Guidance of mercenary(2)>>間奏>>Zodiac Brave Story

Guidance of mercenary(2)

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「あら、ラッドじゃない。お久しぶりね」
 来客を告げるベルに誘われるように奥から現れた武具屋店主・リデルがしなを作り、紅で染めた唇に笑みを刻む。ラッドは目礼であいさつに代えた。
「で、なんのご用でいらしたの?武具のお手入れかしら?」
「あ、いや…俺じゃなくて…」
 背後にいる同行者に目をむければ、少年は目深く被っていたフードを払いのけ、一歩前に進み出た。
「あなたの店で武装を整えるよう、ガフガリオンから言われました」
 相も変わらず抑揚のない少年の声音に、ラッドは少し意外に思った。
 ガフガリオンと旧知の武具商人リデルは、かなり変わった人物だ。男なのに、髪を伸ばして留め具で一つにまとめ上げ、スカートをはき、ヒゲを剃った顔に洒落た化粧をし、女言葉を話す。一見すれば女装癖のある怪しい人物なのだが、本人は平然としている。以前理由を問うと、「自分の身体がなんで男なのかわからない。」と答えてくれた。
 しかし、そう言われて、ああそうですかと素直に認める者は圧倒的に少ない。頭のおかしい男と眉宇をひそめられ、同性愛者と白眼を向けられ、教義に背く者として教会からは破門されている。
 ラッドとて今でこそ平気だが、初対面の時は天地がひっくり返るくらいの衝撃を受けたものだ。
 ところが、傍らの少年の表情に、嘲り・侮蔑の色はうかがえない。ただ静かに、店主を見据えている。
 リデルは口を半開きにして少年を凝視していたが、やがて艶やかに微笑んだ。
「気に入ったわ。坊や、年はいくつ?」
「坊やではありません。ラムザという名があります」
 少年の声に初めて険しいものが混ざった。
「ラムザね。あたしはリデルよ。で、年は?」
「武具となにか関係があるのですか?」
「もちろんよ。成長期だったら体格が変わるかもしれないからね」
「今年で一七になります」
 質問の内容に納得したのだろう。声音が元の平坦なものに戻っていた。
「その年でその背丈だと、まだまだ成長する可能性があるわね。となると、あれがいいかしら。身体に合うか確認するからついてきて」
 リデルの手招きに応じる形で少年もカウンターの奥へと消え、店内にラッド一人が残される。店内と言っても寒々しいくらいに何もなく、カウンターの傍に来客用の椅子が数脚あるだけである。盗難を避けるために、この店では商品は全て二人が向かった奥の部屋に置かれているのだ。
「ラッド、ちょっと店番よろしくねぇ」
「へ〜い」
 ラッドは適当に返事し、椅子に腰掛ける。カウンターに片肘をつき、てのひらに顎をのせた。偶然できてしまった時間を回想や空想に費やしていたのだが、他の客も現れないことから退屈のあまりにうたた寝してしまったようだ。金属同士が擦れる澄んだ音と近づく他者の気配に意識を取り戻せば、カウンターを挟んだ向こうに着替え終えた少年がいた。
「…へぇ」
 葡萄色のインナーに同系色のプレートメイル。肩当てと肘当てにはスパイクが伸びており、近接戦闘における攻撃力を高めている。下肢には赤茶色のズボンを着、鱗状に細長い長方形の板金を幾重にも重ねた鉄靴を履いている。視界が制限されることを嫌ってか、兜は被っていない。黄金色の髪で縁取られた彫像めいた顔が顕わにされていた。
「似合うじゃないか」
 ラッドの口から零れた言葉は、世辞ではなく本心である。実際、あしらえていたかのように違和感なく、堂々とさえしているようにもみえたからだ。
「………」
 少年は何も言わず、顔色どころか眉一筋も動かさずに、ラッドから視線を逸らした。青灰の瞳が見つめる先には、奥から戻ってきたリデルがいる。両腕には数本の長剣を抱え持っていた。
「剣だけど、どれがいいかしら。使い勝手が良いと思うものをいくつかもってきたけど」
 リデルの手によってカウンターに並べられていく大小様々な刀剣のうち、少年が興味を示したのは全長八〇センチ、刃幅四センチほどの片手剣だった。
「抜いてみていいですか」
「どうぞ。でも、ここでは狭いからあっちでしてね」
 少年は素直にカウンターを超え、店内の中央で鞘を払う。青眼に構え、自然かつ滑らかな動きで上段に振り上げ、一息に振り下ろす。剣の軌跡が銀色の残光となって、ラッドの目に残った。
「ちょっと重い、かな…」
「それ以上軽くすると強度と耐久性が下がるの。大丈夫、使っていくと慣れるわ」
「そう…ですか。ではこれを」
「毎度あり。えっと、その剣が一六〇〇、鎧が三〇〇〇、ブーツが一〇〇〇、インナーの替え三点が三〇〇。合計で五九〇〇ギルになるけど、お得意様特価で五五〇〇ギルにまけるわ。」
 まけると言うが、五五〇〇ギルでも充分に大金だ。一昼夜なんの心配もせずに娼館で思う存分遊べる金額である。
 ところが、少年は怯む様子も見せず、財布から金貨一枚を取り出しカウンターにおいた。
 ラッドは思わず少年の横顔を凝視したが、当の本人は平然としている。金貨なんぞ見慣れているような風情だ。この瞬間、ラッドは少年に対して一つの確信を抱いた。
「お釣りをください」
「ちょ、ちょっと待って!」
 駆け込むように奥の部屋へと消えた店主が釣り銭を詰めた革袋と共に戻ってくるまで、かなりの時間を要した。


