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第二部 利用する者される者

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序章

 戦争の終結が、平和の到来を約束するわけではない。
 むしろ、戦禍によって生じた綻びによって、政治は乱れ、法は権威を失い、拠り所を失った民は不安に襲われ、更なる戦乱へと突入することもある。
 歴史書を紐解いてみれば、そのような事例は決して珍しいことではない。
 王国歴四五六年。
 五十年戦争終結から三年目となるこの年、イヴァリースの政局は混乱していた。
 発端は、先年の王国歴四五五年人馬の月七日。第一八代国王オムドリア三世が黒死病で没したことによる。意志薄弱な国王は、次期国王となる者を定めなかった。
 資格があるのは、二名。
 第一位の王位継承者。王妃ルーヴェリアの間に生まれた第三王子、オリナス・アトカーシャ。当年三歳。
 第二位の王位継承者。王家に養女として迎えられた、前王デナムンダ四世の実子で、オムドリア三世とは腹違いの兄妹である王女オヴェリア・アトカーシャ。当年一六歳。
 順位から言っても、王妃という強力な後ろ盾があるという点においても、第三王子オリナスが、しかるべき後見人を得た上で第一九代国王として即位すると思われていた。
 ところが、喪が明けても、新国王の即位式は挙行されなかった。
 理由は、王妃ルーヴェリアと元老院との対立にある。
 もともと、オムドリア三世は病弱を理由に国政から遠ざかっていたため、実際の執政は王妃ルーヴェリアが担っていたが、その独裁的な政治から元老院とは対立していた。
 国王の死後、王妃は政治をさらに私物化した。彼女の方針に逆らう者はたとえ貴族や元老院議員であろうと容赦せず排斥されていく。あまりにも苛烈な仕打ちに、前畏国王デナムンダ四世の后妃である王太后は正面から王妃を諫めていたが、突然王妃からブナハンに蟄居(ちっきょ)を命ぜられ、数日後帰らぬ人となった。公式には病死と発表されたが、罪名を明らかにせず一方的に蟄居が命じられたことから、王妃によって毒殺されたとの噂が貴族・元老院議員のみならず庶民の間にもまことしやかに流れた。そして、王妃に不信や不満を抱いていた者達は、これを信じた。結果、王妃と貴族・元老院との対立は決定的なものとなった。
 国王の即位には元老院の承認が必要であると、定められている。
 第三王子オリナスが即位することによって王妃の独裁政治が続くことを恐れた元老院は、あれやこれやと理由をつけて議事を開かず、王妃側の再三の命令ものらりくらりとかわして承認決議を先送りにしていた。
 国王空位の状態は、年が王国歴四五六年に改まっても、続いている。
 そんななか、修道院で暮らしていたオヴェリア王女の下に、ラーグ公爵からの使者が訪れる。使者は、来るべき戦争を避けるためにより堅固な場所へ移動する必要性があることを語り、彼女の住まいをイグーロスに提供する旨を伝えた。
 王女オヴェリアはその提案を受け入れた。
 ガリオンヌを領するベストラルダ・ラーグ公は、王妃ルーヴェリアの実の兄であり、オリナス王子の後見人の最有力候補でもある。第二王位継承者であるオヴェリア王女が、第一王位継承者オリナス王子の後ろ盾であるラーグ公に、その身柄を委ねる。それは、オリナスの即位と後見人にラーグ公が就任することを認め、自身の王位継承権を放棄する意思の表明となる。
 王女の英断によって、事態は、オリナス王子即位に向けて動きつつある。
 しかし、それを望まぬ者達がいた。


 一人の青年が、小川のほとりに佇んでいた。
 名のある騎士なのだろうか。曇りなき輝きを放つ黄金の鎧を纏い、腰に立派な長剣を帯びている。両肩の留め具に固定されたマントは目に鮮やかな白であり、その中央には赤地に黒獅子の紋章が施されていた。
 鎧と同色の籠手に包まれた青年の右手が動き、せせらぎを掬い上げる。触れた箇所から波紋がゆっくりと広がり、水面に映し出されていた青年の顔が揺らめく。
 厳しいものを湛えた榛の瞳はしばしその変化をみつめていたが、やがて、彼はきびすを返した。騎獣に歩み寄り、鎧の重量を感じさせない軽やかな動作でチョコボにまたがる。騎乗の人となった青年は肩越しに振り返り、片手をあげた。
 青年の背後に控えていた軽騎兵達が、一斉に駆け出す。
 青年も騎獣の腹を蹴り、その後に続いた。
 六つの騎兵が、木漏れ日が差す森を抜け、背の高い草が生い茂る原野を駆ける。
 突如、なんの前触れもなく、青年の騎獣が小集団から離れた。単騎となった青年の顔に、ためらいや迷いはない。道なき道を突き進む。
 小高い丘の頂上にたどりついた時点で、何を思ったのか、青年はチョコボの足を止め、頭上を仰いだ。蒼穹を一羽の鷹が横切り、暗雲漂う方角へと飛び去っていく。
 青年はその姿が消えるまで見送り、そして、再び騎獣を走らせた。
 原野を駆け、人気のない廃墟を抜け、雑木林を進む。
 林立する木々がまばらになり出したところで、チョコボの速度を落とした。息をひそめ、蹄が地面を蹴る音さえ殺すようにゆっくりと雑木林の中を進む。木々が途絶え、やがて、視界が開けた。
 厚い雲に覆われた空を背景に、浅瀬に浮かぶ岩山とその上に建つ壮麗な建築物が目に映る。
 微かに響く、遠雷。頬を撫でる、湿った風。
 青年は、口の端を笑みの形に動かした。

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