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第七章 表と裏の事情

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 王国歴四五五年白羊の月二十日。
 一台の馬車と共に、第三班のメンバーはイグーロスに帰還した。
 城門警護という実地演習を放棄し、彼らがドーターへと旅立ってから十六日が経過していた。


 イグーロス城の正門に到着した直後、ラムザ達は十数名ほどの兵士に取り囲まれた。馬車を中心にできた、水をも漏らさぬような兵士の壁。彼らは、不審者を発見したような険しい表情をしていた。
「なんだぁ?」
 侯爵救助の労をねぎらうような出迎えを想像していたアデルは、予想外の事態に疑問の声を上げる。他のメンバーも一様に困惑の表情を浮かべた。
「士官アカデミー第五七期生第三班所属の候補生達か?」
 一人の男性が人壁を割って入るなり、鋭い声で詰問する。黒の式服を着こなした赤銅色の髪をもつ人物。式服には、軍師直属であることを示す銀の飾り紐が胸部から肩にかけてかけられてあった。
「はい」
 代表してラムザが答える。男性は彼の左肩にある班長の徽章――赤と金の飾り紐――を一瞥し、命令を下した。
「城門警護という命令に違反し逐電した件で、諸君らを軍師のもとへ連行する」
 アルガスの付き添いの元、侯爵を乗せた馬車が丁重にイグーロス城内へ運ばれるのを横目にとらえながら、男性の先導に従って足を進める。十数日前と同じ道順で、北天騎士団本部施設の三階へと案内された。廊下の一角にある重厚な胡桃材の扉。上部には『執務室 D.B.』という文字が刻まれた銀のプレートがはめ込まれている。
 男性の手によって扉がゆっくりと開かれる。候補生達は入室して片膝をつき、上座にいる軍師の言葉を待つ。
 ラムザにとって、ここまでは侯爵誘拐の件で兄に呼ばれたあの日と全く同じだった。
 だが、あの日と違い、ダイスダーグはすぐさま顔を上げるよう告げた。候補生達が立ち上がると軍師は鋭い視線で全員の顔を一覧し、やがてラムザに視線を固定した。
 命令違反。逐電。連行。
 軍師の鋭い眼光を受けているうちに、これらの単語が彼の頭をよぎる。
「いったい、どういうことだ? 何故、ゼクラス砂漠へ行ったのだ?」
 静かな怒りが込められた質問が発せられた。
 『だから、頼む! 力を貸してくれ!』
 アルガスの必死な懇願。握りしめられた手の痛み。
 『城の警護なんぞ、退屈だぞ。そうは思わないか?』
 情報を教え、後押ししてくれたザルバッグの言葉。
 侯爵を救出する理由を形成した出来事が、ラムザの脳裏をよぎる。
 だが、これらを語ることが命令違反を咎めている軍師への返答になるとは思えなかった。
 ラムザは返答に窮し、沈黙する。
「………」
「黙っていたのではわからん。説明しろと言っている」
「自分がラムザを無理矢理、誘いました」
 ラムザの隣に立つ人物、ディリータが静かに告げる。アデルを筆頭に、班員達は意外そうに彼の横顔に視線を走らせる。ラムザは、事実とは異なる親友の言葉に右手を握りしめた。
「そうなのか、ラムザ? ディリータのせいなのか?」
 ダイスダーグはあくまでもラムザの発言を求める。彼は右手をさらにきつく握りしめてから、事実を告げた。
「いえ、自分の意志です。ディリータのせいではありません」
「いいえ、ラムザはウソを言ってます。悪いのは…」
「僕をかばわなくてもいい。命令違反をしたのは僕の意志だ!」
 ラムザは渾身の力を込めた叫びでディリータの言葉を中断させ、ダイスダーグに向き直った。まっすぐ逸らさず、静かな怒りを湛えた灰褐色の瞳を見つめる。
 ダイスダーグはしばし弟の顔を見つめてから、口を開いた。
「皆が勝手気ままに振る舞うとしたら、何のために“法”が存在するのだ? 我々ベオルブ家の人間は“法”を順守する尊さを騎士の模範として示さねばならぬ。ベオルブの名を汚すつもりかッ?」
 静かな叱責だった。だからこそ、ラムザの胸にはその言葉が深く突き刺さった。
 “ベオルブの名を継ぐ者”としての責務。
 法と道徳を遵守すること。人として正しき道を歩むこと。
 忘れたわけではない。
 だが、城門警護という任務を放棄した時点で、軍規という“法”を軽んじた事には変わりはなかった。
「……もうしわけ、ありません。兄上」
 ラムザは絞り出すような声で謝罪し、顔を伏せた。
「もう、よいではないか。ダイスダーグ」
 向かいの扉が開かれ、一人の男性が室内へ入ってくる。金糸をふんだんにあしらった紫の長衣をまとった三十代ほどの男性。ラムザとディリータはその人物の確認し、その場に跪いた。若干遅れて、候補生たちも膝を折った。
「誰?」
 アデルが小声で左右の仲間に尋ねる。右隣にいたマリアが、すぐさま囁き返した。
「馬鹿ね。軍師を呼び捨てにできるのは、ここには一人しかいないでしょう」
 彼女はそれだけ言うと、ガリオンヌの領主に敬意を表するため頭を垂れる。アデルは納得して、彼女にならった。
「侯爵を救出した功績は大きい。そう目くじらを立てずともよい。功を焦る若い戦士達の気持ちもわかるというもの。かつては、我らもそうだった」
「甘やかされては他の者に対してけじめがつきませぬぞ、ラーグ閣下」
「そなたがダイスダーグの弟か、楽にしてよいぞ」
 ラーグ公の言葉に従い、ラムザだけが立ち上がる。公爵は値踏みするような視線を彼に向けた。ラムザにとっては、慣れきった視線の色だった。特に感慨もなく公爵の視線を受け止める。
「ふむ、なかなかいい面構えをしている。そのあり余る若さと力は城の警備だけで補えるものではあるまい」
 ラーグ公はダイスダーグに視線を移す。
 軍師は瞳を閉じて沈思したのち、命令を発した。
「骸旅団殲滅作戦も大詰めだ。おまえたちの参加を許そう。いくつかの盗賊どものアジトを一斉に襲撃する。そのひとつをおまえたちに任せよう」
 命令違反に対する処罰ではなく、北天騎士団の重要な作戦への参加を許すという栄誉を与える。
 候補生達は驚愕で顔を上げそうになり、慌てて自制する。
 ただ一人ガリオンヌの領主と軍師の表情を伺えたラムザは、短く受諾の言葉を紡いだ。
「はい」
「詳細は追って沙汰する。下がってよい」
 ラムザは一礼して部屋を退出した。班員達も一礼した後、彼の後に続いた。


