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ささやかな悪戯

 自己紹介。
 初対面の人に己自身を知ってもらうための、言葉による方法。
 己自身を表現するのに相応しい幾ばくの単語を選び、口に出す。
 長すぎてはいけない。聞き手を疲れさせてしまうし、うるさい奴だと思われるから。
 短すぎてもいけない。場がしらけるし、また、面白味がない人物だと思われるから。
 適度な時間で、相手に好印象を持ってもらうような言葉と表情をすればいい。
 やり方は理解している。だが、実践することは何と困難なことか。
 彼女は常々そう思っていた。
 そして、今。自分の考えは正しいと再認識している。
 初めて見る人物に対しての好奇心ある視線が、幾つも彼女に集中する。
 何を言うべきか、どのような表情を浮かべるべきか。
 だが、許された時間はたった数十秒しかない。
 彼女があれやこれやと考え迷っているうちに、無情にも過ぎ去ってしまった。
 結局口に出せた言葉は、ここ一ヶ月繰り返してきた代わり映えのないものだった。
 頭を軽く下げ、一言。
「イリア・ミザールです。どうぞよろしく」


 士官アカデミー入学して一ヶ月後、候補生達は将来に関わる重大な選択を迫られる。
 それは、自分の担当教官を決めることだ。
 士官アカデミーには数十人もの教官が在籍しているが、大まかに分類すると二つに分けられる。講義のみを担当する教官と、候補生を指導する教官と、だ。
 前者に分類される教官達は、一般教養等の座学を受け持ち、その職歴は学者もしくは実戦経験が少ない士官が多い。一方、後者に分類される教官達は、担当となった学生の実技を重点的に受け持ち、その職歴は実戦経験豊富な騎士や剣士あるいは魔道士である。
 指導教官としての資格を有するのは、実戦がどういうものか熟知している戦士のみという徹底ぶり。各騎士団に即実戦に耐えうる人材供給に努め、実際そう評価され卒業と同時に各地の騎士見習いとして無条件に採用される所以はここにある。
 実にありがたい方針だとイリアは思っている。だが、不満もある。
 候補生にとって指導教官は、己の技量を磨き上げるために必要な存在であり、かつ、二年という修学期間中指針となる重要な存在だ。それを選ぶ期間がたった一ヶ月しかないというのは、短すぎないだろうか。
 むろん、様々な選択材料は提供されていた。
 一ヶ月間、指導教官としてリストに名を連ねている教官の個室をアポなしで訪れる権利が保障されていたし、指導過程を体験することもできた。人となりを知るために言葉を交わし、相性を推し量ることもできた。だが、彼女の心の襞に合う教官はいなかった。
 ぐずぐず迷っているうちに、期日は無情にも迫ってくる。どうしても自分では決められずに、期日直前の休日に両親の元へ帰り相談してみた。両親は全教官リストの中から一人の人物名を指さした。騎士修練コースのジャック・デルソン教官。魔道士志望のイリアが全く考慮していなかった教官だった。理由を尋ねると、好ましい答えが幾つか返ってくる。両親と同期生であり、その人となりは感じがいいものであること。北天騎士団の騎士として叙任されていたが、戦場では剣のみならず魔法をも併用する魔法剣士のような戦いをしていたこと。
「彼のもとでなら、実戦に役立つ魔法の実技を受けられるだろう」と両親に薦められ、迷いはしたが、最終的にイリアはその薦めに従った。
 そして、選択期日の翌日である今日。
 彼女と同じ選択をした候補生達との顔合わせが、教官の個室で行われていた。
 一堂に会した候補生の数は自分を除くと五名。男の子が四人、女の子が一人。全員が騎士修練コースを選択している候補生だった。コースが違うと選択講義も変わってくるから、友人は一人としていない。イリアは寂しいなと感じつつも、自分の後に続いて行われている自己紹介の内容を必死に頭にたたき込む。
 黒髪黒瞳の男子候補生がアデル・ハルバートン。格闘技が得意だと言うだけあって、同じ十五歳とは思えないほど体格がよく、がっしりとしている。彼の口から出るストレートな言葉の数々が、自分を隠さない一本気な人物である事を主張しているように思えた。
 茶色の髪に緑色の瞳をもつ男子候補生がイゴール・フォルマート。羨ましいほど背が高く、身長の低いイリアが彼の顔を覚えるためには、見上げる必要があった。自己紹介では端的に名前しか言わなかったことからすると、無口な人物なのだろうか。
 青い瞳を持ち亜麻色の髪をポニーテールに結わえた女子候補生が、マリア・ベトナンシュ。はきはきとした口調が快活な性格を思わせ、同性ながらイリアに好印象を与えていた。
 栗色の髪と榛色の瞳をもつ男子候補生が、ディリータ・ハイラル。士官アカデミー初の平民出身入学者として有名で、イリアも名前は聞いたことあった。顔を見たのは初めてだが、理知的で落ち着いた人物という印象を受けた。
 最後に自己紹介をしたのが顔と名前だけならイリアも知っていた男子候補生、ラムザ・ベオルブだった。金髪に青…というには少し陰りがあるから青灰色というべきかな、とにかく少し変わった色の瞳をもつ男子候補生。入学式でたった数秒という式辞を読み上げ、短すぎる挨拶に出席者達の目を丸くさせた人物。また、つい一週間前食堂で喧嘩をし、相手に全治一週間という怪我を負わせたことによって三日間の謹慎処分を受けた人物。女子候補生達に噂と話題を提供してきた人物だが、こうして間近で見ると穏やかで大人しい人だという印象を受けた。
 六名分の自己紹介が終わると、机に腰掛けていた教官が立ち上がった。
「よし、一通り終わったな。お前ら六名が“暫定”ではあるが俺の受け持ちになる。試しに俺の実技講習を受けて、気に入らないという奴は今日から一週間のうちに変更を事務局に申し出ろ。まあ、気に入らないという馬鹿はいないと自負しているが」
 不敵な笑みを浮かべて教官はそう締めくくる。どこからその自信は出るのかイリアには不思議だった。
「では、今から」
「馬鹿か、おまえは」
 緊張した面持ちをしている金髪の候補生の質問を、呆れるような口調で教官は遮る。続けて彼は満面の笑みを浮かべた。
「そんな無粋な事、俺がするかよ。初対面同士が集まったらすることは一つ」
 教官は背中に隠していた三つの紙袋を取り出し、応接テーブルに並べていく。最初の紙袋から出てきたのは、木製のカップが七個と木製の大皿が数枚。残り二つの紙袋から出されたものは大皿に盛られていく。クッキーやビスケット、サンドイッチなどのお茶菓子だった。止めに教官は棚の一番下から陶器のティーポットとやかんを取り出し、でんとテーブルの中央に置いた。注ぎ口からは熱そうな湯気が出ている。
 奇妙な手際の良さと、指導教官が何をする気かよくわからず戸惑っている六名の候補生を前に、彼は戦勝宣言のように告げた。
「親睦会だ! 今日は堅苦しい事はなしだッ!」


