継がれゆく想い(2)
「―――きろ。いい加減起きてくれ。シド」
ひどく遠くから聞こえる呼びかけ。誰かが肩を揺さぶっている。瞼を開けると、困ったような、それでいてどこか嬉しそうな表情をしている壮年のバルバネスがいた。
「やっと起きたか。よく寝ていたな」
豊かな顎髭を扱きながら苦笑交じりに言う。シドは、口の端を皮肉の形につり上げた。
「人のことを言えるか。お前だってぐーぐー寝ていたくせに」
「久しぶりに、穏やかで暖かい場所にいられたからな」
そう言うと、彼は自分から前へと視線を向けた。遠い目をしている。
気づけば、すでに太陽は地平線に没しており、空は茜色に染まっていた。天の色を反映し、赤く染まる大地。血しぶきを連想してしまうのは、戦場を渡り歩いた騎士の救われがたい性か。シドは肩をすくめて立ち上がった。おそらくは自分と同じ発想をしているであろうバルバネスの気を逸らすため、話題を変える。
「フェリシアと子ども達はどうした?見あたらないが」
「先に帰った。私たちも行こう」
「ああ、わかった」
シドがここまで通った道とは正反対の位置にある、もう一つの小道を下る。バルバネスは、道すがら戦況と鴎国及び国内の情勢を口に出す。シドは適当に頷きなから、彼が本題を切り出すのを待った。
『話したいことがある。フェルカドの別邸に来てくれないか?』という簡単きわまる手紙が届いたのは、七日前。翌日からのガリオンヌ領視察を見越してよこしたようなタイミングの良さだった。呼び出し場所が、ベオルブ本邸ではなくフェルカドの別邸――フェリシアがいる屋敷――というのが気にはなったが、息抜きにちょうど良い。バルバネスの手紙を信頼している副官に見せ、「視察中、二日ほど休みがほしい」といったら、返ってきたのは「私を殺す気ですか!」という非難交じりの絶叫だった。彼を拝み倒さんばかりに頼み込み、宥め、秘蔵のワインで懐柔し、過密スケジュールの中に無理矢理一日の空きを作ってもらったのだ。
苦労の末、やっとこしらえた貴重な休暇。
しかし、なつかしい過去を夢見るほど長時間眠っていたせいで、すでに半分以上が消費されている。シドには、バルバネスが何を話したいのか見当もつかない。やっかいな問題だと解決までの時間がない可能性もある。さっさと話してほしいというのが切実な願いなのだが。
丘を下りきると、夕焼け色に染まる屋敷が見えてきた。煙突から煙が出ており、夕餉の匂いが風に混じって届いてくる。
もう、忍耐の限界だ。シドは単刀直入に切り出した。
「で、私をわざわざ呼び出した理由は何だ?」
バルバネスは用件を言うのを迷うように口ごもる。だが、彼の葛藤はごく短い時間にすぎなかった。
「これは、私事なのだが…」
そう前置きして、バルバネスは用件を一気に話す。全てを聞き終え、シドははっきりいって呆れた。俺はそんな用件で呼ばれたのか、と。
「そういうことは、お前が、自分で、彼女に言え!」
わざと単語を区切ってシドは親友に説教する。バルバネスは静かな声で反論した。
「フェリシアにはもう話した。だが、どうしても頷いてくれない」
「なんだ、話していたのか。だったら、諦めた方がいいんじゃないのか。ああ見えて、彼女は情が強いからな」
「シド、ラナード王子を知っているか?」
急に話題が変わる。話を逸らすなと抗議したくもなったが、バルバネスの表情は厳しく、険しい。シドは真面目に答えた。
「オルダリーア国の第一王位継承者だろう。知略に長けた人物らしいな。自分の所領における反乱を見事な手並みで鎮圧していた」
「そうだ。その功績により、彼を軍最高指揮官に任命するという内示がでているらしい」
「なにぃ!」
聞き覚えのない、しかも、最重要情報にシドは仰天する。次の瞬間、バルバネスの真意も理解した。
ラナード王子。
三十歳と若いながらも才能と英知溢れる人物で、武力一辺倒な父・ヴァロア四世とは異なる。良い証拠が、所領における反乱を鎮圧した方法だ。
反乱軍は三つの勢力に分かれていた。彼は、Aという勢力に「Bという勢力は君たちを裏切ろうとしている。彼らは密かに国王と手を結び、自分たちだけ生き残ろうとしている。Bに注意せよ」という密書を送った。Bにも同じく「Cに注意せよ」というものを、そしてCにも「Aに注意せよ」と送った。
