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拳振るう理由

「アデルはなぜ、剣を使わないの?」
 店内に陳列された刀剣類を眺めていたアデルに、直截な質問がぶつけられる。
 振り向けば、マリアが一振りの剣を差し出していた。刃渡り六〇pほどの長剣。軽さと切れ味の良さから、愛用している剣士も多いミスリルソードだ。
「これなら使い勝手もいいわよ。試してみたら?」
 だが、アデルは彼女の申し出をやんわりと拒絶した。
「いや、どうも長剣は苦手で」
「どうして?」
「いや、どうしてっていわれても。苦手としか答えようが…」
「実際、アデルの剣術成績は散々たるものだ。格闘技の強さが信じられなくなるぐらいだな」
 いつから会話を聞いていたのか、試着室から出てきたディリータが補足説明をする。店主がすぐさま彼に駆け寄り、試着している鎧の着心地を尋ねる。ディリータは両腕を回したり身体ねじったり、その場で軽く飛んでみたりして、身体に合うか確認していた。
「そうなの?」
 マリアが興味深げにアデルの顔をのぞき込む。ディリータの指摘は覆しようがない事実だから、彼は黙って頷いた。マリアは思案顔で前髪をいじり始める。
「変ねぇ、格闘技も剣術も根本は同じ武術でしょ? アデルの動きから見れば、剣をもっても遜色ないように思えるのに」
「苦手だという理由は何だ?」
 柄に値札が付いたままの短剣を手にとっているイゴールが尋ねる。四つの視線を感じて店内を見渡せば、八つの瞳が自分を凝視していた。そこにたゆたう興味と好奇心いう色。
「いや〜、俺自身もあまりよくわからないんだが」
 彼はそう前振りをおき、説明した。
 騎士であった父から最初で最後の剣術指南を受けたのは、彼が一〇歳の時。
 手渡された刃を間引いている剣の重さは、今でも良く覚えている。
 慣れない重さにふらつきながらも、言われたように剣を構え、指南を受けた。
 数時間に及ぶ稽古の後、父は酷く疲れ切った顔でこう呟いた。
『お前には長剣の才能ないな。明日から短剣と格闘に切り替えるか』
「――親父が言うには、長剣の長さをもてあますみたいで懐に決定的な隙ができるんだとよ。どうも、俺には長剣は不相応な武器らしい」
「ふ〜ん、そうなんだ。わたしはてっきり先端恐怖症かと思ってたのに」
 残念そうにイリアが言う。
 どうしてそこでがっかりするんだ、という疑問がアデルの頭をかすめた。
「私は、なにかトラウマでもあるかと思ってたわ」 
 ミスリルソードを陳列棚に戻してマリアが呟く。
「しかし、魔法はダメ、長剣も使えない。その代わり、格闘技はずば抜けている。本当に両極端だな」
 ディリータが遠慮のかけらもない指摘をする。
 それは、ジャック教官から常々言われていることだ。
 彼は苛立ちと諦めを込めて、こう口走った。
「あ〜もう、勝手に言っててくれ! 俺、先に外へ出る!」

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