刻限(2)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第十三章 刻限(2)

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 野ざらしにされた複数の死体。
 強風でも隠しようのない腐敗臭と、黄土に染みこんだ赤黒い液体。
 別に珍しいものではない。エバンスはそう思った。
 戦場において、死体はごく当たり前のように生産される。
 そして、勝利者となった生者が敗北者となった死者を埋葬することは、まずない。
 生者達がある場所へと急ぐ身ならば、なおさらだろう。
 エバンスもまた、時間に追われる人間であった。
 だから、騎獣にまたがったまま通り過ぎるつもりだった。
 しかし、ある物が目についた彼は、敢えて行軍の停止を命じた。
「フェグダ将官?」
 訝しがる騎士に応じず、彼は無言で騎獣から降りた。一人外れた場所で倒れている隻腕の死体に近づく。慎重に抱き起こし、顔を覆い隠す紅茶色の髪をかき分ける。容貌が明らかになると、背後から覗き込んだ騎士が驚きの声を発した。
「こ、これは!」
「ミルウーダ・フォルズだな。骸旅団補佐役の」
 エバンスは死体の状況を確認する。
 頸部から胸部にかけて深い刀傷。心臓に到達するほどの深さだ。致命傷はこれだろう。右腕は肩の付け根から切断されている。止血措置として巻かれている布を見て、エバンスは眉根を寄せた。きつく結ばれている結び目を解き、広げてみる。一メートル程の正方形をした、鈍い光沢のある布。全体は暗い赤に染まってはいるが、四隅は元の色を、アイボリー色を留めていた。触れると、さわっと柔らかい感触が残る。
 やはり、間違いない。
 色は微妙に違うが、ザルバッグが羽織っているマントと同じ素材だ。
 特殊な糸を用い独特な織り方をしたもので、軽量でありながら防寒性・耐熱性・耐刃性に優れている逸品。
『この布で作ったマントはこの世に三着しかなく、兄弟でそれぞれ一着ずつ持っている』
 ザルバッグは、過去そう言っていた。
 その一着がここにある。
 敵に対する手当として使用されているのが奇異な事ではあるが、導かれる事実は一つしかない。
「戦ったのはザルバッグの弟か」
「先行している候補生の班ですか」
「若いのに見事な切り口だ。よい腕をしている」
 騎獣から降りた騎士達が周りに集まり、口々に言う。エバンスはそれらに答えず、無言で遺体を地面に横たえた。
「フェグダ将官! ブレイク千騎長!」
 冷たい北風に混じって、呼びかけが耳に届く。エバンスは立ち上がり、視線をめぐらす。北西方角から土埃が舞い上がり、騎獣を疾駆させている一人の兵の姿が見えた。
 二十歩ほどまで距離を詰めると、兵はチョコボを急停止させた。慌てふためいた表情で敬礼しつつ、鞍から降りようとする。エバンスは手を軽く振ることで、それを制した。
「どうした?」
「はっ、騎乗にて失礼します。ここから北西にある風車小屋で、骸旅団の捕虜を発見しました」
「奴らは“彼女”の行方を知っているのか?」
「わかりません。恐ろしく強情な奴らでして、尋問してもいっさい口を開こうとしないのです」
「ならば、私が直接尋問する。案内しろ」
「はっ!」
 兵は騎獣の首を北西に向け、走り出す。エバンスは自分のチョコボに飛び乗った。手綱を取りつつ、金髪の壮年騎士に目を向けた。
「ブレイク千騎長」
「わかっております。最終合流地点でお待ちしてます」
 ブレイクは大きく頷く。エバンスは頷き返し、チョコボの首を北西に向けた。
「すまん、あとは頼む」
 それだけ言い残すと、エバンスはチョコボの腹を蹴った。命令に従い、騎獣は駆け出す。かなりの速度で流れゆく景色を、先導する騎士が乗るチョコボの尾を、空色の瞳に映しながらも彼はまったく別の事を頭に描いていた。

 時は遡って、五日前。
 春と言うには少し肌寒さを感じた白羊の月二八日、午後二時過ぎ。
 エバンスは北天騎士団団長の執務室に呼び出されていた。
