誓いの剣(3)>>Novel>>Starry Heaven

誓いの剣(3)

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「ディリータ、どうした?」
 頭上から声が降ってくる。ディリータがはっと顔を上げれば、目の前には茶色の革ズボンに包まれた逞しい両脚がある。そろそろと目線を上げれば、焦げ茶色の上衣に鈍色の胸当てを着けている三十半ばの男性がこちらをじっと見ていた。彼は、正門を警備する兵としてベオルブ家に雇われた人であり、ディリータにとっては顔なじみともいえる人である。ラムザが屋敷を抜け出す際、内緒で正門の詰め所から外へ送り出しているのが彼であり、真っ先にそのことをディリータに教えてくれるのも彼だったからだ。
「ウインターさん」
「顔色がすぐれないようだが、身体の具合が悪いのか?」
 ディリータは答えることができなかった。
 彼は困惑していた。
 面前にいるのが、バルバネスではなく門兵のウインターであることに。
 周りの景色が、ベオルブの当主の自室から廊下に変わっていることに。
 数秒経っても口を開かない少年にウインターは怪訝に思い、片膝をついた。どこか茫然としている榛の瞳を覗き込みつつ、再度同じ質問をする。
「ディリータ、具合悪いのか?」
「えっ、あ、いいえ。そんなことないです」
 ようやく質問が理解できたディリータはぶんぶんと頭を振る。ウインターは苦笑めいた表情をし、右手でディリータの髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。
「子どもが虚勢を張ってもすぐばれるだけだぞ」
「きょせいなんてはっていません!」
 虚勢とはどういう意味だろう、と頭の片隅で思いつつディリータは反論する。
 ウインターは小さく噴き出し、栗色の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「その調子なら今すぐ寝込んでしまうようなことはないな。だが、顔色が悪いのは事実だぞ。部屋にもどって休みなさい」
 なっ、とウインターはディリータの目を覗き込んで言う。
 心配してくれているんだ、と感じたディリータは素直に頷いた。
「…はい」
「部屋まで送れたらいいんだが、オレはここから離れられないからなぁ。」
 申し訳なさそうに言う彼の視線の先には、胡桃材の扉がある。ルームプレートに書かれたRamzaという文字を見てディリータは現在位置を認識し、門兵であるウインターが邸内にいる理由を察した。
「だいじょうぶです。一人で帰れます」
「そうか。気をつけてな」
「はい」
 ディリータはぺこりと頭を下げ、上げるなりウインターに背を向けた。心配そうな視線が背中に注がれているのを感じたから、彼は振り返ることなくゆっくりと足を運んだ。黒っぽいタイルが敷かれた廊下を歩き、石造りの回廊を渡り、離れの門扉をくぐる。屋内はし〜んと静まりかえっていた。人の気配が全くない。
 皆、明日の準備に追われているのだろうか。
 あした…ラムザの十回目の誕生日…佩剣の儀…。
『君が剣を欲するのは、なぜだ?』
 脳裏にバルバネスの質問が蘇る。ディリータは木の床を蹴り、自分の部屋に駆け戻った。扉にしっかりと鍵をかけ、ブーツを脱がずにベッドに倒れ込む。瞼を閉じ、頬に当たるシーツの感触を楽しんでいると、ふと思い出した。
『急いで答えを出すことはない。ゆっくり考えなさい。君が剣を必要とする理由を』
 質問に答えられず凝然としていた自分に、バルバネスが優しくそう言ったことを。
 そして、退出が許されるなり、お辞儀をすることも忘れてベオルブの当主に背を向けたことを。
「つるぎをひつようとするわけ、か…」
 面白そうだと思ったから。
 型の一つ一つがきちんと決まって技となる瞬間が、心地よいから。
 ラムザと一緒に受ける剣術の稽古が、楽しいから。
 幾つかの事実が頭をよぎるが、口に出す前に霧散していく。
 違うだろう、と心のどこかが言っているのだ。どれも嘘偽りはない。しかし、鋭い灰色の瞳が要求するものはそんなものではないはずだ、とも。
 では、どんな答えならば、納得してもらえるのか。
 ディリータは瞼を開き、顔を上げた。頭を巡らせば、彼にとって最も身近にあるといえる剣――ラムザから借りっぱなしの木刀が、机の脇に立てた状態で置かれている。剣術の修練において最初に持たされる武器。上達すれば、武器は木刀から刃を間引いた練習用の鉄剣に変わり、最終的には重く鋭い真剣を持つことになる。
 ディリータにとって、剣は珍しいものではなかった。ベオルブの本邸には、剣は至る所にあった。大広間には装飾用の大剣が一振り飾られているし、ベオルブ家の成人男性は、皆、当たり前のように腰に剣を帯びている。いつも一緒にいるラムザも、当然のように剣術の稽古をしている。
 しかし、よくよく考えてみれば、剣が常にディリータの傍らにあったわけではない。
 両親が健在だった二年前までは、剣という物を見たことはなかった。剣と無縁の生活を送っていた。騎獣の育成・調教や畑仕事に必要とされていたのは、剣ではなく鍬や鋤などの農具だった。
 父母を黒死病で喪い兄妹二人揃ってベオルブ家に引き取られて、ラムザやアルマと一緒に過ごすようになって、剣は徐々に未知の物から見慣れた物になった。

