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候補生達の軽歌劇1

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「特別警備ですか?」
 その場にいる候補生を代表してラムザが尋ねる。机の上に腰掛けているジャック教官は頷いた。
「そうだ。天蝎の月八日がハロウィンなのは、知っているよな?」
「知らない人はいないと思いますよ」
 呆れるようにアデルが言い、マリアが彼に同調する。
 一方で、
「あらゆる聖人を記念する祝日、万聖節の前夜祭。秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す祭」
 百科事典から抜粋したかのようにイゴールが趣旨を言い、
「万聖節は古い言葉でAll Hallows。その前日であることからAll Hallow's Eveと呼ばれていたのが、Hallow E'enとなり、短縮されてHalloweenと呼ばれるようになったらしいね」
 イリアが追加説明をする。
 ラムザは素直に二人の知識に感嘆し、ディリータは慌てて百科事典の記載内容を暗唱しそうな両名に制止の言葉を投げかけた。
 天然で漫才を見せてくれる教え子達に含み笑いをし、教官は話を元にもどす。
「現在では宗教的意義は薄れ、仮装パーティという世俗的な側面が強い。だが、この祭に乗じて不届きなことを考える奴らがいるのが現実だ」
「確か、この祭に合わせて放火事件が頻発するという統計があったはず…」
 ディリータの呟きを、教官は肯首する。
「少々怪しい格好をしていても仮装と思われ、街の中を歩き放題。街のあちこちでカボチャ提灯や篝火が焚かれるのだから、火種に困ることはない。まさに放火犯にはうってつけの状況というわけだ。そこで、街からの要請を受けて、士官アカデミーは候補生全員を警備に充てることにした」
 教官は机の脇に積み上げてある書物の山から数枚の紙を取り出し、ラムザに手渡した。
「担当場所は、すでに教授会で決定されている。詳細はそれに書いてあるから、全員きちんと目を通しておけ」
「了解しました」
「ひとつ聞いてもいいですか?」
 アデルが右手を挙げる。教官は頷いた。
「なんだ?」
「ジャック・オー・ランタンをわざわざカボチャ提灯と表現する理由はなんですか?」
 その刹那、教官の表情が凍り付いたのを、アデル以外の五名は見た。
「………」
「まさか、名前を呼ばれているみたいで落ち着かないとか?」
「用は終わった。退出しろ」
 いつになく冷ややかなものを湛えた砂色の瞳で、教官はドアを示す。
 なおも言いたげなアデルの口をイゴールが両手で塞ぎ、ディリータと協力して廊下へと引っ張っていく。
 残されたラムザ・イリア・マリアの三名は教官に形ばかりの敬礼をし、踵を返した。


 天蝎の月八日の夕刻。
 太陽が地に没する直前だというのに、ガリランドの街は昼間のように明るく人通りが絶える気配がなかった。
 広場という広場には篝火が焚かれ、道という道には百歩ほどの間隔で開けてカボチャ提灯が飾られている。赤々とした炎の照り返しが、光をもたらし闇を追い払っていた。
 大通りを歩けば、道の両側に様々な屋台が建ち並んでいる。焼きリンゴやカボチャパイなどのお菓子を揃えた店、大小様々なジャック・オー・ランタンを取り扱った店、串焼き等片手で食べられる軽食を揃えた店など、種類は豊富だ。思い思いの仮装をした子ども達が、連れ添う大人達が、興味を惹かれて立ち止まっている。
 そんな人波の隙間を縫うように、ラムザ達は二人三列になって指定された警備場所に向かって歩いていた。
「教官も意外と子供だよな。ジャックという名前をお化けカボチャとくっつけて連想してしまうんだから」
「そうね。でも、ジャック・オー・ランタンは決して珍しい言い方じゃないわ。なぜ、あえて、ご自分の名前を連想されるのかしら?」
「そうだなぁ。…小さい頃、それでいじめられたとか?」
「おとなしくいじめられるような人には、とてもとても思えないのだけど」
「それもそうだな。じゃ、なんでだろう」
 先頭を並んで歩くアデルとマリアが先日の一件を、おもしろ可笑しく推理している。
 二人とも普段と違う格好をしており、アデルは墨色の服を着、頭部を一枚の布で覆っている。一方、マリアは普段の平服の上に青の外套を羽織り、頭には麦わら帽子を被っていた。
