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冗談と本音

 二人の女騎士と共に部屋へ行ったアグリアスが、しばしの時を置いて一人で戻ってくる。
 一人居間で武具の手入れをしていたラッドは、さほど驚きはしなかった。
 修道院を出立して以来、彼女から探るような視線を向けられていたことに気付いていたからだ。
「訊きたいことがある」
「俺の今夜の予定かい?あんた程の美人ならいつでも歓迎―――」
「そのように下らぬことではない」
 いつもの調子で口から飛び出た冗談は、冷ややかな声によって一刀両断に付されてしまった。ラッドは笑みを収め、相手の言葉を待つ。
「あの少年だが…彼はいったい何者だ?」
 予想どおりの質問だ。そして、返すべき答えも決まっている。
「傭兵に過去を訊くのはタブーだぜ」
 ―――だから、俺もあいつの正確な事情は知らない。
 言外に含ませた事柄に明敏に気付いたのか、アグリアスは思案げな表情を浮かべた。
「まあ、あんたがあいつの正体を気にする気持ちもわかるけどな。俺も初対面の時かなり怪しんだクチだし」
「…今は違うとでも?」
 若干の間を経てなされた質問に、ラッドは頷く。
「ああ。傭兵に必要なのは背中を預けるに足りる強さだけ。あいつはそれをもっている」
 手入れを終えた武具をまとめて持ちあげ、部屋へと帰る。
 アグリアスから制止の言葉は、発せられなかった。


 傭兵三人でとった部屋に戻れば、こちらも予想どおりと言うべきか、先程話題となっていた人物はまだ起きていた。
 燭台の明かりを頼りに、ベッドに腰掛けて本を読んでいる。
「まだ起きていたのか」
 窓際のベッドで身体を休めている上官の邪魔にならないよう、小声で話しかける。
 向こうも慣れたもので、ラッドの方を見向きもせず、視線を本に固定したまま答えた。
「あの魔法について調べていた」
「あ〜あれか」
 脳裏に、一人の男の焼死体…正確に表現するなら「灰燼」だろうか…が蘇った。
「一瞬で人体を灰にするほどの高温。火炎系にしては威力が高すぎる。フレアなのだろうか?でも、象徴と違うような…」
 ぶつぶつと思考の断片を呟く。
 どうやら、黒魔法に関しては自分より遙かに優れたこの年下の傭兵にも、わからないらしい。だったら………
「わからないなら、ひとまず置いておけよ。今は、明日の移動に備えて休まないとな」
 相手から本を無理矢理取り上げ、サイドテーブルにおく。
「眠れないなら、添い寝してやろうか?」
 揶揄するように言うと、不満げな視線が奇妙な生き物を見るようなものに変化した。
「ラッド、熱でもあるのか?」
「ひっでーな、兄貴分として心配してやっているのによ」
 不自然に、一度だけ瞬く。
 これは、ラムザが意外に思ったときの仕草であることを、ラッドは知っていた。
「…わかった。寝るよ」
 蝋燭の火を吹き消し、寝台に横になる。前掛けを掛けてやると「ありがとう」と呟いた。
 なんでもない風に装っていたが、やはり高度な黒魔法を行使したことによって疲れていたのだろう。さほど時を置かずに、規則正しい寝息が漏れ出す。ラッドはため息をついた。
(体力の限界に達するまで眠ろうとしないのは、“あの夢”が恐いからか?)
 尋ねたとしても、この少年は否定するだろう。認めることは、自身の弱点をひけらかすに等しいから。
 ラッドにしても、心の傷を癒す方法など知らないから、相手の事情は一切聞かない。
 ただ、冗談にかこつけて真情を載せるだけである―――。

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