元々、反国王派ということだけで一致し団結力に欠ける三つの勢力は、程度の差はあれど疑心暗鬼に陥った。王子はその様子を観察し、最も混乱しているB勢力のリーダーに目をつけ、親しく文書を送った。内容は戦場における挨拶文とその返事にすぎないが、頻繁に繰り返す。また、小競り合いで捕らえた捕虜のうち、Bに所属すると申告した者だけを厚遇し即日解き放った。こうして、彼はさも密書通りの事実があるよう二つの勢力に見せた。徐々にAとCの勢力はBを遠ざけるようになる。
策謀開始から数ヶ月後。Bは王子に投降を申し出る。それは、虚偽が事実になった瞬間だった。王子はBリーダーに、Aリーダーの首を取ってきたら受け入れてやっても良いと返事する。勇躍してBはAの陣地に奇襲をかけた。味方同士が相争う凄惨な戦闘が行われ、Bのリーダーは命令通りAリーダーの首を取ってきた。王子は頭を垂れて首を献上するBのリーダーに謀略の全貌を明かし、無能者として斬り捨てる。そして、彼は最後の勢力となったCを圧倒的な兵力で殲滅した。
事の顛末を報告されたとき、敵国の者とはいえ見事な戦略だとシドは感嘆したものだ。
その彼に、全軍の指揮権が委譲される。
軍備を整え、万全を期して、怒濤のように攻めてくるオルダリーア国軍がありありとシドの脳裏に浮かぶ。それは、そう遠い未来のことではないはずだ。遅くても数年で現実となろう。
一刻も早く、国内を平定し治安を回復させ、オルダリーア国の襲来に備えなければならない。
そうなれば、自分たちは団長としての職責に追われ、厳しい戦況に戦場を離れられない日々を送ることになる。責務を果たす間、大切に思う人達をより安全な場所へ避難させたいというバルバネスの願いはごく当たり前の事だった。
「わかった。私からも話してみる。だが、成功の保証はしないぞ」
「感謝する」
「シド様に“まで”、説得工作をさせるとはあの人も情けないですね」
可愛い顔に似合わず辛辣なことを言って、フェリシアはカップをソーサーに戻した。どことなく、怒っているような印象を受ける。
「まで?」
「ええ。自分では無理だと判断されたら、あの人は別の人に説得を依頼しました。最初はマーサ…ここで働いているわたしの友達でした。次は、意味がわかっていないラムザやアルマに、台詞を覚えさせて言わせていました。やがて拡大し、しまいには村の人にまで。他人を頼ることを覚えてくれたのは嬉しいのですが、ものには限度があります。わたし、頭に来たので、これ以上この件で他人を巻き込まないでと怒鳴ったのですが、あまり効果なかったかしら」
国内にその名を轟かせる北天騎士団の団長であり、天騎士という最高位の騎士の称号を賜ったバルバネスも、家庭では妻(もっとも、この二人法律上の婚姻関係ではないが)には勝てないらしい。困り切ったバルバネスと、ぷんぷん怒って彼を窘めるフェリシア。その情景が目に浮かぶようだ。だが、バルバネスの心情もよくわかる自分としては、可能な限り彼の希望を叶えてやりたかった。
「ですが、フェリシア。バルバネスは…」
「わかっています。あの人が、わたしたちの心配をしているのだということくらい」
シドの言葉の続きを彼女は先取りして言い、俯く。カップに視線を落としながら、「でも」とためらいの言葉を呟く。
「バルバネスも言ったかもしれませんが、これから戦局は変動します。オルダリーア国軍が数年のうちに攻め入ってくると推定できる情報も入ってきているのです。戦火は国境付近から国内全域へ拡大するでしょう。そうなれば、ここも安全とは言えない状況になる。戦禍が及ぶ前に、子ども達と一緒にベオルブ本邸へ避難する事に何の不満があるのですか? バルバネスは、ダイスダーグとザルバッグの同意も取り付けたと言ってました。あとは、あなたさえ、うんと言えば…」
説得材料は全て出した。これ以上言うべき事がないシドは、フェリシアの反応を待つ。彼女は口を閉ざし、俯いたまま。暖かい湯気と共に芳香を放っていた紅茶がすっかり冷めてしまった頃、彼女はようやく顔を上げた。
「やはり、お断りします」
まっすぐで強い意志の籠もった青灰の瞳を自分に向け、彼女はきっぱりと拒否する。彼女の意志を翻すだけの材料もなく、方法も思いつかないシドは諦念のため息をついた。
「理由を聞いてもいいですか?」
