罪と罰(4)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第十五章 罪と罰(4)

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 戦争に善悪などない。
 相対立する主義主張。経済格差。敵対感情。政治・外交上の目的。
 戦争が始まる原因は、様々な事柄が挙げられるだろう。
 だが、戦争というものの本質は変わらない。
 力の行使によって己の意志を相手に強要するという一点こそが、その本質である。
 愚かにも、こちらの意志を否定するから、刃向かってくるから、戦争が勃発し血が流れるのではないか。


 戦勝ムードを完全に払拭したイグーロス城内は静寂に包まれており、窓から差し込む陽光がモザイク調の廊下を照らしている。色が異なる複数の大理石を組み合わせて敷き詰められたそれをダイスダーグは軍靴で踏みしめ、そして、その歩を止めた。
 彼の面前には、一つの扉とその左右に控えている二人の騎士。左側の年かさの騎士が恭しく頭を下げる。その両肩に掛けられた白亜のマントが揺れた。
「エルムドア侯はおいでか?」
「はい。少々お待ち下さい」
 右側の二十代と思しき騎士が取り次ぎのために室内に消える。十秒が経過した頃、別の声が応諾の言葉を発した。
 内部から無言のうちに開かれた扉をダイスダーグはくぐり、室内に足を踏み入れる。
「これは、ダイスダーグ卿。怪我はもうよろしいのですか?」
 十日以上前からこの部屋に滞在している銀髪の男性が、ソファから立ち上がって出迎える。ダイスダーグは微笑した。
「お陰をもちまして。優秀な白魔道士を派遣してくださり、ありがたく存じます」
「それはよかった。受けた恩義は必ず返すという家訓を果たせて、こちらとしても嬉しく思います」
 “銀の貴公子”という異名に相応しい秀麗な顔に笑みを浮かべて、椅子を勧めてくる。ダイスダーグはソファに腰掛け、刻を待つ。侍従が薫り高い紅茶を運び終え、警備の騎士が部屋から退出したのを確認して、彼は口を切った。
「侯爵からお借りしていた騎士、アルガス・サダルファスの死亡が確認されました」
「…そうですか」
 表情には拭いがたい翳りが生じているが、紫の瞳は乾いている。あらかじめ予想していたのだろう。ジークデン砦の焼け跡から複数の焼死体が発見されたという訃報を知らせたときから。
 静かな視線に促され、ダイスダーグは詳細を語った。二日前ザルバッグの副官から受けた報告を、忠実に再生するように。
 エルムドア候は一言も口を挟まず、黙って聞いていた。
「侯爵配下の騎士を無惨に死亡させたのは、我が罪です。申し訳ありません」
 ダイスダーグは深々と頭を下げる。
 エルムドア侯は金褐色の頭髪をじっと眺め、ついで、深いため息をついた。
「いや、当然の報いでしょう。無辜の少女を射殺するとは」
 糾弾の言葉ではなく客員騎士に対する非難の言葉に、ダイスダーグは顔を上げる。
 エルムドア候は言葉を選ぶかのようにじっとこちらを見つめ、やがて言った。
「卿は“ルオフォンデス事件”をご存じですか?」
「いいえ」
「ルオフォンデスはランベリー領南東部の地名です。領内でも一、二を争う穀倉地帯であり、代々治めていたのがサダルファス家でした」
「過去形ですか?」
 ダイスダーグの指摘に、エルムドア候の翳りが一層濃くなった。
「八年前までの話です」
「八年前…王国歴四四七年!」
 エルムドア候は無言で頷く。ダイスダーグは得心した。
 王国歴四四七年。
 五十年戦争が開始されて四十二年目。
 だが、畏国内で今を生きる人々――特に二十代から三十代の者には、戦線が国境のゼラモニアからランベリーに南下した年として記憶されている。そして、初めて自国が敵兵の暴力にさらされた年としても―――。
「ゼラモニアにこちらの主力が集中している間に、オルダリーア軍は別働隊をもってランベリー領に侵攻したのでしたな」
「そうです。ガルシア湾を渡海し、ルオフォンデス地方に上陸した兵の数は三万。ハブール城に常駐していた千の守備兵では対処しようがなかった。主将アルファルド・サダルファス以下、全員が降伏し捕虜となりました」
「………」
「どのような条件を提示して降伏を受け入れさせたのか、また、彼らとオルダリーア軍との間にどのようなやりとりがあったのか、今となってはわかりません。はっきりしているのは、その直後、ルオフォンデスは暴力と掠奪の嵐が吹き荒れました。ただ一つ、サダルファス邸を除いて」
「サダルファス家は命惜しさに諸侯の責務を果たさなかったということですか」
 ダイスダーグの指摘は、嫌悪と軽蔑で構成されている。
 エルムドア候は小さく頷いた。
「私もそう考えました。前線で報告を受けた直後は。ただ、従軍していた騎士アルコナ・サダルファスは――アルファルドの息子であり、アルガスの父親にあたりますが、彼は違った。こう主張したのです。『父はせめて家族だけでも守りたかっただけだ』と」
「それは…」
「そうです。仮に、彼の主張通りだったとしても、領民を犠牲にして身内の生命と財産を守るなど許される行為ではない。諸侯として領地を賜った以上、領民を守護するのは義務なのですから。だが―」