 七名という集団が同じ場所に二時間も留まり、親睦会という名目で会話を交わしていくうちに、徐々に役割分担のようなものができていった。
 話題を提供する者。一緒に盛り上がる者。聞き手として耳を澄まし、ツッコミを入れたり話の転換を促す者。会話自体には加わらないが、時折頷く者。そして、飲み物のお代わりを入れ、散らかった菓子を片付ける者。
 イリアはどれにも該当せず、ソファーの端に座り、所在なさげにカップの中にある液体をゆらゆら揺らしていた。
 親睦会が始まった時点では、マリアという女子候補生が親しげに話しかけてきていたが、人見知りをする質が災いした。出身地や趣味など話していたが共通する話題は少なく、二人の間の会話はやがて途絶えてしまった。イリアが席を立ち、所用をすませ戻ってきたときには、彼女は席を移動し黒髪の候補生と楽しげに会話をしていた。男の子に物怖じせずに話す彼女を羨ましくも妬ましくも感じつつ同じ場所に腰掛ける。話題は格闘技における体格の違いから起こる男女の差というイリアには苦手な分野だ。話は途切れることなく、二人の熱い舌戦はかなりの時間続いている。ラムザとディリータが仲裁しようと努力しているが、却って二人から意見を言うよう強要される。戸惑いながらも彼らが意見を言えば、峻烈なる反論が二倍三倍となって返ってきていた。
 イリアはため息をつき、視線を膝下に落とす。
 よくそこまでしゃべれるものだと感心する気持ちもあったが、話が分からないという寂しさの方が彼女の心の大半を占めていた。
「どこまであの二人は話し続けると思うか?」
 不意にすぐ近くで低い声がする。自分への問いかけだと理解し、顔を上げると藍色のシャツが目に飛び込んでくる。さらに視線を上に向けると、苦笑しているイゴールの顔があった。
「口火を切って、かれこれ十五分は確実に経過している。イリアはどう思う?」
 はす向かいにいたはずの彼がいつ隣に移動してきたのか気づかなかったことに驚き、家族でもない男の人に名前を呼び捨てにされたのは初めてという事実に驚愕し、また、話しかけられた事に嬉しさを感じつつも、彼女は答えた。
「まだまだ当分続きそうだね」
「そうだな。俺は、二人とも喉の渇きを覚えずによくあれだけ喋り続けられるものだと感心している」
「わたしもそう思う」
 二人の間に沈黙が漂う。
 イリアはしまったと思った。折角話しかけてきてくれたのに、話が途切れてしまった。あぁ、何か言わないと。でも何話したらいいんだろう。男の子と話するのって慣れていないのに!
 だが、戸惑い焦った時間は幸いにして短かった。別の声が会話に加わってきたからだ。
「イゴール。数少ない女子候補生をくどきに来るとは、意外にやるな!」
「なに言っているんですか。ジャック教官」
 イゴールは呆れる口調でジャック教官の言葉をいなそうとしていたようだが、教官の方が上手だったようだ。にやりと笑って切り返す。
「顔紅いぞ、お前。まだまだ若いな」
 恥ずかしげに顔を背けるイゴールの背中を教官はばしっと叩いてから、イリアに向き合った。
「退屈そうにしているな、イリア。そんなお前に面白いものを用意したぞ」
 教官は机に移動し、引き出しを開ける。こちらに戻ってきたとき教官の手には茶色の瓶があった。
「この中に入っている液体はな、とっても美味しい魅惑溢れる飲み物で、俺とっておきの秘蔵品だ。勇気づけにお前に呑ませてやろう」
 嬉しげに教官は封を切り、イリアのカップに一滴垂らす。注がれる琥珀色の液体と鼻についた風味から“魅惑溢れる飲み物”の正体を察知したイゴールはますます呆れた。
 一方、正体の分からないイリアは、小首を傾げカップの中身を凝視する。教官が垂らした一滴で、冷めた紅茶は劇的な化学変化を起こしたかのようにいい香りを放っていた。森林を駆けめぐる風ような清々しい香りだ。美味しいそう、と彼女は思った。
「ささ、ぐびっと飲め。うまいぞ」
 勧めに従ってイリアは一気にカップの中身を飲み干した。たった一滴別のものを混ぜた紅茶は彼女の喉をつるりと通過した。からになったカップをテーブルに置いた直後、彼女の身体に表面上は分からない変化が生じた。身体全身を熱い何かが駆けめぐり、頭に達する。宙に浮いているようにふわふわし、そして、頭の片隅にあった何かが外れたような気がした。


