精神統一
イゴールは矢を番え、放つ。
放たれた矢はまっすぐ飛び、三〇メートルほど離れた的の中央を射抜く。
パーンと射抜く音が鳴りやまないうちに、別の風きり音が響く。
もう一本の矢が飛来し、全く同じ場所に的中しする。
的に突き刺さっていた矢の矢筈部分に命中し、甲高い音を立てて木の破片が飛び散るのが、ディリータの目に微かに写った。
「神業だな」
射手に心から賞賛の言葉を贈れば、当の本人は首を横に振った。
「予想よりずれた」
「なに?」
「調子がいいと、先に当たっていた矢にそのまま突き刺さる。矢筈の部分が飛び散ったのは、重心からずれた証拠だ」
彼は本当に不満そうに呟く。
ディリータは相手の表情を見、そして的を見遣る。
三〇メートル近くも離れると、親指と人差し指で輪を作った程の大きさにしか見えない円形の的。
実際の大きさは、直径僅か一五センチほど。
第一射で的のど真ん中を射抜き、第二射で第一射の矢筈に命中させる。
本格的に弓術を習い始めて一年のディリータには、まず不可能な芸当だ。
「あのさ、じゅうぶん凄いと思うが」
「…そうか」
イゴールは射位から退き長弓を壁に掛けると、ディリータに構えをとるよう手振りで指示した。
「俺もあの的を使うのか?」
「ああ。戦場では敵は動く。動きを先読みして狙った場所に確実に命中させるのであれば、でかい的よりは小さい的の方がいい」
「自信ないぞ」
「構わん。今は練習だ。気楽にしろ」
気楽にしろと指南役は言うが、ディリータとしてはそう容易いことではない。
アカデミーで使用していたものより、半分の大きさしかない的。
弓術が比較的苦手なディリータには、的中への難易度が数段上がったと言える。
また、先程の見事な実演と自分の未熟な腕前とを、どうしても比較してしまう。
イゴールがじっと見つめる中、彼は十本の矢を放ったが一本も的に命中しなかった。
「やっぱりきついな」
「ディリータ。おまえ、できないと思っているだろう?」
ディリータは内心ぎくっとしたが、さあらぬ体を装って答える。
「そんなことはないが…そうだ、おまえの弓を使えばできるかもしれない」
「俺のか?」
「ああ。実は一度引いてみたいと思ってたんだ。試させてくれ」
「構わないが、おそらく無理だぞ」
ディリータは手にあった弓を預け、壁に掛けてあった彼の長弓を手に取る。
練習用の木製のと異なり、所々金属板で補強されている物。
ディリータは意気揚々と射位に戻り、矢を番え的を見据える。そして弓を頭上に打ち上げ、引き分けようとした。
だが、ディリータはその場に硬直した。
引き分けようにも、練習用の弓とは比べものにならない過負荷が両腕にかかり、一切動かない。渾身の力を込めた結果僅かに押し開くことに成功したが、反発力にまけてしまい、すぐさま元に戻ってしまった。
「な、なんだ、この重さは!」
「だから言っただろう。おそらく無理だと」
イゴールは吐息交じりにそう呟き、ディリータの手から長弓を取り上げる。
「イゴール、おまえ、こんな重い弓を引いていたのか!?」
「ああ。このくらいの重さがないと貫通力が下がってしまい、鎧を射抜けなくなる」
「………」
「これは俺専用だ。みなの練習には不向きな代物。わかったか?」
「よく分かりました」
「ならば、さっさと元の弓をとって訓練を再開しろ」
「…はい」
素直に弓を取りに戻るディリータの背後に、イゴールは指南役として助言する。
「的に命中するのは弓の善し悪しじゃない。研ぎ澄まされた精神による集中力だ。基本はできているのだから、あの的でも的中するはず。変なことはいっさい考えるな」
たっぷり時間をおいて、ディリータは首を縦に振った。