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三日遅れのバースディ

「あっ」
 ディリータはとっさに手を伸ばしたが、間に合わなかった。ズボンのポケットから滑り落ちたそれは、大きな弧を描き、澄んだ金属音を立てて板張りの床を転がっていく。そして、
「…ん?」
 偶然反対側から歩いてきた人物の足に引っかかることによって、止まった。ここ数ヶ月で培った条件反射だろう。ディリータは人影を認識した瞬間に気をつけの姿勢をとり、相手が自分と同じ年の若者であることを確認した次の瞬間にはその姿勢を解いていた。
「認識票、ようやくもらえたのか」
 面前の相手は身体を屈めて拾い上げ、手の中にある金属片をまじまじと眺める。
「支給された直後に紛失するようなことがあっては、管理能力が問われることになるぞ」
 揶揄と気遣いとが半々の比率で混合された声音に、ディリータも気安げに応えた。
「以後、気をつけるさ」
 差し出された金属片を受け取り、相手の横をすれ違う。自分にあてがわれた部屋へと向かうために歩み出したディリータだったが、不意に言われた言葉にその足は止まった。
「おめでとう」
「――…は?」
 振り返れば、若者は暖かみのある笑顔をこちらに向けている。
「三日前が誕生日だったんだろう」
 予想外の指摘に、ディリータの頭は一瞬真っ白になった。
「今度の休みにでも食事をおごるよ」
 ディリータがようやく状況を把握したときには、若者は右手を軽く振って立ち去ろうとしていた。ディリータは慌ててその背中に声をかける。
「ありがとう、イズルード」
「あんまり高いのは勘弁な」
 相手はそう言い残して、廊下の角の向こうに消えた。


 自室に戻り、ドアを閉める。
 一人だけの空間で、ディリータは握っていた認識票を改めてみつめた。
 縦が三センチ、横が五センチの長方形の金属片に、三行にわたって文字が刻まれている。最初の一行は己の氏名。次が、教会の神殿騎士である旨。最後が、先ほどイズルードが指摘した事柄。
「誕生日、か…」
 右手が無意識に、胸のペンダントをまさぐっていた。

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