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異常事態

「おかしい」
「こんな事態、あり得ない」
「明日は大雪かしら」
「槍が降るかもしれないよ」
 入り口付近の六人掛けテーブルを陣取った彼ら彼女らは、好き勝手に言っている。
 ラムザは一人沈黙を保ちつつ、事態をどう判断すべきか考えていた。


 異常事態とも言える事件は、訓練二日目の昼食時に発生した。
 昼食は兵舎の食堂で全員揃って食べる事にしている。
 午前中の訓練の成果を、皆に報告するためだ。
 だが、正午の鐘が鳴ってからすでに一〇分ほど経過しているのに、未だに一人来ない。
 彼は遅刻の常習者ではあるが、食事の時間に遅刻する事だけはなかった。
 理由は至って単純。
 彼はその時間を何よりも愛しているからだ。
 実際、食事をとるときの彼は幸せそうで、周りの者の食欲を増幅させる効果もある。
 この場にいる五名全員がその事実を熟知しているからこそ、現状の異常さが際だっていた。


「どうする、ラムザ。探しに行くか?」
 思案顔でディリータが尋ねてくる。
「誰か、彼がどこで訓練をしているか知ってる?」
 ラムザの質問に全員が頭を振った。
「探しに行くと入れ違うかもしれないから、先に食べよう。きっと、そのうち来るさ」
 班長の判断に従って、皆は椅子から立ち上がりカウンターへ注文に向かう。
 全員が同じ気持ちだった。
 彼が食事を忘れるはずがない。絶対時間までには来る、と。
 ところが、事態はより深刻だったようだ。
 五名の食事が終わっても、昼休憩の時間が残り一五分になっても、彼は姿を現さなかった。
「絶対おかしいわよ!」
 マリアがばんっと力任せにテーブル叩く。空のティーカップ達が耳障りな音を立てた。
「あのアデルがご飯を食べに来ないなんて!」
「まさか、城内で迷子になっているんじゃ」
「子どもじゃあるまいし、それはないだろう」
「そもそも俺達は北天騎士団の施設以外立ち入りできない。仮にあいつが許可なく城内をうろちょろしていたら、即刻衛兵に引っ捕らえられているはずだ」
 イリアの懸念をイゴールとディリータが否定する。
「ひとまず、探しに行こうか」
「ええ!」
 ラムザの提案を受け容れ、マリアが勢いよく椅子から立ち上がったときだった。
 噂の人物が食堂の入り口に姿を見せたのは。
 日に焼けた顔はやけに青白く見え、彼の両足は今にも倒れそうなほどふらついていた。
 午前中とは全く異なる形相に、全員が彼の側へ駆け寄る。
 最初にたどり着いたのは、マリアだった。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」 
 胸にもたれかかるように倒れるアデルを、マリアはとっさに抱き留る。
 班員のみならず食堂にいる人達全員の視線が二人に集まる中、黒髪の少年は低く呟いた。
「……腹、減った」


「つまり、気を使いすぎて、裏庭からここまで来る体力まで消耗したということ?」
 四種類あるランチメニューをわずか一〇分で全部綺麗に平らげ食後のお茶を楽しむアデルに、ラムザは確認をとった。
「そう。いや〜、食堂までの五〇〇メートルがあんなに遠いとは思わなかったぜ。餓死寸前の気持ちが理解できたよ」
「ばっかじゃないの! 一人で秘密裏に特訓してるからそうなるのよ」
「ばかとは何だよ! 俺だって一応反省しているんだぞ!」
「そう? 信用できないわ。だから、午後から私もあなたにつきあうことにしたから」
「はぁ?」
 マリアの一方的な宣言に対し、アデルは首をひねった。
「拳術には興味あるから、教えてもらうことにするわ。いいでしょう、ラムザ」
「あ、うん。剣がなくても戦える術を身につけることは、いいことだと思うから」
「さすが話がわかるわ!」
 ラムザとマリアの間で勝手に話が成立していく。
 できれば一人で集中して特訓をしたいアデルは、異議を唱えた。
「俺の意思は?」
 二人のみならず、イゴールとディリータ、イリアでさえも、その言葉を無視した。

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