誓いの剣(4)
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「儀にのぞみし者をここへ」
バルバネスの朗々たる声に従うように、扉が室外から音もなく開かれる。
儀式の主人公が姿を現した。
式典用の華美な衣装に身を包んだラムザは、びくっと身を震わせた。次いで、下唇をきゅっと引き締め、背筋をしゃんと伸ばす。昂然と顔を上げ、正面を…壇上にいるバルバネスを見据えて一歩を踏み出した。
それは、時間に換算すれば、数秒間に生じた小さな変化にすぎない。
しかし、ディリータには殊更よく見えた。扉から右に三メートル程離れた位置にいたからでろう。勇気づけになればと思い、ディリータは彼に向かって小さく手を振った。本心を言えば一言声をかけたかったが、獅子の間における厳粛な空気が固く禁じていた。
彼が気づいたかどうかは分からない。
ラムザは正面だけを見つめて、一歩一歩絨毯を踏みしめるように、壇上へと歩んでいる。ディリータの側を通り過ぎるときも変わることはなく、彼と視線が交わることはなかった。
見慣れた背中が徐々に遠ざかっていく。
実物の半分くらいの大きさになった頃、ラムザは壇の前に到達した。彼は流れるような動きで片膝をつく。隣のマーサとウインターは、固唾を呑んで階の上にいるバルバネスと跪いた少年を凝視している。ディリータもならった。
「汝の名は?」
「…ラムザ」
「佩剣の儀に臨みし者、ラムザに問う。虚心をもって答えよ」
バルバネスの声が再び発せられるまで、一呼吸分の間があった。
「汝は、栄達を望んで剣を欲するか」
「いいえ」
「では、富貴を求めるがゆえか。」
「いいえ」
「ならば、力を欲してのことか」
「……はい」
若干の間を経て、ラムザが肯定する。
その直後、壇に近い位置にいる一際着飾った大人達から不審のざわめきが生じ、周囲に波紋を広げた。
ラムザ様…。
すぐ近くで聞こえた呟きにディリータが頭を巡らせば、左隣のマーサは茫然と前を向いている。ウインターは眉間に深い皺を刻んで、ざわめきの発生源を睨み付けている。
ディリータは二人を見比べたが、彼女らはディリータの眼差しに気づいてくれなかった。
「では、なにゆえに汝は力を欲する」
響きのよい声で、バルバネスが膝をついたままの少年に語りかける。
バルバネスは泰然としている。その落ち着き払った様がディリータの動揺を静め、ざわめきをも沈静させた。場内は先程までの厳粛さに包まれる。いや、若干、緊迫感も付け加えられたかもしれない。
ディリータは瞳を凝らして金色の頭を見つめた。
「僕は…」
ラムザは壇上にいるバルバネスを見上げ、言い淀んだ。
逡巡とも思われる、彼の態度。
しかし、ディリータはそう思わなかった。
なぜなら、内面の感情を言葉に言い直すのは、とても難しいことを知っていた。そして、人前でありのままの心をさらけ出すことは、とても勇気がいることをも理解していた。
同時に、ディリータは直感する。
ラムザは、正直に、心の底から思っていることを口に出していたのだ。
他人にどのように思われても構わない覚悟をして。
人の目を気にしてしまう自分とは、違って…。
「僕が力を欲するのは、正義とか真理とかむずかしい言葉のためじゃない。僕を好きだと言ってくれる人達と一緒に笑って過ごせることが嬉しいから、何よりも大切なことだと思えるから、僕は彼らを守るための力がほしい」
場内は水を打ったかのように静まりかえる。
静寂を破ったのは、バルバネスの微かな吐息だった。
「汝の理由のうち、前半部分はあまりにも自分勝手すぎる。己に好意を寄せてくれる人がいなくなれば、剣を棄てるというのか?」
ラムザはうなだれたまま、押し黙っている。
だが、ディリータを始めとする参列者達は、あることに気づいてた。バルバネスは口元に笑みを浮かべている。暖かみのある灰色の瞳を幼い息子に向けて、彼は言った。
「だが、後半部分はベオルブの理念、『この大地に慈しみ、この地に生きる民を尊ぶ』そのものである。よって、我は、汝が誓いを良しとする」
ラムザが弾かれたように顔を上げる。
バルバネスは祭壇から一振りの剣を手に取った。