 そして、今。
 剣を自分の物として受け入れるか否かが問われている。

 ディリータは身を起こし、木刀に手を伸ばした。片手で持ち上げてみれば、馴染んだ重さと硬さが手にくる。瞬きも忘れるほど凝視し、ディリータは己の内面を探り始めた。
 心の奥底にある、漠然とした感情の正体を見極めるために。


***


 扉を何度もけたたましく叩く音に、ディリータは重い瞼を無理矢理こじ開けた。閉め切ったカーテンから漏れる光が帯状に降り注ぎ、室内のひんやりとした空気を和らげている。
 ぼんやりした頭を軽く振り、半身を起こす。手元に転がっていた木刀を枕の方へ追いやり、ベッドから起きあがった。頭の奥がずきっと痛む。風邪かと一瞬思ったが、身体が熱っぽいということはなかった。喉が痛いということもない。
 ドアを激しくノックする音は、まだ、続いている。
 ディリータは立ち上がり、扉前に移動した。
「ふぁい、いま、開けます…」
 あくびしつつ鍵を外してドアノブを引けば、耳に飛び込んできたのは怒鳴り声だった。
「もう、兄さん、どうしたのよ!」
「ティータ…?」
 扉の向こうには、腰に両手をあてて眉をつり上げた妹がいた。
「夕食どころか朝食さえも食べずに、部屋に鍵をかけて閉じこもって何しているの! 具合が悪いなら言ってよ。心配しちゃうじゃない!」
 ティータは半泣き状態で叫んでいる。ディリータはぱちぱちと目を瞬いた。
「夕食…朝食? じゃ、いまは一〇日の昼か!?」
「兄さん、人の話を聞いている?」
 ティータは面前の兄を睨み付ける。その目尻にうっすらと涙が滲んでいる。ディリータはうろたえた。
「わ、悪い。聞いている。その、考え事をしてたら、いつの間にか寝ていたらしくて…。とにかく、心配かけてごめん」
 ディリータは頭を深く下げる。
 数秒の沈黙の後、ティータが声を発した。
「具合が悪いわけじゃないのね?」
 顔を上げれば、妹はまだ心配そうにじっと見ている。ディリータは大きく頷いた。
「ああ、大丈夫だ」
「なら、いいんだけど」
 ティータは微かに吐息し、先程の兄の質問に答えた。
「今日は一〇日で、午前十時を少し過ぎた頃よ」
「もうそんな時間なんだ」
「簡単な物しかできなかったけど、ご飯持ってきたの」
 小さな指がある一点を指さす。正体を確かめるべくディリータが扉を全開させると、そこには複数の皿を載せた銀のワゴンがあった。
 皿にはスモークしたチキンを挟んだサンドイッチやチーズのドレッシングがかけられたグリーンサラダ、ウサギの耳をなぞえて皮をカットしたリンゴが盛られてある。
 それらを見た途端、ディリータの胃袋は盛んに空腹を訴えた。廊下にまで響くような大きな音をたてて。
「お腹は正直だね」
 ティータはくすっと笑い、室内にワゴンを運び机に皿を並べていく。ディリータはむっつりと押し黙ったまま椅子に腰掛けた。
 おいしそうな食べ物が目の前に出されると、恥ずかしさよりも食欲の方がはるかに優る。よくよく考えてみれば半日以上何も食べていない。ディリータは妹の気遣いに感謝し、食事を平らげることに専念した。
 出された食事の全てがディリータの胃に収まり食欲が落ち着いた頃、ディリータはようやくある事実に気づいた。
 ティータの服がいつもと違う。汚れても気にしなくてもいい質素で丈夫な平服ではなく、上質の絹で織られた淡いピンク色の礼服を着ていた。普段は邪魔にならないよう一つに括っている髪も、今日は櫛で丹念に梳かして流し、右耳の後ろの一房だけを同じ色合いのリボンを編み込むように三つ編みにしている。
 兄の視線に気づいたのか、ティータは頬を赤らめ自分の着ている服を見渡した。
「マーサさんが着せてくれたんだけど、おかしい?」
「いや、かわいいよ。よく似合っている」
「よかった。兄さんの分もあるからね」
 嬉しそうに微笑む妹の言葉に、ディリータはきょとんとした。
「僕の分?」
「うん」
「なんで?」
「だって…」
「ディリータ、あんた、大丈夫なの!」
 ティータの声に覆い被さるように、別の声が響く。ディリータが振り返れば、エプロン姿のマーサが扉前に立っていた。彼女は大股で室内を歩き、ディリータの額に手を伸ばす。少しかさついた手によって前髪が掻き上げられた。
「うん、熱はないわね」
 首を傾げてマーサは言い、ディリータの額から手を放す。次いで、机の上に置かれた空の皿の数々をじっと見つめ、
「食欲もあるようだし、大丈夫ね」
 安心したように頷いた。ワゴンの下段に取り付けられた棚から何かを取り出し、ディリータに押しつける。反射的に受け取った彼は、視線を手元に落とした。目に写ったのは、黒っぽい上衣と同系色のスラックス、そして白のシャツ。どれも鈍い光沢があり、手触りがとてもよい。
「これなんですか?」
「あんたの礼服よ。儀式に参列するのに、普段着ではまずいでしょう」
 ディリータは驚愕した。
「え! だって、僕…」
「旦那様からあんた達を参列させるよう頼まれたの。時間がないんだから早く着替えなさい。サイズが合うか確認してあげるから」
「兄さん、わたしは廊下にいるね。着替えたら見せね」
 ティータはくるりとスカートを翻して部屋を出ていった。
「ほら、早くしなさい。わたしも着替えないといけないのだから」
 両手を腰に当てて、マーサがディリータに詰め寄る。相手が醸し出す奇妙な迫力にディリータは疑問を留置し、服を胸に抱えて椅子から立ち上がった。