 候補生達が完全に部屋から退出したのを確認して、ダイスダーグは頭を下げた。
「申し訳ありませぬ」
「気にするな、ダイスダーグ。所詮、ギュスダヴもその程度の男だったと言うことだ」
 いつの間にか窓辺へ移動した主君が、謝罪は無用だという。
「侯爵誘拐がガリオンヌ領で行われた時点で、計画変更は避けようがなかったのだ。それに侯爵の命を助けたのは事実。こちらの要求に対して侯爵側も妥協しないわけにはいくまい。結果として、貴公の弟君の行動は我々を有利な立場にしてくれた」
 ダイスダーグは沈黙を保つ。 
 結果論では、確かにそうだ。だが、侯爵誘拐の手引きをしたのがこちら側だと露見する恐れは、まだ消えない。それゆえ、侯爵を救出した候補生全員を英雄に祭り上げ、当座の目くらましにする必要があった。ラムザがメンバーに入っていることも、こちらの好都合に作用するだろう。妾腹ではあるが、ベオルブを名乗る者だ。家名の引き立てにもなる。
 あとは、真相を知っている骸旅団の輩を速やかに一掃すればいい。それで後顧の憂いは断たれる。
「国王の命もあとわずか。事を急がねば…」
「ああ、期待しているとも。我が友よ」
 主君の言葉に、ダイスダーグは薄く笑った。

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