「我バルバネス・ベオルブは、汝ラムザを始祖ラムシエルに連なる者と認め、ベオルブの証としてこの剣を授ける」
ディリータはぎょっとし、辺りをきょろきょろ見る。
始祖の名前に仰天しているのは、自分だけではなかった。ティータは口元を両手で押さえて声を抑えているし、マーサは目を大きく見開いているし、ウインターはぽかんと口を半開きにしている。
もっとも、そういう反応をしているのは扉に近い位置にいる人ばかりで、大部分の人達は狼狽することなく粛然とした雰囲気を崩さなかった。
儀式の主役であるラムザにも、動揺はみられない。
彼は立ち上がり、階を上って差し出された剣を最敬礼とともに受け取った。
この瞬間、ラムザは『ベオルブの名を継ぐ者』として認知されたことになる。
しかし、この当時のディリータは、その称号がもつ意義と責任を知らなかった。
彼は、同じ年の少年が、捧げ持った剣を重さにふらつきながらも階を降りているのを、ただ眺めていた。
十数メートルという現実以上の距離感を、胸の内に感じつつ…。
その後、佩剣の儀はつつがなく終了した。列席者達は扉に近い者から順序よく退出していき、多くの者が幅広の廊下を隔てた「碧の間」に移動した。新たな『ベオルブの名を継ぐ者』の誕生を祝う宴に出席するためである。
一〇歳のディリータには、宴に出席する資格は与えられていない。また、ベオルブの使用人として宴会場に出入りすることも許されなかった。
「子どもに給仕をさせるわけにはいかないわ。相手に失礼だし、危ないからね」
とマーサは言い、ウインターがそれに同調した。
何が危ないんだろうかと疑問に思ったが、ディリータは尋ねる機会を逸した。
口を開きかけた瞬間、マーサは、慌ただしくやってきた厨房長によって連れ去られてしまった。ディリータはウインターに疑問を呈したが、彼はしどろもどろに不明瞭なことを言い、しまいには「仕事に戻らないとな!」と逃げるように立ち去っていった。
廊下の片隅で、解決されなかった疑問についてティータと話していると、
「ここにいたんだ。探しちゃったよ」
元気のいい弾むような声に呼びかけられる。誰だろう、と考えるまでもない。振り返れば、予想どおりの人物…アルマがいた。
ディリータは驚いた。丹念に梳いた金髪をそのまま背中に流し、襟元と袖口に銀糸の刺繍が施された青色のドレスを纏った彼女は、とてもとてもおしとやかにみえたからだ。
もっとも、見慣れない格好をしているのは、ディリータ達とて同じである。
アルマは目をまん丸く見開き、数瞬後、歓声を上げた。
「わぁ、ティータ、かわいい! とってもよく似合うよ!」
「ありがとう、アルマ」
「わたしよりもかわいくみえるのが、少しショックだけど…」
スカートの裾をつまんで、アルマは口を尖らせる。ティータはかぶりを振った。
「アルマだってきれいよ。瞳の色に合っててよくにあうわ。兄さんもそう思うでしょう?」
話を振られたディリータは力強く頷いた。
「うん。よくにあっているよ。普段の姿が信じられないほど…」
「ディリータ、最後の言葉はどういう意味?」
睨めつけるような視線に、ディリータは自分の失言を悟った。
「そ、その…今日はとてもおしとやかにみえるというか…」
「つまり、普段はおしとやかじゃないと言いたいわけね」
「い、いや、普段は、元気がありすぎて側にいてもいなくても心休まらないというか…」
顔面に汗を滲ませてディリータが言えば、
「兄さん、フォローになってない」
ティータは嘆息し、
「つまり、お転婆すぎると言いたい訳ね」
アルマは端的にディリータの内心を指摘し、そして、苦笑した。
「珍しい指摘でもないけど。修道院でも言われたのよ。天気がいいから屋根に上ってごろんと昼寝をしたり、身体を動かしたくて手頃な棒でチャンバラごっこをしただけなんだけどなぁ」
不思議そうに首を傾げつつアルマは言う。
一般的な常識として貴族の令嬢はそういうことをしない。ディリータはそう思った。
アルマはどこにいっても変わらないのね。ティータはうらやんだ。
しかし、両者ともそれを口には出さなかった。
「ところで、さっき探していたと言ってたようだが…」
ディリータは話題を変える。アルマはぽんと両手を軽く叩いた。
