初陣(1)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第1章 初陣(1)

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 人々のざわめきで少年は目を覚ました。
 まだぼんやりとしている頭を軽く振り、音がした方へ視線を走らせる。木の葉の隙間から見える立派な木造の建物。その入り口からは、今年十五になる若者達がぞろぞろと出てきていた。彼らは期待と不安半々といった顔をして、一定方向へ列をなして歩いていく。
 かつて、自分もあの中にいた。新しく始まる生活に希望と不安を抱いて。
「なつかしいな。一年前を思い出す」
「そうだな、あのときもお前はこうやって木に登って寝ていたな」
 耳慣れた声がそう揶揄する。少年は視線を下に向けた。そこには、両手を腰に当てて自分を見上げる少年がいた。榛色の瞳は、呆れと懐かしさがこもっている。
「ディリータか。君もここに登って昼寝する? 気持ちいいよ」
 少年は隣にある頑丈そうな枝を指しながら、下の人物に勧めた。彼は小さく息を吐き、かぶりを振った。
「残念だけどまたの機会にな。ラムザ、召集だ。『至急担当教官の元へ出頭せよ』だとよ」
「僕が?」
「いや、メンバー全員―――正確に言えば、二年次で総合成績二級以上の候補生全員だ」
 思ったよりもはやくきたなと思いながらも、少年―――ラムザは自分が寝そべっていた枝から地面に飛び降りた。軽く着衣と髪の毛の乱れを直す。
「みんなはもう集まっているんだ。早く行こうぜ」
「わかった。あ、ディリータ」
 ラムザは駆け出そうとする人物の背中に「探してくれてありがとう」と声をかけた。
「感謝する前に、あちこちふらふらする癖をなんとかしてくれ」
「その嫌味、もう何十回も聞いたよ。そろそろ他の言い回しないの?」
 にやりと笑ってラムザは走り出した。
 すぐさま「なんだぁ、その言いぐさは!」と憤慨する声がする。背後から規則正しい駆け足の音も。
 ラムザはさらに足を速めた。背後の人物に追いつかれたら、頭に一発ごつんをげんこつをもらいそうだったからだ。

***

「ラムザ・ベオルブ、ディリータ・ハイラル。両名はいります」
 扉の向こうから応諾の声がしたのを確認した後、ラムザはドアノブを引いた。室内にはディリータの言うとおり、同期でこの部屋の主から指導を受けている候補生が勢揃いしていた。
「今日はどこにいたのかな? ラムザくぅん」
 わざとらしく語尾を伸ばした質問。ラムザは眉間にしわを寄せて質問者―――四十代の男性をみつめた。
 執務用の机の上に座るという行儀の悪さ。至極おおざっぱに整えられた砂色の髪に同じ色の瞳。よろよろの服を気にもせず着ている。だらしないことこの上ないが、ラムザはこの男を尊敬していた。なぜならば、この男こそ自分の指導教官であり、彼の指導のおかげで腕が数段あがったと自覚しているからだ。
「ジャック教官、本日は講堂前の楡の木で昼寝をしていました」
 ディリータが表面上はまじめな顔をつくって答える。直後、なぜか教官は肩を落とし、黒髪の男子候補生――アデルが嬉しそうに椅子から立ち上がった。
「おっしゃーっ、俺の勝ちだ! 金払ってくださいよ、教官」
 アデルが意気消沈している教官に手のひらを突きつける。
「くっそ、屋上だと思ったのにな」
 教官はズボンのポケットから銅貨を一枚取りだし、面前の手のひらにのせた。毎度あり、とアデルがうれしそうに呟く。
「一体どういうこと?」
 事情がつかめないラムザは隣にいるディリータの顔を見た。俺は知らないと首を横に振られ、答えを求めて部屋にいる候補生達を一瞥する。
 ドア近くに立っている茶色の髪に緑の瞳を備え持つ男子候補生――イゴールは、答える気はないのかゆっくりと目を閉じた。椅子に腰掛けている亜麻色の髪を頭頂部で一つに結わえた女子候補生――マリアは、ラムザの困った顔を眺めて含み笑いをしている。彼女も答える気はないらしい。
 ラムザの疑問に答えてくれたのは、懸命に笑いをこらえている黒髪の女子候補生――イリアだった。
「実はね、ラムザがどこで昼寝をしているか、教官とアデルが賭をしていたの」
「私は校舎のはずれにある丘だとおもったのだけれど、外れてたわね」
「マリア、お互い参加しなくて正解だったな」
「そうね、イゴール」
 自分の所在が賭の対象となっていたらしい。ようやくラムザは理解した。あきれ果てると同時に、怒りもこみ上げてきた。
「召集といわれて全速力でこちらにきてみれば、賭ですか。指導教官ともあろう者が、何を考えているのですかッ!」
 ラムザは大股で教官の前に詰め寄った。
「ま、まて。賭を持ち出したのはアデルだ。俺ではない!」
 教官はあわてて釈明し、アデルをラムザの前につきだした。
「なッ、可愛い教え子を犠牲にするのか!?」
「そうだ、生き残るためには仕方なかろう。それが戦場の習わしだ」
「いつからここは戦場になったのかな」
「アデル、さようなら」
 教官とアデルのやりとりに、イリアのつっこみが入り、マリアが別れの言葉を呟く。緊張感のかけらもない。ラムザはますます頭にきた。
「いい加減にしてください! 実地演習の話じゃないんですか?!」
 教官の顔が一気に引き締まった。空気がぴんと張りつめる。ラムザのみならず、この場にいる候補生全員が教官の急激な変化に戸惑った。
「そうだ。だが、今回は実地演習という言葉はふさわしくないな」
 ジャック教官は背筋を伸ばし、威儀ある声で告げた。
「初陣だ」


