Happy Birthday! Delita!!>>Novel>>Starry Heaven

Happy Birthday! Delita!!

「…というわけで、頼むぞ。ディリータ」
 机に腰を下ろして、ジャック教官はこともなげに言う。
 一方、ディリータは片眉をわずかに動かした。
「あの、どうして、俺にその役目を頼むのですか?」
「ルームメイトで、かつ、あいつとのつきあいが最も長い。お互い気心知れた間柄。違うか?」
「それは否定しませんが…しかし…」
「これは、教官命令だ」
 反論を封じ込めるように教官は言う。
  『命令』と言われれば、士官候補生であり、かつ彼の指導を仰ぐ身としては、異議を唱えることはできない。ディリータは渋々復唱した。
「ディリータ・ハイラル。これよりベオルブ候補生の捜索に向かいます」
「頼むぞ」
 教官は実に満足そうに頷いた。


 教官の個室を退出するなり、ディリータはため息を一つついた。
「あいつが姿をくらます度に、どうして俺が探しに行かなくちゃいけないんだ。用があるなら、教官が探せばいいだろうに…。」
 口ではそうぼやきつつも、頭では…、
 今日は曇りで肌寒いから、屋外で昼寝をしているということはない。となれば、レポートの不備という教官の用件から推察するに、調べ物をしていてそのまま熱中している可能性が高いな。図書館に行ってみるか。
 幼なじみの行動パターンを分析しているディリータであった。


 図書館には探し人はいなかったが、イゴールがいた。手元に数冊の本を広げ、内容を帳面(ノート)に書き写している。近づいて覗き込んでみれば、モンスターの生態について書かれている本だった。
「何か用か?」
 書物に影ができたことでこちらに気づいたのか、イゴールが顔を上げた。
「ラムザをみなかったか?」
「向こうの席にいたが」
 イゴールは入り口から一番遠い席を指さし、首を傾げる。そこは空席だった。
「今はいない、か。調べ物の邪魔をして、すまなかった」
 立ち去るべく入り口に向かおうとしたディリータだったが、何かを言いたげな気配をイゴールが示したので、振り返った。
「何だ?」
 椅子から腰を浮かした彼は、しばし、緑の瞳を宙に彷徨わせていたが、
「…いや、なんでもない」
 椅子に座り直す。ディリータは気にしなくてもいいとの意思表示代わりにかぶりを振り、図書館を退出した。