「そうそう、いっしょに兄さんの控え室にいかない?」
その瞬間、ディリータの頭の奥がずきっと痛んだ。
「ラムザさんの?」
「うん。儀式終わったら会いに行ってもいいよって、父さんに言われたから」
…なんか、動悸がする。
「でも、ラムザさん祝宴に出席するでしょう?」
「『最初ちらっと顔を出させ、頃合いを見て退出させる』と父さん言ってたよ」
きーんと耳鳴りがし、頭痛は激しさを増していく。目眩もし始めた。ディリータはたまらず両手で頭を抱え込む。
「そうなんだ…」
「うん。だから一緒に控え室で待って――、ディリータ!?」
「兄さんッ!」
二人の声が随分遠く聞こえる。
そう思った刹那、ディリータの視界は黒一色に沈んだ。
うっすらと瞼を開くと、見知らぬ天井が見えた。一面に花の形に似た紋章が描かれた、豪勢な造り。自室とはあまりにも違うもの。
不思議に思いつつ視線を下に向ければ、上半身には一枚の毛布が被せられている。 少し遅れて、ディリータは、自分が長椅子に横になっていることを、毛布の下の衣服が緩められていることを認識した。
身体を起こせば、やはり自室とは全く異なる内装が目に写る。薄いクリーム色の壁。焦げ茶色の絨毯が敷かれた床。赤い火が灯された煉瓦の暖炉。ブナ材で造られたセンターテーブルと深緑色のクッションが充てられたスツール。一つだけある窓には高級品のガラスが填められている。
ディリータは首を傾げた。
廊下からこの部屋に移された経緯が思い出せない。うっすらと覚えているのだが、靄がかかったように頭がぼんやりしている。ディリータは額を押さえて記憶を遡った。
「えっと…儀式が終わってティータと廊下にいて…アルマがやってきて…、服の話をして…それから…急に気分が悪くなって…」
不意に、背後で、ドアノブを押す物音がした。
身体ごと振り返れば、そこには二日ぶりに間近に見る金髪の少年…ラムザがいた。
「あ、気がついたんだね」
安心したように微笑し、ディリータの近くへ駆け寄ってくる。
「まだ気持ち悪い?」
「いや…そんなことない」
「でも、もう少し休んだ方がいいよ。顔がまだ青いから」
寝かしつけようとするその手に、ディリータは素直に従った。背中をクッションに預ければ、彼は長椅子から半分以上ずれ落ちていた毛布を拾い上げる。皺を伸ばして広げ、身体の上にかけてくれた。
「ありがとう」
ラムザはふるふると頭を振り、スツールに腰掛けた。
「ダイスダーグ兄さんは『貧血だから暫し安静にしていればいい』と言っていたけど、ティータとアルマがとても心配していた」
気づけば、辺りは暗かった。
頭上では様々な音が…ざわめきや悲鳴が飛び交っている。
不意に、意味ある言葉が耳に飛び込んできた。
自分の名前だ。何回も繰り返し呼んでいる。
応えようと口を動かしたが、何故か、自分の声は聞こえない。
奇妙に思っていると、誰かによって身体を抱えられた。
少し遅れて、身体の上にふわりと何かが被せられる。羽根のように軽く、日だまりのように暖かい。その心地さに吸い込まれるように意識が途切れた…。
朧気だった記憶がようやく戻った。
一つの視線を感じて顔を上げれば、表情を曇らせて、こちらを見つめている金髪の少年がいる。
自分が心配をかけたのは、二人の妹だけではない。
そう思った瞬間、ある言葉が自然に口から出た。
「心配かけてごめん」
「あとで二人に言ってあげて」
「…うん。いま、どこにいるんだ?」
「さっきまで隣の部屋にいたけど、僕と入れ替わりに着替えに行ったんだ。すぐ戻ってくるよ」
「そうか…。ちょっと残念だな。二人ともよく似合っていたから、もう少し見たかった」
「そうだね。でも、アルマは『動きにくくて、きゅうくつ』と不満たらたらだったよ」
「はは、アルマらしいや」
口を尖らせて不満を零す彼女の姿が容易に想像できたから、ディリータは笑った。だが、数秒後、口を噤んだ。
ラムザの様子がおかしい。暗い表情を変えることなく、拳をきつく握りしめて膝の上に置いている。不思議に思っていると、彼はぽつりと言った。
「ごめん、ディリータ」
「なんで謝るんだ?」