 ガリランド。
 ガリオンヌ地方の東に位置するこの街は、数多くの教育機関があることから、魔法都市との通称がついている。初等教育機関から高等教育機関はもちろんのこと、王立魔法院や花嫁学校まで様々な種類があるが、中でも一番名を馳せているのが、イヴァリース国内唯一の複合大学、アカデミーだった。
 ありとあらゆる分野の第一人者を輩出するために設置された王立教育機関。その分野は、文学・理学・政治経済・法律・軍事・農業・医術・芸術など多岐にわたる。入学資格は十五歳以上の者。一定以上の才能と実力さえあれば誰にでも門戸が開かれるという、身分社会においては珍しく先進的なスタンスを有していた。
 アカデミーの中でもとくに有名なのが、軍学部の所轄にあたる士官候補生養成コース、通称”士官アカデミー”である。
 教育目的が士官候補生の養成というゆえか、士官アカデミーは幾つか特殊な制度を有していた。まず、入学資格が十五歳の者に限られているということ。在学期間が二年と、通常の四年より半分も短いこと。必ず候補生一人ずつに専属で指導する教官がつくこと。候補生達は入学直後から班に分けられ、班員の不始末は班全体で責任を負うよう求められること―――等々。
 そして、その教育内容も他と異なっていた。
 騎士として必要な教養・知識のみならず、剣術・格闘技・弓術・魔術など実戦において必要な技術を全て身につけることこそが重要視されていた。成績は常に一から五の級で判定され、一が最上、五が最低である。
 全ての科目において二級以上の成績をおさめると各地の騎士団に見習いとして派遣されるというシステムも士官アカデミー特有の制度だった。
 候補生達は、これを”実地演習”と呼んでいた―――。


「席に着け」
 真面目な顔で教官が全員に命じる。候補生達は、それぞれ空いている椅子に腰掛けた。全員が着席したのをみて、教官は口を開く。
「まず、言っておく。おまえ達は北天騎士団に派遣されることになった。で、内容はこれだ」
 教官は懐から一枚の紙を取り出し、全員に見えるようにテーブルの上に置いた。
 そこにはこう書かれていた。

士官候補生の諸君へ
骸旅団殲滅作戦を実行する期間中、イグーロスの警備を命じる。
  北天騎士団団長 ザルバッグ・ベオルブ

「イグーロスの警備か」
「これのどこが初陣なんです? 特に危険はなさそうですが」
 ディリータの呟きとラムザの質問に、教官は呆れたようにため息を零した。
「お前らが驚くだろうと思って命令書見せたのに。何だ、その反応は…」
 ラムザとディリータは互いに顔を見合わせた。
 ―――何に驚けと言うのだ?
 無言の疑問に答えてくれたのは、イリアだった。
「教官は署名がザルバッグ将軍であることに驚いてほしかったのよ。こんな些末な命令書に、かの聖騎士が署名するなんておかしくない?」
 確かにそうだな、とラムザは内心で頷く。だが、いまいち意味がよくわからない。
「お前らのこと気にしてるって事だろ。にぶいな、二人して」
 アデルが肩をすくめる。
 ラムザは再度命令書をみつめた。雄大な次兄の筆跡に込められた心遣いはありがたいが、別格扱いされているようで嫌だった。
「先ほどのラムザの質問に答えるぞ。よく聞け」
 教官は命令書を懐にしまい、机に座り直した。
「骸旅団殲滅作戦は、実はもう始まっている。明朝、ガリランド郊外のアジトを潰す作戦が実行される。おっと、これ極秘だから、ほかの奴らには言うなよ」
 教官は慌てて口に人差し指をあてた。
「うまくいけば、その場で全ての処理が終わるだろう。だが、もし奴らの一部が逃亡したら、地理上このガリランドに逃げ込む可能性が高い。だが、あいにくとこの街にはめぼしい兵力はない。学術都市だからな。唯一の例外が―――」
「私達、士官アカデミーの候補生たちですか」
 マリアの指摘に、教官は頷いた。
「つまりは、残党処理にかり出される可能性があるってことか」
「それで初陣か。確かに人と戦うんだから、そうなるな」
 人という言葉にラムザは息をのんだ。
 対人戦闘。今までのモンスター相手の実習とは違う。
 盗賊とはいえ、生きている人を斬る。人の命を自分の手で奪う…。 
「理解はできたようだな。というわけで、全員、明朝〇七三〇に戦闘準備をして講堂前に集合するように。出撃要請があればすぐでることになるからな。そのつもりで今日は休んでおけよ」
「了解」
 全員一斉に立ち上がり、教官に敬礼をする。
「以上だ。ラムザ以外は解散だ」


