罪と罰(1)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第十五章 罪と罰(1)

>>次頁へ | >>長編の目次へ | >>前頁へ

 北天騎士団による骸旅団の殲滅作戦は、王国歴四五五年白羊の月二日から始まり、金牛の月二日に行われたジークデン砦総攻撃によって終了する。
 ジークデン砦周辺で最後まで抵抗した骸旅団員は、正確な数字はわからないが五十人以上百人未満と推測されている。一方、北天騎士団が投入した兵力は騎兵四千歩兵三千、計七千人。最大数を単純に計算しても、両者の間には七十倍の兵力差がある。数の上で北天騎士団が勝つのは当然のことであったが、彼らは完全な勝利を収めることは適わなかった。二つの失点を重ねたのである。
 一つは、骸旅団頭目ウィーグラフ・フォルズの捕縛に失敗したことである。数時間にも及ぶ執拗かつ間断ない戦闘は敵の玉砕という形で終わったが、戦場に積み重なった死体をすべて調べても、草の根をかき分けるような捜索を行っても、頭目の姿はついに見つからなかった。
 もう一つは、ジークデン砦を焼失してしまったことである。
 リオファネスとイグーロスとを結ぶ街道沿いにあるジークデン砦は、築城から三百年は経過している古い城塞である。当時畏国内は内乱状態であり、自領保全と不審者の検問のために、当時のガリオンヌ領領主ジグラッド・ラーグが建てたものである。もっとも、城塞完成と同時に内乱が終結してしまったので、そのまま放置されていた。日の目を見たのは、王国歴四二〇年。五十年戦争にロマンダ国が介入してきた際、イグーロスの防衛の観点から五千の兵が配置された。ロマンダ国がイヴァリース国内から撤退する王国歴四二四年まで兵は配備されていたが、その後、主要戦線はオルダリーアとの国境沿いに移転したため、ジークデン砦は再び忘れ去られた存在となった。
 このように歴代の領主達が重視していなかった砦ではあるが、盗賊の拠点として不法に利用される謂われはない。
『盗賊どもが砦に立て篭もるのであればやむを得ないが、できうる限り損傷することなく奪還せよ』
 このような内示を本隊は受けていた。
 しかし、ジークデン砦は、骸旅団員ゴラグロス・ラヴェインが仕掛けた火薬によって、爆発炎上する。本隊は砦から一キロメートルほど離れた丘で骸旅団と交戦中だったためこれといった被害はなかったが、砦付近で別行動をとっていた騎士数名が爆発に巻き込まれ、三日後焼死体となって発見された。
 以上の事を見届けた北天騎士団団長ザルバッグ・ベオルブは、王国歴四五五年金牛の月五日、残務処理に一中隊を残して全軍に帰還命令を発した。彼らがイグーロスに帰還したのは翌日のことである。
 イグーロス城下町は歓喜に包まれていた。城下に軒を連ねている商人達は、骸旅団の殺戮と略奪から解放されたことに、流通の要である街道の治安が一応確保されたことに、歓声を上げた。騎士団に所属する者を家族に持つ民達は、愛する者が無事に戻ってきたか確認するために大通りに集まった。ある者は殆どの騎兵が無傷であることに安堵し、ある者は威風堂々たる騎士の姿に胸を打たれ、ある者は野の花を幾つも騎士達の頭上に降らせた。
 だが、そんな喜びの中、ザルバッグに笑みは少なく、むしろ様々な感情が入り交じった奇妙な顔つきをしていた。隣で轡を並べていたエバンスは敏感にそれに気づくが、何も言わなかった。理由と原因がわかっているだけに、赤毛の騎士にはいうべき言葉が見つからなかったからである。
 両者はそのままイグーロス城に参上し、主君ベストラルダ・ラーグに終戦報告をおこなった。そして、いったんは退出したのだが、ザルバッグだけが呼び戻された。謁見の間に設置された首座を離れて、窓辺に佇む公爵と軍師の姿を認めた彼は、その場で恭しく敬礼する。
「私がこう言うのも今更だと思われるかもしれないが」
 そう前置きして、主君はザルバッグには思いもつかなかった言葉を告げた。
「すまなかった」
 言葉に籠められた意味を理解した瞬間、ザルバッグは片膝をついて頭を垂れた。呼吸を半ば止める思いで、彼は口を開く。
「いいえ、団長として、聖騎士として当然の事をしただけです。閣下が気に病むことはございません」
「そうか」
 さやっとした衣擦れ音。遠ざかっていく一つの気配。奥の扉が開閉される物音。
 それらを耳に入れたザルバッグは、すっと立ち上がる。そして、その場に残っている人物を見つめた。窓外を見遣っていたダイスダーグは振り返り、頭を下げた。
「結果としてお前一人に重荷を押しつけた形となり、すまなかった」
 ザルバッグはかぶりを振った。
「いいえ、あの怪我での陣頭指揮は身体に障ります。作戦行動を確実かつ円滑にするためにも、私が行くのが最上だったはず」
「いや、命令を下した私こそが行くべきだった。まさか、あの者があのような行動にでるとはな」
 忌々しそうにダイスダーグは言い、拳を握りしめる。
 その兄の態度が、ザルバッグに心の奥底に封じ込めていた疑問を吐露させた。
「兄上は仰いました。『盗賊と交渉の余地などない。故に、断固たる態度でこちらの意を示せ』と。そして、『その役割に北天騎士団と何の関わりもない客員騎士アルガス・サダルファスを充てる』とも。あの者に、いかなる命令を下したのですか?」
「私は、『骸旅団が娘の身柄を盾に撤兵を要求した場合、彼女を必要以上に傷つけることなく、人質としての価値がないことを奴らに汝の弓術でもって知らしめよ。』と命じた」
「………」
「致命傷にはならないが行動不能になりえる傷……足を射抜けばよかったのだ。身動きできない人質は誘拐犯の手を塞ぐ。危機的状況でパニックに陥りやすいゴラグロスの性格からいって、『放置するか、そのまま引き連れて逃げるか』の選択に逡巡するだろう。その隙に、砦付近に配置した兵をもってティータを救助する予定だった。なのに、誰が心臓を射ろと言った! 殺してしまえば意味がないではないか!!」
 ザルバッグは目を伏せた。
 兄の考えが自分のそれと一致していたことに対する安堵感。
 命令を恣意的に解釈した客員騎士への憤り。
 犠牲となった妹に対する悲しみ。
 悲嘆と絶望のどん底にいるであろう弟への後ろめたさ。
 友人から伝え聞いた痛烈な非難。
 様々な感情が、言葉が、記憶が、思いが、混在して胸の内をひしめき合っていた。
「今更言っても、もうすべてが遅い。ティータは勿論のこと、ラムザもディリータも決して私を赦しはしないだろう」
 抑えた声でダイスダーグは呟き、窓外を見遣る。
 言葉を失ったザルバッグも、視線を巡らす。
 まぶしく思えるほど、空は青く澄んでいた。

>>次頁へ | >>長編の目次へ | >>前頁へ

↑ PAGE TOP