 約一時間後。
 ディリータは馴染みのない服を着て、馴染みのない場所に立っていた。
「なんとか間に合ったわね」
 マーサがほっとしたような表情で言う。ディリータは辺りを見渡した。
 黒曜石の床。両開きの扉から壇上に向かって一直線に敷かれたえび色の絨毯。
 壇上には祭壇が設置されており、その上には、身長の倍以上の大きさのタペストリーが掲げられてている。緑地のタペストリーには、見たことがない動物、黒い翼を持つ白い獣が描かれている。
 天井は見上げる必要があるほど高く、中央に鉄の輪のシャンデリアが吊らされていた。
 室内の広さはよくわからない。綺麗な洋服を着た大勢の大人達が、絨毯を挟んでひしめいているからだ。人の発する息で、真冬にもかかわらず室内はかなり温かい。
「お、ディリータとティータじゃないか!」
 弾むような声に振り返れば、ウインターがいた。鎧姿ではなく、紺色を基調とした式服を窮屈そうに着ている。普段はぼさぼさの薄茶色の髪も、今日は服に合わせて丹念に整えてあった。
「どこの御曹司とお嬢様かと思ったぜ。二人ともよく似合ってるよ」
「ありがとうございます。ウインターさん」
 ティータがにっこりと笑う。一方、着慣れない服に緊張しているディリータは、
「どうも」
 としか答えられなかった。
「あら、わたしのことは誉めてくれないの?」
 マーサが拗ねるように着ているクリーム色のドレスを指させば、
「おぉ、これはマーサ殿ではありませんか。あまりにも普段とお姿が違うので、気づきませんでした。我が不徳をご寛恕あってお許し下さい」
 芝居がかった口ぶりでウインターが言う。マーサは「はいはい、どうもありがとう」とおざなりの謝意を表し、次いで口調を真面目なものに変えた。
「あんたも参列するの?」
「ああ、門兵代表さ。向こうには厨房代表のモーリスもいるぜ」
 ウインターが正面を指さす。ディリータが瞳を凝らせば、絨毯の向こう側の人だかりに厨房長がいた。濃い灰色の式服を着ており、普段誇らしげに着けている白のエプロンと帽子はない。じっと見ているとこちらに気づいたのか、手を軽く振ってくれた。
「厨房長まで儀式に参席させて、大丈夫なのかしら?」
「大丈夫だと思うぜ。今回の宴会は厳しい戦況のためか、規模を抑えたものになるらしいからな。ところで、気づいているか?」
「なにに?」
「この場にいる使用人達に共通することさ」
 マーサは辺りをきょろきょろ見る。数秒後、はっとした表情をした。
「なるほどね。旦那様、気をつかっているのね」
「そういうことだ。この佩剣の儀にあたって、分家の奴らが一悶着起こしたらしいからな」
「あの娘がベオルブ本邸を嫌っていた所以よね」
「ああ、そうだな」
 頭上で交わされる抑えた声での会話に耳を澄ましていると、ウインターがディリータに歯を見せてにかっと笑った。
「そうだ。二人は、この広間に入ったの初めてだろう」
「はい」
「そうです」
 素直に頷く子ども達に彼は気をよくしたのか、
「なら、儀式が始まるまで、オレが簡単にレクチャーしてやろう」
 会場となった『獅子の間』について説明をし始めた。