『我ら貴族だって感情ある人間です。一時の迷いで果たすべき義務を投げ出すことも、最も大切なものを守るために他を犠牲にすることだってあり得ます。父の行為は決して誉められたものではありませんが、人として珍しいものとは思えません』
 礼をすることもなく、天幕を飛び出していった男。
 その言葉はメスドラーマ・エルムドアの心に強く焼き付き、激しく揺さぶった。
 責務を、己の地位を、全てを投げだしてでも守りたいと願う『存在』。
 それは、どのようなものを指すのか。
 この手にもてば、どのような気持ちを抱くのだろうか。

「その後、どうなったのですか?」
 淡々とした口調でダイスダーグが続きを促す。
 エルムドア候は物思いを断ち切り、語った。
「無断で戦線を離脱した騎士アルコナは、チョコボを駆けらせて領地に戻りました。彼を出迎えたのは、領民達の憎悪と怨嗟と軽蔑の眼差し、破壊された屋敷、そして、錯乱した妻と放心状態の息子だった。後に判明しましたが、サダルファス家当主の選択に激怒した領民達が徒党を組んで襲撃し、夫人や使用人達に暴力を振るい、金品を強奪したということです。また、同時に、アルファルド・サダルファスの死も確認されました。無傷で釈放されたようですが、ハブール城をでた直後にルオフォンデス出身の兵によって惨殺されました。
 罪を犯した者は法によって裁かれるべきであって、私刑によって罰せられるべきではない。だが、領民達の怒りは至極真っ当なもの。また、間もなく来るであろうオルダリーア軍のランベリー侵攻に備える必要もあった。
 ゆえに、私は、サダルファス家の領土と爵位を剥奪する代わりに生き残ったアルコナ達に累が及ばないよう、国王陛下に奏上したのです。陛下は私の申し出を是とされました。アルコナにその旨を通告すると、彼は、私に息子の後見を頼み、防衛線を構築する任を自ら志願してルオフォンデスに戻りました。そして、二度と帰ってこなかった」
 ダイスダーグは黙然と座している。
 エルムドア候は立ち上がり、窓辺に歩み寄る。
 目を刺す陽光に紫の瞳を眇めつつ、彼は言った。
「アルガスには五つ年下の妹がいました。事件の際に行方不明となり、その生死は残念ながら今もわかっていません。彼が平民を憎むのは仕方のないことだったのかもしれませんが、自らの手で他人を同じ境遇に陥れたことが本当に残念です」