「僕、知っていたんだ。ディリータは昨夜から具合が悪かったことを。ウインターが知らせてくれたから。でも、今朝、父さんから『邸の者を何人か式に参列させてもいいか』と尋ねられたとき、僕はその事を言えなかった。父さんのことだから、ディリータとティータには声をかけるだろうと考えたのに。体調が悪いって知っているのに。大勢の人が集まる場所に長い間立ちっぱなしだと、悪化する事はあっても良くなる事はないと分かっているのに。……友達なのに無理させて。だから…、ごめんなさい」
頭を下げるラムザを目の当たりにし、ディリータはようやく気づいた。
ラムザは自分のせいだと思っているのだ。儀式に参列しなければ、きちんと知っていることをバルバネスに告げていれば、ディリータが廊下で倒れることはなかった、と。
腹立たしかった。
佩剣の儀に参列することになったのは、確かに突然のことだった。マーサに礼服を渡され、着替えさせられ、あっという間に式場に連れられた感じする。でも、あの場に留まることを選んだのは、儀式に臨むラムザを見たいと思ったのは、自分の意志だ。
決して、無理なんてしていない。
悪いのは、満足な睡眠をとらなかった自分だ。
―――ラムザが僕に謝る必要なんて、どこにもない…。
ディリータは毛布を剥がし、脚を振り子のように振って絨毯に足をつけた。驚いたようにスツールから腰を浮かせるラムザを正面からまっすぐ見て、告げるべき事実を表現する言葉を慎重に選び、唇に載せる。
「確かに、僕は昨日ウインターさんから『顔色が悪い』と言われた。でも、今朝には普段通りだった。熱もなかったし、喉も痛くなかった。ご飯もきちんと食べれた。身体がだるいということもなかった。だから、儀式に参列するために無理はしていない」
ラムザの表情は変わらない。
言っていることがきちんと彼に届いているか不安になったが、ディリータは続けた。
「むしろ、参列できるとわかったとき、嬉しかったよ。佩剣の儀は騎士を目指す人が剣を授かる儀式で、ラムザにとっては一生に一度の大事な儀式だ。その場に立ち会わせてくれたことに、僕は感謝している。…本当に、そう思っているんだ」
とすんという軽い音とともに、ラムザはスツールに腰を下ろす。いや、足から力が抜けてスツールに落ちたという方が正しいかもしれない。
「僕も、嬉しかった」
囁きに似た呟きが静寂を震わせ、ディリータの耳に到達する。
わずかに顔を綻ばせて、ラムザは口を開いた。
「扉が開いて、みんなが…父さん達だけでなくディリータやティータ、マーサにウインターにモーリスさんが見えたとき、信じられなくて幻かと思った。でも、ディリータが手を振ってくれたから、本当にいるんだって分かったんだ。そしたら、とても勇気が出た。しきたりに反することになっても、怒られることになっても、正直に父さんの質問に答えようって思えた。あの誓いは、みんながいてくれたから言えたんだ」
そのとき、ディリータの心から腹立たしさが綺麗さっぱり消えた。
代わりに、別の感情で満たされる。
それは、こそばゆいような嬉しさと、安心感に似た喜び。
だが、顔に出せたのは根を同じにする別異の感情だった。
「僕が儀式に参列しても、ラムザにとって迷惑じゃなかったんだな?」
「うん、もちろんだよ!」
「じゃあ、そういうときは『ごめんなさい』じゃなくて別の言葉だろう?」
ラムザはきょとんとディリータの顔を見ているようだったが、やがてその瞳が綺麗な笑みの形にたわんだ。
「ありがとう」
***
翌日、太陽が顔を覗かせて数時間経った頃。
ディリータは胡桃材の扉の前にいた。
緊張で爆発しそうな心臓を数回の深呼吸で静め、身だしなみが整っているか確認して、ドアをノックする。応諾はすぐにあったが、扉が開かれるまでかなりの時間がかかった。原因はすぐ知ることができた。出迎えてくれたバルバネスは、寝間着の上にガウンを羽織っただけの至極ラフな格好をしていたのだ。
初めて見る当主の姿に、ディリータは呆然し、焦った。
訪問する時間が早すぎたのだろうか。…でも、外はもう明るいし、使用人の皆は起きて仕事をしている。では、昨日の宴会が夜遅くまであったのだろうか。……あり得ることだ。大人は、夜遅くまで起きることができる。ラムザが日のあるうちに退席が許されたのは、夜更かしをさせないためだったのだ!