「うふふふふふふふ…」
 どこからか変な声がする。誰が言っているのだろう。不思議に思ってイリアが顔を上げると、皆が自分の顔を凝視していた。顔面に当惑と濃い墨で書いたような顔をしている。なぜか無性におかしく思えた。
「おい、イリア。大丈夫か?」
 狼狽したジャック教官の声がする。反射的にイリアは答えた。
「だぁ〜いじょ〜ぶです」
 変に間延びした声になっているけど、まあ、いいか。ふわふわ気持ちいいし。イリアはそう結論づける。頭上では声を落とした会話がいくつも流れていく。
「一体何事ですか?」
「教官がふざけてイリアのカップにブランデーを垂らしていた」
「俺が入れたのは、たった一滴だぞ」
「だけど酔ってるじゃないですか」
「たった一滴で酔うとは、よほど弱いんだな」
「ひとまず、水を飲ませた方がいいわね」
「そうだな」
「イリア、これを飲め」
 テーブルに置いていた自分のカップをイゴールがとりあげ、何かを注ぐ。手渡されたカップの中身は無色透明な液体だ。先程のかぐわしい臭いがしない。イリアは頭を振った。
「やだ!さっきのが飲みたい!」
「ダメだ」
 吐息交じりで拒絶され、飲むよう促される。イリアは再度頭を振った。変な顔をしている教官の手には、まだあの茶色の瓶があった。身体が欲して止まない、あの飲み物が。
「やだやだやだあぁぁぁぁぁ、そこにあるのに!」
「ダメだったら、ダメだ」
 飲みたいと言っても、間髪入れずに却下される。教官が、「イリアちゃん、ひとまずお水を飲もうね」と変に優しい声で言う。子ども扱いされることが大嫌いなイリアは頭にきた。自力で奪取することを決意し、教官をターゲットにして呪文詠唱に入る。唱える魔法は、つい昨日読んだ魔法書に書かれていたものだ。新しい呪文の試し打ちができる喜びを噛みしめつつ、彼女は朗々と詠唱した。
「お、おい。イリア?」
「やばい、逃げろ!」
 皆が蜘蛛の子をまき散らすように室内を逃げまどうのをおかしく思いながらも、力ある言葉を開放した。
「カ〜エ〜ル〜の〜き〜も〜ち〜! トード!」
  教官とイゴールが緑色の煙に包まれる。煙が収まった後にいたのは、二匹のカエルだった。げこげこと哀愁漂う泣き声が室内に響いた。
 カエルにする魔法だったんだ……とイリアは頭の隅で呪文の効果を理解する。それから、床に転がっていた茶色の瓶をとった。軽く振ってみると、たぷたぷという音がする。中身はたっぷりあるようだ。
 イリアが振り返れば、なぜか皆が壁に横一列に並んでいた。
「げ!二人がカエルになってる!」
「黒魔法トードだ」
「どうやったら解除できたかしら?」
「確か…」
 ディリータの言葉を彼女は遮った。
「どうやるんでしょう!? 正解ならいいものあげるよ! 外したら…そうね、新魔法の実験台になってね」
 ディリータの顔が面白いように青白く変わる。けらけら笑いながら、イリアは彼の答えを待った。
「た、確か、アイテムで解除できたはずだ」
「どんなアイテム?」
「お、乙女のキッス…」
「よくできました。正解だよ。ご褒美はこれね」
 イリアはディリータのものとおぼしきカップに、なみなみと魅惑溢れる美味しい液体を注ぐ。遠くでやたらうるさく鳴く蛙の声がした。
「美味しいの〜、これ。ぐびっと飲んでね。ささっ」
 ディリータは無言でカップの中身を凝視し、彼の隣にいるラムザは顔をしかめている。アデルとマリアが何か言いたげに口を開きかける。イリアは閃光のように、二人の言いたいことが理解できた。
「あ! みんなも飲みたいんだね。わかった。今入れるね」
 イリアは手早く空になっていたカップに琥珀色の液体を注ぎ、全員に手渡した。アデルとマリアが何やらひそひそ話をしているが、早く飲みたいと言っている、と彼女は推察した。
「さ〜、全員に行き渡ったね。かんぱ〜い!」
 自分の分も注ぐと瓶は空になった。イリアはカップを高々と掲げる。だが、誰一人追従しようとしない。強ばった表情で自分を凝視していた。
「みんな、まさか飲まないと言うんじゃないでしょうね。折角お裾分けしたのにィ!」
「ち、違う! 飲む、飲みます」
 アデルが片手をぶんぶん振って力強く否定する。
「そか、ならいいの。さ、飲みましょ」
 カップをかちんと合わせてからイリアは中身を飲み干した。
 自分以外の四名がひどく悲痛な表情をしていたということに、イリアは気づかなかった。