 『祭を楽しむ人達を不安がらせないように、一般人に扮して警備を行え』
 という指示に従っての仮装であり、二人がいうには「海賊」と「黒魔道士」だそうである。
 二人の後ろを歩くディリータは、全身黒ずくめの格好である。彼は吸血鬼に扮しているが、口元の着け牙が邪魔で仕方ないようだ。意を決したように取り外すが、数秒後には着け直すという作業をさっきから繰り返している。
 彼の隣を歩くイゴールはむすっとした表情だ。「仮装なんてしなくない!」と拒否していたが、結局はマリアとイリアの押しに負かされ、袖が長い上衣を着、裾が短いズボンを穿き、鳥の頭を模した帽子を被っている。コーディネイトを手がけたイリアが言うには、伝説のジョブ、ものまね士の衣装らしい。
 そして、自分と言えば――。
 ラムザは暗然たる思いで纏っている衣装を見渡した。普段着の上に羽織っているのは、フード付きの白い外套だ。裾は、赤い布で三角形の模様が縁取られている。
 一般的に認識されている白魔道士の衣装であり、それはまだ許せる。
 頭を覆っているフードに手を伸ばせば、三角の形をしたものが二つある。頭頂部から少し離れた位置に左右対称となるよう縫いつけられており、触れれば柔らかい毛の感触が指先に絡む。
 その正体は、ある生き物…ありふれた小動物であるが、裕福な貴族の家ではペットとして飼うこともある生き物の耳を模したものなのだ。愛嬌のある顔にもかかわらずやけに尊大で、飼い主に媚びることなく一定の距離を保つような様が気品に見えなくもない、動物。
 ラムザはその動物を当然知っているが、今は思い出したくなかった。
 また、マリアとイリアがこの衣装をもってきた訳も、試着したときディリータ達が必死に笑いを堪えていた理由も、考えたくもない。必要以上にフードを外すことを禁じた教官の意図も、知りたくもない。
 フードを被っている状態では自分から見えないのが、せめてもの救いだ。
 ラムザは自分で自分を慰め、隣に視線を向ける。そして、焦った。隣にいるべき人物が、黒髪の女子候補生がいなかったからだ。
 慌てて辺りを見渡せば、三十歩ほど後ろに下がった位置にある屋台の傍らに彼女はいた。襟が高く身体にぴったりと合う濃げ茶のシャツに、足首に届く長さはある同じ色のスカート。腰に金メッキの飾りをじゃらじゃらと付け、両肩にベージュ色のショールを羽織っている。
 街角で見た「踊り子」を模しての衣装らしいが、見る度に赤面する思いがラムザにはある。普段はローブで隠されている彼女の体型が、女性特有のまろやかな身体のラインが、はっきりと見て取れるからだ。
「イリア、どうしたんだい?」
 彼女の側に駆け寄り、顔だけをみるようにして話しかければ、
「これ、かわいいと思わない?」
 白い指が陳列さている商品の一点を指す。それは、ジャック・オー・ランタンを模した帽子だった。オレンジ色の布地に、黒い布で厳ついながらも愛嬌ある目と口が描かれている。
 ラムザは微かに吐息した。
「イリア、いまは…」
「分かってるけど、折角なんだから少しくらい遊んでも…」
「そうそう、一年に一度のハロウィンですよ。大人も子どもも夜が更けるまで遊べる数少ない機会。少々のハメを外しても、アジョラ様も怒りはしませんよ」
 屋台の店主は調子よく言い、イリアの面前に帽子を置いた。
「この帽子は妻の手作り品でして…この店、いや、このハロウィンで一番の人気商品ですよ。ほら、あの子も着けているでしょう?」
 振り返れば、12歳くらいの女の子の頭が見事なカボチャになっている。嬉しそうに笑い、はしゃいだ声で母親らしき人に「ありがとう」と言っていた。
「店を出すと同時に飛ぶように売れてね…、残るはこの一品だけなんですよ」
 店主は申し訳なさそうに、だが、確実にイリアの購買意欲をくすぐる言葉を選んで言う。回避する意図さえもない彼女はまんまと策に填った。彼女は帽子を手に取り試着し、店に設置されている鏡を見て「被るとさらに可愛い」と口走り、値札を見て驚いた表情をした。
「八〇ギルもするのね…」
「最後の一品だし、まけますよ。」
 その瞬間、青紫の瞳がきらりと輝いた。
「本当ですか! では、四〇ギル!」
「そりゃ横暴ですよ。七五ギルですね。」
「四五ギルでいかが?」
「お嬢さん、別に無理して買ってもらわなくてもいいんですよ」
「そう? でも、この商品少し汚れていますよ。それでもいいというお客さんが他に現れるかなぁ?」
「…七三ギル」
「四八ギルでは?」