「オレが考えた作戦は以上だ。エバンス、何か不備はあるか?」
 机上に広げられたジークデン砦周辺の地図を指さしながらの説明していたザルバッグは、ようやく顔を上げた。エバンスは先程理解した作戦を、経験則と知識に基づく想像で再現する作業を行う。何度も頭で反復し、彼は太鼓判を押した。
「俺も特に問題ないと思う。指揮官は誰にする?」
「正面の五千はオレが率いる。後背の二千はブレイクの部隊を充てるが、指揮はお前がとってくれ」
 予想外の命令に、エバンスは軽く驚いた。
「俺が、か?」
「不服か?」
「いいや、とんでもない。久方ぶりに前線にでられるというのは正直嬉しい。しかし、団長直属の副官としての仕事をしなくていいのか?」
「そういうわけではないが、だが…」
 ザルバッグが珍しく歯切れの悪い言い方をする。
 エバンスは説明を請うた。
「この挟撃作戦の成功条件として、作戦実行日…金牛の月二日の日没までに、後背の部隊は必ず所定の位置に到着していなければならない。包囲網をわざとゆるめた箇所から逃げ出す敵を捕縛するのが主な仕事だからな。また、作戦行動中は、本隊との連絡が全くとれない状態になる。だから…」
「俺を選んだ、か?」
 エバンスが引き継いだ言葉に、ザルバッグは頷いた。
 別働隊が大きく迂回し、本隊と敵を挟んで攻撃するという作戦。成功すれば華々しい戦果をあげることができる戦術だが、大きな危険も伴う。
 成功するための必須条件は二つ。
 敵の兵力がこちらより少数であること。次に、本隊と後背の部隊が有機的に連動していること、だ。両者を満たさないと、包囲網が完成する前に各個撃破される恐れがある。前者の条件は、骸旅団の残存兵力が百人未満という情報で満たされている。そして、後者の条件を満たすために、戦場において最もザルバッグと呼吸の合うエバンスを選んだ。
 一見もっともな理由だ。
 だが、赤毛の騎士の目は節穴ではなかった。
「しかし、この書類には、後背の軽騎兵部隊が出発するのは明朝となっている。ガリランド経由のルートは遠回りで道も険しいものだが、チョコボの早駆けなら二日もあれば十分だ。四日も時間的猶予があれば、千騎長の位にある者なら誰でも時間通りに布陣できるはず。それに、わざわざ挟撃作戦を選んだ理由は何だ? 骸旅団の残存兵力は百人未満。本隊の五千だけでも、奴らの警戒網を蹴散らして砦に肉薄できるはずだ」
 エバンスは畳みかけるように言い、鋭い眼光で真意を言うように促す。
 ザルバッグは真一文字に口を結び、机上の地図を凝視している。
 頭の片隅で数を百まで数えても変わらない頑なな態度に、エバンスは諦めた。ため息混じりに言う。
「『先発していた捜索隊を統括し、状況を調べ、時間ぎりぎりまで少女の身柄確保に努めてほしい』だろう?」
「………」
 ザルバッグはなおも口を閉ざし続ける。肯定も否定もしない。態度でも示さない。憎い仇でもいるかのように、地図を睨むのみである。
 エバンスは疑問に思った。
 果断な判断を下す事ができるザルバッグがここまで曖昧な態度を貫き通すのは、奇妙だ。
 一体、どうしたというのか。
 そもそも、自分の推察は的はずれではないはずだ。昨日までの既定路線を、今作戦に踏まえて判断しただけのこと。ザルバッグも、そう望んでいたはずだ。
 なぜ、はっきり、『彼女の身柄を確保せよ』と命令しない。
 なぜ、そこまで言いづらそうにしている。
 まさか…。
「ザルバッグ。“現状”において、最も優先すべきことは何だ?」
 エバンスは「現状」という単語を強調して、訊いた。
 数秒の沈黙の後、面前の北天騎士団団長は答えた。
「骸旅団を殲滅することだ」

 その後、どのような会話を交わして執務室を退出したのか、エバンスはよく覚えていない。
 はっきりと覚えているのは、自分はその命令を受諾したという事だ。
 久しぶりに前線に出られるという高揚感からではない。
 騎士団に所属する騎士の一員として、団長の命令に従ったからでもない。
 葛藤するあいつの姿を見るのが、友人として耐えられなかったからだ。
