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戦慄(わなな)き

 爆発。
 若干遅れて、轟音がこだまする。
 熱気が皮膚を撫で、焦げる匂いが鼻についた。
「行くぜ」
 耳元で囁かれた声に剣を抜き、駆ける。
 迫ってくる白刃をかわし、あるいは己のもので受け流し、弾き飛ばし、右手を前に突き出す。
 肉と骨を断つ感触が手に伝わり、赤い液体が溢れ出る。
 ―――ああ。
 剣が、己の手が、視界が、無彩色の世界が、鮮やかに染まっていく…。


「掃討終了。敵の生存はゼロ。こちらの損害は死者三名」
「まずまずといったところか」
「結果としてはそうっすね。ところで、『首領は生きたまま連行せよ』という依頼人の要望は、無視して良かったんですか?」
「生かしても殺しても報酬は変わらンのなら、殺した方が手っ取り早い」
「それもそうだ」
「色を付けてくれりゃ、要望に応えてやったのに。気の回らン依頼人だ」
 複数の口から失笑が漏れ、乾いた笑いとなって戦場に流れていく。
 集団から外れた場所で会話を耳に流していると、
「おい、ラムザ」
 太く低い声で呼びかけられる。無言で近づけば、漆黒の鎧を朱に染めた人物は手を右から左へ動かした。
「焼け」
 あまりにも端的な命令に、意味を図りかねてラムザは上官を見上げる。
 ガフガリオンは表情を変えることなく、前を見据えたまま言った。
「死体を放置しておくと、モンスターが群がり近隣の迷惑になる。だが、いちいち埋葬するのは面倒だ。火炎魔法でここら一帯を焼き尽くせ」
「…どうして僕に」
「この中で、最も黒魔法に秀でているのはお前だ」
 その声は平坦かつ冷ややかで、賞賛という熱は一切籠もっていない。
 ラムザは両の足で立っている戦士達を見渡し、ガフガリオンの指摘が正しい事を理解した。剣よりも魔法を得意とする傭兵は、全員、物言わぬ存在となっている。
 頭を前方にめぐらせば、灰色と赤が目につく。
 燻る煉瓦小屋、焦げた雑草、そして、血だまりの中に倒れている多くの人。頭を割られ、腹を裂かれ、喉を突かれ、手足を斬られ―――
「さっさとやれ。戦後処理が終わらないと、街に帰れン」
 冷ややかさに苛立ちが加わった声がラムザの物思いを断ち切り、ある種の認識を促す。
 処理。
 それは、事件・事務をさばいて始末するという意味の言葉。
 目の前にあるのは、片付けるべきもの。
 死体から流れ出た血は、大地に染みこんで消える。骸は野の獣に食われ、あるいは風雨にさらわれ、やがて自然に還る。燻る小屋はいずれ崩れ、石と岩になる。
 ただ、時の流れと共に朽ちていくだけの無機物。
 ―――人間じゃ、ない。
「…了解」
 足を一歩前に踏み出し、呼吸を整える。体内の魔力と自然の法則とを感じ取り、破壊の意志を具現させる呪文を唱えていく。
「地の砂に眠りし火の力…目覚め、緑なめる赤き舌となれ…」
 突き出した手のひらの先に、二重円の魔法陣が展開する。赤い光を纏ったそれはゆっくりと回転し、解放の言霊を待って明滅している。ラムザは叫んだ。
「ファイラ!」
 火弾が煉瓦小屋に吸い込まれていく。壁に接した瞬間、爆発と轟音が辺り一帯に響き渡った。壁には爆発の衝撃で大穴が穿たれ、内部に進入した炎は、室内に存在する全ての物質を焚き付けにして燃えさかる。
「すげぇ!」
「スタッフやワンドの補助なしにそれだけの威力が出せりゃ、上出来だ」
 褒めそやす傭兵達に応えることなく、ラムザは右手を降ろす。上官に向き直れば、ガフガリオンは満足そうに笑った。
「仕事終了だ。街に帰るぞ!」
 傭兵団長の号令に従って、傭兵達は嬉々と戦場に背を向ける。
「う〜寒い」
「全くだ。一杯引っかけたいぜ」
「ついでに女も連れ込むか」
「おっ、いいねぇ!」
 楽しげな声が、軍靴で草を踏みしめていく音が、鎧が擦れる音が、遠ざかっていく。
「ラムザ?」
 数メートル背後で発せられた訝しむ声に、ラムザは振り返ることなく応えた。
「鎮火を確認して、行く」
「真面目だな。オレもつき合おうか?」
「いや、僕だけでいい。ラッドは無理しない方がいい。怪我、完治してないから」
「…すまないな」
 最後まで残っていたラッドも、その言葉を残して去っていった。
 他人の気配が消え、しんとした静寂が辺りを包む。時折、爆ぜる音がするだけだ。
 一陣の風が梢を激しく揺らし、炎を巻き上げる。
 新鮮な空気に触れて緋色に輝くそれを、ラムザはじっと見つめた。
「…どうして」
 こぼれ落ちる問いかけ。
 彼は、不思議に思った。
 炎で物を焼く。それは珍しいことではない。
 暖をとるために、薪を燃やす。食べるために、肉や魚を加熱する。祈りを捧げるために、蝋燭に火を灯す。不要な落ち葉や雑草を集めて、焼却する。
 どれも、日々の暮らしでごく当たり前に行われている行為。
 咎められないはずだ。非難されないはずだ。糾弾されないはずだ。
 それなのに、どうして身体が震えているのだろう。どうして口からは喘ぐような声が出るのだろう。どうして景色が滲んで見えるのだろう。
「どうして…」
 ―――胸が痛むのだろう………。


 両腕で自分自身を抱きしめ、唇で同じ言葉を紡ぎ続ける。


 鈍色の空からふわりと降る、白く小さな物に気づかぬまま―――。

- end -

2006.12.12

(あとがき)
 く、暗い。真っ暗〜。どん底〜。明るい展望が一切ない! 
 何故、こんな話になったかというと、
 10001hitsを踏んだモトリさんからのリクエストは「クリスマスネタ」
 クリスマス→ラムザが傭兵時代に過ごした冬至→BGM「戦場のメリークリスマス」
 以上の連想からです。
 10001ヒット記念小説がこんな暗い話でいいのか!と突っ込まないで下さい。私が書きたかったんです!!ラムザが何を恐れているのか、考えてもらえると嬉しいな。
 最後に、モトリさんへ。
 リクエストありがとうございました。期待に応えられたか自信ありませんが、気に入ってもらえたら幸いです。どうぞ、お持ち帰り下さい。

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