 図書館にいないとなると、部屋でレポートの是正をしているか?
 そう考えたディリータは自室に戻ったのだが、ここにも探し人はいなかった。ドアの向かいの壁際に設置された二つのベッドにも、二人共有のサイドテーブルにも、ベッドを挟んで設置されているそれぞれの机にも、今朝それぞれが選択した座学を受けに一緒に部屋を出てから変わっていないように見える。
「ここにもいないのか。一体どこに行ったんだ?」
 首を捻って室内をぐるぐると歩く。五、六周ほど回った頃、ディリータはある可能性に思い至り、部屋を飛び出た。廊下を歩き、階段を下り、一階にある寮母の部屋をノックする。幸いというか、寮を管理維持する初老の女性は在室しており、ノックの音にすぐ応じてドアを開けてくれた。
「外出許可を得ている候補生の中に、ベオルブ候補生はいますか?」
 ドアが開くなり尋ねるディリータに、寮母は白い眉を怪訝の形に寄せる。
「分かっていると思うけど、日暮れまでは候補生の責任において自由行動が保障…」
「指導教官から彼を捜すよう指示されているのです。教えてください」
 ディリータは何十回も聴いた説明を途中で遮る。寮母は「そういうことなら」と納得し、
「今日届出が出ていたのは、ハルバートン候補生だけだよ」
 と、教えてくれた。
「そうですか。ありがとうございました。失礼します」
「いえいえ」
 お互い会釈をして、寮母は扉を閉ざし、ディリータは談話室方面へ足を向ける。歩きつつ思案を凝らすが、妙案も直感も閃かない。内心で唸っていると、遠くから爆音が響き、建物全体が揺れた。
「な、なんだぁ!」
 疑問に思ったのはディリータだけではなく、談話室で寛いでいた候補生達が続々と廊下に飛び出してくる。
「火事か!?」
「煙はないが…」
「では、魔法の失敗か?」
「実戦以外で魔法を使用することは固く禁止されているはずだ。テロ行為ではないか?」
 彼らは口々に事態を想像し、原因を確かめるべく爆音が聞こえた方向へ駆け出す。ディリータもそのあとに続いた。人が大勢集まるのなら、その中にラムザもいるかもしれない。そう思ったからだ。
 野次馬達の流れに沿うように歩いた結果、たどり着いた先は食堂だった。何かが焦げた臭いが充満している。
「もう、イリアの馬鹿、どうしてくれるのよ!」
「うう…ごめんなさい」
 二種類の声がディリータの耳を打つ。聞き覚えのある声に、ディリータは人混みをかき分けるように進む。予想通りというべきか、カウンターの向こう――厨房には、カンカンに怒っているマリアとしょげ返っているイリアがいた。二人とも、普段着の上にエプロンを着、頭には三角巾をまいている。
「どうするのよ! もう一度作り直す時間はないのよ」
「…うう。で、でもね、火力が足りないなら他のもので補えばいいと考えない?」
「たしかに『オーブンの温度が上がらない』と私は言ったわ。だからって、火炎魔法を中に放り込むことないでしょう。おかげで生地は真っ黒…ううん、炭になっちゃったじゃない」
「何の生地だ?」
 ディリータがそう口を挟むと、二人の女子候補生は実に勢いよく振り返った。首がねじ曲がるのではないか、とディリータが心配したほどだ。
「ディリータ、あなた、いつからここにいたの?」
 顔をひきつらせたマリアが聞き返してくる。
「ついさっきだが…二人ともそんな格好して何を作っていたんだ?」
「あぁ! 何でもないの、気にしないで気にしないで」
 ディリータの視界を防ぐかのように、イリアは両手をぶんぶん振り回す。その顔には、狼狽の色が濃い。
「『気にするな』と言われても、その態度だと余計に気になるが…」
「あなたには関係ないの。…今のところは」
 最後の言葉は独り言のように呟かれたので、聞き取ることはできたが意味が分からなかった。ディリータは尋ねようと口を開きかけたが、
「それよりも、あなた、ここで何をしているの?」
 先手をマリアにとられる。
「ジャック教官から頼まれてラムザを探しているんだが」
「ああ、ラムザね! 私達は知らないわよ。ね、イリア?」
「う、うん。午前の講義が終わって以来ここにいるけど、わたしたち見てないよ」
 ねぇ、と彼女たちは顔を見合わせる。
 無理矢理こちらの意識を反らすような二人の口調が、かなり怪しい。何か意図でもあるんじゃないか?
 そう思ったのだが、口に出す機会を逸した。
 爆音と騒ぎを聞きつけた寮母が食堂になだれ込んできて、状況を見、元凶たる二人を厳しく説経し始めたからだ。巻き添えを避けるため、ディリータはそそくさと食堂をあとにした。


 再度戻ってきた自室で、ディリータは自分用のベッドに腰を下ろす。室内を見渡し、変化がないことを確認し、そして思案を凝らす。
 図書館にはいたようだが、退出したあとだった。
 午前の講義が終了して以後、部屋に戻った気配はない。
 休憩がてらに、食堂や談話室に行った形跡もない。
 外出届出は出ていない。
 以上から導かれることは、構内で、かつ、屋外のどこかにいる?
 ある場所がディリータの脳裏に閃く。床に足を下ろして室内を歩き、ラムザのクローゼットを開く。やっぱりというべきか、中にはあるべき物がない。ハンガーに掛けてある青の上着をとり、隣のクローゼットから自分のも取り出し、ディリータは部屋を出た。


