。いいか、オレたちがやらなくても誰かがこの仕事を請け負うンだ」
 そうだ、権力者や裕福な奴らにとって傭兵は代替の利く駒でしかない。
「わかるか、おまえの知らないところで誰かが死ぬンだ。それが現実だ! おまえは、おまえの知らないところで起きていることを止められるとでもいうのか!?」
「しかし…、しかし、こんなこと、許されるっていうのか!」
「“しかし”って言うンじゃねぇ! おまえは“現実”から目を背け、逃げているだけの子供なンだよ!」
 ラムザの表情が一瞬で凍りつき、青眼に構えた剣先がぶれる。
 熟練の剣士はその隙を逃さなかった。ガフガリオンはすかさず距離を詰め、ラムザに向かって剣撃を立て続けに放つ。雷光に似た一撃目は、ラムザの右腕を斬り払った。巻き込むように放たれた二撃目に筋を傷つけられた腕は耐えきれず、剣が地面に転がり落ちる。そして――、
「それがイヤなら自分の足で誰にも頼らずに歩け。独りで生きてみせろ」
 疾風のように突き出された三撃目は、ラムザの喉元に擬せられた。ガフガリオンがほんの少し力を込めるだけで、喉は串刺しにされるだろう。生殺与奪の権を相手側に委ねてしまった少年は悔しげに唇をかみ、面前の相手を睨み付けた。
 勝者と敗者の視線が交錯する。
 不意に、黒い瞳が細められた。
「悪くない目だ」
 獲物を前に舌なめずりする猛獣に似た、目の輝き。
 その輝きが、ラッドの記憶巣に決定的な一撃を与えた。記憶の砂が勢いよく遡り、奥底に埋もれていた記憶を暴き出す。

『憎いか?』
 真っ黒な甲冑を纏った男がいる。その男の足下には、折り重なるようにして倒れた男女の死体。
『おまえの親を殺したのはオレだ』
 死体の周辺に広がる赤黒い水たまりを、男の足が無造作に踏む。飛び散ったそれが、びしゃりと頬にかかった。ほんのりと暖かい。鉄が錆びたような匂いが鼻を刺す。
『憎いか?』
 再度発せられた質問。
 紅い剣が、異様に輝く黒い瞳が、徐々に近づいてくる。背筋が凍り、身体がすくむ。なのに、腹の底は灼熱の感情で煮えくりかえっている。
『――――――』
 震える喉が言葉を紡いだ。すると、男は口の端を心もち上げ、獰猛な笑みを浮かべた。
『悪くない答えだ』

(まさか、あんたは…)
 即効性の毒のように、不吉な予感が急速に胸の内を侵していく。
「ここで殺すのは惜しいンだが、これも契約だからな」
 ガフガリオンが柄に力を込めようとする。ラッドは声を張り上げた。
「やめろッ! そんなことをしてもあんたの飢えは満たされないッ!!」
 わずかの間、そう、瞬き一回分くらいの時間だけガフガリオンの動きが止まる。
 その刹那の隙がラッドに確信を与え、同時に、ラムザの命を救った。
「無双稲妻突き!」
 凛とした声が響き、紫電を帯びた剣気がガフガリオンに命中する。身体がぐらりと揺らぎ、白い髭に覆われた口から苦しげな声が漏れる。喉元に擬せられていた刃が消えるなりラムザは素早く後退し、左で予備の短剣を抜いた。
 しかし、ガフガリオンは足を踏ん張ることで姿勢を正すなり、ラムザを一瞥することなく背後の女騎士に向き直った。黒剣を構え直す。
「後ろからだまし討ちとは聖騎士らしからぬやり方だな、護衛隊長さンよ…」
 アグリアスは挑発を無視し、ラッドに視線をそそいだ。
「なにをしている。ケガの手当くらいできるだろうッ!」
 鋭い叱責に背中を蹴飛ばされ、足を動かす。駆け寄れば、ラムザは短剣を鞘に収め、空いた手で出血を抑えていた。
「へいき…だ…」
 口ではそう言うが、声は掠れているし、呼吸はぜいぜいと荒い。右腕はだらんと力なく垂れ、傷を押さえている指の隙間からは鮮血がしたたり落ちている。
「とても平気そうには見えないぞ」
 肩を貸して並んで歩き、対峙する一組の男女から十分に距離をとる。手頃な場所でラムザを地面に座らせると、ラッドは背負い袋の中をまさぐった。大きめのハンカチを見つけ出し、それで腕と肩の付け根をきつく縛り上げて血止めとする。続けて、消毒薬と魔法薬を求めて再び背負い袋の中を探り出したラッドだったが、クェという微かな鳴き声にその手が止まった。
 振り向けば、黄色いチョコボがおぼつかない足取りで近づいてくる。アラグアイの森で助け出されたことに恩義を感じているのか、ラムザにえらく懐いてここまで勝手についてきたチョコボだ。
「よかった…。無事だったんだね…」
 チョコボの姿を視認するなり、ラムザの表情が和らぐ。
 動物のくせに人間の表情の違いがわかるのか、それとも感情に聡いのか。チョコボは嬉しげにラムザへすり寄り、柔らかい羽毛に包まれた両の羽根をぱたぱたとはためかせた。手羽先から柔らかい緑色の光が溢れ、チョコボとその傍らにいるラムザとを優しく包む。
「チョコケアルか」
 思わず零れた呟きを、チョコボが誇らしげな鳴き声で肯定する。
 チョコボ特有の技のおかげで傷口が塞がったのだろう。ラムザがそろそろと右腕をあげ、ぎこちない動きでチョコボの背中を撫でた。
「…ありがとう、ボコ」
「クゥ〜クエ!」
 ラッドは視線を、間近の微笑ましい光景から遠くへと向ける。三十歩ほど離れた場所で、見慣れた黒甲冑の背中を有する男が、凛々しい顔立ちの女騎士と剣を交えていた。ガキンと刃同士が噛み合う響きが妙に耳に張り付いた。

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