 店主の眉間に皺が寄った。こめかみもぴくぴくと痙攣している。
 分かっているはずなのに、イリアは平然と佇んでいる。
 ラムザは諦念のため息をつく。彼は、傍観者として、イリアと店主の熱い値引き合戦を眺めることに決めた。


 背後からの足音が途絶えたことに気づいたディリータは、振り返った。
 予想どおりというか、さっきまでいたはずのイリアとラムザがいない。瞳を凝らすも、人混みの中に、見慣れた黒髪と目立つ白の猫耳フードは見あたらなかった。
「ラムザとイリアがいないぞ」
 ディリータの指摘に、一同は足を止めた。
「あら、本当。どうしたのかしら?」
「迷子かな?」
「イリア一人ならあり得るが、ラムザが一緒なら大丈夫だろう」
 アデルの懸念に対し、イゴールがきっぱりと言い切り、ディリータも同調した。
「現地で合流できるだろうから、先に行っていよう」
「そうね」
 このように、はぐれた二人を特に心配することなく歩みを再開した候補生達だったが、十歩と歩かないうちにその足は止まった。
 前方の十字路で、彼らの行き手を塞ぐかのようにお化け集団が練り歩いている。背丈から一〇歳くらいの子どもだろうと推察されるが、確信が持てない。なぜなら、全員が、頭から足まで覆い隠すかのように白い布を頭から被っていたからだ。目と口に当たる部分と腕を通すための穴が開いているが、薄闇でその瞳や唇は見えない。彼らは手に持ったかごをゆらゆらと揺らし、声を合わせて
「Trick or Treat!」
 と、叫んでいた。
「何だ、あの言葉は?」
 イゴールが首を捻る。他の三人は意外そうにじっと彼を見つめた。
「知らないのか?」
「…ああ」
 ディリータの念を押す言葉に、イゴールは不安を滲ませつつも頷く。
「あれはな…」
「Trick or Treat!」
 別の甲高い声が覆い被さる。
 イゴールが視線を下に向ければ、面前にはお化けに扮した子どもが三人いた。全員が見せびらかすかのように、かごをこちらに差し出している。あるお化けが持っているかごを覗き込めば、中には飴や焼きリンゴといった菓子が二、三個入っていた。
 ―――俺にくれるのか?
 イゴールは一瞬そう思ったが、違った。
「お菓子くれないといたずらするぞ、といっているんだよ」
 アデルは解説し、胸ポケットから取り出した干し杏をかごに入れた。
「私、もらう立場からあげる立場になったのね」
 マリアは一つため息をついて、スカートのポケットからあめ玉を取り出す。イゴールは思わず叫んだ。
「ちょっとまて! こんな風習、ハロウィンにあったか!?」
「俺が物心つく頃には、当然のようにあったが」
 不思議そうにアデルは言い、マリアが首を縦に振る。ディリータは栗色の髪をがしがしと掻きあげた。
「ああ、そういえば、ここ十年で国内に広まったと聞いたことがあるな。元々はロマンダ国の風習とか…」
「ハロウィンとは、死者の霊を導き悪霊を追い払うための祭りだろう! どうして、子どもが菓子をねだって練り歩くという発想になるんだ!」
「俺にそういわれても…」
 口角に泡を飛ばすような勢いで詰め寄るイゴールを目の当たりにし、ディリータは指で頬をかいた。
「Trick or Treat!!」
 お化けに扮した子ども達は、期待の籠もった叫びをあげる。
「とりあえず、あなたもお菓子をあげたら?」
「だな。じゃないと、盛大ないたずらをされるぞ。」
「…ない」
 発せられた声は呟きに近く、発した本人以外には聞き取れなかった。
 訝しげな視線がイゴールに集中する。長身の男子候補生は、今度は宣言するかのようにはっきりと言った。
「持ってない。俺はこんな風習知らなかったんだぞ。それに、お前のように食べ物を持ち歩く癖もない!」
 イゴールは声高に自己の正当性を主張したが、生憎と通じる相手ではなかった。
「お菓子をくれないなら、いたずらだ!!」
 弾むような宣言が響き渡る。
 十人ほどのお化けが一斉にこちらに駆け寄り、イゴールとディリータの周囲を取り囲む。
「な、なんで、俺まで!」
 ディリータが慌てふためき、
「―――っ!」
 血相を変えたイゴールは、囲みの緩い部分を突破しようと足掻く。
「いたずらだぁ!」
 お化け集団は、一斉に二人めがけて襲いかかる。
 アデル・マリアの両名は彼らの健闘を祈りつつ、そそくさとその場を後にした。

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