お休みのところ申し訳ありませんでした、と謝罪して帰ろう。
ディリータがそう決意した瞬間、バルバネスが機先を制した。
「この格好は気にしないでくれ。バーナードが着替えることを許してくれないのでね」
「え?」
「過労からか、熱があるようなのだよ。…はは、私ももう年かな」
微かに笑って、バルバネスはディリータを自室に招き入れようとする。
ディリータは知っている言葉を駆使して「具合が悪いようだから部屋に帰る」旨を主張した。しかし、悲しいかな。ディリータは一〇歳の子どもである。五〇年という歳月をかけて成熟させたバルバネスの話術に敵うはずがない。結局彼は言いくるめられ、ソファに腰を下ろしてしまった。
お互いの体調を気遣う会話を二三交わした後、バルバネスがディリータの用件の主旨に触れた。
「答えが出たのかね?」
「はい」
ディリータは頷き、そして付け足した。
「答えという程はっきりしたものではないかもしれません。僕がそう思い込んでいるだけで、ひょっとしたら違うのかもしれません。…それでも、聞いてくれますか?」
バルバネスは真剣な表情で、首を縦に振る。
ディリータはほっと安堵し、語った。
佩剣の儀におけるラムザの誓いに、強い衝撃を受けたことを。
大勢の人の前で本心を語る彼の勇気に感動したが、同時に、疎外感を感じた。どのように答えればバルバネスを納得させることができるか、そればかりを考えていた。好きな人に怒られると恐いから、呆れられると辛いから、と自衛のために本心をさらけ出すことができなかった。今までの自分が急に恥ずかしくなり、ひどく惨めな存在に思えた―――。
「でも、ラムザは言ったんです。『あの誓いは、みんながいてくれたから言えたんだ』って。僕は、そのときようやく気がついた。ラムザだって恐かったんだ。…たぶん僕と同じように」
バルバネスは口を挟まず、じっと耳を傾けている。
乾燥した喉を唾液で湿らせ、一呼吸おいてディリータは続けた。
「ラムザの願いの中に僕がいる。いや、僕だけじゃなくティータやアルマ…彼が好きで僕も好きなみんながいる。嬉しかったし、同じ想いをもっているんだと安心した。でも、ふっと不安になった。もし、万一、バルバネス様が指摘したような事態になったら…ラムザが守りたいと願ったものから剣を向けられたら、ラムザはどうするんだろう。
あいつ、しっかりしているようでどこか危なっかしくて、泣き虫で、『ありがとう』の正しい使い方もしらない。今は同じ場所にいるから教えてあげることができる。危ないことをしていないか見ることができる。泣いていたら、一緒にいることができる。でも、将来、あいつが騎士になったら、僕が見えない場所に行って僕の知らないときに一人で傷ついて泣くのかもしれない。それはいやだ。ラムザは『笑っているみんなが好き』といった。僕だって同じだ。ティータ達には笑っていてほしい。でも、ラムザにも笑ってほしいんだ。
だから、僕は、ラムザと同じ場所にいるために、同じ想いをもつ友達を支えるために、剣がほしいと思う」
告げたいことを全て言い尽くしたディリータはバルバネスの反応を待つ。
彼は無言で、探るような視線をディリータに投げかけてくる。ディリータはまっすぐ逸らさず受け止めた。
沈黙が続いた。
「…ありがとう」
バルバネスがぽつりと呟く。
ディリータは一瞬耳を疑った。聞き間違いかと思った。だが、そうではないことはすぐ分かった。バルバネスが深く頭を下げたからだ。
「ありがとう、ディリータ。そこまでラムザのことを気にかけてくれて。これからも、あの子と仲良くしてやってくれ」
「はい!」
ディリータは叫び、それだけでは満足しきれず何度も頷く。
元気の良い返事に、バルバネスは朗らかな笑顔を浮かべる。
それは、ディリータの心に深く刻まれた。
時折、ふっと思う。
もし、彼が生きていたら今の自分をどう思うだろう。
彼から授かった剣は、何よりも大切に思っていた存在とともに喪った。
剣に誓った二つの願い。一つは自ら捨て去り、もう一つは自ら裏切った。
他人を騙し、傷つけ、殺し、己の目的のために利用する。
本心を奥底に封じ込め、嘘と偽りを重ねていく。
こんな俺を、彼はどう思うのだろう……。
- end -
2006.10.19
(あとがき)
これにて「誓いの剣」は完結です。たいへん長らくお待たせして申し訳ない。
でも、時間をかけただけあって、ディリータに対する愛をたっぷり込めることができました。私個人としてはとても満足。もうこれ以上のものは、現段階では書けません。
リクエストしてくださった如月さくらさんへ。
自己満足が強い作品となってしまいましたが、気に入ってもらえると幸いです。
どうぞ、お持ち帰り下さいませ。
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