「わたしがベオルブ本邸の敷地に足を踏み入れるだけでも、ご不快に思う方もいるでしょう。特に、お亡くなりになった正妻とその親族の方々は、さぞ複雑な思いをされるでしょう。それに…」
「それに?」
「バルバネス様に言わないと約束してくださいますか?」
「いいですよ」
聞かせることは問題ないな、とシドは脳内で勝手に反対解釈する。彼の鋭敏な感覚は、彼女の背後にある扉の向こうから一個の気配を感じ取っていた。その人物は今、一言も聞き漏らすまいと聞き耳を立てているはずだ。
「本当ですか?」
あっさり約束した事を怪しいと思ったのだろう。フェリシアが疑いの眼差しを注ぐ。シドは姿勢を正し、声を改めた。
「約束します。“雷神シド”の名誉にかけて。…これでもまだ不満ですか?」
「いえ、十分です。ぶしつけなことを申し、失礼しました」
フェリシアは軽く頭を下げる。一呼吸おいて、彼女は語った。
「ベオルブ邸に引き取られれば、子ども達はベオルブ家の一員として扱われることになります。物資的には何不自由ない暮らしと引き替えに、その心はベオルブの呪縛に捕らえられ、ベオルブという鋳型にはめ込まれる。男子であるラムザは、特にそうなるでしょう。あの子達にバルバネス様が通った轍を踏ませたくありません」
シドは絶句した。
『ベオルブという家名で僕個人の価値が決まる訳じゃないのに!』
血反吐を吐くような慟哭が脳裏に蘇る。
あれは、いつ、どこで、聞いた?
………ああ、あのときだ。
◆◇◆
永遠に続くと思われた地底通路は二〇〇三七歩目で唐突に終わった。光を遮っている身の丈以上の大岩をシドルファスが剣技で排除すると、冷たい風が吹き込んできた。穴を抜けて頭上を見上げると、天はすでに茜色に染まっている。太陽は地平線の彼方に沈もうとしていた。
「夕陽、か」
バルバネスが方位磁石で方角を確認して呟く。穴に落ちてから5時間以上経っていることになる。さすがに疲れを覚えたシドルファスは、新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、背伸びをした。
隣にいるバルバネスに視線を向けると、彼はその辺に転がっている木の枝を取り、地面に数字を書いて歩いた距離を計算している。日の光があるうちに現在地を割り出そうとしているのだろう。
「何か、手伝おうか?」
申し出に対し、バルバネスは頭を振った。一人で計算した方が早いという事だろう。事実、彼の計算は速い。桁数の多い数字が地面に書かれていく。演算は彼に任せておいて、シドルファスは他になすべき事をすることにした。
「薪を集めてくる。夜間の移動は危険だからな」
「頼む」
思わず、シドルファスの足が止まる。数瞬の後、意味を理解した彼は満面の笑みを浮かべた。
「おう、任せとけ!」
薪を集めるついでに周囲を探した結果、外には手頃な野営場所がなかった。そこで、夜露が防げるという理由で通路の中で夜を明かすことにした。
岩の残骸を積み上げて風よけとし、薪に火を灯す。二人は闇を照らす小さな炎を挟む位置で座り、携帯食を黙々と食べた。
「どうぞ」
栄養面と携帯性だけを追求している携帯食を食べ終えたシドルファスに、バルバネスが水筒を差し出す。シドルファスは自分の水筒を紛失していたことを思い出した。一瞬迷ったが、喉の渇きは隠しようもなく、素直に受け取った。ずっしりとした重さが中身はたっぷり残っている事を告げている。栓をあけて二口分ほど飲むと、持ち主に返した。
「ありがとう。助かった」
「ほしかったら、いつでも好きなときにどうぞ」
そう言ってバルバネスは水筒を手の届く距離に置く。好意はありがたいが、この先合流するまでの道のりに水場があるとは限らない。極力、水分摂取は控えようとシドルファスは決意した。
向かいにいるバルバネスに視線を向けると、彼はたき火をじっと見ていた。空気にふれ、橙から赤へと変化していくゆらめきを目で追っているようだった。
シドルファスも炎の変化を楽しんでいたが、そのうち、頭は穴に落ちてからの出来事を回想していた。
思えば、今日はずいぶんバルバネスの意外な一面を見てきたような気がする。
衝撃の落下時から覚醒したとき見た、彼の泣き出しそうな顔。
無理矢理貼り付けたような力ない笑みも、怒りや苛立ちをあらわにするのも初めて見た。
今の彼からは、完璧無比の優等生が発する近寄りがたさは感じられない。
―――これが、本来のバルバネスか?