 落ち葉が降り積もった雑木林の中を歩いていると、びゅっと空気を裂く音が微かに耳に届く。聞き覚えのある鋭い音に、ディリータは確信の笑みを浮かべて足を速める。密集していた木々が唐突に途切れ、視界が広がった。
 緑色と薄茶色とが混在してる小高い丘で、こちらに背を向けるように立っている人影。
 手にした剣を左腰の鞘に収め、ふぅと息をつく。
 その視線の先にあるのは、灰色の空に沈むガリランドの町並み。
 肌を刺す一陣の寒風に、薄い青の服の裾がなびき、うなじ辺りで一つに結わえた金髪がよそいでいた。
「お前はここで剣の稽古をするのが、本当に好きだな」
 声を掛ければ、ラムザは振り返り、ふわりと笑った。
「うん。他人の目を気にしなくてもいいからね」
 そう言い、ちらりと左腰に視線を走らせる。腰帯に留められているのは、普段構内で持ち歩いている模擬刀ではなく、彼が一〇歳のときから使っている真剣であった。
 『真剣の重みを忘れた者は、やがて剣がもつ責任をも忘れてしまう』
 ベオルブ家に伝わる教えの一つに、そんな言葉がある。
 真剣が持つ鋭い刃。その刃が白日にさらされるとき、必ず、他人を傷つける。自分に正義があろうとも、相手に非があろうとも、その事実に変わりはない。剣が凶器である本質を見失わず、忌避することなく、糾弾の言葉に目を逸らすこともなく。
 そんな戒めの気持ちからだろう。彼は、真剣を持ち出し、人気のない場所で素振りをすることが多かった。
「ディリータはどうしてここに居るんだ?」
 その質問に、ディリータは我に返る。
「ジャック教官が呼んでいたぞ」
「あっ」
 ラムザは懐中時計をポケットから取り出し文字盤を見る。露骨にしまったという顔をした。
「まだこんな時間か。予定よりも早いな」
 ぼそりと呟かれた言葉は、静かな草原では殊更よくディリータの耳に届いた。
「早いってどういう意味だ? 教官は俺にお前をさっさと探してくるよう言っていたぞ」
「あ、いや…その…えっと…」
 ラムザは視線を左右に彷徨わせて、言い淀む。
 ディリータは動揺顕わな幼なじみをじっと見つめる。
 気まずい沈黙が、二人の間を漂った。
「ひとまず、教官の所へ行こう。急ぎの用事だったみたいだしな」
 吐息混じりにディリータは言い、青の上着を差し出す。
「お前はいつも薄着過ぎなんだよ。もう冬至まで一カ月もないんだぞ。上着くらい持ち歩け」
「………」
 ラムザは意外そうに目をパチパチと瞬いている。
「なんだ?」
「ディリータ、君…いや、なんでもない。わざわざ持ってきてくれてありがとう」
 にっこり笑ってラムザは上着を袖に通す。
 ―――今日は含みのある口ぶりに会うことが多いなぁ。
 胸中でディリータは一人呟いた。


 もっとも、その疑問は教官の個室にたどり着くなり、解決する。
 ディリータが扉前で二人分の名を告げてドアノブを押すなり、
「ハッピーバースディ! ディリータ!!」
 複数の声が響き渡る。
「へ?」
 ディリータはあっけにとられる。
 室内は、先程尋ねたときとは一変していた。
 まず室内には、ジャック教官のみならず、彼の指導を受けている同期生――アデル、イゴール、マリア、イリアもいた。皆、にやにや笑っている。
 中央にある応接用のテーブルには黒い固まりを中心にクッキーやビスケットなどのお茶菓子が並べられ、椅子の位置に対応するように七人分のカップが置かれていた。
「ディリータ、今日、何日か解ってる?」
 隣にいるラムザが、呆れたように言う。
 数秒後、ディリータは、はっと気づいた。
「人馬の月三日…、俺の誕生日」
「よくできました」
 幼子に諭すような口調でラムザが言い、
「ラムザ、もうちょっと時間を稼ぎなさいよ」
「あと半時間はほしかった」
 マリアとアデルがなじるように言う。
「思ったよりも丘に来るのが早かったんだ。イゴール、君ちゃんと図書館で足止めしてくれた?」
 ラムザがイゴールに視線を向ければ、
「すまん、無理だった」
 と、肩を落とす。
「まあ、仕方ないよ。人には向き不向きがあるよ」
 慰めるようにイリアが口を開けば、
「あなた、本当に反省しているの?」
 マリアがじろりと彼女を睨み付け、テーブルの中央にある黒の物体を指さす。
「うう、ごめん。もうしません…」
 話が見えないディリータは目を白黒させる。
 混乱している様子を面白そうに眺めていたアデルだったが、主役たる人物がいつまでも呆けているのはつまらないので解説をする。
「ディリータに内緒で誕生パーティの準備を整えるため、それぞれ役割分担をしたんだ。教官は会場の提供。イゴール、ラムザはディリータの気を逸らす。マリアとイリアがケーキを作る。俺は街へ行って食料を買い出す。とまあ、こんな具合だ」
「ケーキはイリアのせいで失敗したけどね」
「だから、ごめんって」
 イリアが悄然と頭を垂れた。
「理解できたのなら、さっさと入ってこい。ケーキがなくても、茶菓子ならいっぱいあるぞ」
 せかすように教官が手招きする。
「ディリータ。ほら、行こう」
 ラムザが腕を引く。
 現状がようやく理解できたディリータは、心弾む感情のままに顔を綻ばせた。

↑ PAGE TOP