 カップを飲み干すと、四人のうち三人に劇的な変化が訪れた。ディリータは焼きごてのように顔を真っ赤にしている。アデルはげらげら笑い声を上げる。マリアはしくしく泣いている。
(泣くほどまずかったんだ。マリアに悪いことしちゃったな)
 浮遊感もさることながら、視界もなんだか奇妙に揺れている事を不思議に思いながらも、イリアはそう反省した。
「イリア、大丈夫?」
 気遣わしげな声。ただ一人変化がないラムザからだった。
「だぁ〜〜〜いじょ〜〜ぶぅ」
「大丈夫に見えないんだけど。そうだ。これも美味しいよ。飲んでみて」
 彼はそういってイリアが手に持っていたカップを取り、別のカップを手渡す。さっきみた無色透明な液体がはいったものだ。疑いの眼を向けると、彼はにこやかな表情をしていた。じ〜と表情を伺っているうちに、イリアの脳裏にある人物の声が蘇ってきた。
『ベオルブ候補生の情報、よろしくね!』
 同じ魔道士コースを選択している女子候補生イザベラから頼まれたんだっけ。
 一週間前の喧嘩騒動のとき食堂に居合わせた彼女は、どうも彼のことが気になるらしい。今日、イリアが彼と同じ教官を選択していた事を知ると、本気で悔しがっていた。
(友人としては、その願い、叶えてやらなくては!)
 イリアは、なおもにこやかな表情を保っているラムザににじり寄った。間近で見ると、ずいぶん綺麗な顔立ちしてるなぁ。ひとくくりにしている髪の毛をほどけば女の子といっても通用するかも。お化粧したら、映えそう…。
「な、なに?」
 若干引きつった顔をしている彼に気づきもせず、イリアは頼まれた質問状を覚えている限り並べた。
「誕生日はいつ? 趣味は何? 好きな食べ物は? 嫌いな食べ物は? 好きな色は? 得意な科目と嫌いな科目は何?」
「えっ」
「さっさとこたえなさ〜い! さもなくば、カエルにするわよ?」
「は、はいッ、答えます! 誕生日は磨羯の一〇日。趣味は絵を描くこと。えっと…、あとなんだっけ?」
 問い返されたイリアも、何言ったっけ?と疑問に思う。二人が悩み始めて数秒後、見かねたディリータが指摘する。
「好きな食べ物、嫌いな食べ物がどうのこうのっていってたぞ」
「あぁ〜、それそれ!」
 謎が解けたイリアはぽんと手を叩く。そして、さっさと答えるよう威圧するため、魔力を右手にこめ、ラムザとの距離をさらに詰める。彼はイリアの右手と応接テーブルでゲコゲコ鳴く二匹のカエルを見比べ、顔面に汗をにじませていた。
「好きな食べ物はナツメキッシュ。嫌いな食べ物は特にないけど」
「嘘付け。セロリが苦手な癖に」
「ディリータ。冷静にツッコミを入れるくらいなら助けて…」
「すまん。俺はカエルになりたくない」
「僕だってなりたくないよ!」
 自分を置いてディリータとラムザとの会話が交わされる。背後では、ゲコゲコ耳障りな鳴き声とクククと含み笑いをするアデルの声がうるさい。
「あ〜もう、聞いているのはわたし! ディリータとアデルは黙りなさい! そこのカエルも鳴くな!」
 し〜んと耳が痛くなるほど室内は静かになる。イリアは奇妙な満足を得つつも、最後に『絶対これだけは聞いてね』といわれた質問を口に出した。
「好きな女の子はいる? いなければ好みのタイプは?」
 ラムザは目をぱちくりさせる。数瞬後、質問の意味が分かったのか、頬を朱色に染めた。うぶな反応に、可愛いとイリアは素直に思った。
「ねぇ、いるの、いないの。どっち? さっさと答えなさいよぅ」
 不意に視界が激しく揺れ、暗転していく。
 狼狽しきっているラムザの顔を最後に、彼女の意識は真っ黒な闇に包まれた。