 今から三〇〇年前、ここバルカ半島を領していたザーミッシュ家が五万の兵でもって、王家に対して反旗を翻した。なぜって? 隣国ロマンダ国との密約があったとか、強欲な王族の一人から妻を差し出すように言われて腹が立ったザーミッシュ家当主が、決闘にかこつけてその王族を殺し責任を問われる前に先手を打ったとか、色々な説が言われている。しかし、実際のところは不明だ。ベオルブ家の歴史が重視するのは、反乱勃発の原因ではないだからな。その辺りは自分で調べてみると面白いかもしれない。
 まあ、とにもかくにも反乱は起こった。
 当時、王様は諸国を視察中で、急遽この城塞――当時はベレヌス城と呼ばれていたらしい――に避難し、対処を講じようとした。でも、手持ちの三千の兵だけでは不安に感じたんだろうな。近隣から兵を集めたんだ。だが、召集に応じたのは、一人の若者が統率する一千人程度の兵だけだった。他の名だたる貴族達は、なんやかんや理由を付けて召集に応じなかったそうだ。戦況がザーミッシュ家が優勢で、勝ち目のない戦に尻込みしたんだろうよ。
 戦さというのは、単純に言えば数を揃えた方が勝つ。向こうは五万、こちらは四千。まともな頭の持ち主なら、まず勝ち目はないと思うさ。
 王様もそうだった。意気消沈し、壇上に掲げていた紋章旗――アトカーシャ王家の双頭の獅子を見上げてこう言ったんだそうだ。
『百年以上続いたアトカーシャ家も、ここで潰えるか』と。そうしたら、
『いや、そんなことはありません!』
 と、力強く否定される。王様が顧みれば、そこには、ただ一人王の召集に応じた騎士階級の若者が跪いていた。
『陛下、僭越ながら私に策があります。任せていただけませんか』
 王様は半信半疑だったが、他に手段もない。反乱軍は間近に迫っている。そこで、若者に全権を委ねた。
 翌日、若者は数十人の手下とともに姿を消した。王様は「大口叩いて逃げ出したのか!」とカンカンに怒り、逃げ出す算段をし始めた。ところが、三日後に若者は戻ってきた。そして、「反乱に荷担した兵達の処遇を決める権限をすべて自分に与え、その旨を王の名において布告してください」と王に願い出た。毒を食らわば皿までという心理状態で、王は認め、布告を出した。すると、若者はにっこり笑ってこう言った。
『これで何の問題もありません。あと数日もすれば、反乱軍は内部から瓦解し、その数は激減するでしょう』
 ディリータ、そうだよ。実際そうなったんだ。
 なぜかって?
 反乱軍の兵五万といってもザーミッシュ家直属の騎兵は少なく、大半の兵は歩兵で、彼らは領主から徴兵されただけの農民達だったんだ。若者は反乱軍に忍び込み、歩兵隊のリーダーに幾つかの提案をしたんだ。
 まず、従軍している平民達の罪は一切問わない。
 次に、政争の道具とされた農民と奴隷達に謝罪の意を表し、賠償として自由と田畑に適した土地、十分な金銭を与える。
 最後に、彼らにその所有権を認め、いかなる事態になろうとも奪われることはない。