 イグーロス城下の西外れにあるリデルの店から拠点である<<風鳥亭>>に戻る道中、ラッドはずっと機会を窺っていた。彼の背後には、数歩の距離を保って傭兵志願の少年が歩いている。少年は無駄口を叩かない主義なのか、リデルの店を出て以来一言も話さない。薄茶色の外套で購入した鎧を、目深く被ったフードで顔を隠し、黙々と後に続いていた。
 人でごった返す大通りの混雑を避けるため、ラッドは裏道に足を踏み入れた。隣接する建物が日の光を遮り、影に沈む狭い道を十歩ほど歩き、振り返る。つかず離れずの距離を保って、少年も立ち止まった。
「おい、俺はラッドだ」
 唐突な自己紹介だとはラッド自身も思うが、抱いた確信を事実にかえるためには必要な手続であるのだから、仕方ない。
「知っています」
「ガフガリオンさんから聞いたってか?」
 少年は無言で頷いた。
「で、お前の姓名は?」
「ラムザ」
「なぜ貴族の証である姓を名乗らない?」
 少年は答えない。だが、質問を発した瞬間、少年が外套越しにでもはっきり見て取れるくらいに身体を硬直させたことを、ラッドは見逃さなかった。そして、その反応が、ラッドの推測が正しいことを証明していた。
「貴族だからってとって食おうとは思っちゃいない。ただ、傭兵の先輩として善意の忠告をしてやろうと思っただけさ」
 沈黙が翼を広げ、暫し両者の間を包んだ。
「どうしてわかった?」
「金貨を持ち歩く平民なんて、いやしないんだよ」
 気まずそうに視線を泳がせる少年に、ラッドは本題を突き付ける。
「貴族なら貴族らしく騎士になりな。傭兵は騎士とは違う」
「…違うって、どこが?」
「どこがって、お前――」
「騎士は大義名分のために人を殺す。傭兵は金銭を得るために人を殺す。殺人を犯す点において、何ら変わらない」
 あまりにも冷徹な指摘に、ラッドは度肝を抜かれた。
 沈黙が、より大きく、より深く、その翼を広げる。はね除ける言葉を、ラッドは持っていなかった。

***

 おろしたての鎧と剣を装備した少年が、副団長バダムの指示に従って、垂直跳びや反復横跳びなどの運動を行う。約10キロの重量を背負っているにもかかわらず、少年の動きは機敏だ。なかなかの数値をたたき出していく。
 これには、女めいた容姿に野次を飛ばしていた傭兵達も口ごもり、基礎体力測定が終わる頃には真剣な眼差しに変わっていた。
「次は、誰かと対戦してもらうわけですが」
「オレがする!」
「いや、おいらだ!!」
「俺も!」
 バダムの言葉に、遠巻きにしていた男達が次々と手を挙げる。少年の強さを実戦形式で体験してみたくてたまらないのだろう。
 見物者中ただ一人挙手しなかったラッドは、誰が最初に挑むか揉めだした仲間達を尻目に、その場をそっと離れた。テストに立ち会わなければならない立場にある人物を求めて、裏庭から玄関に回り、扉を無造作に押し開く。予想通りと言うべきか、団長ガフガリオンは、がらんどうの食堂の片隅で一人酒を飲んでいた。窓から差し込む陽光に酒瓶が反射し、琥珀色の影が卓に映っている。
「見なくていいんっすか?」
 歩み寄りながら問いかけると、
「必要ないからな」
 ガフガリオンは断言し、酒をラッパ飲みする。言い切る様が、見なくても結果がわかると告げているようにラッドには思えた。それも、決して悪い方にではなく。
 卓を挟んで正面に立ち、質問を投げかける。
「ガフガリオンさん、あいつは何者っすか?」
「…知り合いの弟だ」
「ダークナイト・ガフガリオンに弟を託す酔狂な貴族がいるとは思いませんでしたよ」
「酔狂か、確かにな」
 白い髭に覆われた唇が動き、笑みの形に変わる。ラッドではない誰かに向けられた黒瞳に、剣呑な光が宿る。背筋に冷たい液体が一滴流れ、ラッドの右足は思わず半歩下がった。
 反射的な反応に気づいたガフガリオンは感情を抑制し、視線をラッドに戻す。
「テストに合格すれば、お前とコンビを組ませようと思っている。面倒ぐらいみてやるンだな」
「必要ないかもしれないっすけどね。人殺しという点では騎士も傭兵も変わらないと言いきった、冷めたヤツっすから」
 窓から流れた風が、雄叫びと喚声を運んでくる。
 どうやらようやく対戦が始まったらしい。命を張り合う戦の緊迫感には及びもしない模擬戦だが、剣戟の音は戦士の血を騒がせる。誘われるように、ラッドは食堂から出ていった。
 一人食堂に残ったガフガリオンは、再び口元に笑みを刻む。見る者を無条件で畏怖させる、獰猛な笑みだ。
「人殺しという点では騎士も傭兵も変わらン、か…」
 ラッドは冷めた見方と捉えたようだが、事実は違う。
 これは、絶望だ。信念を貫く剣を砕かれ、戦う意義を見失った者がたどり着く暗き深淵に、あの少年は立っているのだ。
 もっとも、少年の出自と事情を知るガフガリオンだからこそ分かったことだ。わざわざ他人に説明するつもりはない。本人が言うのは勝手だが、あの少年は決して公言しないだろうと確信していた。
 なぜなら―――