***

 重厚な胡桃材の扉が、無音のうちに左右に開かれていく。
 デスクの傍らに佇んでいたレナードは、黒色のローブを翻して入室してくる上司を認め、一礼した。
「お待ちしてました」
 顔を上げれば、軍師は椅子に腰掛け、こちらに冷ややかな目を向けている。泣く子も黙るような冷厳な眼光ではあるが、彼の場合、悪意を示すものではない。その事をよく知っている秘書官は、臆することなく尋ねた。
「侯爵殿との話は、いかがでしたか?」
「報告を聞こうか」
 冷淡な質問が返ってくる。
 ―――話す必要性を認めないからか、それとも、関心がないのか?
 レナードは相手の内面を推測する作業をひとまず留置し、脳内にまとめてある報告書の主旨を口に出した。
「昨日から取り調べを行っていますが、素直に供述しているのはベトナンシュ候補生のみであり、その供述はフェグダ将官のものとほぼ一致します。あとの三名は黙秘を続けています」
「尋問のみか?」
「はい。未成年であり、かつ、被疑段階であることから拷問は行っておりません。しかし、牢内の候補生達が閣下の命令を受けた騎士達を戦闘不能に陥れたことは明白です。いかがなさいますか。拷問の準備はできておりますが」
「不要だ。牢獄の候補生は、そのまま現状を維持しておけばよい。にしても…」
 ダイスダーグは口の端に冷笑をひらめかせた。
「なかなか賢い選択をするではないか。あれの仲間にしては上出来だ」
 レナードは無言のうちに肯定する。
 事実を隠蔽する方法は様々ある。沈黙、饒舌、虚言、雄弁などが挙げられるだろう。ただ、ある程度の事実が発覚している場合、もっとも肝心なのは必要以上喋らないことだ。その点、将官に報告をした候補生のみが供述に応じ、他の者は黙秘するという彼らの行動は、実に理にかなっている。砦の生存者が彼らしかいない以上、事実は、彼らが話すものになるからだ。
 もっとも、黙秘を続けている三名の内情はだいぶ異なるようだが。
「ミザール候補生の取り調べはいかがでしたか?」
「おびえきっていて、一言も喋らなかった」
 感情を交えず、淡々と軍師は答える。
「なにか掴んでいるようだが、問題ない。不用意に口に出せば、己の身が危うくなるだけだとわかっているようだからな」
 剣の切っ先に似た灰褐色の瞳がに向けられる。悪寒に似た戦慄を感じ、レナードは僅かに背を逸らした。
 ダイスダーグの言葉に含まれるのは、黒髪の女子候補生だけではない。食糧備蓄表という補給上の機密文書を一般閲覧が可能な図書館で整理し、あまつさえ一部を紛失するという愚行をした己の部下も、そして、その者を指導監督する自分も含まれているからだ。あの者は、事が発覚した時点でこの世から姿を消した。釈明も弁解も、慈悲を求める哀願さえも、面前の上司は受け入れなかった。
「ところで、あれはどうしている」
 話が唐突に変わる。
 レナードは脳内に収めた報告書の頁を数枚捲った。
「傷の方は順調に回復してます。が、医師の話によると、強い精神的ショックのため、自発的行動が一切ないとか」
