束の間の休息(1)>>第一部>>Zodiac Brave Story

第八章 束の間の休息(1)

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 追って沙汰するというダイスダーグの言葉通り、その日の夕刻には作戦の詳細が兵舎で待機していた第三班のメンバーに通達された。
 作戦実行日は白羊の月二六日。夜明けと同時に一斉に複数のアジトを襲撃し骸旅団を一網打尽にする大規模な作戦。作戦名は“燻りだし”と呼称された。
 ラムザ達が担当する場所は、イグーロスから徒歩一日半の距離にある海辺の灯台跡だった。侯爵誘拐の件で北天騎士団のある部隊がそこをすでに調査しているため詳しい資料があること、そして、背後が断崖絶壁のため少人数でも制圧できるということが、彼らに割り当てられた理由らしかった。
 彼らは、“燻りだし”実行の二日前、白羊の月二四日にイグーロスを出発することにし、翌日からの三日間は、各々の技を磨くことにした。


 的に狙いをつけ、ボウガンの引き金を引く。
 実に単純かつ簡単な作業だと思っていた。だが、実際にやってみるとかなり違うことを、アデルは今更に思い知らされた。
「アデル、力任せに引き金を引くな。腕がぶれる」
 指導役のイゴールが淡々と告げる。かといって、ゆっくり引くと「そんなにおそるおそる引いていると、敵に接近される」との指摘が返ってくる。アデルはボウガンを床に叩きつけたい衝動を必死に押さえ込んだ。
 ドーターの戦いで遠隔攻撃の重要性を実感した彼らは、戦力アップのため弓術と魔術の特訓をすることにした。比較的魔力が高いラムザとマリアが、イリアについて魔術を、そして、ディリータとアデルがイゴールについて弓術を修練することになった。
 その決定に異議はない。
 砂ネズミの穴ぐらと呼ばれていた骸旅団のアジトの戦いで、マリアの援護を受けながら戦ったときは実にやりやすかった。敵が彼女の矢の攻撃でひるんだ瞬間に、拳をたたき込む。面白いように技が決まったのを覚えている。
 だが、人には武器に対する適正あるいは相性というものがあるのではないか?
 アデルは疑問に思わずにはいられなかった。
 訓練初日の今日、北天騎士団にある弓術修練場での特訓が始まってすでに数時間がたっている。隣のディリータはイゴールが課した課題を着々と達成している。だが、アデル自身は一本も的に命中していないのだった。
 イゴールは情け容赦なく、アデルを集中的に指導する。言うことは理解できるが、実現できない腹立たしさ。そして、空腹を訴える胃袋。苛立ちと疲労がアデルの心に積もり積もっていた。


「そろそろ昼時だな。ラムザ達を呼んでくるよ」
 ディリータは手早くボウガンを所定の位置に納め、修練場を出て行った。
 ―――やっと昼休憩にありつける。
 アデルはボウガンを下におろした。
「…アデル、お前、本当に弓術二級以上とったのか?」
 イゴールが疲れ切った声で至極まっとうな疑問を投げかけてくる。アデルはボウガンをしまいながら答えた。
「とったよ。弓じゃなくてこっちで」
 アデルは小石を四つ拾い上げた。的に狙いをつけ小石を一つ指ではじく。小石は放たれた矢にも劣らないスピードで、十メートルほど離れた的の中央に吸い込まれていった。アデルは残り三個の小石を連続ではじく。一個は外れたが、残り二つは的に命中していた。イゴールが小さく驚きの声を上げた。
「これを弓術担当の教官にみせたら、遠隔攻撃の一環として評価に取り入れてくれたんだ。いやぁ、話のわかる教官でよかったぜ」
 アデルは軽く笑い声を上げる。対するイゴールは呆けているようだった。
「では、なぜ訓練の最初に言わなかった?」
 さらに疲労の色を濃くした声でイゴールが問う。彼は恐らく心の中で、この数時間はなんだったんだという愚痴を言ったに違いない。アデルは表情を改めた。
「引き金を引けば、初陣の後、お前が言ってたことわかるかなと思ったんだよ」
 イゴールは絶句した。
『矢で射殺すって考える』
 戦うことに、いや、人を傷つけることに迷っていた彼に対し、自分は確かそう答えた。
『他には?』
 自分の非情さを非難していた彼に畳みかけるように、いや、むしろ胸にあった罪悪感を打ち消すように、こう返事した。
『殺すという行為が変わる訳じゃない。だから他のことは考えない』
 戦場では力こそが全てだ。
 そして、効率よく敵を殺せば、味方−大切な仲間達−は生き残れる。
 それさえわかっていれば十分だった。
 だから、極力深く考えないようにしていた。
 人を守るために、人を殺すという矛盾に満ちた己の行為を。
 だが、アデルは違った。彼は考え続けているのだ。
 彼が出した結論が、聞きたくなった。
「わかったのか?」
「いや、実はまだよくわからない。ただ、一つはっきりしたことがある」
「何だ?」
「俺には自動弓は扱えないということだけは、よくわかった!」
 胸を張って答えるアデルに、イゴールは脱力した。軽い目眩を感じ、額に手を当てる。
 なんだよ、その反応は!と憤慨する彼の声を聞きながら、イゴールは軽く笑みを浮かべた。
 まあ、いい。
 いつか彼らしい答えが返ってくるだろう。それを楽しみにするのも悪くない。