 五名の候補生が部屋から退出したのを確認してから、ジャック教官はラムザに改めて椅子に座るよう勧めた。彼自身も、テーブルの左に置いてある専用のソファーに座る。
「明日のことですか?」
 ラムザがそう切り出すと、教官は「それもあるかな」と呟いた。
「先々月だったろう? 君の父上、天騎士・バルバネスの命日は」
 思いもがけない言葉に、ラムザは意表をつかれた。
 ラムザの父、バルバネス・ベオルブは約一年前の王国歴四五三年宝瓶の月七日、風邪をこじらせてこの世を去っている。
「今からもう、十年以上も前になるかな。当時私は騎士として、イグーロス付近で発生した反乱鎮圧に参加していた。反乱自体は数日の作戦で鎮圧されたが、残務処理として首謀者達をかくまった村を焼き払うよう命令された。私は意味のないことだと上官に進言したが、受け入れてもらえなかった。だからといって、無意味な虐殺など容認できるものではない。そこで、命令が実行される前に村人にそのことを教え、逃がしたんだ」
「それは…当然のことでは?」
 教え子の言葉に、ジャック教官は悲しげに笑った。
「そうだな、まともな精神なら当然と思うことだ。だが、覚えておきなさい。長きにわたる戦争は、人々の精神を疲弊させる。当初剣をとった理由を見失い、戦うことが手段ではなく目的へと変わってしまう。当時の上官も、そうした一人だったのだろう。帰営した私に下されたのは、命令違反による処刑だった。執行人の刃が私の首を切り落とす直前に、視察にきていたあの方が―――バルバネス様が私の助命を嘆願してくれた。そして、騎士としての地位を剥奪する代わりに命は助かった」
 教官は一息つき、懐から葉巻を取り出した。小さな火炎魔法で火をつけ、口にくわえる。葉巻独特のにおいがラムザの鼻についた。
「その後、紆余曲折を経て、ここ士官アカデミーの教職に就いたのが今から六年前。数年たってようやく指導に自信がもて始めた頃、あの方から書簡が届いた。『来年、自分の息子がここに入学することになった。よかったら貴方が指導教官として息子に騎士としての心構えを教えてやってくれないか』という内容だったよ。自分はもう先が長くないだろうからってことも書いてあった。そして、数ヶ月後、本当にあの方は亡くなってしまった」
 ラムザは父の最期を思い出し、回想を打ち切るように頭を軽く振った。
「なぜ、いまその話を? 最初に教官が言ったはずです。『俺はベオルブの人間だろうが、優遇も手加減もしない』と」
「あぁ、お前は実にかわいげがなかったな。こっちは内心ひやひやしながら言ったのに、『当たり前ですね。よろしく、デルソン教官』とクールに返して握手を求めてくるんだからな。度肝抜かれたよ」
 当時を思い出したのか、くっくっくと低く笑いながら教官はテーブルの端におかれた灰皿で葉巻の火を消した。
「話を戻すと、お前の実力と立場なら、卒業後の昇進は早いだろう。数年のうちには百人規模の隊を任されるくらいにはな。そうなれば、お前は、自分だけでなく他人の命も背負う立場になる。命令一つで、生かすも殺すも自由自在。そんな立場にな。
 お前にとって、明日は、初陣であり指揮官としての素質が問われる試練でもある。お前が一つでも判断をまちがえれば、お前以外の誰かが死ぬことになる。良く覚えておくんだな」
 鋭い砂色の瞳で諭され、ラムザは自然と背筋がピシッと伸びるのを感じた。
「肝に銘じておきます」
 自然と出た言葉に、教官の顔が微かにほころんだ。
「いい返事だ。まあ、お前なら大丈夫だろう。なんたってこのオレが鍛えたんだ。間違うはずもない」
 真面目だった口調が一瞬で冗談めいたものに変わり、乾いた笑いさえ混じり出す。
 ラムザは肩すかしを食らったような気持ちになったが、不意に、直感的に悟った。
(緊張をほぐしてくれたんだろうか)
 意図を尋ねたいと思ったが、はぐらかされる可能性が高そうだから聞かなかった。

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