 自分の胸にもたれかかって安らかな寝息を立てているイリアをソファーに座らると、ラムザはジャック教官と思われるカエルに鋭い視線を向けた。
「いつまでそうやっているつもりですか。さっさと元に戻ってください」
 静かな怒りが込められた彼の声に呼応するよう、緑色の煙が再度わき上がる。煙が微かな空気の流れにそって消える頃、そこには床に立つ教官の姿があった。
「良く気づいたな」
「当たり前です。魔法学の権威と呼ばれている方が、トードを使えないなんて思えませんから」
 丁寧な口調の端々から彼の怒りを感じているディリータは、二人から距離をとる。途中まだカエルのままのイゴールを拾い上げた。彼が巻き添えを喰らわないようするためだ。
「さて、教官。この責任はどうとってくれるのですか?」
「ど、どうとはなんだ?」
「未成年であるイリアに酒を飲ませた事」
「確かに、俺に過失はあるが、たった一滴で酔うとは普通思わないだろ!」
「例外はあり得ます」
「そ、それはそうだが…。それよりも、俺にしてみれば一番弱そうなお前が酔ってないことの方が不思議だ。結構純度の高い酒のはずだが」
「話をはぐらかさないでください!」
 立場がすっかり逆転している教官と一候補生の会話は、延々と日が暮れるまで続いた。


 翌日、自分の所行を何も覚えていないイリアは、猛烈な頭痛に一日中苦しめられた。
 また、酔った頭でもラムザの個人情報をちゃっかり覚えていたマリアは、ラムザに気がある女子候補生達にその情報を高値で売りつけ、思いがけぬ臨時収入ににんまり笑っていた。

- end -

(あとがき)
 やっと完成しました。「マリアとイリアとの出会い」編です。お待たせして申し訳ない。
 出会いというよりは、イリアご乱心シーンというほうが相応しくなってしまいました。こんな作品で良かったのだろうか。まあ、私個人としては楽しく書けたのでいいか。

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