『貴公はあれが余計なことをしないよう見張り、みせつけてやればいいのだ。“現実”というものを』
『地獄だぜ?』
『構わん。それこそがあれの望みだ』

 傷口には、薬草ではなく塩を塗れ。血に穢れた身体は、水で清めるのではなく更なる流血で彩れ。くずれ落ちそうになる身体には、手を差し伸べるのではなく恫喝と鞭を与えよ。
 北天騎士団の正軍師から依頼されたのは、ダークナイト・ガフ=ガフガリオンがいかなる存在かを十分理解した上での仕事。だからこそ、彼は引き受けた。
 現実の辛さから逃げ出した者に対し、より残酷な現実でもって鞭打つ。
 はたして、どうなるか。心が砕け、廃人になるか。全てを諦念し、無為に流れるままに生きるか。それとも、激痛に顔を歪めつつも、両の足で立ち続けるか。
「おもしろいことになりそうだ」
 内から沸き立つ高揚感は、アルコールでは到底得られないものであった。

***

「すみません、あいにくと空き部屋がなくて」
 仮の寝床としてラムザが案内されたのは、酒場に隣接するチョコボ厩舎だった。掃き清められた一角に、柔らかそうな藁が山積みにされていた。
「明朝にはイグーロスを出立しますから、今夜一晩だけです。我慢してください」
 親子とも言えるほどに年が離れている副団長バダムが、申し訳なさそうに言う。ラムザは無言で頭を振った。慣れぬ者達と雑魚寝するより、数段ありがたかったから。
 起床予定時間を伝え、バダムは厩舎から立ち去った。扉が音もなく閉められる。夕闇に染まった厩舎は、ラムザ一人とチョコボ数羽の空間となった。
 とたんに、酷使した筋肉が悲鳴をあげ、鎧の重みが両肩に押しかかる。崩れ落ちそうになる膝を渾身の力で堪え、寝藁の上に倒れ込んだ。柔らかくて暖かい干し草の感触を腹で感じながら、右腕を心持ち上げた。
(筋肉が落ちている。体力も…)
 三週間近く鍛錬をしていなかったから、当然だ。しかし、ラムザは傭兵と戦うまで、気づきもしなかった。連続して行われた三回の対戦は、虚勢で上がりそうになる息を堪え、気力で身体を動かし剣を振るったにすぎない。
 正直、ラムザは合格するとは思っていなかった。
 しかし、バダムは「満場一致で合格です」と言った。満場一致というからには、団長のガフ・ガフガリオンも賛成したのだろう。しかし、試験の最中、ラムザは彼の姿を確認していない。
(あの男は、なにを基準に自分を認めたのだろう)
 脳裏に浮かべたガフガリオンの顔から意図を推察しようと努力するが、かなわない。闇夜のように暗い瞳が、阻む。抜き身の刃のように鋭い灰褐色の瞳が、ちらつく。
(ダイスダーグ兄さんの意志…なのだろうか。もしそうだと仮定すれば、あの兄は、いったい何を考えているのだろうか。あの男にとって、なんの利益があるというのか)
 思案を凝らしてみるも、頭が朦朧として考えがまとまらない。まぶたが途方もなく重い。
(いいや、今日は寝てしまおう。疲れた…)
 目を閉じれば、期待した睡魔がすぐさま訪れる。薄れていく意識の片隅で、ラムザは疲労困憊の身体に感謝した。
 ―――今日は、二度と戻ってこない日々を思い出さずにすむ…。

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