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亜麻色の髪の少女

「おい、まだかよ」
 呆れる声と共に、一つに束ねた髪を引っ張られる。
「ちょっと、何をするのよ!」
 マリアが抗議の声をあげれば、左腕に紙袋を抱えているアデルも負けじと声を荒げた。
「いつまで見ているつもりだよ。かれこれ一五分は経つぞ!」
「まだ集合時間には余裕があるんだから、いいじゃない!」
「買う気がないのに、じっとみていると迷惑になるとは思わないのか?」
 アデルの懸念は、他ならぬ露天商のおっさんによって否定された。
「いや、可愛いお嬢さんに見てもらえると嬉しいですよ。じっくり見て、一つくらい買ってくださいね」
「ありがとう、おじさま。じゃ、お言葉に甘えて」
 マリアは展示してある商品に視線を戻す。
 色とりどりのリボン、髪留め、首飾り、耳飾りなど、女性が好みそうな装身具が陳列している。どの品もわりと高く、その分品質もよさそうだ。はっきり言って、必需品を買い込み懐具合が寂しい自分たちに買える物は少ない。
「あ、これいいわね」
 マリアが手にとったのは、指の爪ほどの青い石に銀の装飾がされている首飾りだった。
「おお! お嬢さんはお目が高いね。それは、手作りゆえに一点限りだよ。この石、何か知っているかい?」
「ラピスラズリかしら?」
「そう。邪を退け、幸運をもたらす石だといわれている。旅をするんだったら、お勧めだよ」
 マリアは興味深そうに手にとって眺めている。
 店主は、あれやこれやと購入を勧めてくる。アデルの耳からすれば、過度な誉め言葉にしか聞こえないのだが、彼女には違ったらしい。
「じゃ、買うわ。おいくらかしら?」
「お嬢さんは可愛いからまけてあげよう。一〇〇ギルだよ」
「高っ!」
 アデルはついそう口走った。ポーションが二個も買えるではないか!
「おい、旅費から出すなよ。自費で買えよ」
「当たり前でしょ」
 マリアは懐から小さな財布を取り出す。中身を開けて数秒後、深刻な表情で囁いた。
「…ねぇ、アデル、五〇ギルほど貸してくれない?」
「買うのやめろよ」
「そんなこと言わずに。ね、お願い!」
「兄さん、恋人のお願いだ。買ってやりなよ」
「ちっが〜う! 俺とこいつは仲間だ!」
 アデルが店主の揶揄を力一杯否定するのと同時に、マリアの表情が陰る。
 彼女は首飾りとアデルの顔を見比べ、もう一度首飾りを見、一つ息を吐く。子猫をいじめているようで、いたたまれない。アデルは諦念のため息をついた。
「…わかったよ。五〇ギルでいいんだな」
「本当! ありがとう!」
 ぱっと花開くようにマリアの表情が明るくなる。こぼれんばかりの笑顔で返されると、アデルとしてもなんとなく嬉しかった。
 二人で半分ずつだした金を店主に渡す。にこやかな笑顔で包装しようとする彼をマリアは制した。
「ここでつけてもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
 マリアは細い銀鎖に通された首飾りを受け取り、なぜかアデルに手渡した。
「ちょっと持ってて。乱れた髪の毛直すから」
 言葉半分に受け取ったアデルは、次の瞬間、目を奪われた。


 慣れた手つきで、解かれる茶色の革紐。
 ふわりと両肩や背中に落下する、美しくも豊かな亜麻色の髪。
 緩やかな癖で濃淡のあるその髪は、風に揺れる収穫間近の麦畑を連想させた。


「あなたが引っ張ったせいで乱れちゃったのよね。痛いからもうしないでよ」
 彼女は小言を言いながら手櫛で髪を束ね直し、革紐を用いて上部で束ねていく。
 衝撃から立ち直っていないアデルは生返事しかできなかった。
「よし、できたわ。預かってくれてありがとう」
 僅かな時間で髪型を元通りにした彼女は、アデルの手から首飾りを受け取り、金具を外して首に通す。
「どう、似合う?」
「へ?! ああ、いいと思うぜ」
「…本当に、そう思ってる?」
 マリアは疑いの眼差しを注ぐ。アデルは慌てて首を何回も縦に振った。
 繊細な銀の装飾と共にささやかな美しさを主張している青い石は、彼女の瞳の色に近く、実際こうしてみるとよく似合っていた。
「ああ」
「そう、よかったわ」
 マリアは幸せそうに微笑む。
 その笑顔を見たアデルも、胸の内が暖かく感じられた。


 店を後にする際、店主は「おまけだよ」といってマリアに藍色のリボンを手渡した。
「その革紐よりはこちらの方が、お嬢さんには似合うだろうからな」
 マリアはにっこり笑って礼を言った。
 だが、店主の予想に反して、そのリボンが彼女の髪を彩ることはなかった―――。

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