 この半年間、ガリオンヌ領を荒らしまくった凶賊、骸旅団。
 革命という御旗を掲げた奴らが行ったのは、略奪と破壊。数多の人々が奴らによって人生を狂わされ、犠牲となった。
 ある貴族は、存在意義を失った。
 王国騎士の称号を持つ彼は、先祖代々の土地を豊かに開拓し、そこに暮らす領民を守り養う事を己の責務としていた。力なき者を守るという騎士の精神をそのまま具現化したような男だった。その彼は、一体どんな思いで、煽動され己に武器を向ける民達を、焼け落ちる屋敷を、略奪の嵐に晒され荒廃した土地を、その目に映したのだろう。
 また、ある貴族は戦う原動力となる存在を失った。
 彼は同じ騎士団に所属する壮年の男性で、イグーロスの東郊外にある貴族居住区の一角に屋敷を構えていた。二階建てのごく平凡な家で、愛する妻子と共に穏やかに暮らしていた。彼が心の底から守りたいと思えるモノはそこにあったはずだ。だが、奴らはそれを踏みにじった。無差別な放火によって、全てが灰燼と化した。
 奴らが引き起こした悲劇の数々を、エバンスは他にもいくらでも想起できる。
 しかし、失われたものを告げろと言われても、単語や数字ではとても語りきれない。
 簡潔に言えるのは、ただ一つ。
 奴らの行為を許すことは、決してできないという事だけだ。
 その想いは自分だけでなく、ラーグ公や重臣達も同じだったのだろう。二ヶ月前北天騎士団の名で提出した骸旅団殲滅作戦の要項は、御前会議において一文を追加しただけで承認された。
 付け加えられたのは、至極明快な特命。
『全てにおいて骸旅団殲滅を優先し、可及的速やかに作戦を遂行せよ』
 この特命は、下された当初は何ら問題がなかった。
 ところが、現段階においては大いに問題がある一文になってしまった。
 北天騎士団団長の職にあるザルバッグは、「即時殲滅」という特命を従い、正義を実現し秩序を保つ責務を負う。一方、ザルバッグ・ベオルブ個人として望むことは、拐かされた少女を自ら助けに行くことだ。だが、それは、団長としての責務を全て投げ出すことになる。
 普段のザルバッグは苦手な仕事を人に押しつけることがあるが、要となる時と場所において、果たすべき責務をおろそかにすることは決してない。
 だから、彼は、望みを他の人に託した。
 弟と少女の兄には、手紙で。
 そして、エバンスには、後背部隊における指揮を任せることで。
 しかし、未だに、少女が無事保護されたという朗報はない。
 この四日間、怪しい場所を全てしらみつぶしに探したが、影形でさえ捕捉できなかった。このままでは、約六時間後、予定通り総攻撃は実行される。そのとき、少女が奴らの手にあり、身柄を盾に撤兵を要求されたら、非常にまずい。
 私情と公人としての立場で激しく揺れているザルバッグの心が、その瞬間どちらに傾くかは、火を見るより明らかだ。
 その事態だけは、何としても避けたい。
 どのような結果に終わろうとも、あいつは苦しむだろうから―――。
 エバンスは前屈みになり、騎獣の後頭部に顔を寄せた。
「アルビレオ、すまないがもっと急いでくれ」
 囁きに近い呟きであるが、賢い騎獣に主人の意図は届いた。チョコボは低く一鳴きすると、鍛え抜かれた脚力を遺憾なく発揮し始めた。速度がぐんぐん上がり、数百メートル先にいた先導の騎士に追いつき、数秒の並列状態を経て、追い抜いていく。
 背後の騎士が必死に己のチョコボにむち打っていたことにも気づかずに、エバンスは焦燥のままに愛獣を駆けた。

 チョコボを疾駆させて半時間が経った頃。
 辺りの地形は、起伏の激しい原野から低木がまばらに生えている草原へと変化していた。北からの強風が梢を激しく揺らし、地に草色の波を描く。
「あそこです!」
 背後から微かに届いた声に、エバンスは顔を上げた。目に飛び込んできたのは、円形に盛られた土のうえに建つ風車小屋だった。茶色の煉瓦で屋根は覆われ、石灰岩を混ぜた白い煉瓦で四方を囲んだ、四角錐の建物。北風を受けて八枚の羽根は十分すぎるほど回っているにもかかわらず、白い帆は殆どが広げられたままであった。
