初陣(3)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第一章 初陣(3)

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「二三人か」
 弓の張り具合を確認しながら、イゴールは感想を述べた。二年次の学生六八名のうち、二三名が今回の実地演習にかり出される。その情報が、マリアからもたらされたからだ。
「ま、年度の初っぱなから総合二級以上なんてそうそういないって事だな」
「班員全員が該当しているのは、私たち第三班と第五班のみらしいわよ」
「ああ、あそこにいる集団か」
 アデルの視線の先には、六名の男子候補生が円陣を組んでいた。何やらごそごそと話し合いをしているようだ。
 イゴールは、彼らが時折こちらに鋭い視線をおくっていることに気づいていた。耳を澄ませば、「負けるものか」「班員が下級貴族と平民の寄せ集めのくせに」とか、聞くに堪えない侮蔑の言葉が彼らの口からはき出されているのが、わかる。
 ―――阿呆どもだな。戦場で勝負してどうするんだ。
 イゴールはそう結論づけ、アカデミーの評価は指導教官によって差が大きいなと思った。
「それはそうと、ラムザとディリータ遅いわね」
 若干固い声でマリアが指摘する。
 イリアが講堂の壁に設置された時計を見て、「十分の遅刻」と呟く。
 作戦開始の十五分前には集合し、装備や作戦の最終確認をする。それは第三班独自ルールのひとつ。班長のラムザと副長のディリータがそろってルールを破るとは、かなり珍しい事態だった。
「――お、やっときた」
 アデルが素早く二人を見つけて手を振る。入り口付近で辺りを見渡していたディリータがこちらに気づき、歩み寄ってくる。遅れてラムザも駆け寄ってきた。
「ごめん、遅れた」
 開口一番、ラムザは頭を下げて謝ってきた。
「二人そろって遅刻だなんて、何があったの?」
「これ、忘れてたから取りに戻ってた」
 ラムザは右手にある金と赤の飾り紐を示す。それは班長の徽章だった。
 実地演習など外部の組織と共に行動するとき、班長はそれを身につけることが義務づけられている。ラムザは大急ぎで紐の先端につけられた金具をはずし、左肩付近にとりつけた。
「俺が指摘するまで気がつかなかったぞ」
「滅多につけないものだし、仕方ないじゃないか」
 イゴールはそのいいわけに目を細めた。
 確かに、頻繁につけるものではない。だが、各班の班長として選ばれることは栄誉なことであり、ほとんどの候補生がそれを誇る。班長としての金と赤の徽章は実力を内外に示す代名詞だった。その存在を”忘れる”というのは、己を誇示しないラムザならではのことだった。
「時間がないから、簡単に確認する。準備はいいか?」
「そう言うラムザこそ、もう忘れ物ないでしょうね?」
「――…ないよ」
 ラムザがむっとした表情で言う。だが、イリアはめざとく見てしまった。彼が腰に帯びた剣と、ポーションなどの薬品が収納されている腰回りのポーチに視線を走らせたのを。
「俺たちはおまえ達がくるまでに確認していたから、準備はできているぞ」
「じゃ、作戦だね」
「といっても、指示された所に行って、骸旅団の残党がいれば戦闘になる。とてもじゃないが、綿密な作戦は立てられない。ならば、大事なのはひとつ。俺たちが死なないようにするだけだ」
 ディリータの言葉に全員が力強く頷いた。
「イリアとイゴールで遠距離攻撃、切り込み役は俺とディリータ。マリアとラムザが補佐。連携としてはこんなものか?」
「それが妥当だろう」
「では、班長殿。最後に締めをどうぞ」
 わざとらしく役職を強調して、アデルはラムザに発言を促した。ラムザは「その言い方やめてくれ」と抗議をした後、声を改めた。
「もし戦闘になったら、ディリータが言っていたように僕ら全員が生き残ることを最優先とする。無駄に命を奪い合う必要はないから」
 ラムザの言葉に、イゴールのみならず他の仲間も是認する。
 頭の固い連中が聞いたら弱腰、臆病者とせせら笑うかもしれない。
 だが、戦場においてはそのくらいがいい。
 ジャック教官は常々言っていた。
 生き残ったものが正義を主張でき、死んだら何も反論ができない。
 だから生き残れ、と。
「一同、整列!」
 入り口で鋭く命令する声。候補生達はおのおの所定の位置にすばやく整列した。
 イゴールは背中にある長弓と矢筒の感触を確かめながら、発せられる命令を待った。


