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渇望

 甲高く響く金属音。一点で交叉する刃と刃。拮抗する両者の力。
 だが、それらは瞬き一つ分の時間に過ぎない。
「甘いッ!」
 怒号を発した初老の剣士は、相手の刃を刀身に載せたまま剣を円を描くように払う。渾身の力で迫り来る刃を阻止していたのだろう。金髪の剣士は退避行動をとることもなく、相手の動きにつられて上体を浮かる。直後、その無防備な腹部に、初老の剣士の蹴りが容赦なく叩き込まれた。呻き声と共に背中から地面に倒れ込む。
「接近戦では剣捌きより体捌きだ。同じ事を何度も言わせるンじゃねぇ!」
 仰向けに倒れている相手からの返事はない。したくてもできない状態のようだ。なぜなら、
「ガフガリオンさん、そいつ完全に気絶しているっすよ」
 ラッドが事実を告げると、初老の剣士は鋭く舌打ちした。
「ちぃ、もう終わりか。軟弱な奴だ」
 ガフガリオンは剣を鞘に納め、踵を返し、一度も振り返ることなく宿へと一直線に戻っていく。
 ラッドは気を失っている金髪の若者をじっと見つめ、感嘆とも諦めとも思えるため息を一つ零す。その表情に変化がないことを見て取ると、彼はその腕を取り、己の肩に回した。



 足を引き摺るように部屋へと運び、ベッドに転がすように寝かせる。決して丁重とは言えない扱いなのに、ラムザは声一つあげずに昏々と眠っている。ラッドは再びため息をし、相手のブーツを脱がす。留め金を外し終えて床に落とした際に微かな金属音が室内に響いたが、きつく閉じられた瞼が開く気配はない。続けて手甲と腰帯を外し、ブーツと一緒にまとめて置く。念のために手首をとって指先をあててみれば、規則正しい脈拍が感じられた。
「外傷もないし、手当はいらないようだな。しっかし、よくやるよなぁ、おまえ…」
 呆れるような呟きに対しても、反応はない。
 ラッドは赤茶の髪をかき上げ、次にとるべき行動に移った。階下におり、食堂で酒を飲み交わす仲間達を横目に見ながら外へ出て、井戸で新鮮な水を桶に張る。桶を持って部屋に戻ってみれば、ベッドに横たわる人物は、相も変わらず昏々としている。桶をベッド脇のテーブルにおき、清潔な手布を湿らす程度に濡らす。汗で張り付いている前髪を掻き分け現れた額にそれを載せると、微かに瞼が震えた。
「う…」
「やっとお目覚めか」
 ゆっくりと瞼が開き、ぼんやりとした青灰の瞳がラッドの姿をかすめる。焦点が合った瞬間、びくっと身体を硬直させた。ラッドは肩をすくめる。
「わざわざ部屋に運んでやった恩人に対して、その反応はないだろう」
 なじるように言ってやると、ラムザは全身の緊張を解いた。
「ごめん」
「すまないと思うなら、一度くらいは自力で部屋に戻ってくれ」
 額から滑り落ちた手布を元の位置に戻し、室内に一つだけある椅子を枕もとに引き寄せる。腰を下ろそうとしたとき、ぽつりとした呟きがラッドの耳をかすめた。
「…そうだね。僕もそうしたい」
 ラムザは眉間に皺を寄せ、拳をきつく握りしめている。
 先程の自主訓練を思い起こして敗因でも考えているのか。ものの数分しか傭兵団長の相手にならなかった己の未熟を責めているのか。あるいは両方か。いずれにせよ、
「おまえさ、ガフガリオンさんと肩をはろうなんて考えはやめた方が良いぜ」
 直後、鋭い目つきで睨み付けられる。
 不満そうな視線をラッドは逸らすことなく受け止め、言った。
「あの人は誰も助けず、誰かからの信頼も必要としていない。あの人が欲するのは、己の存在を確立するために必要な圧倒的な力だけだ。それしか知らないから、あの人は強い。迷いなんて当然ないから、何でも斬れるんだよ」
 向けられた青灰の瞳が、僅かに見開かれる。
 ラッドは内面を語りすぎた事に気づいた。表情を誤魔化すために苦笑いし、椅子から立ち上がった。
「誰にでもできるものじゃない。それだけは覚えておきな」
 身体を起こしかけたラムザが声を発する前に背を向け、一度も振り返ることなく部屋を出る。部屋と廊下とを隔てる扉が完全に閉められたのを確認して、ラッドは利き足で板張りの床を強く踏みつけた。



 扉の向こうから発せられたギシッと軋む音を聞きながら、ラムザは両膝を立てて座り、その膝を両腕で抱えた。
 ―――他者を必要としない強さ。
 それは、他人に依存しない強さであり、彼が持ちたいと願っていた強さでもあった。だからこそ、彼は暇ある事に、ガフガリオン――それを体現している人物に剣の指南を請うていた。
 しかし、今、ラムザの心は揺れている。
 迷うことなく何でも斬れるというラッドの言葉と、その悲しそうな表情を見たことによって。
 こうも容易く動揺するということは、本心ではそれを望んでいないことへの何よりの証拠だ。
 ―――僕が望む強さって、何だろう。
 内面に思いを馳せるも、胸の中にはどろどろとした黒い感情が胸の中を駆けめぐっており、その中心を見極められない。当然、帰結点もわからない。
 だが、一つだけはっきりしていることがある。
 今の自分が渇望するのは、力。
―――すなわち、過去の自分と訣別するのに必要な鍵。

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