 小屋の入り口付近に三つほどの人影を確認し、彼らが一様に纏っているマントの紋章から味方であると判断したエバンスは、騎獣に急停止を命じた。
「フェ、フェグダ将官!?」
 蹄が地面に噛み合う騒々しい音に一人が振り返り、驚愕する。その響きが収まらぬうちに、全員が一糸乱れぬ動きで回れ右をし、こちらに敬礼を施す。彼らに敬礼を返しつつ、エバンスは口早に尋ねた。
「捕虜はあの中か?」
「は、はい。ノートン班長が尋問していますが、未だに口を割りません」
「そうか」
 エバンスは鞍から降り、風車小屋へと向かう。無骨な石で造られた階段を上り、木製の扉に手をかける直前、彼はふと思い出したかのように言った。
「案内をしてくれた者に『ご苦労だった』と伝えておいてくれ」
 三名の内で最も年長である二十代後半の騎士が、了解代わりの一礼をする。その動作を確認して、エバンスは扉を押した。
 ぎぃと軋んだ音を立てて、扉は開く。
 曇り空という天候ゆえか、室内と屋外との明るさはさほど変わらない。だから、室内の様子はすぐ確認できた。中央に設置された、大きな挽き臼とそれを回すための太い木製の柱。壁際には、扉付近を除いてたくさんの木箱や樽が無秩序に積み上げられている。中身を一切考慮せず端に追いやったというのがふさわしい乱雑な積み方が、箱や樽の上に堆積した埃が、長い間適切な管理がされていない事を示していた。
 視線をめぐらすと、斜め向かいの壁際に一つ人影があった。床に転がっている物体を見つめていた人影は、左腰に手をやりつつ振り返った。
「誰だ!」
 三十代後半の、クリーム色の髪をもつ男性だ。騎士の称号に相応しい精悍な容貌をしているが、あまり見覚えのない顔のため、エバンスは名前が思い浮かばない。
 だが、向こうはすぐこちらの正体を察したようだった。気をつけの姿勢をとり、敬礼をしてきた。
「…っ、失礼しました!!」
「いや、いい。ノックもせずに入った私が悪いのだからな」
 エバンスは左手を振ることで楽にするように指示すると、壁際に転がっている物体に近づく。木箱と樽とが形成した暗がりにあるために最初は分からなかったが、数歩も近づかずに理解できた。それは、両足と両腕を荒縄で拘束され、俯せに倒れている二人の人間だった。頭髪の多さと体格から女性だとわかる。ぴくりとも動かないので一瞬死体かと思ったが、違った。瞳を凝らせば、両肩が微かに動いていた。
「捕虜は女か?」
「はい」
「発見したとき、どのような状況だったか?」
「もうすでに、このように拘束されていました。私達は一切手を触れていません。また、外を見回ったところ小屋の側面で戦闘の形跡があり、骸旅団団員らしき死体が一つ転がってました。死体の状態から、死後一日は経過していると思われます」
「その遺体はどうした?」
「小屋の裏手に安置してますが、ご覧になりますか?」
 エバンスは数秒間沈思し、かぶりを振った。
「いや、いい。自然の成り行きに任せておけばよい」
「はっ」
「私は奴らに訊きたいことがある。席を外してくれ。そして、誰も近づけるな」
「かしこまりました」
 徐々に遠ざかる足音。ぎぃと扉が開く音とばたんと閉まる音。
 エバンスは背後を顧みる。
 余計な邪魔者が屋内のみならず入り口付近にもいないことを五官で感じ取ると、彼は捕虜に近づいた。
「七日前におまえ達がベオルブ邸から拐かした少女は、今どこにいる?」
 横たわる捕虜はこれといった反応を示さない。ただ、浅くゆっくりと呼吸を繰り返すのみだ。エバンスは片膝を床につき、右側の捕虜の顎を掴みあげた。そこそこの器量よしといえる顔は、埃と土で薄汚れていた。
「言え。かつては騎士団の一翼を担っていたにもかかわらず、今や凶賊に成り下がった卑劣者どもよ」
「……が………なら、………は、……よ」
 乾燥でひび割れた唇から、掠れた声が発せられる。
「聞こえぬ」
 冷ややかな声で告げると、よりはっきりした声が返ってきた。それは怒号だった。
「わたしらが卑劣者なら、あんたら貴族は泥棒よ!」
「そうよ!」
 左側の捕虜が顔をあげ、憎悪と憤怒に満ちた瞳をエバンスに向けた。
