思惑(5)>>第二部>>Zodiac Brave Story

第十一章 思惑(5)

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 ここで、時は、太陽がもっとも天高くなる時刻までさかのぼる。
 ライオネル城の一室で、ルードヴィッヒが得意の絶頂から失意のどん底に転落していた。

「愚か者め!」
 ルードヴィッヒが献上したものを手にするなり、ドラクロワは足下の床にたたきつけた。ガッシャーンとけたたましい音とともに、クリスタルは粉々に砕け散る。
「こんなガラス玉が聖石なものかッ!」
「なっ!」
「……まンまと一杯食わされたわけだ」
 自分のうめき声に、揶揄を含ませた別の声が重なる。
 ルードヴィッヒは発言者をにらみつけたが、黒鎧の老剣士――ガフガリオンは意に介さなかった。円卓を挟んで正面の椅子に座るドラクロワを、まっすぐに見据えている。
「ンで、その盗まれた宝石を取り戻すために、今度はお姫さまを囮に使おうってか。聖職者の考えることじゃねぇな」
「なんだと、この野郎!そっちがあの小僧どもを取り逃したりするから、こんなことになったんだろうがッ!」
「こっちの手違いには違いねぇが、オレの責任じゃねぇンだよ」 
 口角から泡をとばすルードヴィッヒを、ガフガリオンは冷ややかに受け流す。
 さらに言い募るために口を開きかけたルードヴィッヒだったが――、
「やめなさい、ルードヴィッヒ」
 手を宙に振るドラクロワによって、封じられた。
 枢機卿は両肘を円卓につき、ガフガリオンを見やった。
「ダイスダーグ卿には約束どおり、オヴェリア王女を引き渡しますよ。こちら側の意志でもありますしね。ただ、王女誘拐の真相を知る者たちを始末しなければならないと困るのはそちらではないのですかな?
 宝石を盗んだ者も彼らと行動を共にしています。王女を囮に使うだけで、あの者たちを一網打尽にできるのです。一石二鳥ではありませんかな?」
「たしかにそのとおりだ。だが、万が一ってことがある」
「ずいぶんと弱気ですな」
 ドラクロワの発言は、臆病をそしるスパイスが多分に効いている。ライオネルの騎士ならば、激昂するか恐縮するかだろう。だが、老獪な傭兵はいっさいの痛痒を感じなかった。
「“用心深い”って言ってもらいてぇな。戦場で生き延びるには慎重すぎるぐらいが丁度いいンだよ」
「わかりました。回避策をとりましょう。更に、確実に罠にハマってもらうためにエサもまきましょう」
「いいだろう。エサにはあの女が丁度いいな。それから、やつらの始末はオレに任せておきな。そこにいるヤツよりは安心だぜ」
 蔑むようなガフガリオンの目つきに、ルードヴィッヒは目をむいた。
「なんだとッ!」
「よいでしょう。貴方にお任せしましょう」
「猊下、本気ですかッ!」
 再考を求めるルードヴィッヒの視線を、ドラクロワは無視した。
「では、頼みましたよ、ガフガリオン殿」
「任せておけ。宝石も取り返してやるさ」
 ガフガリオンは啖呵を切るなり、身を翻した。廊下側に控えていた侍従によって扉が開かれ、ガフガリオンが通過するなり閉じられる。
 ルードヴィッヒは身を乗り出した。
「猊下、なにもあのようなヤツに…!」
 不意に、ドラクロワが座を立った。なめらかな動きで円卓を避け、ルードヴィッヒをはじめて正面から見つめる。
「おまえは何度もしくじった。その責任をとってもらいましょう…」
 冷ややかな視線で一瞥され、ルードヴィッヒは顔がこわばるのを自覚した。
「げ、猊下、な、何を……!」
 巨体に似合わぬ俊敏な動きでドラクロワが迫ったと思った瞬間、二本の指が両の目に突き刺さった。灼熱に似た激痛を感じたのを最後に、ルードヴィッヒの意識は途絶えた。

 翌、双子の月十一日。
 アルフォンス・ドラクロワ枢機卿の名で、一つの布告が発せられた。
 曰く、来る双子の月一七日の正午、王女の名を騙った者をゴルゴラルダ処刑場にて磔刑に処す。
 その報は、一部の者に対して激震に等しい衝撃を与えた。

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