***


 戦場にこだまする。爆発音が。剣劇の音が。人の絶叫が。
 俺は拳で敵を殴り、急所を突く。
 手にまとわりつく血のにおい。この手で骨を断つ感触。
 ―――あまり気持ちのいいものでなかった。


 アデルはせせらぎを見ていた。澄んだ水をしており、太陽の光を反射して水面は水色に輝いていた。イリアから言われた作業をすることを躊躇うほど、美しいと思った。
「早く手を洗いなさい。何してるの!」
 マリアが、血まみれのレイピアを乾いた布で拭きながら尋ねてくる。アデルは思ったことをそのまま伝えた。
「なんか汚くするのが、もったいないような」
「あのね、貴方の腕の方が酷いんだから、さっさとしなさい!」
 それでもアデルは動こうとはしない。
 業を煮やしたマリアは手で水をすくって彼の腕に勢いよく何度もかけた。みるみる腕に付着していた血と泥は落ちていく。清潔になったところで、清潔な手布をアデルに渡す。どこかぼんやりとしながらも彼は受け取り、水気を拭いた。
 マリアは彼のたくましい腕をとって怪我がないか確認する。あざは幾つかあるが、出血している箇所はなかった。
「ケガはしてないのね。よかったわ」
 アデルは水面を再度見た。泥と血で汚濁した水は下流に流れていった。


 ガリランドに逃げ込んだ骸旅団の残党は幾つかの集団に分かれていた。追撃を北天騎士団に命じられ所定の場所に向かう途中、運がいいのか悪いのか、ラムザ達はばったりと一つのグループに遭遇してしまった。ラムザがすぐさま投降を呼びかけたが、相手はアカデミーの学生、貴族のお坊ちゃまお嬢ちゃま集団と侮り軽蔑し、剣を抜いて第三班に襲いかかってきた。
 候補生達は苦戦した。実戦経験ゼロの学生と、盗賊とはいえ戦闘経験豊かな骸旅団員の違いだろう。相手を殺さずに自分たちが生き残る事はできなかった。
「全員死んでる。敵の死者は六名。こちらの死傷者はゼロ」
 敵の生存を確認しに行っていたラムザとディリータが戻ってきた。
「二人とも、けがはない?」
 建物の影で休息をとっているイリアが、二人の姿を見て尋ねる。彼女の顔色は若干青白い。初めて実戦で攻撃魔法を使ったせいだろう、かなり疲労しているようだ。
「俺はない」
「僕は地面で腕を擦ったくらい」
「バカ! さっさと洗いなさい、傷口からばい菌でも入ったら大変だよ!」
 ラムザはイリアの迫力に負けるように、袖をめくり腕と手を水で洗い始めた。イリアは「全く世話が焼けるんだから」と小言をいいながらも、鞄から傷薬と包帯を取り出し、マリアに手渡す。
「準備できたぞ。やってもいいか?」
 屋根に佇むイゴールに、ラムザは頷いてみせる。
「頼むよ」
「了解」
 小さな赤い火の玉が空へと上がる。士官アカデミーで支給されている戦闘終了の合図を表す照明弾だった。
「これで、そのうち北天騎士団の人たちがくるはずだな」
 イゴールは屋根から飛び降り、見事な宙返りをしながら着地した。
「それまで待機か。俺も洗わせてくれ」
 ディリータは水面をじっと見つめ、せせらぎに頭をつっこんだ。埃と返り血を浴びた頭を両手でごしごしと洗い、顔を上げた。水浸しの頭を軽く振って水気を落とす。
「ふ〜、さっぱりした。タオル、タオルっと」
「大胆な洗い方するわね。まあ、気持ちはわかるけど」
「だろう」
 イゴールは仲間を見渡した。
 かすかに笑って頭を拭き始めるディリータ。消毒液がしみるのか顔をしかめるラムザ。てきぱきとラムザの治療をし、包帯を巻くマリア。背中を壁に預け、深呼吸を繰り返して体力の回復をはかっているイリア。彼らはいつも通りのようだった。
 だが、アデルだけが、心ここにあらずといった感で地面に座り込んで水面を見ている。
 イゴールは一計を練った。
「辺りを偵察してくる。アデル、一緒にきてくれ」
「俺もか?」
「ラムザ、構わないだろう?」
 イゴールの意味ありげな視線。ラムザは彼の考えを察した。
「そうだね、頼むよ。なにかあったら大声で呼んで」
「わかった」
 一つ頷いて、イゴールはアデルを連れ去っていった。ラムザは彼の心遣いに感謝する。
 ―――相変わらず気配りいいよなぁ。彼の方が班長向いてるよ。
 治療が終わり、マリアに感謝の言葉をいっているとき、二人が向かった方角とは逆の方から複数の男性が現れた。彼らの鎧の左胸に彫られた白獅子の紋章。北天騎士団のものだった。ラムザは班長の責務を果たすべく、彼の元に向かった。