「戦争中は徴兵して使い捨ての駒にする。戦争が終われば、納税といって収穫物の大部分を奪っていく。そうやって、人の命も、財産も、生きる希望も、何もかも奪い尽くす!泥棒なんて言葉じゃ生やさしいくらいだわ。全てを食い尽くす蝗の大群と同じよ!」
「奪われた物を実力で取り返して何が悪い!これは正当行為だ!」
 捕虜の糾弾は、エバンスが発した声で中断された。
「はっ、これはお笑い種だ!」
 笑い声は大きくなるにつれて、嘲りと侮蔑の色を増していく。
「何がおかしい!」
 捕虜が目を剥く。エバンスは口を閉じると、笑いで緩んでいた目をすっと細めた。
「奪われない社会秩序を目指す貴様らが、なんら罪のない少女を人質として利用している点に矛盾を感じないのがおかしいのさ。六日も不当にその身柄を拘禁し、行動の自由を奪っているというのにな」
「少女を誘拐したのはゴラグロスの独断だ! ウィーグラフ様は反対しておられた!」
 左側の捕虜の口から飛び出した論駁。一つの人物名が、エバンスの頭脳を刺激した。
「ゴラグロス…、ゴラグロス・ラヴェインか?」
 骸騎士団のメンバー表と照合し、その人となりを思い出す努力をする。苦心してここ数年の記憶を遡ると、『粗暴で浅慮。不測の事態にはパニックになりやすい』という人物評を探り当てた。
 新しい情報が過去収集したものと結合し、「誘拐犯の心理と予想されうる行動」という鮮やかな絵を完成させる。次の瞬間、エバンスは鋭く舌打ちした。
「畜生、時間がない!」
 掴んだままの捕虜の顎を解放し、エバンスは立ち上がる。
 支えを失って俯せに倒れこむ右側の捕虜と、顎を床につけ凄まじい形相で睨み付ける左側の捕虜とを氷雪に等しい表情で見下ろし、左腰の剣に手をかけた。
「おまえ達にもう用はない」
 鞘から抜き放たれた白刃が、振り下ろされた。

***

 固く閉じられていた扉が音を立てて開かれる。
 隙間からは、背筋が凍り付くような剣呑な気配が漏れだしている。それは、数々の修羅場をくぐり抜けた者だけがもちえる独特の威圧感。隙間が開くにつれて膨れあがり、やがて発生源が姿を現す。燃えるような赤い髪をもつ、中背中肉の青年だった。
 扉の正面で待機してた第二師団所属のノートン・ドウベーは、生唾をごくりと呑み込んだ。普段、作戦立案・経理などの事務を受け持つ面前の騎士が、二八歳の若さで将官という地位を有する所以を今更に実感したからだ。
「貴官の指揮下にある者は、ここにいる全員か?」
「はっ、自分を含めてここにいる五名です」
 驚愕を胸の内におし隠して、ノートンは答える。赤毛の騎士は微かに首を縦に振った。
「ならば、すぐ出立する。全員騎乗!」
 その命令に誰もが即座に従い、己の騎獣へと駆け寄った。
 ノートンが愛獣の鞍に跨り上官に向き直ると、彼はチョコボの手綱を手に取っている所だった。意志によって完全にコントロールされた動きで、騎乗の人となる。
 鋭い空色の瞳で五人の騎士を順次見渡した後、赤毛の将官は片手をあげた。
「これより最大速度で最終合流地点を経由し、ジークデン砦へ向かう! 事態は一刻を争うゆえ、心せよ!!」
「はっ!!」
 その手が勢いよく振り下ろされる。
 全力疾駆の合図が騎士からチョコボに送られる。黄色い騎獣は高い声で一鳴きし、一斉に大地を力強く蹴った。

 向かい風にもかかわらず六名の騎兵は、疾風に等しい速度で北へと駆け抜けていく。
 轟音に等しい蹄の音は、強風と風車の回転音に紛れ、数分後完全にかき消えた。
 扉の隙間から外の様子を窺っていた二つの人影は、小さく息を吐いた。
『誰から物を奪うことなく、他人を傷つけることもなく、お前らの目的が達成できる術を探せ。分からないのであれば、二度と我らの前に立つな。次は見逃せない』
 赤毛の騎士が残した言葉が、脳裏に蘇る。
 屈辱感と敗北感を誤魔化すために、骸旅団団員らはおのおの必要な行動をとった。

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