「食事を拒否しているのか?」
 ダイスダーグの言葉には、心配や心痛といったものは一切含まれていない。ただ、事実を確認するだけの口ぶりである。
「無理矢理食べさせてもすぐ戻してしまうそうです。このままでは、そのうち栄養失調で死にますな」
「…ざ…るな」
 ダイスダーグの唇が微かに動く。
 その呟きは低く、レナードには意味ある言葉としてとらえることができなかった。
「所用ができた。誰か来たら、適当に追い返しておけ」
 ダイスダーグは椅子からすっと立ち上がり、滑らかな足取りで執務室をでていった。
 レナードは黙礼でもって見送り、そして、上司の内面に思いを馳せる。
 ―――総攻撃で、真実を知る者全て始末する。
 骸旅団団員はもちろんのこと、奴らと接触し真実に触れた虞がある者――侯爵配下の騎士見習い、城門警備の任を放棄した士官候補生達、そして、拐かされた娘をも始末する。
 それが、ジークデン砦における作戦の趣旨だったはずだ。
 拐かされた娘が平民出身であることを騎士見習いに明かしたのは、内面に潜む選民意識を増大するため。
『骸旅団が娘の身柄を盾に撤兵を要求した場合、彼女を必要以上に傷つけることなく、人質としての価値がないことを奴らに汝の弓術でもって知らしめよ。』という曖昧かつ恣意的解釈が容易な命令を与えたのは、その心を『少女の保護』から『殺害』へと向けさせるため。
 騎士見習いに六名の近衛兵を付けたのは監視のため。そして、騎士見習いが失敗した場合には任務を代行させるためでもあり、成功した場合には余分な邪魔者を全て始末させるためである。
 ベオルブ家令嬢の身代わりに誘拐されたされた少女を核として、真実に近づく虞のある者を一網打尽にすべく張り巡らされた謀殺の糸。
 その糸は弱かったのか。それとも、断ち切るだけの力を持つものがいたのか。
 現実問題として、複数の者がその糸から逃れた。骸旅団団長ウィーグラフと五名の士官候補生である。
 ウィーグラフに対しては、周辺を徹底的に探させ、なおかつその身柄に莫大な賞金をかけた。適切な措置だと思う。
 謎なのは、士官候補生に対する措置だ。
 帰還した彼らを投獄し、取り調べる。そこそこの証拠がでたら、彼らを命令違反の廉で処刑する。そういう筋書きをレナードは予想していた。しかし、何故か、軍師は処刑命令を出さず、罪人以上客人以下の礼節をもって彼らを遇している。今更、相手が十六歳の子どもであることに怖じ気ついたとは思えない。ならば、候補生の中に実弟が含まれていることに躊躇いでも覚えているのだろうか。
 レナードは己の発想のばかばかしさに自嘲した。
 肉親の情。家族愛。
 よくよく考えてみれば、これほど軍師に似つかわしくない言葉はありはしない。
 なぜなら…。
 レナードはあえて思考を打ち切り、赤銅色の頭を軽く振る。
 視線を窓に転ずれば、空中階段の向こうにある白亜の建物――ガリオンヌの領主が暮らす居館は、輝いていた。
 一時の陽光に照らされて、より白く、より眩しく。