***

 一定のリズムを刻むながら、ラムザの口から韻が紡がれる。彼を中心にして床に描かれている魔法陣が白い光を帯び、幾重にも描かれた文様が浮かび上がる。
 イリアは固唾を飲んで見守っていた。
「岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち 集いて赤き炎となれ! ファイア!」
 彼の口から力ある言葉が紡がれると同時に、魔法陣はまばゆい光を放つ。
 イリアはまぶしさから目を閉じる。光が収まると、期待に満ちた視線をラムザに向けた。だが、彼の両手から魔法の効果、小さな火の玉は現れてなかった。
「あれ?」
 彼は自身の手のひらを、ついで、指導役のイリアをみつめる。
 困り果てた表情が、答えをイリアに求めていた。彼女は必死に過去読んだ魔法書の内容を思い出す。
 魔法が発動しない原因はいくつか考えられる。
 第一に、魔法の素質、魔力がない場合だ。ごく希にだが、生まれつき一切魔力がない人が存在する。イリアの身近にもひとり該当者がいる。アデルがそうだ。
 だが、ラムザに関して言えば、この点はクリアしている。魔力はあるはずなのだ。魔法陣がそれを立証している。
 この場で知っているのはイリアだけだが、彼の立っている魔法陣は魔力の強さを判定するためのもの。魔力を持つ者が呪文を詠唱すると、白い光で輪郭が浮かび上がるというカラクリだった。魔法陣がより強く輝けば、それだけ術者の魔力が高いということになる。
 先程のまばゆいほどの白光。ここまでの反応を見せた人物は、イリアの記憶には数人しかいない。自分自身と両親、そしてジャック教官。少なくとも、自分と同じくらい高い魔力をラムザは秘めているということになる。
 次に考えられる要因としては、呪文詠唱に失敗している場合だが、これは論外だ。
 彼は魔法発動までの手順を何一つ間違えていない。それは、イリア自身が確認している。
 最後に考えられる要因としては、魔法に関する相性。
 好き嫌いが人によって違うように、各種魔法に対する相性も人によって違う。魔法の種類で得手不得手がはっきり分かれる人もいる。
 隣の魔法陣で瞑想しているマリアがそうだった。彼女は白魔法の発動率は八割を超えるのに、黒魔法になると発動率が一割を切る。
 ラムザもそうなのだろうか?
 彼は、白魔法は問題なく発動する。その事実は確認済みだ。過去の魔法学の講義でもそうだったし、先程マリアと一緒にした白魔法の練習でも立証されている。
 だとすると、第三要因かな?
『あいつは、入学時のデータを見る限りでは白魔法より黒魔法の方が資質はあるはずなんだけどなぁ。何が原因だ?』
 否定するかのように、ジャック教官の言葉がイリアの脳裏に蘇る。
 ぼさぼさの砂色の髪を乱暴にかき上げながら、原因を解明すべく数々の魔法書をめくっていた。教官が秘蔵している書物を読みたいがために、助手という名目で教官の個室に通ったイリアは、彼の教育における裏の事情もよく見ていた。
 教官の言葉を信じるなら、ラムザは黒魔法を使えるはず。
 なのに、なぜ、初級魔法であるファイアさえ発動しないの?
「やっぱり才能ないのかな?」
 ラムザは諦念と自嘲半々といった表情をする。イリアは勢いよく首を横に振った。
「そんなはずない!ジャック教官言ってたもの。『黒魔法の方が資質がある』って。魔法学に関しては第一人者の教官が間違うはずない!」
「でも、資質なんて時間がたてば変わるかもよ?」
 マリアが鋭い指摘をする。イリアは反論に詰まった。ラムザは「そうかもしれない」と呟く。マリアはそのまま立ち上がり、魔法陣の外へと出て背伸びをした。