「なぁ、バルバネス。おまえさ、その方がいいよ」
バルバネスはたき火からこちらに視線を向け、意味がわからないというように首を傾げる。シドルファスは小さく笑って解説する。
「いつもの無表情かつ完璧な優等生の姿より、今のおまえの方が親しみが持てるってことだよ」
バルバネスは目を大きく見開き、そして顔を伏せてしまった。何も言わず、地面をじっと見つめている。両者に漂う静寂にシドルファスが耐えきれなくなったとき、それは起こった。
バルバネスの両肩がぶるぶると小刻みに揺れ、小さな水滴がいくつも地面におちる。そして、彼の口から漏れる微かな嗚咽。
想定外の出来事に、シドルファスは狼狽した。
「お、俺、何か変なこと言ったか!?」
「…違う、違うんだ」
バルバネスは袖で乱暴に顔を拭い、顔を上げる。
「嬉しいんだ」
今度はシドルファスが首を傾げる番となった。嬉しくて、泣くのか?
「他人に気を許すな。友人なぞ出来ると思うな。常に“ベオルブの名を継ぐ者”として恥じぬよう振る舞え。ずっと、そう言われてきた。物心ついた頃から。父も母も、皆がそれを要求した。僕は応えるべく努力した。期待に応えれば、皆が大事にしてくれた。でも、すればするほど空しかった。誰も僕を“僕”としてみてくれない。ベオルブという家名で僕個人の価値が決まる訳じゃないのに!」
バルバネスは、うっ、うっと声を上げ、大粒の涙をいくつも流す。
同じ年の男が泣いているというのに、シドルファスは情けないと全く感じなかった。
嫡男ともなると、そこまで義務を果たすことを要求されるのかと思うと、非人間的なことを要求する奴らに対し怒りがわいた。また、愛情を得るために、自分を殺してまでベオルブ家に相応しい人間になろうとしていたバルバネスが哀れだった。
嗚咽の声が辺りに悲しく幾度も響いた。
「ごめん。驚かせて」
鼻をすすりながらバルバネスがかすれた声で言う。
「いや…」
彼に何か言いたいのだが、何と言えばいいのかわからない。内面を表現するに相応しい言葉を探さなければならないのが、ひどく、もどかしい。
「本当に嬉しかった。ありがとう、シドルファス」
「…シドでいい」
「え?」
「つけてくれた両親には悪いと思ってるけど、その名前長くて嫌いなんだ。親しい人は皆シドって呼ぶ。お前もそうすればいい」
目を丸くするバルバネスに、シドは笑いかけた。
「俺たち、友達だろ?」
◇◆◇
「おとうさん、ここでなにしてるの?」
扉の向こうから聞こえる舌っ足らずの声。続けて、狼狽しきった成人男性の声が廊下に響く。フェリシアは素早い動きで椅子を降り、扉を乱暴に開く。そこには、顔面に冷や汗をかいているバルバネスと、父親の逞しい脚に抱きついて喜んでいるラムザの姿があった。
「バルバネス様、いつからそこにいらしたのですか?」
「フェ、フェリシア。その、なんだ…」
シドは内心ため息をつく。あの狼狽ぶりでは、疑惑を認めているようなものだ。
「い、つ、か、ら、いらしたのですか?」
一音一音区切っていうフェリシアの怒気と迫力に、バルバネスは観念したようだ。素直に自白する。
「最初からです」
「シド様!」
怒りの矛先がこちらに向く。シドは予め用意していた言い訳をした。
「言っていませんよ、私は。約束は守ってますよ」
「た、確かに、そうですわね」
「そうでしょう、そうでしょう」
彼女は納得してくれたようだ。シドは安堵で胸をなで下ろす。彼女は、怒りの対象をバルバネス一人に絞り、説教し始めた。壮年男性が年若い女性の叱責を受ける様は、端から見ていると妙にほほえましい。
シドが必死で笑いを堪えていると、左足に柔らかいものが抱きついてきた。ラムザだ。母親と同じ青灰の瞳で、こちらをまっすぐ見上げている。
「ん? どうしたかな?」
シドが腰を屈めて目線を合わせると、ラムザは左腰にあるもの、彼愛用の剣に興味を示した。柄に小さな手を伸ばし剣を抜こうとする。だが、幼児の手に騎士剣の重量は耐えきれない。鞘はびくともせず、ラムザはひっくり返ってしまった。