 これを聞かされた農民達も最初は信じなかったと思うぜ。貴族様が何を言ってやがるってな。
 マーサ、声が大きいって? ああ、つい興奮してしまった。わりぃわりぃ。
 で、どこまで話したっけなぁ…。そうだ、若者が提示した約束事だったな。恐らく城塞を留守にしていた三日間の間に、誠心誠意をこめて説得したんだと思うよ。人の心を動かすのは、やはり真心だと思うからな。また、王様の布告が出された翌日、ある歩兵が勇気を出して脱走しベレヌス城の若者に保護を要請した。彼は約束を守って手厚く遇したそうだよ。
 これが決め手になったんだろうな。反乱軍の歩兵達は隙を見ては脱走を始めた。そして、布告を出して五日後、反乱軍の勢力は直属騎兵の三千にまで下がった。一方、ベレヌス城の兵力は、元々いた兵に戦陣に立つことを望んだ逃亡兵・六千を併せて一万になった。機を逃さず若者は全軍突撃を命じ、反乱軍を殲滅した。
 王様は若者の英知と軍略をたいそう喜び、恩に報いたいと仰ったそうだ。若者の答えはこうだった。
『この地で生きる人々と共に生きることこそ、我が望みです』
 王様は若者に、この城とザーミッシュ家が領していた土地を下賜し、諸侯に加えるべく『ベオルブ』の姓を賜与した―――。


「その叙任式が行われたのが、ここ『獅子の間』なんだ。いうなれば、ベオルブ家始まりの場所なんだぜ」
 ウインターは壇上を指さした。
「今はベオルブの紋章旗がかかっているけど、叙任式時には王家の紋章旗――聖印を抱く双頭の獅子が飾られていたんだ。その名残で、今もなお『獅子の間』と呼ばれている。わかったか?」
 ディリータはとまどった。
 ウインターの説明には難しい単語が多く使われていたため、すべて理解できたとはいえなかったからだ。どう答えるべきか迷っていると、
「一〇歳の子ども向けとはいえない単語ばかり使っているんじゃないの。それに、話のほとんどが、旦那様からの受け売りじゃない」
 マーサがウインターの頭をごんっと拳で小突いた。
 いってぇとぼやく彼を放置し、マーサは二人の子どもに優しく言い聞かせる。
「詳しく確かなことが聞きたければ、旦那様に聞くのが一番よ。もっとわかりやすく教えてくれるからね」
「なにを! オレの説明は間違っていないのだから、わざわざ旦那様の手を煩わせる必要はない!! それにディリータとティータは年齢以上に賢いはずだ。そうだよな?」
 ディリータはここでも反応に困った。
 マーサの言葉に頷いたら、ウインターの説明を無碍にすることになる。
 ウインターの言葉に頷けば、嘘をつくことになる。
 内心で首を傾げて考えていると、ラッパの音が高らかに鳴り響く。ぴたっとマーサとウインターが口論をやめた。広間を満たしていたざわめきが、潮が引くかのように静まった。
「これより、佩剣(はいけん)の儀を執り行う」
 壇上から、威厳あふれた低い声が発せられる。
 それは、聞き覚えのある、バルバネスの声だった。

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