「この調子だと、作戦実行までに私たちが実戦レベルの魔法を習得するのは無理ね。各々の長所を伸ばす訓練に切り替えた方がいいんじゃないかしら」
「そうだね。正直言って、ここまで黒魔法ができないとは思わなかったよ」
「でも、二人とも白魔法に関しては上達しているよ。もう少しやってもいいと思うけど」
 イリアが魔法訓練を推すのには、理由があった。
 一つは編成上の問題。
 班員六名のうち、遠隔攻撃に優れているのは、魔法専門のイリアと弓術と黒魔法もできるというある意味器用なイゴール。次回の作戦は、砦攻略という攻城戦だ。もう一人くらい遠隔攻撃役――できれば黒魔法の使い手――がほしいと考えていた。
 もう一つは、回復手段の確保。
 ポーションなどの魔法薬でも体力の回復は可能だが、過度の薬品使用は体に悪影響を及ぼすと言われている。他の取り得る代替手段の中で、最も手っ取り早いのが回復魔法を習得することだった。
「ね、もうちょっと頑張ってみようよ」
 イリアは生徒二人に魔法陣の中に戻るよう指示する。
 マリアは露骨に嫌そうな表情をした。体を動かすことが好きな彼女にとって、魔法力をあげる訓練、瞑想は拷問に等しいのだろう。
 ラムザは不平を示してないが、率先して訓練に戻ろうという気もないらしい。部屋の片隅のテーブルに置かれた彼の水筒を手に取り、水を口に含んでいる。
「特訓中は指導役の指示に従うって決めたでしょ! 二人とも早く戻る!!」
 そのとき控えめなノックがされた。扉の向こうからディリータらしき声がする。
「そろそろ昼だぞ。飯食べようぜ」
「やった!」
 マリアは歓声を上げ、素早い動きで扉前に移動し鍵を開ける。室内へと足を踏み入れるディリータと入れ替わるように彼女はさっさと退出した。踊るような足取りで中庭へと向かう彼女の後ろ姿を見て、ディリータはこちらの訓練の出来具合をおぼろげに推察する。
「こっちも、成果はあまり芳しくないようだな」
「こっちも?」
「俺はともかく、アデルはさっぱりだな。一本も的に命中していない。まあ、矢はまっすぐ飛ぶから、周囲に味方がいないという状況下なら威嚇として使えるかもしれないが」
「そうか。やっぱり、マリアの言うとおり変えるべきかな」
 その言葉を残し、ラムザも部屋を退出した。彼の足取りは、靴底に鉛でも詰めたかのように重かった。
「ねぇ、ディリータ」
 イリアの呼びかけに、ディリータは視線を幼なじみの背中から彼女へと向ける。イリアは一抱え程あるバスケットに水筒や書物等の私物を入れる作業をしていた。
「あなた、ラムザの入学時のデータって見たことある?」
 ディリータは一瞬硬直し、慎重に問い返した。
「入試結果のことか?」
「たぶんそうだと思うけど。…ある、ない、どっち?」
 そう尋ねるイリアの表情は、かつて“噂”を信じた卑下な候補生とは違った。ただ、見たかどうか事実を確認しているのだろう。ディリータは緊張を解いた。
「極秘情報だからって本人の開示請求さえ通らなかったくらいだぞ。俺が見られるわけがない」
「そうよね。ラムザ自身が知らないんだから、当然よね」
 イリアは背を向けて、収納作業を再開する。
「やっぱり資質って変わるものかなぁ。でも、教官の見立てが外れることはないだろうし。どうしてかな」
 彼女はぶつぶつと思考の断片を呟く。ディリータは全ての私物が収まったバスケットを持ち上げた。
「ひとまず、飯にしようぜ。食事中にでも詳しく報告してくれよ」
「ええ、そうね。もうお昼だとは気づかなかった」 
 この言葉に、ディリータはやはり呼びに来て正解だったなと胸中で呟いた。

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