「まだラムザには早いな。あと十年後くらいなら抜けるよ」
シドは慰めたつもりだった。だが、ラムザは母親譲りの頑固さを発揮したのか、むくりと起きあがり柄に手を伸ばす。思いの外強い力で柄を引っ張り、刃を鞘から出そうとしている。怪我をさせるわけにはいかないので、シドは剣を鞘ごと移動させた。すると、ラムザは声を上げ、だだをこね出した。
「ラムザ?」
「何をしている、ラムザ」
事態に気づいた両親が、ラムザを押さえつけ、力ずくで柄の接触を離す。
「ラムザ。剣はおもちゃじゃない! 二度とさわるんじゃないぞ」
なおもだだをこねるラムザに厳しいバルバネスの叱責が飛ぶ。ラムザはシドの剣とバルバネスの顔を交互に見、盛大な泣き声を上げだした。
耳をつんざくようなラムザの泣き声はなかなか収まらなかった。
母親は、「ここまで泣くなんて珍しいわ」と困惑気味に呟き、父親は宥めるべく無言でラムザの頭を撫でていた。
シドは鞘と柄を紐できつく固定すると、ラムザに鞘を差し出した。幼子は戻ってきたおもちゃに喜びの声を上げ、手を伸ばそうとする。
「シド!」
止めようとするバルバネスを押しとどめ、彼は将来騎士への道を選ぶかもしれない幼子に諭す。
「いいかい、ラムザ。この剣は重い。鉄の重さだけじゃない。多くの人の血の重さもあるんだ。君が剣をとるということは、誰かを傷つけるということだ。それでも、この剣がほしいのかい?」
「…血?」
「ラムザ、怪我をすると痛いだろう?」
幼子はこっくりと頷く。
「そのとき、赤い液体が傷から出るだろう。それが血だ。剣をとるということは、誰かに、痛みを与え血を流させるんだ。それでも、これが、ほしいのかい?」
ラムザは言葉の意味を理解するように何度も剣とシドの顔を見遣る。やがて、小さく頭を振り、小声で「ごめんなさい」と謝った。
「賢い子だな、ラムザは」
シドがにっこり笑って誉めると、幼子ははにかむように笑った。
将来、あの子も剣をとる道を選ばざるを得ない状況になるかもしれない。
そのときは、もう一つの側面を教えたい。
心の持ちようで、誰かを守れる力にもなり得ることを。
願わくば、彼の心が、優しく健やかに育つように―――。
- end -
2005.8.31
【あとがき】
500Hitリクエスト小説「継がれゆく想い」はいかがでしたでしょうか?
8月22日に500カウントを踏んだ弓月愛さんからリクエストをいただき、完成まで十日ほどかかってしまいました。お待たせしてすいません。
ちょいと書き切れていない場面も幾つかあるので、補足説明などしたいと思います。
時は王国歴442年の天蝎の月。ラナード王子の指揮下のもと鴎国の猛反撃が始まる一年前です。当時、戦況はゼラモニア中心として小競り合いが繰り返されるという膠着状態。それゆえ、団長二人が戦場から遠ざかっても特に問題ないというわけです。はい。
シドとバルバネスは共に44歳。フェリシアは24歳。ラムザは誕生日前なので3歳。アルマも3歳、という感じです。ちなみに、ダイスダーグは25歳(北天騎士団副団長)、ザルバッグは16歳(士官候補生)です。バルバネスとフェリシアとの年齢差が20もある(汗)。一歩間違えればバルバネスがロ●コンといわれてもおかしくない設定に^^;
……まあ、気にしないでください。
学生時代の二人が実地演習時落下した穴は井戸ですが、井戸から通じていた地底通路は1200年前に作られた道路です。
………なんて、無茶苦茶な設定をするんだ!自分!!
20037歩は一歩を56pとすると、約11qです。イヴァリースは広いからそのくらいの直線道路くらいあるだろう。うん。きっと、そうだ。
…………………。
自分で設置した地雷を自らの足で踏んでいる気分になってきました。大人しく退散します。
最後に、弓月さんへ。
500ヒットリクエスト、ありがとうございました。こんな作品でよければ、もらってやってください。