 戦場となった住宅地を水路沿いに移動すると、空き地に出た。何もない更地。アデルが偵察するような場所じゃないなと思ったときだった。
「怖いのか?」
 イゴールが唐突に言葉を投げかけてくる。
「何がだよ」
「戦闘中、ためらっているように見えた」
 図星だ。アデルは深いため息をついた。
 イゴールは口数は少ないくせに、人の感情に敏感だ。まるで心の中に鏡でも持っているかのように、他人の感情を投影させる。今だってそうだ。あいつの緑色の瞳に映っているのは、迷っている自分自身だ。
「今回の初陣、力を試す絶好の機会だと思った。だけど…」
 自分の手で骨を断ち敵の命を奪う作業は、不快そのものだった。
 そして、自分がその気になれば人をも容易に殺せる力を持っていることに恐怖した。
「戦いがいやならば、イグーロスの警備を辞退すればいい」
 思いもつかなかったことをイゴールは言ってきた。反論しようとするアデルを制して彼は続ける。
「これからも戦闘は続く。そのたびに躊躇っていては、お前のみならず班員全員が危険にさらされる」
「んなこと、わかってるよッ!」
「ならば、いい」
 言うだけ言ってイゴールは来た道を戻り始める。アデルは彼を呼び止めた。
「お前さ、弓で人を射るとき何考えてるんだ?」
「矢で射殺すって考える」
「他には?」
「殺すという行為が変わる訳じゃない。だから他のことは考えない」
 先に戻るといってイゴールは立ち去った。
 アデルは彼の言葉を反芻し、その意味を考えていた。


 ラムザは北天騎士団のナイトに手順通り戦果を報告した。彼は満足げに頷き、
「よくやった。では君たちはすぐにでもイグーロスへ向かってもらいたい」
 と命令を下した。
「質問、よろしいでしょうか?」
 相手は無言だったが、ラムザは拒絶されていないと判断する。
「他の士官候補生達と共に向かった方が、道中の危険度が少なくなると思うのですが」
「もちろん、そのつもりだ。動ける者はガリランド正門前に集合するよう伝達してある。君たちもすぐに移動したまえ。そして、一〇:〇〇には出発せよ」
「了解しました」
 敬礼すると、ナイトは骸旅団の遺体を検分に向かった。
 ラムザは胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。伝達された出発時間まで四十分ほどしかなかった。荷物を取りに講堂へいって、それから最短で正門にいける道順を思い出しながら、仲間が待機しているであろう水辺に急いだ。

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