***

 心。
 それは、目に見えないその持ち主の知性や感情・情緒、意志が宿る抽象的な「何か」である。
 定義自体が不能な存在であり、生物にとって最も未知で神秘的なものであるといってもよい。そして、心はある一定の状態で存在するものではなく、常に変動し、その働きが肉体などの外部を経て現れることにより把握される。
 その微細な変化を逃すことなく、相手の心を見極めること。
 それは、軍師という職責を負う者に要求される技量の一つである。
 もっとも、その判断は容易ではない。
 一般的に、心は、その持ち主が物事を考えたり、決断したりするときに働くが、それ以外の行動、例えば全く何もしない状態でも働いている可能性があるからだ。
 ―――だが、この場合は間違いないだろう。
 ダイスダーグは独りごち、椅子に腰掛けた。
 彼の観察対象となっているのは、年が二十以上離れた同父異母の弟である。
 痩せた身体。こけた頬。生気のかけらもない虚ろな青灰色の瞳。口から時折漏れる、か細い息。
「ラムザ」
 名を呼んでみるも、反応がない。ベッドに半身を起こした状態で身動き一つしない。手のひらを目前で上下に動かしてみるが、眼球はその動きに追従しない。ここではないどこかへ向けられたままだ。また、ベッド脇のサイドテーブルに置かれた食事――ミルク粥はすっかり冷め切っており、果物は変色している―――には、手を付けた形跡が一切なかった。
 他者に対する反応なし。うつ状態。摂食障害。以上から導かれることは―――
 死を望むか。我らが意を拒絶し、抵抗しつつ。
 だが、それは、ダイスダーグの心に沿うものではない。
「二日前、ジークデン砦の焼け跡から七つの焼死体が発見された。身元確認は難航したが、着用していた武具と体格からアルガス・サダルファス以下私の命を受けた者であると推定される。一個中隊が引き続き周辺を探査しているが、ディリータらしき遺体は発見されていない」
 面前にいる弟からの反応は、まだ、ない。
 ダイスダーグは続けた。
「砦から生還した者達、すなわち、お前とともに行動していた候補生から経緯を聞いているが、あの者達が閣下直属の騎士を戦闘不能に陥れたのは事実か?」
 こけた頬がぴくりと動き、薄い唇がわなないた。
「彼らは…今どこに…」
「命令違反の嫌疑で牢に拘禁している」
「彼らは関係ありません!」
 弟はようやくこちらを見た。その瞳には恐怖と怯えと不安とがありありと浮かんでいる。
 ダイスダーグはミクロ単位での笑みを口の端に浮かべた。
「なぜ、関係ないと言える? 一人の女子候補生は、ティータを射殺した客員騎士アルガスの行為が許せなくて騎士と戦った、と自供している。生憎と他の三名が黙秘を続けているので裏付けはとれていないが、我が命を受けた者全てがジークデン砦の爆発に巻き込まれて死亡している以上、事実である可能性が高い。
 お前達はザルバッグが有する団長の権限において総攻撃に参加することが許されていた。すなわち、その時、お前達は北天騎士団の一員として扱われていたことになり、騎士団における軍律の適用対象ともなる。
 他の騎士の任務遂行を妨害し、殺害若しくは戦闘不能状態にした。これは立派な軍律違反だ。もしそうであるならば、法秩序維持のために処断を下さねばならない」
 一旦言葉を切り、ダイスダーグは囁くように言った。
「重ねて問う。なぜ、関係ないと言える?」
「それは…」
 弟は口ごもり、俯く。その右手はシーツをぎゅっと握りしめていた。
 ダイスダーグは待った。
 沈黙が、数十秒、二人の間を流れた。
「僕が、そう命令したから」
 視線を逸らしたまま、ぽつりという。
「間違いはないな?」
「はい」
 念を押す言葉に、弟は頷く。
 ダイスダーグは立ち上がった。
「処罰は一週間後に通告する。それまで、ここで待機を命じる」
 返事を待たずに、ダイスダーグは弟に背を向けた。そのまま一度も振り返ることなく部屋を退出する。扉の左右に控えている兵の敬礼に対して頷くことで応え、歩き出す。
 最上階から下に降りる唯一のルート、端の螺旋階段に差し掛かったときだった。
「これは軍師殿ではありませんか。こんな所にまで足を運んでいただけるとは恐悦至極ですな」
 数段下の階段にいる初老の男性が、トゲトゲに尖った声で言う。白で統一された衣服が、医師という職を示している。両手に盆を抱え持ち、盆の上には暖かい湯気が立ちのぼるスープ皿が載せられていた。
「火傷の件については感謝いたしますが、これ以上儂の職権を侵さないでほしいものですな」
「安心しろ。これ以上介入しない。その必要もなくなったからな」
 老医師は当惑の表情をしている。
 ダイスダーグはそれ以上何も言わずに、医師の横を通り過ぎた。
 そう、必要ない。
 階段を下りつつ、ダイスダーグは物思いに沈む。
 これで、あの者が餓死する恐れはなくなった。食事を始めとする生存に必要な最低限度のことは、きちんとするだろう。少なくとも仲間が無事牢から解放されるまでは。
 問題は、その後だな―――。
 脳裏に、幾つもの仮定が浮かぶ。その中から最も快いと思えるものを選び、事実と事象を組み立てていく作業にダイスダーグは没頭していった。

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