Call my name
アグリアスがそのことに気付いたのは、つい最近のことだった。
「アグリアスさん」
「ああ、ラムザか。何用だ?」
「本日のアタックチームのことですが、マラークにラファ、それにムスタディオと後方支援が得意の者ばかりなので、アグリアスさんに前衛として参加していただきたいのですが、よろしいですか?」
「ああ、構わない。あと一人は誰だ?」
「メリアドールに頼むつもりです。もちろん、彼女が承諾すれば、になりますが。では、よろしくお願いします」
一礼して立ち去っていくラムザの背中を見送り、アグリアスはそっとため息を落とした。
ラムザが自分を呼ぶときは、「アグリアスさん」とさん付け。彼と行動を共にするようになって早一年が経ったが、全く変わらない。
なのに、つい三日前に参入したメリアドールのことは、呼び捨て。
折り目正しいラムザのことだから、年上の女性は皆「さん」をつけるのだ――事実、レーゼに対しても「レーゼさん」と呼びかけている――と思っていたのに、なぜメリアドールだけ呼び捨てなのだ。いったいこの違いはなんなのだ! 彼の中で、自分とメリアドールの何が違うというのだ!!
思わずそう怒鳴り散らしたい衝動にアグリアスは駆られたが、羞恥心と騎士としての矜持がそれを許すはずもなく。
内心にわだかまるもやもやとした感情を深呼吸で封じ込め、表情を完璧に整え終えると、アグリアスは仲間達が集う朝餉の席についた。
ところが、
「なんでラムザはアグリアスさんのことは『さん』付けなのに、メリアドールは呼び捨てなんだ?」
気楽な機工士の質問によって、いとも容易く勢いを取り戻した。
アグリアスはどきっとする感情を必死に押さえ込み、なんでもない風を装って返答を待つ。
数十秒の黙考の時間を経て、ラムザは言った。
「自然とそうなった感じかな」
曖昧すぎる答えに、アグリアスは正直落胆を禁じ得ない。
(頼む、もっと追及してくれ!)
念を込めてムスタディオに一瞥を送るも、彼はあっさりと「そっか」の一言で矛先を収めてしまった。
しかし、問われた方は気にかかるようで、ラムザはメリアドールに目を止めた。
「メリアドール、気に障ったかい?」
「いいえ、そんなことないわ」
呼び捨てでの呼びかけに砕けた口調、そして柔らかいメリアドールの微笑に、苛立たしさが三倍増。
頭を抱えて絶叫したくなる衝動と必死に戦っていると、ラムザがアグリアスをみつめた。
「アグリアスさんはどう思われますか?」
見る者を魅了してやまない澄んだ青灰の瞳が、自分だけを映している。
その事実に、苛立ちは地平線の彼方に吹き飛び、入れ代わりに温かい感情が胸の内に満ちていく。
「自然に感じるのなら、私も構わない」
「そうですか」
後刻、アグリアスは己の発言を心の底から悔いた。
- end -
2010-06-22