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適材適所

「そこの袋とってくれ」
「これか?」
「そう、それ。ありがとう」
 アルガスから受け取った紙袋を、アデルは目分量で平らな石の上に載せる。白い小麦粉の山がこんもり出来上がったところで、彼は水筒を取り出し、これまた目分量で水を注ぐ。防寒用の上着の袖を捲りあげると、彼は両手で小麦粉を練り始めた。
「しかし、こんな石の上で食べ物練って大丈夫なのか?」
 アルガスが不安と疑惑を呈する。アデルはすぐ反論した。
「予め水で洗ったし、炎による滅菌消毒もしてある。何も問題はないぜ」
「だが…」
「野営料理における原則、その一。周りにあるものは全て有効活用せよ、だ。すぐそこに丁度いい石があったんだ。利用しない手はないぜ。にしても、本当は卵があればいいんだけど、さすがにそれは贅沢だよな」
 アデルは鼻歌交じりに粉を練り上げる。石の上にある粉が粘りを帯び、一つにまとまる過程を、アルガスは興味深げに眺めていた。
「ずいぶん手慣れているな。男の癖に料理が趣味なのか?」
「士官アカデミーでは料理も習うのよ」
 アルガスの疑問に答えたのは、料理をしている本人ではなくマリアだった。彼女は薪用の小枝を両腕に抱えている。
「なぜだ?」
「戦場でいつも食べ物があるとは限らないでしょ。食べられる野草を集めて自分で料理する事も十分あり得る。そのためよ。ランベリー近衛騎士団では習わなかったの?」
「食事の支度は従卒の仕事だからな。オレには関係ない」
「あ、そうですか」
 マリアはその答えに呆れた。両腕に抱えた枝を積み上げ、横からアデルの作業をのぞき込む。
「これ、どうするの?」
「枝に干し肉を突き刺し、そのまわりにこれを巻き付けて炎で炙ろうかと思っている」
「なかなか美味しそうね。楽しみにしてるわ」
「おう! 任せておけ」
「じゃ、私は手頃な枝を洗ってくるわね」
「頼むよ」
 彼女は積み上げた枝の数々を選別する作業に入る。
 アルガスが左右を見渡せば、全員が何かしらの仕事をしていた。
 ラムザとディリータ、そしてイゴールの三名はテントを組み立てている。
 イリアはたき火を管理し、やかんでお湯を沸かしている。
 作業していないのは、自分だけだ。ベオルブ家の者まで働いているというのに、こうして何もせず座っているのは、さすがにまずい気がした。
「…何か手伝おうか?」
「いや、いいよ。いいから座ってろよ」
 善意はあっさり却下される。
 まあ、一応手伝いを申し出たのだから角は立つまい。アルガスはそう独りごち、座り直した。


 アルガスは知らない。
 アデルが彼の手伝いを断った真の理由を。
 ここ数日の野営で、アルガスに対し、第三班のメンバーは共通の認識をもった。
 それは、彼は日常的な作業に関してはとことん不器用であると言うこと。
 へたに動かされると、却って効率が下がる。
 それゆえに、彼にはじっとしておいて欲しいというのが切実な要望だった…。

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